第4話「言葉にできない」
三葉はその夜、部室で見つけたキノの撮った写真をしばらく見つめていた。自分の顔が、夕暮れの光に包まれて少しぼんやりと映っている。その写真が不思議と心に残り、どうしても忘れることができなかった。
自分の気持ちに気づくのが少し遅かったけれど、今ならわかる。キノへの気持ちは、ただの友達の枠を越えていた。彼の笑顔や言葉、そしてなによりその静かなまなざしが、三葉の胸を締め付けていた。
「どうしよう……」
鏡に映った自分の顔を見つめる。いつもより少し赤く染まっている気がした。気づいてから初めて、自分がどれだけ心の中で彼を求めていたのかに気づく。無理に隠すこともなく、ただその思いが胸を圧迫しているような感覚。
部室での再会
次の日、いつものように放課後に部室に向かう三葉。心の中は不安と期待が入り混じっていた。ドアを開けると、キノがすでに座ってカメラを弄っていた。
「お、お疲れさまです」
三葉はつい普通に挨拶したけれど、心の中で何かがギクシャクと震えている気がした。
キノは顔を上げ、軽く笑った。「おう、草牧さん。お疲れ」
その言葉の中にある優しさが、まるで矛盾した温かさで三葉を包み込む。彼は少しおどけてみせながら、三葉に写真の枚数を数え始める。「さっきのやつ、あとでまた見返してみるよ。けど、お前の撮るやつ、どんどん面白くなってきたよな」
それは、いつものように流れる会話。ただ三葉にとっては、それがいつもと違うものとして重たく響いてしまった。
向き合う気持ち
数日が過ぎたある日、三葉はもう一度、部室でキノと向き合って話さなければならないという思いに駆られた。
その日、二人だけの部室に閉じ込められるような感覚がした。昨日までのように、ふたりは相変わらず気さくに笑い合っている。しかし、三葉の胸の中では「何か」を言いたい気持ちがどうしても抑えられなかった。
「先輩、あの……」
「ん?」
その声の調子に、キノはふとこちらを見た。「なんだ、急に真面目な感じ」
「えっと、先輩に言いたいことがあるんです……」
一瞬、静まり返った部室に三葉の言葉が静かに響いた。キノはゆっくりと席を立ち、手を腰に当てながら考え込むように言った。「なんだ? 気になるじゃないか」
三葉は彼の目を見て、少しだけ覚悟を決めた。「私は、ずっと悩んでたんです。友達との関係も、先輩との距離も。でも、今はもう……」
その瞬間、言葉が詰まる。心の奥が震えていて、何かを越えられない気がした。そうしてやっと言葉を選んだ。
「先輩のこと、好きです」
その言葉が口からこぼれた瞬間、部室の空気が完全に止まるのを感じた。キノの顔が一瞬、驚いた表情に変わったが、すぐにやわらかな笑顔を見せた。
「草牧さん、それ、本当に?」
「……うん、はい」
その言葉には、思いが込められすぎていて、けれどどこかすっきりした気持ちもあった。それがどうしても言いたかった。
キノはその瞬間、三葉に近づき、少しだけ照れたように頭をかいた。「もう、すぐにそんなこと言うかよ。なんだよ、急に。で、どうしたらいいわけ?」
「え?」
「どうしたらいいって? あ、俺の反応が気になるんだな?」
三葉はそれに答える代わりに、無意識に目を閉じた。それから、そっと答える。「そうですね……わからないけど、どうしたらいいんだろう」
その間が耐えられなかった。けれど、キノはしばらく考えた後、静かに言った。
「分かんねぇよ。けど、草牧さんがさ、俺にこういうふうに来てくれたってことに、ちゃんと向き合わないとだよね。だから……」
言いながら、キノが両手を広げ、ふっと微笑んだ。「まあ、気楽にいこうぜ。先のことは、次のステップで考えるとしてさ。どうにでもなるさ、きっと。」
その言葉に、三葉は涙をこらえて胸をなでおろした。そして、小さくうなずく。「はい。先輩が……そういうなら、そうします。」
キノはもう一度、肩をぽんっと叩いて、次はこう言った。「気にするな。別に今すぐ何も変わらないよ。それでも、俺が見る限り、草牧さんは十分に自分らしくていいと思うしな」
その言葉が優しく、三葉の中に満ちていった。そして彼女はその先のことに向けて歩き出す、静かな確信を持ちながら。