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第1話 『普通』の消失

草牧三葉くさまき みつはは、今日も昼休みの教室で読書をしていた。教室の雑音が白く、けれど広がらない雲のように頭の隅に溜まる。彼女は、そこにいるけれど「いない」感覚を覚えた。


変わらない毎日。違うのは自分の居場所だけだった。去年までは笑顔で並んでいた友人たち。今はそのグループの輪から遠ざかり、見る側に立つようになった。理由を思い出すのも億劫だったが、「きっかけは些細だった」という自覚はある。きっと、誰にとっても大したことではなかったのだ。


彼女にとっては、ただそれが「あたり前」を変えてしまっただけで。


教室の扉が開く音に、顔を上げる。他愛のない話をしながら戻るクラスメイトたちが目に入る。三葉はふっと顔を伏せた。何も変わらない。「何も起こらない」と言い切れた。


部室:写真部の憩い


放課後、三葉は写真部の部室に足を運んだ。空気の匂いまで変わるような、ほっとする場所だった。部活には先輩の貴則キノと自分しか来ていない日がほとんどだ。


キノというのは、もう、卒業してしまったが、彼の先輩から付けてもらったあだ名でこう呼ばれていた。


キノがソファに座って、雑誌を片手に目を細めていた。彼は三葉が入ってくるのに気づくと、あからさまに大袈裟な仕草で手を挙げる。

「お、やっと来たね草牧さん。待ちくたびれてソファと同化するとこだったよ。いやー、君のせいで命拾いしたよ」


「……一時間くらいしかたってないんじゃないですか?」

三葉は半分あきれつつも、彼の空気に少し心が和む。


「いや、秒が千年の時もあるしさ。そういうわけで何も考えずに今ここで『退屈』という名のモンスターと対決してたけど――そろそろ僕に負けそうだったよ」

キノの言葉は軽やかで、けれどどこか核心を突いている。


「部室に来ると落ち着きます」三葉がふと呟くように言った。「部活っていうより、ここが居場所っていう感じで……でも私、そんなに写真が上手なわけでもないし」


キノは少し間を取った。「うーん、それってね、悪くないよ」


「悪くない、ですか?」


「場所ってさ、やるべきこととか役割の外側にちゃんとあったほうがいいと思わない? 誰だって『ここにいていい』が欲しいけど、別にカメラマンになるとか選手になるとかしなくていいんだよ。ほら、誰にも期待されないのに世界は続く。それ、割とすごい話じゃない?」


三葉は彼の言葉を理解したつもりでうなずき、けれど消化はできずにいた。


変化の始まり


部室に置かれていた古いカメラを手に取ると、フィルム式だった。重たくて少し傷だらけのその感触に三葉はふっと目を細める。


「撮ったことあります?」


「あー、それ貸して。これ、使い方ちょっと難しいからさ。僕が教えてあげよう」

キノはそう言いながら自然な手つきでカメラを操作して見せる。そこには彼なりの熟練が感じられて、どこか意外だった。


「先輩、なんでそんなに詳しいんですか?」


「……昔ね、ある人に言われたんだよ。『大事なことが忘れられる前に撮れ』って。だからかもね」


キノは笑っていたが、彼の背後に見えない時間の重みがあるような気がした。三葉はその瞬間、自分がいくつもの大事なものを「忘れていた」気持ちに気づき、少しだけ胸が苦しくなった。

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