ハッピーエンド
ゴオは何かもう色々と真面目にやらされて疲れたのでワガミチに抱き着いた。
「俺様ちゃん超つっかれたー」
「邪魔」
「ひっでえ! 真面目に頑張った親友に対してもうちょっと優しい対応しろよゴオちゃん拗ねちゃうぞ!」
「真正面から抱き着かれて怒らないだけ優しい対応してますよ」
「それでも抱きしめ返してくれない辺り、お前自分が思ってるより優しくねーと思う」
こんなに頑張ったのに、と嘘泣きをしても表情を変えず酒を飲み続ける辺り流石はワガミチ。
セイジャク家系は大体がやべーテンションのヤツになりがちだが、ペース家系はマイペースなヤツが出がちだという。とはいえどっちの血も流れてる事が多いのでまちまちなのが実情だが、コイツ程ペース家の特徴が出まくっているヤツも居まい。
何なら足にはミサ・セイジャク譲りの歪みが出てるので、思ったよりもとんでもない、というのがワガミチだ。良い点と同じくらい不透明な点が多い男。そりゃあ美味しい闇鍋扱いにもなる。
(そりゃ俺様ちゃんを殴ったりしない辺り優しいけどよー)
後ろから見知らぬ人間に抱きしめられてもまったくの無反応で飯を食える男なワガミチだが、真正面から抱き着かれたりするのを酷く嫌う。
誰かを抱きしめたり抱きかかえたりも嫌いなようなので、わざと真正面からいったゴオに殺意込みの頭突きで頭を割りに来ないだけかなり優しい対応だ。
でもそれはそれとしてもうちょっと甘やかしてくれても良いんじゃねーのとはなる。だって俺様ちゃんめっちゃ頑張ったもん。ちやほやされてしかるべきだろ。
「もっとさー、俺様ちゃんを褒め称えたりとかさー」
「ローストビーフ取りに行きたいんで退いてください」
「ほーらお前はこういうヤツだよ! 俺様ちゃん疲れたのに! しかも何か言い返したりもしないメンタル内巻きのレディ相手にちょっと言い過ぎちゃったかなって気にしてたりもしてんだぞ!」
「私に関係無い事なので、別に私が気に掛ける必要も無いのでは?」
「薄情モン!」
「もー……」
疲れたようにため息を吐き、ワガミチはゴオの腕を首に巻き付けられたまま一歩を踏み出し、
「あれっ!?」
そのまま魔法を使用してゴオを置き去りにローストビーフが置いてある机の前に移動した。ゴオの腕はすかっと空振り。あんにゃろう俺様ちゃんを振りほどく為だけにそこまでするかよ。これだから親友だぜ。
やれるとしても普通はやらないだろう逃げ方に、ゴオの気分はちょっと上向きになった。
今はもうあの世で再会しただろう爺さんも、待ってた方の爺さんに対して、こういう気持ちで友情深めたりしてたのかな、なんて考える。
キレる時はキレる癖に、そのキレるタイミングは明らかにおかしなタイミングだし、普通はキレるだろう事には全然キレずにスルーしてくるへんてこりん。
「ワガミチー! おめー酷いだろこらー! 置いてきぼりはんたーい!」
「あ、こっち来るならそこのカルパッチョ持ってきてください」
「逃げときながらパシるか普通!?」
わかるぜ、お爺ちゃま。面白いよなこういうヤツ。
・
フリョウはマッドと会話していた。
「……ヒメとジンゾウの件が穏やかに纏まったのは、良かった」
「決闘が穏やかかは怪しいが、ヒメの事だからもう少し血みどろになる危険性もあったからね。そういう意味ではまだ健全の範疇内かな」
わかる、とフリョウは頷く。
正直言って守る為とはいえ、一方的に一人を犠牲にし、しかも犠牲にしている事を認識出来ないようにされるなど、お前には何も出来ないのだから知らないままで居ろと突き放されたも同然だ。
フリョウでさえそう思い、そう見做された事、事実としてジンゾウ関係において無力である事に歯噛みした。
(俺でもそう思ったのだから、ヒメが抱いた気持ちはどうだったのか……)
無力扱いされるのが地雷だろう、というのは学園での付き合いでわかり切っている。
それもヒメの実力について、フリョウ達よりもよっぽどよく知っているジンゾウがそんな行動に出たのだ。怒り狂ったヒメがその場の勢いでジンゾウの首を獲りに行ってもおかしくあるまいと思う程には地雷だろう。
幸いにもヒメは思ったより落ち着いた状態だったし、決闘時にもジンゾウ相手にハンデを持てる程の余裕さを見せつけたわけだが、ライトの魔法で諸々を理解した瞬間はどうだったのか。
一周して案外落ち着いていたかもしれないし、その瞬間だけは噴火のように怒り狂ったかもしれない。想像するだけで怖過ぎる。
「しかし、ヒメがジンゾウにしてやられていたと気付いた瞬間を見れなかったのは惜しいな。相当な感情の乱高下だっただろうに。表面にまで怒りを噴出させずに居たとしても、内面はそうじゃないだろうし。あーあ、感情を理解する為のサンプルに丁度良かっただろうになあ……」
残念ながらマッドはフリョウと真逆の意見らしい。
明らかにヤバいくらい感情が動いていただろうという想定までは同じなのに、それを調べたいとは。いや言われてみれば医療の発展の為にそういった情報はあればある程困らないが、それはそれとして対象がヒメと考えれば相当に怖いはずでは。
フリョウとしてはキレたヒメなんてものはトラウマ案件だが、マッドからすればそうじゃないのかもしれない。恐怖に関してもブレーキ魔法で感覚を狂わせでもしてるんだろうか。
「……その、ところで、トクサツについてなんだが」
何だかトクサツ、というかヒゲキ女王と対峙した時のヒメを思い出して怖くなったので、フリョウは話題を変えた。
「トクサツと一緒に居なくて良いのか?」
「良いよ」
さらっと返された。
「両親も祖父母も優先すべき実験があった為に時間が取れなくて不在だが、トクサツの自立には丁度良いだろう。あんまりわたくし様に依存させ続けるわけにもいかないからね」
マッドは何でもない事のようにそう言い、ジュースを呷る。
「同じ空間内に居る、周囲には知っている顔ばかり、という安心材料がある安全な場を利用し、こうしてこまめに自立を促すのは大事なことだ」
「……そうか」
「何だい、意外そうな顔だね」
「…………」
表情としてはそこまで変化してないはずだが、わかるのか。
無所属部のメンバーには、そういえばいつの間にか表情を読まれるようになっていた事を思い出した。
あまり交流の無かった相手には、同級生であっても未だに怯えた顔で距離を取られるのに。不思議な事だ。
「……その、そういった対応をすべきなのは勿論だが、マッドがそこまで細やかな対応でトクサツの精神面を整えようとしているのは意外だ、と……」
「壊れた状態からまともな状態へと立ち直るまでの経過観察が可能で楽しいよ」
やっぱりマッドはマッドだった。
見直そうかと思ったが、見直さなくても良さそうだ。そういえばこういうヤツだったなマッドは。あんまり偏見で見るのは良くないなと油断した次の瞬間には薬を盛った飲食物を用意してくるのがマッド。
勿論良い面というか、まともだなと思う面もあるのだが、それを持った上で矛盾せずとんでもない事をしてくるのがマッドである。だからこそどういう認識をしていれば良いのかわからなくて掴みどころが無い。接し方に困る。助けてくれライト。
「あっれェ、二人一緒って珍しいね」
「ライト……!」
「えっなになに何で泣きそうな顔で縋りついてくんの? マッドもしかしていじめた?」
「いや? トクサツが今後独り立ちするかどうかはさておき、自立を促せるよう少しずつわたくし様から離れても行動出来るようにと調節している、といった事を話していただけだよ」
「あー、なんかもうちょい人の心が無いような言い回ししたんだろってのは察したァ」
大丈夫だってェ、とライトに背を撫でられ、フリョウはゆっくりと息を吐く。
あまりにもナイスタイミングだったせいで思わず縋ってしまったが、うっかり見苦しい真似をしてしまった。もう少しメンタルを鍛え上げねば。
しかし詳細が語られていないにも関わらず、状況からマッドがどういった言動をしてフリョウがそれにどういうショックを受けたか、を正確に判断する辺り、ライトの読解力は前より上がっているように思う。
学園といい最近といい長く一緒に居たせいで慣れてしまい、あまり実感を抱かなかったが、こういうところがライトの患者人気の高いところなのだろう。
「で? ライトとフリョウについてだけど、まだ結婚は未定かい?」
「さっきまでそれについて散々マンガに問い詰められてたんだけどォ……未来の義兄がもうちょいで一歩踏み出しそうだし、その後押し用にまだ保留かな」
「先を越した方がプレッシャーを掛けるには良いと思うんだけどね」
「そりゃ弟より姉の方が行き遅れ状態に、ってのはお義兄さんも即座に動くだろうレベルのネタだけどさ。あの人真面目だから、自分の行動が遅かったせいで、ってしばらく引きずりそうなのがちょっと」
そういうのが無けりゃこっちが先に結婚って形で後押しすんだけどさァ、とライトは笑う。
フリョウも未来の義兄と会話をしたが、確かにそういうタイプだった。間違いなく良い人なのだが、少々面倒臭いタイプの生真面目と言うべきか。何かがあった時に自分の責任として自分一人で背負い込むタイプに見えた。
ライトが色々と気に掛けてしまうのも仕方がないというくらい、心配かつ良い人だ。
「ふむ」
殻を剥かれた茹でエビを摘まみつつ、マッドがちらりと横の方を見る。
「そんな義兄候補らしき王子様、さっきからフリョウの保護者枠として来たんだろうチリョウ国の国王に声を掛けられて真っ青になってるけど?」
「ニクタイ伯父様!?」
「ニクタイ王様待ってその人色々と気を張り過ぎる人だからニクタイ王様と直接会話するにはちょぉーっと段階踏んだ方が!」
フリョウとライトは慌ててそっちの方に突撃した。
いや伯父様も悪い方では無いのだが、生真面目かつ密かにコンプレックス多めなタイシュウ王子とは少々相性が悪いというか。
・
タイシュウは物凄く焦っていた。
(俺が何をしたというんだ……!)
というのも、いきなりチリョウ国の国王、ニクタイ王に声を掛けられたからだ。
見るからに威厳のあるニクタイ王。見目の何もかもに華があり、ボリュームのある服装が似合う圧があり、しかし体格自体はスラリとした美麗さもある。
対するは華奢でこそ無いものの、華奢一歩手前という貧相な体のタイシュウ。
見目が悪いわけではないが、兄二人に比べるとどうにも見劣りするという自覚はある。これといった特徴が無いというか、印象が薄い、というような扱いなのが自分だ。
崇拝される勢いで有力者達に人気なジュンブン兄上や、偏屈な事が多い学者達にこれでもかと大事にされているコテン兄上とは違う。
有力者や学者達からはどちらかといえば見る価値もないという扱いをされがちであり、そういった対応を受けるのも仕方がないという自覚もある。兄二人のように優れていないという、そんな自覚がしっかりとある。
だからこそ、国の為に無様は晒せない。
晒せないが、だからといっていきなり向こうから声を掛けられるのは心臓に悪い。
「ああ、そう警戒してくれるな。そう怖がる必要なんてない。私は何も、君と喧嘩をしようと思って声を掛けたわけじゃないんだ」
優しい声。優しい微笑み。細められた瞳には、思わず体温が上がってしまうような熱がある。
が、だからこそ怖い。
絡め取られるかのようなカリスマ性が溢れていて、呑まれそうで、怖い。
「その……俺はあまり、話す事が無いと言いますか……」
「そう卑下するものじゃない。あの場でしっかりと声を挙げた。それは素晴らしい事だ。あの男に向かっていの一番に声を挙げ、気に食わないと言ってのけた。あの男に色々としてやられた身としては、それだけで好印象だとも」
にこやかに細められた目が、怖い。
間違いなく好意的なのに、今すぐ逃げたいと思わせる圧がある。
「是非、しっかりとした場で話がしたいな。元々ブンガクには興味があった」
「んなっ!? い、いえ、その、勿論我が国は素晴らしい国であり自慢の国でもありますが、だからといってチリョウ国に好まれるような要素は無いかと」
「あるとも」
ニクタイ王は言う。
「ここ、オタク国とはまた違う形での文献が多く所蔵されている国。知識はどれだけあっても困らないものだ」
それに、
「甥のパートナーであるライト……彼のように我々とは違う特異な治療法も、新しい道として開拓していきたいと思っている。もしかしたら国家ブンガクには彼のような魔法を持つ者も多いのではないか、という期待もある、という事だ」
「……お言葉ですが、ご期待に添えるかどうか。勿論俺も民も皆素晴らしい者であり自信を持って自慢出来る逸材揃いですが、それはそれ」
素晴らしいのは確かであっても、特色はそれぞれ違う。
「民の優れている得意がニクタイ王の望んでいる分野と一致しているかどうかはまた別の話である以上、俺にそういった判断は」
「ああ、出来ないなら出来ないで良い。だが君程の存在であるなら、そういった魔法を持つ子が居るかどうか探したり、私がブンガクの王族と公的に会話をする機会を設けるくらいは出来るんじゃないか?」
「当然です! 何せ優れた俺ですから!」
反射的に自信満々にそう返し、あ、とタイシュウは顔を青くした。
ヤバい、またやってしまった。どうして俺はいつもこうなんだ。嬉しい言葉を言われるとつい安請け合いしてしまう。
チリョウ国ともなれば両親も兄たちも喜んで時間を作ってくれるだろうが、ライトのような魔法持ちを探すなんて出来るのか。そもそも居るのか。いや居ないにしても、居ないという証拠を得なくては。つまりめちゃくちゃ頑張らないといけない。
いや、やってやる。
出来ると言った以上、頑張ってどうにかなるなら頑張れば良い。どう足掻いても無理であるなら恥を忍んで謝罪し前言撤回するしかないが、頑張ってどうにかなるのであれば頑張ろう。地道にやれば出来なくはあるまい。
「……一応お聞きしますが、期限は……?」
「いつでも構わん。私としっかり約束しておいて、まさか逃げるなんて真似はしないだろ?」
「当たり前です!」
「ほら」
にっこりと微笑まれたが、こっちは追加で言質を取られてしまった事に頭を抱えたくなった。これだから俺は駄目なんだ。簡単に言質を取られてしまう愚か者。上の立場に向いていないにも程がある。
「あーっとォ盛り上がってる最中すいませんけど一旦お話そこまでって事でェ!」
「伯父様、一旦引いてください」
「ん? 何だお前達。今は楽しく交渉をしている時間だというのに、無理に割り込むとは礼儀がなってないな」
「それはそうなのですが、その、伯父様の言動が少々あちらと相性が悪いというか」
ライトの件で挨拶に来た事のあるフリョウは、おろおろしながらもそう告げる。
「伯父様視点では大体こういう感じでという、最低限のハードルさえクリアすれば良いアバウト感覚で言っているものでも、向こうからすると何が何でもこの案件を完璧にクリアせよという扱いになると言いますか」
「うちの義兄さんちょっとウィットに富んだ受け答えとか苦手なタイプなんで、他人挟んでニクタイ王様の言動に慣れてからじゃないと気負いまくちゃうんでその辺にしといてください!」
「舐めるなライト! 俺だってそのくらいの会話は出来る!」
「ほらもうそうやってムキになるとこが向いてないんですってばァ! 姉ちゃん! 姉ちゃんちょっと義兄さん連れてって!」
「んー?」
ケーキを食べているジドウの方へと押しやられ、ライトとフリョウはニクタイ王と共に移動してしまった。
結局何だったんだ今の時間は。というか話はうやむやになったのか、それとも継続しているのか。一応帰った時、家族にチリョウ国の国王が会って話をしたいと言っていた、というだけでも伝えるべきなのか。
そう思考を巡らせていると、急に口の中にふわふわした何かが暴力的な甘さと共に入って来た。
「むぐっ!?」
「あ、タイちゃん起きた。こんなとこで寝ちゃ駄目だよ? 疲れちゃった?」
「むぐ、んぐ……寝てはいない。というか、仮にも寝ているかもしれないと思った相手にいきなりケーキを突っ込むのは」
「美味しいでしょ! 私も食べたんだけどね、すっごく美味しーい! って思ったからタイちゃんにも食べて欲しくって!」
「…………」
無垢な笑顔で、無害な笑顔で、全力の好意たっぷりでそう言われては何も言えない。
彼女は彼女なりに、タイシュウを心配して気遣ってくれたという事だ。
「……その、心配を掛けさせたようで、すまなかった」
「んーん、タイちゃんはとっても強くてしっかりしてるから、大丈夫だって思ってるよ。でもタイちゃんちょっと頑張りすぎちゃうところがあるから、甘いものがあった方が良いかなって」
「…………そう、だな」
「あ、もっかいケーキ食べる?」
「いや、もう充分だ。それはジドウが食べなさい。水分も忘れず摂るように」
「はーい!」
笑顔で良い返事をするジドウに肩の力が抜けて行くのを感じながら、その口元についているクリームを指で拭う。
(……兄上達に比べれば、俺は優れているとは言えないが……)
周囲の人間にはかなり恵まれているなと再認識し、少し心が楽になった。
・
トクサツがユウシャとオハナの惚気を楽しく聞いていれば、いつの間にか近くにマッドが居なかった。
夢中になるくらい楽しい時間だったけれど、マッドからすればあまり興味が湧かなかったのだろう。
広い会場なのでどこにマッドが居るのかわからないが、マッドがトクサツを置いて行くような事は決してしないので、心配の気持ちは湧いてこない。
とってもクールなように見えて、そういった気遣いを忘れないでいてくれるのがマッドの良いところだ。
勿論それはマッドのお爺様やマッドのママが何度もそうマッドに言い聞かせているからだろうが、マッドはそれをきちんと実行してくれる。
一緒に居なくても不安を抱かなくても良いというのは、温かい。
(……寒くないって、不思議)
昔はママと一緒に居る時ですら寒かったのに、今はマッドがすぐ隣に居なくても、胸の奥が、心の中が温かい。
これが満たされているとか、満足しているとか、幸せだとか言われる感覚なんだろう。
「と、あ、ごめんなさ」
うっかりぶつかった、同級生では無さそうな人。
誰かの保護者だろう人に謝ろうとして、その顔に気付く。
表情があまり動かない、無機質さを感じさせる、出来れば見たくないと思ってしまう顔だった。
そういえば先程、アカと一緒に来ていたっけ。ジンゾウがジンゾウのママにお礼を言って泣かせていた方に意識が向いていて忘れていた。
「おい」
何となく気まずくて、もう敵意を向ける理由も何も無いけれど、仲良くする理由も無くて。
だからそのまま去ろうとしたトクサツに、兄だったはずの人はぶっきらぼうな声でトクサツを呼び止めた。
「聞きたい事がある」
「……何かしら」
声が強張る。
もう嫌う理由は無くなった人。でも、好きになる理由も無い人。
トクサツの為に協力してくれたらしいという事は知っているけれど、それでも、トクサツにとってはよくわからない人のままな人。
そんなよく知らない人は、表情を動かさないまま、トクサツに言った。
「お前は今、幸せか」
「ええ」
トクサツは即答した。
「マッドが居て、マッドの家族も居て……お友達とも、こうして会ったりが出来て」
誰かの顔色を窺って、自分の好きを封じる必要も無い。楽しい気持ちのまま、相手を気遣いつつも自分の好きを主張出来る時間。
そんな時間が当然のようにある今を想って、トクサツは言う。
「僕は今、間違いなく幸せよ」
「そうか」
知らない人はただ頷く。
「安心した」
「他人なのに?」
「他人だからだ。身内なら敵だが、他人なら幸せであって欲しいと思うだろう」
言っている事は、何となくわかる。
トクサツにとってもこの人にとっても、あの家は、あの家族は、間違いなく敵だった。
それでも誰かの幸せを願う自分達にとって、幸せで居て欲しいと願う対象は、いつだって他人ばっかりで。
「妹じゃない女。お前が幸せで居てくれるなら、僕は嬉しい」
もう家族じゃないし、兄でもないけど。
それでもほんの少し表情を緩めてそう言ったこの人は、悪い人じゃないらしい。
「……あなたは?」
「ん?」
「兄じゃない人。貴方は、幸せ?」
「ああ」
その人は即答する。
「時々正義ぶる変なのに追いかけられたり、大変な暮らしの人達を見て心を痛める事こそあれど……」
そうだな、
「あの部屋の窓から見る狭い世界よりも、今の広い世界の方が、僕にとっては幸せだ」
「そう」
兄じゃない人の笑みに、トクサツもまた微笑んでいた。
誰かが幸せを抱いていてくれるのは、良い事だ。
・
ジョテイは酒を飲みながら、オウに問う。
「良かったのですか」
「何が」
「ジンゾウについてもそうですが、彼女の安否についてもよく気にしていたでしょう」
「……別に」
オウは気まずそうに顔を顰め、そっぽを向いた。
「大して気にしてもいねえよ。俺が気にしてどうするってんだ」
「気にしたところでどうにも出来ないとわかっていながら気にしていた癖に」
「うるせえクソガキ」
ガシガシと頭を掻き乱すように撫でられてしまい、ジョテイは思わずグラスで口元を隠すようにして黙り込んだ。これだからこの人は。
「……イガノのヤツから、無事ってのは聞いてたからな」
遠くを睨むような顔で、オウは言う。
「首に痕が残ってるとか、痕が残らねえようにはしたが足を傷つけたとか。そんなネガティブな言い方しやがるからもうちっと見るに堪えねえ状態かと思ってたが、そうでもないようでつまらねえ話だ」
自殺未遂や足の健を切って行動を阻害したという話を報告されていたので肉体的にも精神的にもかなりダメージが大きいのではと大変心配していましたが、思っていたより大丈夫そうだった事から杞憂で済んだとわかり安心しています。
今の言い方からするに、大体こういった意図だろう。この人は本当に遠回しな言い方をする。
「彼女も泣き止んだようですし、話をしに行っては?」
「要らねえよ。話すったって話す内容もねえ。元から関わりもほぼ無いようなもんだったしな」
「……まあワルノ王国で革命が起こったらしいという諸々を思えば、どのみち彼女も我が国に滞在させる事になるでしょうしね。その時に込み入った話をすれば良い」
「ああ……あ!? 何だそりゃ聞いてねえぞ!」
「今決めましたので」
グラスが空になったので、ジョテイはグラスをスタッフに預けた。
「ジンゾウはヒメが勝ち取った以上、うちに連れ帰るのは必然です。そしてその保護者である彼女は、今ワルノ王国に戻ったところで居場所など無いでしょう。なら、いっそうちに連れて帰ってしまえば良い」
「……お前が好むような強いヤツじゃねえぞ、あれは」
「確かに、武力という点ではミミズに等しい存在でしょう」
そこまで言うかという顔をされたが、事実だ。踏みつければそれで死にそうなくらい脆くて弱い。
けれど、
「けれど、生き残るという強さはある。それは軽んじてはいけないものです」
死のうとした女。
その後も、普通なら狂い、弱り、衰弱死なり発狂死なりしてもおかしくない環境であると聞いている。
その状況で狂いもせず、自傷といった事にも走らず、ジンゾウに八つ当たりもする事無く真っ当に接しているという。
ジンゾウが母と呼んだ事からも、それは事実なのだろう。
「例えどれだけ弱くとも、例えどれだけ無力であろうとも、それでも自分を失わずに正気のまま生き続けた。それは容易い事ではない」
それをやってのけたと言うならば、
「それをやってのけた彼女は、間違いなく強者でしょう」
生きるという強さがある。
「なら、我が国に招待する理由は充分。ヒメがより強くなる為の砥石となってくれたジンゾウ、そのジンゾウを育て上げた張本人でもある」
「いや、だけどなあ」
「そもそも、わたくしが連れ帰ると決めた以上、他の誰にも異を唱えさせる事はありません。文句があるなら決闘で負かせば良い」
「…………」
オウは、死ぬほど面倒臭ぇ、の顔をした。
年を取ったと言えども生涯現役であるオウは、充分ジョテイに勝てるだけの力があるだろう。それでも、それを実行する程の事でもない。
「……今言った理由だけじゃねえだろ、連れ帰ろうとする理由。連れ帰りに関しちゃ止めねえから何企んでるのか吐きやがれ」
「おや」
見抜かれた事に少し驚きつつ、ジョテイはオウの腕に身を寄せ、その年齢不相応に逞しい肩へと頭を預ける。
「昔のオウを知る彼女に、昔のオウについてを聞こうかと」
「……聞いたところで大して知らねえだろ。そもそも短い時間しか付き合いがねえ」
「それと、彼女からも異世界人とどういった関係性だったのか、どういった会話をしたのかという話を」
「女ってのはそういう話が好きだよなあ……聞いてて楽しいかそんなもん」
「そしてわたくしから、オウに関する惚気を」
「おい」
「コウガノ達にもギフ達にもそういった話をするなと、わざわざ決闘で勝ってまで誓わされましたからね。ある程度対等な立場であれる者にしかそんな話が出来ない以上、丁度良い相手です」
ジンゾウの母であるなら、実質親戚のようなもの。
オウの良さを知っているであろう相手である事からも、ジョテイが語るオウの素敵さを理解してくれるだろう。
誰にオウを譲る気も無いので彼の格好良さを知られたら狙われるのでは、という不安はまったく無い。だが話した相手がその恰好良さに惚れてしまうのは面倒なので、そういった心配も無い相手というのがまた丁度良い。
「……前言撤回を」
「オウが決闘を挑んでくださるのですか? これは嬉しい」
「あ゛~~~~~……」
嫌そうな顔でオウは自身の黒く長い髪をガシガシと掻いた。
「……どっちに転んでもお前にとって美味い話になりやがる」
「ええ、それはもう」
「だったら決闘なんて面倒臭ぇのは無しだ。好きにしろ」
その言葉にジョテイはクスクスと笑う。
ジンゾウとジュンを離れ離れにさせて良いのか、革命で少し荒れているだろうワルノ王国に返して大丈夫なのか、という心配があったからこそ、そういった点でも文句は無いという事だろう。
嫌そうな顔をしている癖にどこか嬉しそうな辺り、そういった裏側が透けて見える。
「……おい」
「はい? なん、」
不機嫌な呼びかけに答えれば、ジョテイの唇にカサついた唇が一瞬重なり、すぐに離れた。
「何もかもが思った通り、なんて調子乗ってんじゃねえぞ」
べ、と舌を出して吐き捨てられた。睨むような目はすぐにそっぽを向いてしまった。
ジョテイは思わぬ不意打ちにより、顔を真っ赤にさせていた。
赤くなった顔を、触れた口元を隠すように手で覆う。
(……これだから、この人は)
思い通りに動いてしまったのが癪だからというだけの理由で、普段やらないような事をしてくる。
こういう不意打ちをしておきながら耳を真っ赤にしているし。
(まったく)
何度でも惚れ直させてくるのだから、困った方だ。
Q トクサツとヒミツは和解したの?
A 和解したわけではありませんが、ハッキリ他人となりました。それだけ。身内だと敵対してしまうけど、他人となれば素直に相手が幸せで良かったと思えます。和解や歩み寄りではなく、他人として、誰かの幸せに安堵する。二人はそういうとこがよく似てる。




