子と親
ジュン・ジョウは孤児だった。
名前だけはあったが、名前以外は何も無かった。
十三の時、城に引き取られた。買い取られた、が正しいかもしれない。
「年齢差があると変な知識仕入れたり、庇護対象守ろうとしてやらかすからさぁ。同年代でも同性だとヤンチャするみたいだし。だから同年代で異性の君に、ちょっと特別な人間のお世話をお願いしたくってね」
にこやかな笑顔で、そのお方はそう言った。
「他にも色々候補はあったし、出来れば人質が取れそうな人間を用意したかったんだけど……君が一番成功確率高いんだよね。せめて天涯孤独じゃなければそっちを人質に取って言う事聞かせたのに。まあいっか。じゃ、よろしくぅ」
そうしてジュンは、今と同じ暮らしを得た。
今と同じ、牢獄の中のような暮らしを。
・
異世界人のジンゾウ様は、最初まったく話してくれなかった。
ジュンは恐る恐るながらも言われた通り、食事を運んだりお着替えの用意をしたりした。
石の壁と床のせいか、壁や床が腐っている場所も少なく無かった孤児院よりも暗く見える空間。空っぽの空間。
そこでずっと警戒を露わにしていたジンゾウ様は、ある日ジュンに話しかけた。
「……何だってお前、こんなとこに居るんだよ」
「えっ? あの、オラはその、ここでお仕事をさせてもらってるもんですから」
「こんな劣悪な仕事、やんなくても良いだろ」
「……だども、孤児院から買い取られで……ほがに行ぐとこもねえだす」
「逃げたりしねえの」
「オラ、文字の読み書きもできねえもんですから」
へへ、と恥ずかしさを誤魔化すように笑う。
何も出来ないという事実を告げるのは、恥ずかしい。
「それに、逃げたところで良いごとなんがねえです」
逃げたって生き残れない。
生き残る術がある子は生き残れるし、違う国にだって行けるだろう。
でも、ジュンは違う。
これといって何か出来るわけじゃない。何をさせても人より劣ると言われる程だ。動きだってとろくさい。
外に出ると言ったって、外に出て何があるのかすら知らない。
憧れる何かも無い。青い空に青い海が素敵と言われても、海がわからない。山の中や森の中の自然たっぷりが良いと言われても、捨てられたジュンはその状況で死にかけていた記憶があるので、恐怖しか感じない。
色々が発展した都会が素敵と言われても、色々なものがキラキラしているらしい都会の、何に憧れるのかわからない。
キラキラしてるというのは、憧れるものなんだろうか。
「……お前、名前何だっけ」
「ジュン・ジョウだす」
「純情?」
ジュンの名に、ジンゾウ様は怪訝そうに眉を顰めた。
「また変わった……いや、禁忌の復活とかそういう名前ばっかなのかこの国。話が出来そうなあのオッサンも王への忠誠って感じの名前だったし」
「あの、ジンゾウ様?」
「…………」
何の話をしているのかわからず声を掛ければ、ジンゾウ様はムッとした顔になる。
「……発音、前から思ってたけどちょっと違うんだよ。俺は甚蔵」
「ジンゾウ様」
「違う。甚蔵。発音としては腎臓に近いっていうか、こう……」
「……甚蔵、様?」
「そう、それ! 今度からはその発音で呼べよな! 違う発音で名前呼ばれるともぞもぞすっから!」
「は、はい!」
それ以降、甚蔵様はジュンと会話するようになった。
「この城の外ってどうなってんの?」
「申す訳ねえ……オラ、孤児院の周辺しか知らねえだす。こっちに来てからも、オラが動いて良いのは部屋と厨房とここだけなもんですから……」
「買い物とか行かねえの? 見た感じ、ポジションとしては下働きっぽいけど」
「下働きというか、オラの仕事は甚蔵様の世話ですから。だもんでそれ以外はやらされねえんです」
それに、と昔を思い出してジュンは恥ずかしさに頭を掻く。
「そもそもオラ、買い物しても毎回何かを買い忘れちまうし、酷い時にはひったくりに全部かっぱらわれちまったもんだから孤児院の方でもお使いにゃ出されなぐって」
「メモとか書いて持ってても駄目か?」
「……その、オラ、文字の読み書きが出来ねぐって。お恥ずかすぃ」
「あー、いや、そういやそう言ってたな。これは俺が無神経だった。悪い。俺もこっちの読み書きよくわかんねえしなあ……それ把握する前に幽閉されたからこっちの文字が読めるのかすらわっかんねー」
はーああ、と甚蔵様はため息を吐いていた。
何か書物を望むならそういった物を渡した方が良いのかと思ったが、キンキ王様が指定していないものを渡すのは禁止されているので出来なかった。
外からの手紙を持ち込んで伝書鳩をやるかもしれないから、と持ち物も毎回魔法で調べられているので、こっそり持ち込んで、なんて事も出来ない。
そんな事をすれば最後、世話係なんていう替えの利く存在なジュンは滅多打ちにされて殺されるだろう。
伝言があるのではとまで言われないのは、そもそもジュンの自頭が悪いからに違いない。伝言する程の内容を覚えていられない程度の頭だというのは、キンキ王様もわかっている。
わかっているから、ジュンに接触する誰かを警戒はしても、ジュン自身を警戒はしない。
(……だども、その通りだ)
それを利用して何かを仕込もう、なんて思えない。怖過ぎる。そもそも一体何を仕込んで何をするのかすら思いつかない頭だ。
運搬以外に、甚蔵様に役立てる事なんて何も無い役立たず。
それがジュンに求められた役目だったし、ジュン自身、それ以外何も出来ない娘だった。
・
甚蔵様は、良い人だった。
キンキ王様の言う事は聞かないし、その要求は断固として拒否し続けた。だからずっと牢獄みたいな場所で暮らしていた。
色々酷い事を言われているのかされているのかわからないが、甚蔵様はゆっくりとやつれていっているように見えた。
甚蔵様を気遣って環境改善するよう進言していたオウ様が追放されてしまったせいもあるかもしれない。
それでもとても良い人で、優しい人で、普通の人だった。
「なあ、ジュン。今日も俺の話聞いてくれるか?」
「勿論だす。オラの方は甚蔵様に話せる程の話もねえですけども、甚蔵様のお話は何もかもが新鮮ですんで」
「へへ、あんがと」
甚蔵様は色々な話をしてくれた。
異世界の物語。異世界の家族。異世界の友達。異世界の学校。
子供向けの簡単なお話から、学校で受けた授業のお話、そして行った事がある場所で見たものや楽しかったことなど、色々を話してくれた。
キンキ王様に関係する文句や愚痴もあっただろうに、甚蔵様は、ジュンにそれを吐き出す事はしなかった。
ジュンくらいしか語る相手も居ないだろうに、言わないでいてくれる優しい人だった。
(……だども)
だけど、知ってしまった。
あれは十七の時。自分が甚蔵様に対する人質として利用されていると知った。
「ジュンが酷い目に遭うのが嫌なら、言う事を聞いてくれないかなあ。ちょっと広報活動と破壊活動さえしてくれればこんな環境に居なくて良いのに、何を意味わかんない事で躊躇ってんの?」
キンキ王様はそう言っていた。
ジュンのせいで、ジュンの存在のせいで、甚蔵様に負担を掛けていた。
ただでさえジュンは役立たずだったのに。
運搬と会話くらいしかこれといって役立てる事も無く、甚蔵様の為にと行動出来る事も無く、ジュンじゃないと出来ない事なんて何一つとして無くて、居るだけで邪魔くさいような存在で。
そんな存在が、更に足枷をしてしまっていただなんて。
(せめて何か、甚蔵様の為になる事を)
そう思って、首を括った。
優しくて素敵な、好きな人。好きになった人を解放する為に、ジュンは自分を捨てる事を決意した。
元から大して要らない自分だったから、覚悟は早かった。
ジュンはシーツで作った不格好な輪っかに頭を入れて、椅子を蹴って、力を抜いた。
さようなら。
・
さようならをしたはずが、生きていた。
いつだって出来損ないで、やろうとした事を満足に達成する事が出来ないジュンは、自殺すらも完遂出来ずに終わってしまった。
死にきれずとも脳に多少の負荷が掛かったとかで、死に損なったジュンは四か月程昏睡状態にあったらしい。
・
ジュンが意識を失っていたその四か月の間に、甚蔵様は死んでいた。
自殺だった。
・
甚蔵様の世話という仕事も無く、理解もし切れず、ジュンは用意されている部屋でボーっとしていた。
呆然とするしかなかった。
それを見兼ねてか、見張りに来たイガノ様が何があったのかを教えてくれた。
「貴様が死んだと聞かされたのじゃ。故にあやつは自殺した」
どういう事か、わからなかった。
「キンキ王自身は、あくまで揺さぶりのつもりだったんじゃろうな。どちらに転ぶかの確率が曖昧に視えたのか、言いなりになる可能性の博打にでも賭けたのか。しかし、枷が無くなれば自由になるのは道理。異世界人の小僧はおぬしの自殺を……正確には死んではいなかったが、自殺したと聞いて後を追おうとしたのであろう」
ああ、ああ、そんな。それじゃ結局、
「……オラの存在は、本当に……あのお人を苦しめるばっかりしか、出来ねがったんだなあ……」
「残念ながら、これからもその役目じゃ」
とん、と何か不思議な感覚があった。
衝撃と言うには弱い、軽くどこかを叩かれたような感覚。
でも、視界には床が広がっている。
「キンキ王は、あの異世界人を復活させようと目論んでおる。その際、再び貴様を人質に取ろうという腹積もりの様子。某達もまた、それに関する命を出された」
何を言っているのか、よくわからない。
「……すまんの。某は貴様に同情を抱けぬ立場にある。仮に抱いたとしても、それはそれとして職務を全うせねばならんのじゃ。某にも、守りたい仲間が居る」
故に、とイガノ様は言った。
「故に、おぬしの足を使えなくする。元より火薬の仕込まれた足枷を外から見えぬよう付けさせていたが、その程度では異世界人相手に足止めにもならぬとの事じゃ。なに、腱を切っても歩けはする。痛みは感じさせぬぞ」
イガノ様は膝を付き、目を細め、ジュンを見下ろす。
「……某やキンキ王、そして他の何を恨んでも構わぬ。寧ろここまでされておる以上、好きに恨め」
じゃが、
「…………ある種この状況の原因と言える異世界人については、恨まんでやってくれ」
気にしないで欲しい。そんなのは当然だ。自分はあの人を恨む事なんてないし、出来ない。そも好きになる理由こそあれど、恨む理由が無い。
そういった事を言おうとして、意識がぼんやりして言えなくて。
そうして気を失ってから目を覚ませば、足に包帯が巻かれていた。痛みは無いけれど歩き辛くて、力を籠めるのが難しくて。
大した動きも出来ないジュンには何ら問題なんて無かったけれど、
(……二度目、出来ねえなあ)
椅子の上に立って首を吊るなんて、そして走って逃げ出そうなんて、二度と出来なくされてしまった。
・
ずっと閉じ込められていた。
日付の感覚がわからなくなる程、ずっとずっと閉じ込められた。
どんどん体が成長して、どんどん体が老いていく。手足の皺が増える度、自分の人生の無意味さを感じて仕方がない。
見張りをしている一部の方は気遣って新聞を寄越してくれる事もあったが、読めないジュンにはどうしようも出来なかった。
読み書きの勉強をしようにも、ペンも紙も無い。地面と枝があれば書いては消しが出来るけれど、石壁と石の床では何も出来ない。ガラスどころか窓自体無いので、朝か昼かもわかりはしない。
そうしてぼんやり過ごしていたら、キンキ王様がやって来た。
覚えているキンキ王様に比べて、すっかり長い年月が経ったとわかる姿でやって来た。
「やあやあ、元気してる? うん、まあすぐに死にそうにはなくって良かった! そんなわけでジュンにお願いがあるんだけどねえ?」
応える暇も無い速度で、キンキ王様が言う。
「異世界人復活したから、世話よろしく」
は、
「甚蔵、様が……?」
「んー、まあジンゾウではあるかな? 見た目とか能力とか、威厳ある風に弄ったから大分違う見た目になったけどね。あと生活といった体に蓄積される記憶はあるようだけど、自分が誰でどういう暮らしをしていたか、みたいな記憶は無いよ。サッパリとね。作り直したようなもんだから当然だけど!」
あっはっは、とキンキ王様は明るく笑う。
「で、そんなジンゾウのお世話、またよろしくぅ。いやー、成功するとは思ってたけど君の事を残しておいて良かった!」
ああ、また足枷にさせられるのか。
・
ジンゾウ様は、甚蔵様とはまったく違った。
別人だった。
見た目以上に、中身がまったく違っていた。
「……あの、お食事で不満とか」
「え? えっと、無いよ」
きょとんとした顔でジンゾウ様は言った。
甚蔵様は、あれ程お食事の味付けにこだわりがあったのに。
「学校、って場所は同じ年ごろの人間が沢山居るんだよね。同じ年ごろって見た事無いから、そんなのが沢山居るなんて不思議」
ジンゾウ様は用意されたお勉強用の本を見ながらそう言った。
外の事を沢山知っていて、お友達の事を楽しそうに話していた甚蔵様と違い、ジンゾウ様には何も無い。そういった思い出も、そういった友人も。
(……本人じゃ、ねえんだなあ)
別人。間違いなく。
面影は無くて、ふとした瞬間に甚蔵様を思い出す事はあっても、それは甚蔵様とは違うんだなという方向で思い出すばかり。
でも、間違いなく甚蔵様でもある。
(……んなら)
だったらそれは、忘れ形見と言うべきだろう。
自ら命を絶ってしまった甚蔵様の子として、大した事はしてやれなくても、ジュンはジンゾウ様の世話をすると決めた。それが与えられた役目である以上に、甚蔵様の遺した子だから。
最初から完成された形でと作られたジンゾウ様が相手である以上、ジュンは母にはなれないけれど。
母親を知らず、教えられる事も無く、守る事も導く事も出来ないけれど。
それでも我が子のように、ジンゾウ様へと接し続けた。
・
学園に行って、ジンゾウ様は変わり始めた。
雰囲気が変わった。
甚蔵様とは相変わらず似ていないけれど、無知としてのジンゾウ様から、少年らしいジンゾウ様へと変化していた。
何が一般的かそうじゃないかの判別など、本当に少しずつ。少しずつだけど確実に、変わっていった。
(……どうか)
叶うなら、ご学友がジンゾウ様を助けてくれたら、と思ってしまう。願ってしまう。
ジンゾウ様はそこまで親しくないという風に同年代の方々についてキンキ王様に報告しているが、きっと親しく出来る相手が出来たのだろう。
だって、その時の顔は甚蔵様に似ていたから。
もう会えなくて、話すのは好きだけど話したくなくて、とても大事な記憶だけど寂しくて。
そんな時の甚蔵様ソックリに、ジンゾウ様は歪な笑みを浮かべていた。
(……きっど、オラ以外ならジンゾウ様を救えっがら)
自分には出来ない。けれど、自分以外なら出来るかもしれない。
だから、と願った。どうか、と祈った。
けれどやっぱりジュンの願いなんてものは誰にも届かなくて、ここから離れるチャンスだった三年間が終わると同時、ジンゾウ様はお城に帰って来てしまった。
「……あの、ジンゾウ様? 大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ、ジュンさん。気にしないで」
ジンゾウ様は微笑む。とても綺麗に。何かを我慢している時の甚蔵様ソックリに。
でも、それに気付いても何も言えなくて。指摘なんて出来なくて。指摘して話を聞いたところで何も出来ない自分では、相談相手にもなれはしない。
「……いっでらっしゃいまし」
今日もまた、ジンゾウ様の力を見せびらかしに行くのだろう。
ご機嫌なキンキ王様と、甚蔵様を思い出させる表情のジンゾウ様を見送ってため息を吐く。
自由行動が許されていない身としてジュンはそのまま自身に与えられた部屋へと戻った。
「…………どちらさんで?」
「見張り慣れし過ぎかよ。もうちょい警戒しな、お嬢さん」
年の頃は同じか、それより若いか。そんな男性が似合わない紳士服を着て、ジュンの部屋の中に居た。
「あの、オラは城についても詳しくねえし、足も悪いで人質として使うにも向がねえと」
「それを言い慣れてるのが悲しい事だな。ま、それも今日までだ」
椅子に腰かけていた男は立ち上がり、言う。
「攻略法を見抜けるキンキ王の天敵、未来を定めるアカ・プロレタリア・レジスタンス・カクメイ。ワルノ王国に自由を与えにやって来たぜ」
「…………」
何だかよくわかんない事を言っていて怖かったので、見張りが賊から守り切れなかった時用にと渡されていたイガノ様直通信号発信アイテムのピンを抜いた。
直後にイガノ様が駆け付けてくれたが、アカと名乗った紳士を見て思いっきり笑っていた。
「ほ、ほほ、ほほほほほ! おぬしこやつにまで不審者と判断されたか! 愉快なヤツよのお!」
「うるせえ。俺はちゃんと真摯な態度で話してるだけだ」
よくわからないが、イガノ様が警戒していないなら安心して大丈夫な相手という事らしい。
・
何が何だかよくわからないまま、何もかもが目まぐるしく動いた。
お城の怖い人達が居なくなったとざわざわしているところに、市民が雪崩れ込むようにやって来た。
アカ様が彼らと話しをしつつ、キンキ王様とよく話している人に話しかけ、何かを頷かせた。途端、人々がワアッと喜んだ。
一体何が起こっているのか、サッパリわからない。
「これで大体はどうにかなった。向こうも一発入れて感情に多少蹴りが付くルートを選んであるから、そうなってる頃だろう」
「あの、オラ、あんま頭が良ぐねえもんで何を言っでるのがサッパリ……」
「この人の話している内容はあまり深く考えなくても良い」
「そ、そうなんだす?」
「ああ」
「…………」
アカ様の仲間らしいヒミツ様は真顔で頷いたが、そんなヒミツ様にアカ様が物凄く不満そうな顔を向けてるのは良いんだろうか。一般的な交流関係がどういうものかなんてよくわからないから、これで良いのかもわからない。
ずっと昔はもうちょっとわかっていたような気がするけれど、孤児院の外で見かけたような交流は、このお城に買われてからはすっかり遠いものになってしまった。
ちょっとしたじゃれ合いのような交流というのは、こういうやり取りだったっけ。
「……ま、良いか。とにかく行くぞ」
「ど、どごに?」
「一件落着の為に」
結局どこへ行くのか教えてもらえないまま、ジンゾウ様と同じ年ごろだろう若者に抱き上げられ、気付けば絢爛豪華という表現が似合うだろう空間に居た。
・
ヒメは舞台が解除されてパーティーが再開された空間の中、ダンス馬鹿三人によるケッタイな踊りを眺めていた。
そうしていれば、ふと見慣れない姿に気付く。
「やあ、アカさんじゃないですか! 来てくださったんですね! またアカさんに会えるなんて嬉しいなあ」
「どうも、お久しぶりで。ニジゲン王も相変わらずのようで何よりだ」
ニジゲン王と気さくに会話しているのは、アカだった。
アカ、ヒミツ。そして見慣れないが下の方の階級に見える服装の女性が一人。
女性はやたらおろおろと周囲を見回しているので、何かに巻き込まれでもしているのか。
「既に舞台は解除されたようだな。キンキ王は?」
「オレがちょっと施して別室に隔離してある。うちの生徒が魔法で出した、魔法を使わないと出られない部屋にな」
そう、トショによる魔法でキンキ王は隔離された。テキトー先生によって魔法を使えないよう洗脳された為、トショが解除しない限り絶対に出られない空間に、だ。
そんなテキトー先生は見るからに不審者臭のするアカに対し、警戒を露わに睨みつけた。
「……で、お前さんはアカって名前かい? 手紙で見た覚えがあるな、その名前」
「初めましてだな、テキトー・キョウシ。改めて革命家のアカ・プロレタリア・レジスタンス・カクメイだ」
そういえば直接の交流は無くともヒメ達宛てに手紙が来た時に報告してくれたのを思い出した。
見た目以上に、革命家と知っているからこその警戒か。
「ワルノ王国での革命が成功したので、今後の処遇を決める為に一足早く引き取りに来た」
く、とアカが笑う。
「安全を確認する為にこちらの中身を確認するつもりなら、好きにするといい」
「…………」
げぇ、とテキトー教師が顔を拒絶に歪ませた。
「……お前さんみたいなタイプは、下手に確認する方がこっちの脳にダメージ入る気配がするんでな。やめとくよ」
ちらりと視線を向けられたので頷いておく。
ジンゾウが魔法を試しにと使用した際、並行処理系の魔法を使用しなければ脳がパンクすると言っていた程だ。脳の動きに耐性があるだろうテキトー先生であっても、相手の思考を読もうとして魔法を使えばどんな反動があるかわかったもんじゃない。
ヒメの頷きから行動が間違ってない事、加えて二年時のやり取りやニジゲン王の対応からして危険性は無いと判断したらしく、テキトー先生は疲れたように頭を掻いて肩をすくめる。
「転がしてるからキンキ王は勝手に連れてってくれ。オレの親友が一撃を入れたが正当な理由だからそこは寛容に頼む」
「構わん。そうした方が今後の精神安定に繋がるから、俺自身がその未来を選んだわけだしな」
「はあ?」
成る程、コワイ先生がキンキ王に拳を入れるところまでアカの魔法によるものか。
まあアカの魔法によるものといっても、あり得る未来を確定する魔法。どのみちコワイ先生があの場で拳を入れるのはあり得ない事じゃなかった。
元から、コワイ先生はそのつもりで居たのだろう。
ジンゾウを探すヒメと会話した時だって、そんな事を言っていた。
「……あれ、ジュンさん?」
隣でダンス部の踊りにキラキラした視線を向けていたジンゾウが、ふとアカ達の方を見てそう零す。
ジュンとは確か、人質に取られていたジンゾウの世話係だったか。
「え、何でジュンさんが!?」
「その、オラにもよくわからんでして」
おろおろしている女性を見てから、ヒメはアカの方を見た。
アカはヒメに胡散臭い満面の笑みを向け、そのままテキトー先生の案内でキンキ王を回収の為か行ってしまった。
成る程、つまりゴーサインという解釈で良いだろう。
ヒメがやろうとしている事を否定する為なら違う未来を選ぶだろうし、ゴーサインと解釈出来る顔を見せたなら、アカが選んだハッピーエンドに繋がるはずだ。
それがどんな形のハッピーエンドかなんて知らないが、止められないならやっても良し。
「ジンゾウ」
「あ、ヒメちゃん。あっそうだジュンさん、こちらヒメちゃん! えっと、お城では話せなかったけど学園ですっごくお世話になってて、僕を僕にしてくれて、それで」
興奮状態のままどうにか説明しようとしているジンゾウの前に手を挙げて制止し、ヒメは頭を下げる。
「初めまして、ヒメ・キシと申します。あちらに居るオウ・キシの娘です」
「え……あ、オウ様!? 追放としか聞げてながったけんども、ご無事で!」
「……まさか覚えられてるとは」
突然名前を出されたオウは顔を顰めていたが、ため息を一つ零して薄く笑った。
「見ての通り、元気にしてる」
いつもにくらべて比較的優しいと言える声で、オウは眉を僅かに下げて言う。
「悪いな、お前とアイツを助けられなかった」
「そ、そんな、とんでもねえ。オウ様だって大変だったろうに、オラ達にまで気を配るなんて……」
そこから何を言えば良いかわからなくなったらしく、ジュンは口を笑みの形にしたまま困ったように顔を俯かせた。
会話が続く、という事自体に縁が無かったのだろう。相手が強制的に終わらす会話ばかりしてきたのがよくわかる。
が、それは今重要じゃないからどうでも良い。
「失礼、少し良いかしら。お話が」
「へっ!? え、あ、はい! オラに出来る事なら!」
「いえ、頼み事ではないのだわ」
ヒメはジンゾウの腕を掴み、言う。
「私は決闘でジンゾウに勝ち、ジンゾウを勝ち取りました。もうジンゾウをワルノ王国へ帰す事はありません。異論があるなら、今の内にどうぞ」
勿論、決闘という形で。
反対させる気も無いので多少の圧を籠めつつ告げれば、ジュンは驚いたように目を見開き、怯えたように身を震わせ、
「……そうが……」
安堵したように、表情を緩めた。
「ほいだらもう、ジンゾウ様はあんなとごさ帰っでこなぐて良んだべな?」
「ええ。返せと言われても帰しません。ジンゾウは既に私のものです」
「ひ、ヒメちゃん……!」
その言い方が何か琴線に触れたのか顔を赤くしたジンゾウがあわあわと肩を掴んで来たが知らない。間違った事は言っていない。
「……えがったなやあ」
小さい、それはもう小さな声で、ジュンは零す。
「…………ジンゾウ様がこうも嬉しそうにしとるんなら、安心だ」
落ち着いた、けれど震えた、これまでの緊張感と突然の安堵からくる声でそう言って、ジュンは深々と頭を下げた。
「オラはジンゾウ様に何もして差し上げる事が出来ねがったけれども、そんなオラからも、どうかよろすくお願いします」
「ええ」
勿論、とヒメは頷く。
自分で挑んで勝ち取った男だ。後悔などさせる気は無い。
「……あの、ヒメちゃん」
「?」
隣を見上げれば、ジンゾウがジュンの方をチラチラ見ながら何か言いたげな顔をしていた。
何か言いたい事でもあるのだろう。
別に止めるような事でもないので頷けば、ジンゾウは安心したように表情を緩め、ジュンに話しかける。
「…………えっと、ジュンさん」
ジュンが顔を上げた。
「その、僕はずっとジュンさんのお世話になってて。でもきっと、ジュンさんから見たら、僕は色々と……厄介者だったんじゃないかと思ってて」
「そげな事は!」
「うん、そう言ってくれるのはわかってる。でも、元の僕と仲が良かったんだろうジュンさんからすれば、直視するのも辛い存在じゃないのかなって、そういうのはここのところずっと思ってた」
ほら、とジンゾウが苦笑する。
「ジュンさんが、前の僕……ってのとは違うんだろうあの人を、今も想ってるのを知っちゃったから」
困ったようにジュンが顔を俯かせた。
「でも、だからこそ、こういう時に言うべきかなって思ったんだ」
不安げに右手で胸元を握り、ジンゾウは言う。
「僕にとってあの人は、前の僕じゃなくて、僕の父さんと言える人だと思ってる。直接の僕じゃないけど、僕を作る根底にある人だから」
だから、と続きを言おうとして緊張の強張りで顔色を青くさせるジンゾウの左手に触れる。
「!」
硬く結ばれていた左手が緩み、その手を握ってやれば、ジンゾウは安堵したように表情を緩ませた。
その顔は、先程のジュンによく似ている。
「……だから、ずっと僕を心配してくれて、気に掛けてくれて、何も出来ないとしても何かをしたいとは思ってくれて」
ジンゾウは、言う。
「ありがとう、母さん」
・
母さんと呼ばれ、ジュンは目から涙が零れ落ちるのを止められなかった。
あれだけ役立たずだったのに。何も教えるなんて出来なくて、寄り添ってあげる事すら出来なくて、甚蔵様の時みたいに気晴らしの会話すらもしてあげられなかったのに。
母にはなれずとも、せめて我が子と思って接しようと、勝手に思っていただけだったのに。
そんな自分に告げられた母さんという言葉に、涙があふれて仕方がない。
「そ、そんなのは……オラが、言うもんだあ……!」
ありがとうは、こちらの台詞だ。
自由になってくれてありがとう。幸せそうに笑ってくれていてありがとう。そんないっぱいの気持ちがあるのに、ありがとうと言ってもらえるだなんて。
(……ちゃんと母親になれだっで思っでも、ええのがな)
母親失格の事しか出来なかったけれど、そう思って良いんだろうか。
そう考えるジュンの頭の中には、ふとあの人の懐かしい笑顔が浮かんで来て、
(……オラ、幸せだ)
我が子からの感謝を得て、我が子の巣立ちを見届ける事が出来た。
ああ、ああ、なんて幸福。
(生まれできて、えがったなあ)
自分に生まれて来た意味はあったのだと、そう言われたかのようで。
ボロボロ流れる涙を止められないまま、ジュンはすっかり皺だらけになった顔で、我が子ソックリに下手糞な笑みを浮かべていた。
アカとキンキ王について。
キンキ王の天敵はアカでした。
どんな相手であってもキンキ王の魔法は通用しちゃうし、BAD ENDが見えたら素早く退避して逃げれば良し。BAD ENDが確定しそうになったら別ルートへ、って感じです。
そしてキンキ王には容赦が無いし、手っ取り早いから、というRTA感覚で人の心が無い対応をします。
ここで人質を取ると相手が即座に屈服してくれるのでまず人質を取って証拠用に髪を一房切っておきます、みたいな事をするのがキンキ王。
しかしあくまでその魔法は攻略。
未来を確定するアカと対峙すれば、その魔法は驚く程効果を発揮せず腐ります。
何故かと言えば、攻略法をどれだけ熟知していようが、オート操作ではどうしようも出来ないから。
確定した未来に一直線となってしまえば、攻略なんてケツ拭く紙にもならないのです。
だからキンキ王はあれ程までに視界一面をBAD ENDに埋め尽くされたし、拳を食らわされたし、トドメとして攻略を二度と使えなくなるという処置を取られる末路となりました。
処刑であれ幽閉であれ追放であれ、彼は二度と全能感を抱く事は無いし、人の上にも立てません。
キンキ王による被害が出なくなる、間違いないハッピーエンドルートです。




