前座未満
ジョテイは自分が作り上げた空間の中、下から椅子を生やしてそれに座った。
そのままオウが腰掛けている椅子を自分の方へと寄せ、自分が座っている椅子とオウが座っている椅子を同化させ一つの豪奢なソファへと作り替える。
「しかし、見ものになるかどうかも怪しいものですね」
「おいこらジョテイ。さらっと何やってんだ」
「夫婦が同じ席に座るくらい良いでしょう」
多少密着度高めにした程度でそう嫌そうな顔をしなくても良いのに。
嫌そうな顔、といっても実際は照れている時の表情だ。
本気で嫌がってる時は全力で口をへの字にして顎を少し上に向ける癖がある。対して照れている場合、への字口にはなっているものの顎を引いて少し上目になるような角度を取る。
本人はまだ無自覚のようだが、わざわざ教えてその癖を自覚し対策を練られても困る。絶対に教えてやらない。
「そりゃ一緒の席ってのはわからんでもねえが……せめてこの派手な椅子はどうにかならねえのか」
「座り心地に問題でも?」
「座り心地に文句は言ってねえだろうが。無駄にゴテゴテした装飾についてを言ってんだ俺は。こんな風に無駄な力使って、途中で魔法が切れたらどうする」
「この程度のお遊びでは切れませんよ。ご存じでしょう」
「…………」
オウは口を思いっきりへの字口にしてそっぽを向いて頬杖をついた。相変わらずわかりやすくて可愛らしい。
まあこの魔法を三日三晩、というのは本当にギリギリのギリギリを攻めた限界値なので実際にそれをやればぶっ倒れるだろうけれど、丸一日くらいなら間違いなく余裕。
毎秒この空間を作り変えろと言われれば五分で泣き言を吐くだろうが、一度作り替えればそれはもう完成している為、それをそのまま置いておく分には意外と消耗は少ないものだ。
「それにしても、本当に早くも吹っ飛ばされていますね。あれで兵士とは」
ジョテイは舞台を見下ろしながらそう零す。
舞台上ではヒメがその素早さを生かして近くに居る兵士の死角に回り、喉、うなじ、股間、脇、といった鎧でも防御し切れていない、かつ急所となる部位を狙って攻撃を入れ倒している。
それでも大半は素早さに翻弄されているし、重さを加えた一撃で一斉に吹っ飛ばされたりもしているし、何なら素早い動きに対応し切れず同士討ち、の状態に陥っている者も居た。
何と言うか、ヒメがわざわざ一人一人を潰さずとも自滅するだけじゃないのかという程に弱い。
「弱いというか見苦しいというか……連携も碌に取れていないようですが」
「…………」
長い足を組み、その膝の上に置くようにして手を組み、オウは背もたれに頭を預けて青空を仰ぎ見、深い深いため息を吐いた。
生涯現役らしくこの年でも老いをあまり感じさせないオウだが、今のため息は、間違いなく老人らしいため息だ。
「……俺の若い頃はもっとこうだったぜ、なんて言いたかなかったんだがなあ」
「そう言いたくなる程か?」
「そう言いたくなる程に酷い。何だあの鎧着ただけの素人。あーやだやだ見てらんねえ」
うへえ、とオウは片手で目元を覆って項垂れた。肘置きにもたれるようにしながら目を覆うその姿は、失望と情けなさでいっぱいだと告げて来る。
「まず司令塔が定まってない。司令塔が複数居るのは構わねえが、自分が統括するチームだけが指示に従う事でそれを成立させるもんだろ。なのに出来てねえ」
「確かに、明らかにタイミングが狂っていますね」
「そもそも体幹がゴミクソ。初めて二足歩行に到達した赤ん坊の方が見込みがある」
「そこまでですか」
「そこまで言う程だ」
中々に酷い言い草だ。いや、考えようによっては初めて二足歩行に到達した赤ん坊は未来への可能性に満ち溢れた存在なので、比べる方が逆におかしいのではという気分にさせてくる。
未来に可能性ある赤ん坊はさておき、どう比較しようともあそこでヒメに吹っ飛ばされている兵士達が見込みゼロなのは間違い無いが、
「……向上心どころか、諦め癖にサボり癖がついているのが見えるな。お遊戯会でももう少しまともだろうに」
「ほれみろ、お前だってそこまで言う程じゃねえか」
「改めてしっかり見ると、足運びがあまりに不細工過ぎて」
無作法とか無駄が多いとか変な癖があるとか、そういう次元じゃない。ただひたすらに不細工。酔っ払った鳥と良い勝負が出来るだろう、軸のない足運び。
相手に足の動きを悟られないようにしているなら上出来だが、明らかに力の方向性がおかしい。あんな状態で剣を振るえば腰がずれるし膝も痛める。重心も歪。
見ているだけで吐き気に近い嫌悪感を抱かせる不細工さが実在したとは、いや、恐れ入った。
「……ま、俺が居なくなった後に俺と近しい思想の奴らはとっとと国を出たからな。残ってる奴らだけで維持してるとなりゃ、まあそうもなるだろ」
頬杖をついてオウは言う。
頬杖によって多少は年齢相応に皮がたるんできたオウの頬がちょっぴり可愛らしい事になっているが、言えば不機嫌にさせるだけなので黙して愛でる。可愛らしい。
「第一、兵士の腕前がどうであれ、キンキ王が居りゃ勝てるルートしか与えられないんだし。実力を誤解したまま駒状態の兵士が出来上がり、ってか」
「とはいえ、よくあそこまで墜落出来るものですね」
落ちる、どころじゃない。墜落しているしめり込んでいる。
ヒメという背が低く体積も少なく動きが素早い相手は、ただ攻撃しようとしても当てられない。しかも一人に対して攻撃出来る数には限度がある。下手すれば相手を狙った攻撃同士で相打ちとなる可能性もあるからだ。
が、ワルノ王国の兵士達はそれも理解出来ていないのか、時折お互いを攻撃しては個人的な乱闘を始めていた。何とも見苦しい。
それもまたヒメが誘導して時間稼ぎにしているだけだろうけれど、そこでまんまと策に嵌っているのはどうなんだ、と頭痛がしてくる。
他国の要人がかなりの数この決闘を見ているという自覚も無いのか。
「あっ、ちょっと今のそこに居たでしょ何やってんのよ馬鹿! お前らしっかりその小娘仕留めないと給料やんないし、無様晒すようなら身内に酷い事してやるからね!?」
キンキ王自身、兵士達の有り様が自国の評価に繋がるなんて思ってもいないのか、より一層見苦しさを増すような野次を飛ばしていた。
前からあまり気に食わない相手だと思っていたが、世の中を舐めたような態度を取り払っても結局見苦しい中身があるだけとは。やはり腐った箱の中身は腐った物か。
「ん」
ヒメが立っている位置を僅かにずらし、攻撃を避ける。同時、前後からヒメを狙っていたその攻撃は兵士同士でぶつかり合い、
「……あっけないな」
兵士も腕利きも、あっけなく全滅した。
ジョテイは思わず目を丸くしてしまう。
「腕利きも居たはずだが……動きの不細工さに埋もれて気付けないまま倒されたのか? オウ、貴方は腕利きがどう倒されたか見えましたか?」
「炭しか皿に乗せられねえ腕前のヤツが標準的な料理人だった場合、芯が残ってべちょべちょな米でも炊けるだけ上等な料理人だろうよ」
「ああ……」
つまり、例外なく動きが不細工な中に腕利きと呼ばれる者が居たらしい。
確かに時折攻撃の威力が高いように見える者がちらほらと居たが、あの程度で腕利きとは。あと五段階程レベルが上がれば腕利きと言われるのもわかるけれど、
「真面目に学んだ学生なら余裕で勝てるだろう有り様だったな」
若者でも実力があれば充分勝てる、程度の腕利きだった。
ヒメからの手紙でジンゾウが今までに相手取った相手は腰抜けの腑抜けが多いらしいというような報告があった気がするが、成る程、こういう事か。
この程度で満足している人間がジンゾウという子供に容易く上回られたら、それは心も折れるだろう。自分では自信があり、そこが頂点だと思っていたのだから。
研鑽を無くしているようでは、上回れない。
こう考えれば、常に向上しようとするヒメと戦った事で、ジンゾウもまたその強さを学べただろうから良い事だ。
ヒメの体が鈍らず、どころか相当な速度で強化されていた理由の大半が組手相手となってくれたジンゾウのお陰だったようだが、お互いに上手く補い合っていたらしい。
実際に戦うとなれば魔法頼みになるだろう事を思えば、ヒメとの組手で得た強さがジンゾウの役に立ったかは知らないが。
「ふ、っっざけるんじゃないよどいつもこいつも! あんな小娘一人に負けちゃってさ! お前達全員、持ち家も借家も関係無く没収してやるからね!?」
観客席で子供の癇癪のように暴れ叫んでいるキンキ王の姿に、ジョテイは思わず笑い声をあげる。
「はははははは! 随分と愉快な物言いだなキンキ王! つまらん事ばかりを言うよりも、そうして滑稽な素を晒している方が幾らか愛嬌があるぞ!」
「ざっけんじゃないよメスゴリラ! 死ね!」
中指を立てて暴言を吐かれたところで、言っているのがキンキ王ではダメージも入らない。そもそもその程度の暴言しか吐けないのかと鼻で笑いそうになってしまう。
魔法で見て来た正解に従う事は出来ても、自分で考え、どうしたらそうなるか、を学んでこないとこんな有り様になるのかと思うと、笑える程に恐ろしい話だ。
「ジンゾウ! ジンゾウ! 何を端っこで突っ立って案山子なんかやってんのさ!」
「え、あ、えっと」
舞台上でおろおろと、泣きそうな顔で視線を彷徨わせるジンゾウにキンキ王は言う。
「逆らうなんて許さないからね! いいからさっさとその小娘を潰せ! 魔法でも何でも使って生き恥を五回は晒させろ!」
「そ、そんな事は、」
「良いだろうやってみろ!」
か細い声を掻き消すように、ジョテイも叫んだ。
「うちのヒメはその程度、真正面からねじ伏せるぞ!」
「こーら」
袖を引かれて座り直させられた。
まだ言い足りなかったのにとオウに不満の視線を向ければ、オウは呆れたようにやれやれと首を横に振る。
「お前な、そういうのは当人同士で言い合うもんだろ。外野がそう盛り上がんな。ギャンブルでギャーギャー騒ぐ下品な野次野郎と変わんねえぞ」
「ぐ……」
「仮にも俺がお前を育ててんだ。テメェが後からテメェ自身で反省するような振る舞いすんじゃねえ」
まるで子供を諫めるように頭を軽く叩かれ、ぐうの音も出なかった。
オウに育てられた身として、育て親でもあるオウが指を差されるような言動はよろしくない。
いけ好かないキンキ王の醜態と愛娘であるヒメの無駄がそぎ落とされた動きに興奮状態に陥っていたのを自覚し、ジョテイは咳払いをして姿勢を正す。
確かに、決闘に血が騒ぐのはザカの性質ではあるものの、少々はしたない言動をしてしまった自覚があるもので。
・
ヒメは、ジンゾウと対峙していた。
「肩慣らしにもならなかったのだわ」
「ヒメちゃんからしたら、そうだろうね」
「ええ。で、ジンゾウは何をそんなにしけたツラで居るのかしら」
予防接種を前にした犬のように、酷い顔だこと。
「……僕は、ヒメちゃんと戦いたくない」
「私は戦いたいのだわ。決闘で奪い取る為に。でも、それだと私の不戦勝になる」
なってしまう。
「私を舐め腐るなと何度言えばわかる、ジンゾウ。私の好みと、私の嫌いは、貴様もいい加減把握しているはずだと思ったが?」
「……うん、そうだね」
へにゃ、とジンゾウは泣きそうな顔で笑う。無理矢理笑う。
「ヒメちゃんは、そういうの嫌がるもんね。ちゃんと実力で勝ち取ろうとするっていうか、あそこで戦ってたら相手が勝ってたんじゃないか、みたいな言われ方を嫌うからしっかり白黒つけたがるっていうか」
「わかっているのなら、自ら舞台を下りるなんて至極詰まらない真似はしないでちょうだい」
「…………ん」
こくり、とジンゾウが頷いた。
返事をしたのかしてないのかわからないような、子供染みた動き。泣きそうだけど我慢していて、笑えないけど笑おうとしている変な顔。
だけど、そのどれもがジンゾウだ。
取り繕っていないジンゾウである以上、それもまたジンゾウらしさ。良い悪いはさておいて、ジンゾウらしさを出せているのは良い事だろう。
「……でもヒメちゃん、僕、すぐに対応しちゃうんだよ」
「そうね。それが?」
「一年の空白はあっても、学園での三年間で、ヒメちゃんの戦い方は見て来てるんだよ」
「ええ。知ってる」
「ヒメちゃんは、何度でも挑んで、僕が常に勝てるわけじゃないって事を教えてくれるけど」
けど、でも、
「この戦いで、僕が勝っちゃう可能性もあるんだよ」
だって、
「だってヒメちゃん、学園生活最後の組手で、僕に勝ったでしょ」
だから既にその時の勝ち筋への対策は出来上がってしまっている。対処はされてしまっている。
「ヒメちゃん、まだ、僕に勝ち越せた事って無かったでしょ」
そう、そうだった。連勝出来た事は無い。
何なら、片手でも両手でも足りない数負けて、それでようやく一勝をもぎ取る事もあった。どうしたら攻撃が通るかを探る為の試しの時点で、対応されてしまうから。
試しの攻撃が通りそうだったからこの動きなら、と思っても、次にそれを踏まえた攻撃をした時には対応されてしまっている。常に成長している迎撃型。
でも、
「それが何?」
そんなもの、二の足を踏む理由にはならない。
「私はジンゾウのお陰で磨かれ、研がれ、強くなったのだわ。強くなる方法を理解した。本当、昔に比べて新しい動きを得るまでに間が無くなっちゃった」
それはとても良い事だ。普通以上の速度で強さを磨く事が出来るし、手数を増やす事も出来るのだから。
でも、ジンゾウは?
「ジンゾウはどうかしら」
ヒメは転がっている、ぐったりした兵士達を見る。
気絶している者。幼く見える女に負けて心が折れた者。単純に戦闘意欲を無くした者。
そんな向上心の欠片も無い人間に囲まれた状況で、成長出来るはずもない。
「この一年で、貴方はどれだけ成長したの?」
「……魔法の同時使用は、ちょっと伸びたよ」
「そう。それは楽しみね」
にっこりと笑い、ヒメは腰に手を掛ける。
「魔法、しっかり使って来なさいよ。手加減して勝つのは私の実力不足だけれど、手加減して負けるなんて舐め腐った行為は認めてあげない」
腰の後ろでクロスするように装備されていた短剣。
兵士達相手では出番も無かった二つの短剣を両手に持ち、ヒメは笑う。
牙を剥くように、獰猛に笑う。
「じゃ、戦いましょうか。私が貴方を得る為に」
「……うん」
ジンゾウは頷き、舞台に突き刺さっていた大剣を抜く。
兵士の誰かが使おうとしたんだろう大剣を軽々と持って、下手糞な笑みで、ジンゾウは言う。
「ヒメちゃんが僕を求めて良かったって言ってくれるくらい、頑張るね」
結果がどうなってもお互いに全力を出し切ったと、そうヒメが満足してくれるように。
こんな腑抜けた事しか出来ないのかと、嫌悪と失望を向けられないように。
ジンゾウは眉を下げたまま、それでも組手をする時を思い出して、その目に戦闘の意思を灯らせる。
「勝っちゃったら、ごめん」
「冗談。勝つのは私よ」
直後観客の視界から、二人の姿が掻き消えた。
同時、二人が居た場所の中心点から金属音と火花が散る。
姿こそ見えてもその動きを肉眼で追うのは素人には難しい、本気の戦闘が始まった。
Q この時点ではもう、ヒメはジンゾウにそういう思いを抱いてるの?
A 恋かどうかは不明です。ただヒメとしては、ジンゾウを既に自分の所有物と認識している。それだけ。駄犬とはいえ、自分の飼い犬なわけですし。




