人生
ジンゾウにとって、人生が始まったと言えるのは、ヒメがあの言葉をくれた時。
「異世界人そのままだなんて、一体どこがそのままなのかしら。まだ言い訳が出来るなら是非聞いてみたいのだわ!」
その瞬間、ジンゾウは世界に生まれ落ちた。
だってそうだろう。気付いたら異世界人の魔法が使えて、異世界人扱いで、でも表向きには異世界人の子で、真相は異世界人の死体から作られた存在。
人工的に作られた人造物。
それまでは沢山嫌な気持ちになった事もあったけど、世界は始まっていなかった。
ひたすらに暗くて、悲しくて、明るい気持ちなんて抱けなくて。希望を抱く事も無くて。正直、マナビヤ学園にも期待はしていなかった。
外に出たって、結局ワルノ王国にしか、居場所はないから。
「その見た目で異世界人だったのなら、食パンにダイヤモンドが埋め込まれている並みの確率なのだわ!」
でも、ヒメはそう言ってくれた。
ジンゾウが異世界人だなんてあり得ないと、そう否定してくれた。
世界が、初めて色付いた。
諦めしかない世界に、希望が湧いた。
(僕は、最強じゃない)
ヒメがそう否定してくれた。
(僕は、無敵じゃない)
ヒメがそう教えてくれた。
(僕は、僕で良い)
ヒメがそう命じてくれた。
そう、ヒメはジンゾウに沢山をくれた。嬉しいを沢山、幸せを沢山、そして他の人はくれないだろうものを沢山くれた。
ジンゾウと戦っても挫けず諦めず、上回ろうとし続けて、無敵じゃないと教えてくれた。ジンゾウが異世界人である事を否定してくれた。
ジンゾウが生まれたという罪は否定せずとも、それでも、ジンゾウの存在という罪は否定してくれた。
「だから」
そう、だから。
とても優しいヒメだから。ヒメと一緒に居た事で仲良くなった友人達も優しいから。
そんな彼ら彼女らに、万が一があったら困るから。
「だから」
だから、離れる。
知っている。ジンゾウは学んだ。一緒に居たって、守る事には繋がらない。一緒に居るからこそ目を付けられて危ない事もあると、ヒメがそう教えてくれたから。
だから、一緒には居られない。
トクサツの一件からも、ヒメ達は優しい。行動力もある。ヤンチャ出来る学生の時間が終わっていたとしても、ワルノ王国に乗り込むくらいはするかもしれない。
でも、キンキ王は一筋縄じゃいかない。その人が一番嫌な方法を取る事だってある。
そんな人と、対峙させたくない。
「だから」
だから、魔法を使った。
皆が幸せになれるよう、不幸の根源となる自分を消した。
完全に記憶を消したら関わりの深いヒメ達に違和感を抱かせてしまうから。空っぽの記憶に気付かれてしまうだろうから。改変しても違和感に勘付かれるだろうから。
だから、何となく、そういえば当時はよく話した気がするな、くらいに自分を薄める。
わざわざ連絡を取る程でも無い、というくらいに薄める。
ワルノ王国についても薄めて、関わりを持たないようにさせて。
(これなら)
自分を薄めて、皆を守る事にした。
ただでさえジンゾウを生きた人間らしい体にする為、協力してもらっている。そんな事がバレたら何をされるか。
それをわかった上で、生きた自分になりたいと主張したのは、求めたのはジンゾウ自身。
でも生きた自分になった事で、わかった。わかってしまった。
「テキトー先生が言うはずだよね」
口を酸っぱくして注意された通り、万が一を想像した時の苦しさは、これまでの比じゃなかった。
今までだって、誰かに何かがあったらと思うと辛かった。苦しいし、悲しいし、困ってしまう。でもそれはあくまで舞台を見ている時の哀しみに近くて、その時は苦しいけれど少しの時間を置けば落ち着くようなものだった。
今はもう、そうじゃない。
ふとした瞬間にその発想が出ては心臓がバクバクと脈動し、呼吸が浅くなり、涙腺が刺激され、脳の働きが鋭敏かつ鈍重になる感覚。
想像だけでこんなに辛い気持ちになる未来は、嫌だった。
そんな事にはさせたくなかった。
「だから」
だから、薄める。
ワルノ王国とジンゾウにさえ関わらなければ、悲しい終わりはやってこない。
・
ジンゾウは魔法を使う。
多角的に使う、を学んだから。沢山の魔法を一気に使って、ジンゾウは何もかもを誤魔化した。
ジンゾウの体を調べても、大して変わっていないように誤魔化した。
部屋は今まで通りの部屋で、生きている体には酷く苦痛で、だけどそれも魔法で誤魔化した。
酷い空腹は魔法で満たした。
眠らないと体が壊れるから、こっそり眠った。
硬い床に座った状態で寝ると回復しないから、こっそりと周囲を一時的にふわふわにして、眠っていないように見せかける魔法で誤魔化して眠った。
キンキ王が他の国に意識を向けないよう、少し思考が堂々巡りするように魔法を使った。
何度でも確認の為、ジンゾウを調べていた。ジンゾウを調べ終わっても、どこに戦争を仕掛けるか、と考えて一日が終わるようにした。
攻略の魔法に目隠しをして違和感に気付かれないよう、魔法を使った。
誤魔化す魔法を沢山使った。どこからどう感知しようとバレないようにした。
そうやって誤魔化して、誤魔化して、キンキ王の足止めをした。
でも、それは完璧じゃなかった。
招待状の存在に慌ててしまって、頭が真っ白になってしまって、誤魔化すのも間に合わなくてオタク国へ着てしまった。
(……今から、でも)
キンキ王の機嫌を損ねないよう、キンキ王が不愉快そうにしないジンゾウという上っ面を貼り付ける。魔法を使えば完璧に誤魔化せる。
でも、現状をどうするか。
最終手段としては時間を巻き戻したり、何も起こっていなかった、と無かった事にしてしまうものがある。
だけどそういった系統は、人間をかなり逸脱した魔法。使って良いのか。どうしても迷いが出てしまう。
何より、折角の機会だった。
折角の機会だと、そう思ってしまった。
もう二度と会えないだろう、もう二度と会話する事は無いだろう、と思った友人達。そんな彼らの顔を、見る事が出来る。僕としてじゃなく俺としてになってしまうが、会話も出来るかもしれない。
そう、期待してしまった。
もう関わらないようにすべきだからと、遠隔で誰かを確認出来る魔法を使う事も無かった。そもそも相手の心の声を無断で聞いたり、盗み見たり聞いたりするのはよくない事だから。
それでも皆を守りたいからとキンキ王に対しては使っていたが、皆には使いたくなくて。
だから、自分で自分を戒める為にも、皆を遠視魔法で見たりはしないようにと思っていて。
そんな皆の顔を、最後にもう一度、見れるかもしれないと思ってしまった。
それが間違いだったのだろう。
「舐め腐るなよ」
その言葉と共に、ヒメは自身の人差し指を噛み砕いた。
解除された魔法を掛け直した事でジンゾウに対しての意識はかなり薄まり、関心を向ける事すら難しいはずなのに。そんな事をしても解除されないのに。
なのにヒメは明るい青い目を、迫り来るような気迫でギラギラと光らせて、口の端から僅かな血を垂らしていた。
慌てて駆け寄り回復魔法を掛けたが、痛かったはずだ。
そう、痛い。
生きているのは、痛い事だ。
痛みがあるからこそ生きていると言えるけれど、痛いのは、痛い。
魔法で痛覚を誤魔化して回復魔法で治してキンキ王からの目を誤魔化しているが、痛覚がある時は、やっぱり痛い。ジンゾウはそれを知っている。もう知っている。
痛い行為は、とても痛い。
なのにヒメは躊躇い無く自身の指を噛み砕いて、言った。
「結果的にジンゾウを捕まえる事にも成功したのだわ」
どうしてそんな事を言うの。
まだ魔法は解除されてないのに。まだ僕に感情を向けるなんて碌に出来ないはずなのに。なのにどうして、こんな出来損ないに、そんなに嬉しい言葉を掛けてくれるの。
「最後にあぶれた一人は私が拾う。ジンゾウが最初に見捨てた、ジンゾウ自身をね」
魔法を解除してジンゾウへの感情が元通りになったヒメは、そう言った。
そう言ってくれた。
元通りになっただけであって、怒ったりはしているだろうに。勝手な事をしたジンゾウに怒りを向けたりだってそのままだろうに、ヒメはそう言ってくれた。
大した事じゃないとでも言うように、ジンゾウでは決して思いつけないような事を、とても簡単に言ってのけた。
(……そういうところが)
そうやって僕の限界を容易く否定して、僕じゃ見れない景色を見せてくれる。
そんなヒメちゃんだから、大好きなんだ。
・
でも、だからといってまさかヒメと決闘する事になるとは思わなかった。
結局キンキ王は他の王族からの追撃もあり、渋々決闘に賛成した。
よくわからないまま連れてこられた兵士や腕利き達は着替え、ワルノ王国で用意されているものより三段階は優れているだろう装備に驚きを示しつつ、舞台に上がる。
コロシアム式の、観客に被害が及びにくい作り。
沢山対一人という状況で、ヒメはまったくもって気負わない様子で堂々と舞台に上がった。
ゆるりとしたウェーブを描く柔らかな金の髪は高い位置で一つに括られ、衣装は胸と肩と腰に少しアーマーがある程度の服。
ミニスカートの上からはコートの裾のように、ドレスのように、ふわりとした布が広がって愛らしさを強調していた。
でも、ヒメはただ可愛らしいだけじゃない。
「何というか、質が悪いようでガッカリなのだわ」
背の高いヒールをカツンと鳴らしてそう言ったヒメに、血の気の多い兵士達が攻撃を仕掛けた。
「……はあ」
遅い、という声が聞こえた気がした。
直後、攻撃を仕掛けた兵士達は空高く放り投げられ、そのまま着地に失敗し装備品の重さが加わった自重により目を回す。
「基礎、鍛え直した方が良いんじゃないかしら」
ざわざわしているのは殆どの兵士。
でも、ジンゾウにはヒメがやった事がわかる。視ればわかった。相手の動きを利用して体の一部に触れて後押しし、本人も予想外な方向へ吹っ飛ばすという単純な技だ。
真上から振り下ろした腕をそのまま下にぐんと押してやれば、スッ転ぶ。それだけ。
勿論相手の動きや筋肉などを理解した上で出来る複雑な技だし、それらを理解した上で挑んでいる相手には吹っ飛ぶ方向も読まれる為、すぐ戦線復帰可能となってしまう。
が、そうじゃない相手なら、容易く吹っ飛ばされてしまうだろう。今のように。
「開始前から血の気が多いな。まあ、それ自体は好ましい事だから良しとしよう」
楽し気に弾ませた声を空間全体に響かせるのは、ジョテイ。
「せめてもう少し時間が持てば良かったが、そこまで望むのも酷というものか」
「てっ、んめーーーーっ! うるっせーよ馬ーーーー鹿! 血気盛んゴリラ女!」
向かいの観客席から見苦しく叫ぶのはキンキ王。
いつだって飄々とした態度で、そして子供っぽい態度で他人の命を弄ぶようなキンキ王だが、今のキンキ王はかなり焦っているのか酷く見苦しい言動だった。
一体何がそこまで、キンキ王を焦らせているんだろう。
「さて」
そんなキンキ王を完全に無視し、ジョテイはヒールの音を響かせる。
「お集りの方々! 皆様はこの決闘の証人だ!」
ジョテイの声が、空間内にビリビリと響いた。
「挑戦者はタカラザカの姫でありわたくしの娘である、ヒメ・キシ! 対するはワルノ王国の玉石混交な兵士達! 賞品はワルノ王国王子、ジンゾウ・フッカツ!」
叫びながら、ジョテイは楽しそうに口角を吊り上げている。
「卑怯卑劣上等、魔法にトラップ何でも使え! 勝った者が正義である!」
さあ、
「楽しい舞台の開幕だ!」
ジョテイが叫び腕を振り上げると同時、舞台の真上で花火が弾けた。
その輝きと音を合図に、軽やかな動きでヒメが素早く飛び出す。
Q 何でジンゾウはこうもぐだぐだしてるの?
A 精神的に幼いから。ただ精神的に幼いだけなら突飛な発想から逃亡したりもするでしょうが、彼はまず発想も足りていません。虐待児が、大人に逆らっちゃいけない、と強迫観念のように思い込んでるのと同様の状態です。
Q ジンゾウの能力ならワルノ王国から逃亡出来たんじゃ?
A 逃亡だけなら出来ます。逃亡し続ける事も出来ます。キンキ王から自分に関する記憶を消す事だって出来ます。やらないのはその発想がまず浮かばないのと、ワルノ王国以外に行き先なんて無いからです。
Q ワルノ王国に帰らない、という選択肢もあったのでは?
A 選択肢自体はあります。実行も可能。ただジンゾウにその発想は無く、ジンゾウにとって帰れる先はワルノ王国しかありませんでした。
Q 他のところに行くって発想はどうしても出ないんですか?
A 出ません。学園は卒業しちゃったのでもう居場所じゃない。家に帰るしかないのです。家とその周囲が世界である子供にとって、帰る場所は家にしかありません。
Q トクサツはマッドの家に行けたのに、何故ジンゾウだけ?
A トクサツにもその発想はありませんでした。彼女にとっても帰る家はあのお城だけ。でもトクサツは、マッドから誘われ、マッドの家族にも受け入れられ、それらがあったからこそマッドの家を居場所と認識出来ました。要するに外部からこういった選択肢もあるし、長期滞在も可能だよ、と言ってもらわないと駄目なのです。加えて今の自分の状態が酷いものである、という自覚も必須。条件が多い。
Q それならジンゾウも他の友人宅に滞在すれば良かったのでは?
A ジンゾウ自らその発想は出来ません。自分の存在は迷惑を掛ける、が根底にあるので尚更頼めない。無所属部組はジンゾウから言われたら全然オッケーと言うし、何ならジンゾウが帰りたくないと主張すればそういう誘いは出しました。でもその前にジンゾウは彼らが自分を認識し辛くなる魔法を掛けてしまった。助けを求めずに背を向けて救いから自ら遠ざかったのは、ジンゾウです。




