イヤス家とライト
ライトはチリョウ国のお屋敷でご厄介になっていた。
「いやァ、正直言って正式に結婚するまでは普通に他人の距離感になるんじゃないかって思ってたんですけどねェ」
「ハッ、そんな事させるわけねぇだろ」
ライトの言葉を鼻で笑うのは、フリョウの母であるガチ・イヤス。コワイ先生の姉でもある方だ。
コワイ先生ソックリかと言えばそうではなく、コワイ先生とフリョウ同様に酷い圧があるものの、目の前に迫り来る大岩のような二人に対し、彼女の威圧感はまた違う。
美しく、鮮烈で、網膜を焼き切るような輝き。
言うなれば、常に爆発している爆弾と言うべきか。その光自体は美しいものの、威力と範囲はとてつもなく恐ろしく、爆発していない時でも取り扱い注意な存在。
「フリョウから聞いてて、その有用性は知ってんだ。どうせなら手元に置いて、仕事外の時間でも叩き込めるだけを叩き込んじまった方が合理的だろ?」
「まァ確かに、オレとしても助かる事ばっかですけど」
「あとは緊急時に招集する手間もねえ」
「そこだけは助かって無いんすよねェ」
実家でもそうだったが、夜中だろうと急患が発生する度に叩き起こされて連れて行かれる。いや勿論それでこそ医者だし、夜中だからと駄々捏ねるようなら医者になるなという話。
そもそも別の住まいだったからって招集されないかと言えばされるので、一緒の方が移動の手間とか諸々が無いのは良い事だと思おう。目的地に近いとかなら先に行ってある程度対処しておくとかが出来るけれど、逆に遠かった日には手間取るばかり。
あと急患の対処、通常の患者の対応、そして新しい知識を得たり器具の管理をしたり、とやっていたら家事に手が回らなくなったりする為、使用人が居るこの屋敷の世話になれるのはありがたい。
実家でも使用人が居たが、一人暮らしで使用人頼むのもなあ、と思ってしまっていたので本当に大助かりだ。
「本当は、ちょっと心配だったんだよ」
苦笑するのは、フリョウの父でありこの国の王様の弟であるココロ・イヤス。
かなりおっとりのんびり穏やかな方であり、一見するとフリョウと血の繋がりがあるようにはまったく見えない。フリョウ曰く真剣な顔をしている時は似た目付きになるとの事だったが、ライトはまだ一度もその様子を見てないので相変わらず似てない親子だという印象になる。
まあ、中身は穏健派なフリョウを思えば、見た目じゃないところは似てるんだなと思うけれど。
「学園から実家に戻って、子供から大人として仕事に参加して、お手伝いじゃない形で学ぶ。その上で違う国に移動してるんだから、すっごく大変なんじゃないかって。お友達の家で、お友達の家族と暮らすっていうのもね」
うん、とココロは困ったように笑いながらカップを持つ手で指をもぞもぞと動かす。
「……人によっては一人の方が楽って事もあるから、ちょっと心配だったんだ。慣れない人の気配、嫌じゃないかなって」
「そんなァ、全然ですよォ!」
ライトは慌てて否定する。寧ろそんな発想をした事すら無かったので、そんな可能性を気遣われてた事実の方に驚いた。
「オレはどっちかっていうと人の気配ある方が好きですんで、一人暮らしの方が多分、寂しいかなァって感じっすね」
たはー、とライトは頭を掻きながら笑う。
「なンで、正直ありがたかったんですよ。このお誘い。そりゃ知らない人だけだったらちょっとビックリするけど、フリョウ居るし」
「…………」
隣に座っているフリョウの背をバシバシ叩いてライトはそう言った。
「ま、実際知らない人だらけでもシェアハウス感覚でどうにかなりそうなもんですけどねェ。ご家族んとこにオレが割り込むのはちょっとどうよって思うけど、そんなくらい?」
ライトの言葉に、ガチは少しニヤニヤした顔になってココロを肘でつつく。
「ココロ、テメェの心配は頭っからケツまで杞憂だったらしいな」
「だね。まあ無駄な心配ならそれはそれで良かったよ。心配なんて、無駄になる方がずっと良いもんね」
「…………チッ」
穏やかに微笑むココロに、ガチは顔を逸らして舌打ちをした。思ってた反応と違ったらしい。照れたところをからかいたかったとかだろうか。
「あ、そういや初対面から聞くのはアレかなーって思ってて聞けてなかったけど、実はちょっと聞きたいなって思ってた事があって」
「あん? 何だよ、フリョウがガキの頃、どれだけ同年代のガキに泣かれてたかって事か?」
「母さん、それは、色々と何かが違うのではないだろうか」
「マジな顔で止めんなよ。話すならちゃんとお前が居ないとこで話してやっから」
「いやそこではなく」
フリョウは焦りが混ざった真顔で冷や汗をダラダラ掻きながら待ったの手を出していた。それを歯牙にもかけない辺り、流石はフリョウの母。コワイ先生もこの人には少し怯えたような気配を出していたので、止めようとして止められる人ではあるまい。
「で? 何の話が聞きたいって?」
「お二人の馴れ初めなんですけど」
「俺パス」
ニヤニヤ笑っていたはずのガチが真顔になって素早く立ち上がり退室した。
「……えっ!? 逃げられた!?」
「母さんはこういった話題が苦手でな。無理矢理同席させると照れと怒りから顔を真っ赤にして暴れ出すから、距離を取ってくれるならその方が良い」
「ええー……」
だからってこうも素早く逃げられるとは。無駄な動きが一切無い退室だった。慌ててるようにも走ってるようにも見えなかったのに、数倍速のような動きだったし。
「そこまで馴れ初め語るの嫌だったのかなァ」
「語るというか、恋愛関係が苦手なんだよ。語るのも聞くのも苦手だし、そこに自分が関わってるともう耐えられなくなっちゃうみたい」
ふふ、とココロが笑う。
「可愛いよね、ああいうところ」
「ア、そんな感じなんすね」
ぽやぽやした笑顔だから本当純粋に可愛いと思ってるのが伝わってくる。それはそれとして、ココロの異様な許容量も見えた気がした。
この人、誰のどんな行動も苦手と感じないんじゃないかって思うくらい懐ふっかいんだよなあ。
「でも、どうして馴れ初めを? 確かにライトは人の話を聞くのも苦じゃない、どころか楽しそうにしてるタイプだし、コイバナも結構積極的に聞いてるみたいだけど……特別コイバナが好きって程でも無さそうだよね?」
「ココロさんめっちゃ見てるゥ」
「そういう仕事だもん」
そう、ココロは精神科医だ。魔法との相性からも、そういったカウンセリングを得意としている。
「気になるような事でもあった?」
「前にフリョウからちらっと、母親が国家転覆案を王弟に提示したらそれが理由で結婚した、って聞いたんで」
「うっわあ、凄い誤解が生まれそうな表現」
「オレもこれって国家転覆的な意味の結婚じゃねって思ったんですけど、そういった感じも無いから何か違うんだろうなァって」
ライトは肩をすくめた。
「だから気になってたんすよ。でもフリョウからの伝聞じゃ同じ終わり方になりそ~ってのもあったし、かといって初対面からダチの両親に聞くような事じゃないよなーって」
「そっか。気になってたのに気遣ってくれたんだね。ありがとう」
ココロは微笑んで頷き、静かにフリョウの方を見る。
「でもフリョウ? その言い方は誤解を生み過ぎると思う」
「……今思えば、確かにそうだったな、と思うんだが……」
「確かに話してる最中はそういう違和感や言葉の端折り方に気付かなかったりするけどね。危うく変な噂が立っちゃうところだったよ、もう」
まったくもう、とココロはほんのり眉間に皺を寄せて唇を尖らせる。
正直全然怒ってるように見えないが、フリョウの気まずそうな顔からするにこれでも怒っている方、なんだろう。多分。
「馴れ初めだけど、多分思ってるより短いけどそれでも良い?」
「え、良いんです?」
「僕は全然。ガチちゃんも自分の前でそういう話されない限りは勝手にしてろってタイプだから、怒られたりはしないと思う」
王弟に怒れるとか本当凄いなあの人、と思いつつライトは頷く。
「是非聞きたいです!」
「うん、オッケー。えっとね、ガチちゃんのヤンキー家っていうのは小さめの診療所だったんだけど、ガチちゃんだけ毛色が違うくらい回復魔法が得意でね?」
他の人はちょっとした怪我を治すくらいだったんだけどね、とココロは笑顔で語り始めた。
・
ヤンキー家は、かすり傷といった軽傷を治す事が多かった。
人によっては大怪我にも対応可能な場合があったが、それでも完治までは行かず、その場で対応出来る限りの事をやるのが得意、という系統だった。
しかしそれ故に、ありがたい家でもあった。
何せ優れた回復魔法が使える者は、その分重傷患者に割り振った方が良い。優れた回復魔法持ちを軽傷の対応に駆り出して、重傷患者を後回しにするなんて目も当てられない。
だから、そういった患者を任せる事が出来るヤンキー家は縁の下の力持ちといった扱いだった。
そんな家に、ガチが生まれた。
ヤンキー家特有の圧を持っている上に、見た目が厳ついだけで性格は温和な事が多いヤンキー家には珍しく、とてつもなく血の気が多い性格。
勿論その血の気の多さは怪我人を出すような加害者に対し暴力での制圧、暴れる患者を押さえ込んで処置の手伝い、等かなり助かるものではあったが、その性格や口調の荒々しさから遠巻きにされがちな人でもあった。
「おいテメェ、何をへらへら笑ってやがる」
そんなガチとココロが初めて会話したのは、そんな会話からだった。
歳は十三の頃。ガチはその時十五歳だった。
二歳年下相手に、ガチは最初から喧嘩腰でそう睨みつけた。
「えっと、何をって?」
「あんな風に悪い扱い受けておいて、何をへらへら笑ってんだって言ってんだよ! 腹立つ事されたらぶん殴れや! あんなゴミを調子づかせてんじゃねえぞ王族が! 立場ってもんをわかってねえのかテメェ!」
初対面だとか関係無く、立場とかも理解した上で一切気遣わず、ガチは叫んだ。
「王族がそんな態度を許容しちまったら、ああいうゴミクズがその他も当然のように見下し始めるだろうが! クソが他人見下すのを助長させてんじゃねえぞ馬鹿野郎! 脳みそに中身詰まってねえんだったら魚のクソでも詰め込んでろ! 空っぽよかまだマシだろうが!」
それはもう、ちょっと何言ってるのかわかんないなってくらい酷かった。
・
「……いやあの、マジで口悪くありません?」
「悪かったよー」
のほほん、としたままココロが言う。
「何だかこう、行ってる内容の意味はちょっとよくわかんなかったけど」
「意味わかんない事言ってくる年上の女性ってだけでも怖いと思うんすよ」
「そう? でもほら、僕を心配して言ってくれてるのはわかったし、僕以外にまで心配を向けてるんだなーっていうのはわかったから。悪い人じゃないんだろうなって」
この人マジ王弟で良かったな、とライトは思った。
良い人なのは間違いないけれど、国のトップに立たせるにはあまりにも心配過ぎる。見る目が確かなのは間違いないが、落ちない仕掛けになってたとしても綱渡りしてる人を見たらハラハラするのと同じアレだ。不安だし心配。
「でも、悪い扱いってどういう?」
「んーと、僕って心の回復魔法しか使えなくて、肉体の回復は出来ないんだよね」
「はい、それは聞いてます」
「だから一部の、目に見える箇所の回復を重視してる人達から扱いが悪かったって感じ? ちょっとした嫌がらせされたり、悪口言われたりがよくあったかな」
うへえ、とライトは顔を顰めた。
そういうタイプが居るというのは、実はそこまで珍しくも無い。あくまで医療関係の界隈に関するものだが、精神といった目に見えない部分は軽んじられる事がある。
大怪我を瞬時に治すといった、誰の目から見ても間違いないもの。そちらを重視するという傾向だ。
今にも壊れそうな、寧ろ壊れているも同然みたいな心を回復させるというのは、実際出来るとなるととんでもなく有能。肉体が治せても、心が壊れていてはまたいつ体を壊すかわかったものじゃない。
肉体由来で心が壊れてしまったならともかく、心由来の場合、対応は後手後手となってしまう。
そこに心を治せる人が居れば、どれ程ありがたいか。
残念ながら肉体さえ治せば精神状態なんて知った事じゃない、という表面的な考えを持つ人の場合、それらを軽視してしまってアレな事になるのだが。
「それは、まあ……」
その辺の重要さ、そして立場を当時から理解出来たのだろうガチは、ココロを放っておけなかったのだろう。
「初対面の年下にする対応じゃないとはいえ、なあ」
「ね。僕はすっかり慣れてたし、別にその人達にどうしても好かれたいわけじゃないし、兄には嫌われるどころか可愛がられてたから全然気にしてなかったんだけど」
この人、意外と強いな。
のほほんとして心配だと思っていたが、逆に相手を歯牙にもかけていなかった、が正解だったらしい。
確かにわざわざ悪い出来事を意識する必要は無いし、悪口言う人の事を真に受ける必要も無いが、幼くしてそれらをナチュラルに出来てるのは凄い事だ。幼い頃にそういう事を言われるからこそ、人はトラウマや強迫観念を抱きがちなのに。
「それでその後も、別に何かをしたいわけでも、接触したいわけでもないから何を言われてもあんまり気にしてなかったんだけど、また目撃しちゃったらしいガチちゃんがすっごく怒ってね」
「何かあったんです?」
「凄かったよー」
ココロは笑う。
・
ココロに誹謗中傷を投げかけて嘲笑っていた人々はガチの拳で酷い有り様となっていた。
否、酷い有り様になれていなかった。
「おうおう、何を怯えた面で這いつくばってんだテメェら! 怪我は何一つとして無ぇんだから、怯える事無く立ち上がれや! 肉体治せるのが一番なんだろええ!? 肉体無事だってんなら心がどうあれどうでも良いっつってたのはテメェらだろうが! どんだけ怪我しようが痛かろうが、既に治ってんだからいつも通りにアイツの悪口言ってみろクソッタレ共が!」
暴力で相手の骨を折り、肉を抉り、そして治す。
その為一部の貴族や使用人は無傷でありながら、酷く怯えた状態になっていた。怪我は無い。後に響く痛みも無い。ただ、痛みを与えられたという恐怖だけは残っていた。
「心は治さなくて良いんだろ? テメェらはそれを軽んじて、存在しない悪評を流し、アイツに不当な扱いをした。アイツが反抗してこないからこのまま馬鹿にしても良いと思ったか? 抵抗しないなら、物理的な怪我さえさせなきゃ傷つけても良いってか? ココロがそういう大人しいヤツでも、その周りが大人しいとは限らねえって事足りねえ脳みそに刻み込め脳足りん!」
それはもう酷い有り様だったし、一方的なものだったが、しっかりちゃっかり事実をチクってガチ側を不問にさせた辺り凄い人だなと思ったものだ。
・
「なんというか、色んな意味で凄いよね」
「マジで色んな意味でって感じですけどォ……」
「ね」
のんびり頷きつつ、ココロはお茶を飲む。
「でもまたそういうのが再発してね。被害者や目撃者は静かになったんだけど、そうじゃない人は真に受けなかったから」
「うわー、絶対リターンズ発生するヤツゥ」
「それがまた困っちゃう事に、こんなのが発生する地盤からひっくり返すぞ、って言って国家転覆案持って来たんだ。お前が、つまり僕が王様になればそんな事を言える人間は居なくなるし、そんな事にも気付けない愚王のままで居るよりは引きずり落とせ、とか何とか」
ライトは思わずフリョウに視線を向けた。
「……フリョウのお母さん、マジで過激じゃね?」
「……そういう人なんだ」
いやまあさっきまでの話からしても過激以外の何でもないくらいには過激だったけどさァ。
・
ココロとしては、困った。
いきなり国家転覆案を真正面から出された事も、その案がかなり高い完成度だった事も、だ。まず間違いなく成功する。普段の流通状況や人々の配置、それぞれの性格もしっかり練り込んだ上で作られている。
もし想定外の事が発生しても対処可能な作りになっている辺りもとんでもない。
「こんなに、考えてくれたの?」
「こんぐらいしねえとテメェの扱い変わんねえだろ」
ケッ、とガチは苛立ったように悪態をつく。
けれどこれはガチがやる必要なんて無くて、ココロも別に頼んではいなくて、ただひたすらにココロの状況を改善する為にと練ってくれたもの。
形は少し過激だけれど、ココロを気遣ってくれた結果だ。
「そっかあ」
何だか、不思議と嬉しい気分だった。
何かを言われたところで別にどうでも良いし、そんな事を言う人を自分の大事にする気も無いし、他人なら尚更何を言ってても気にならない。
家族はココロを大事にしてくれているし、兄だって可愛がってくれる。その魔法はとても大切なもので、それが出来ない人からすれば希望の象徴とも言える魔法だ、とも言ってくれた。
だから、これを実行する気は無い。
でも、
「いっぱい、考えてくれたんだね」
ココロの事を考えた上で、練られている。
国と敵対して、勝利する道を提示してくれた。
ここまで本気で自分の事を想ってくれる人は居ないだろう。ここまで本気の案を練ってくれる人も、万が一があれば一緒に死ぬに違いない道なのに、それを当然のように一緒に歩んでくれる人も居ないだろう。
「ねえ、ガチちゃん」
「おう。いつ実行する?」
「僕と結婚してくれる?」
「…………はっ?」
ぽかん、とガチは口を開けて目を見開いていた。理解出来ない、と顔が語っている。
「……頭イカれたか? 大丈夫か?」
「うん、大丈夫。心配してくれてありがとう」
「心配はしてねえ。で、何でそうなった?」
「んー……王様になりたいとかは無いから実行する気は無いけど、ここまで本気で僕の為を想って色々考えてくれる人なんて、きっと世界中探しても居ないだろうなあって思ったから」
失敗しそうにも無いが、この案は失敗すれば一緒に死ぬ。実行犯も、計画犯も。
でも、それを当然と見ていた。後は勝手にやれとは言わなかった。無関係だから巻き込むな、なんて事も言わなかった。
成功する前提とはいえ、一緒に死んでしまうかもしれない道を歩こうとしてくれる。
そんな人、きっとどこを探しても居ないだろう。
探せば二人くらいは居るかもしれないが、ココロの為にそこまでしてくれるかはわからない。
「だから、ガチちゃんと一緒に居たいって思っちゃった」
「…………お前、さては相当ずれてるな?」
「うん、よく言われる」
「俺はテメェみてえな呑気野郎と違って、なんでもかんでも全力でブチかますぞ」
「知ってる。いつでも本気で、それがガチちゃんのとっても素敵なところだと思ってるよ」
その瞬間顔を真っ赤にしたガチに机をひっくり返されたし窓から飛び出して逃げられたが、部屋の掃除をしてからお家に返事を聞きに行ったところ、諦めたようなため息と共に許しを貰えた。
・
「え、そこまでの反応されたのに、普通に会いに行ったんです?」
「だって、返事は聞けてなかったから。机の上の物が色々吹っ飛んだから、そこのお掃除でちょっと時間掛かっちゃったけどね」
「で、ガチさんは家に?」
「うん。あちこち走り回ってから帰って来たみたいで、タイミングが良かったみたい。留守にしてても、とりあえず日が暮れるまで待たせてもらおうとは思ってたけどね」
成る程成る程。
「何か、フリョウが突然の爆発力を見せたルーツがわかった気がする」
「…………?」
「そんでもって自覚が無いんだよなァ本人って」
スカウト対象+有用な魔法=結婚なんていうとんでもない計算式を持ち出して結婚申し込んで来た張本人が何を不思議そうにしてるんだか。
いやまあそういうとこもフリョウらしいから良いんだけどさァ。
「でも正直言って、そこまでの案を練ってくれたのはガチちゃんが本気で僕の事を考えてくれたからであって、僕の事を好きだからやってくれた、ってわけでは無さそうだったんだよね。だから、結構いきなりな告白を受けてくれたのはちょっと驚いちゃった。とりあえず五年くらい告白し続けようとは思ってたけど、当日にお返事くれたから」
「テメェそんな事思ってやがったのか」
「あ、ガチちゃんお帰り」
扉を開けて戻って来たガチに、ココロはにこにこ笑顔で手を振った。
苛立った顔をしていたガチだったが、そんなココロを見て嫌そうにため息を吐く。しかしそれについて怒鳴る程ではないようで、無言のまま席についた。
「……俺がお前に応じたのは、お前が本気だったからだよ」
ココロから顔を背けて頬杖をつきながら、ガチは言う。
「生温い気持ちじゃ無かったろ」
「それはまあ、勿論」
きょとんとしつつもココロは頷きを帰した。
「だから、俺も応じた。お前の感覚は頭おかしいとさえ思うが、悪いヤツじゃねえ。俺に怯える事もしねえ。俺が何もかもに全力出して本気ぶちかます事にもたじろがねえ」
顔は背けたまま、しかし、く、と笑ってガチは言う。
「寧ろそこが好きだと言い切って、本気の想いを率直にぶつけてきやがった。俺はそこを評価したんだぜ、ココロ」
「……そっか」
えへ、とココロは笑う。
「ガチちゃんにそう想ってもらえるところがあって良かった。嬉しいなあ」
「そう想ってもねえ相手と結婚なんざするわけねえだろ。俺だぞ。誰がそんな中途半端野郎とガキ作るってんだ。少なくとも俺が認めてやってるのは確かだよ」
「えっへへへへぇ」
でれ、とココロが嬉しそうに破顔する。
「げぇ」
それを見たガチは嫌そうに顔を顰めた。
「お前、そうやって顔を崩さなきゃもうちょい良いんだけどなあ」
「だって嬉しいんだもん」
「へえへえ」
ったく、とガチはため息を吐き、ふと気付いたようにライト達の方を見る。
「そういやフリョウとライトに何か来てたぜ。ついさっき」
「え?」
何が来たのかと首を傾げれば、ガチは手紙を差し出して来た。三つある。
「うわ、読む番号まで振られてる。誰からだろコレ」
「差出人は?」
「えーと」
受け取りつつ、横から覗き込んで来たフリョウの言葉に手紙をひっくり返してみれば、
「……アカ?」
それは、アカからの手紙だった。
・
1には、これからどう行動すべきかが書かれていた。
3の手紙はマンガのとこに持ってけだの、1に同封してある紹介状を見せれば城に入れるだの、何日の何時頃に城に行けばマンガに会えるしその他の話も早く済むだの、相変わらず未来を見通したような言葉ばかり。
勿論見通した上で書いたんだろうし、見通して最善の未来を選び取った結果なんだろうけど。
「ていうかなんか、今回のキーはオレって書かれてるゥ」
「禊祓が必要、か」
一旦ライトに用意された部屋に戻り、フリョウとライトは二人で手紙を覗き込んでいた。
「自分達に使用したら3の手紙に禊祓を使用して、それをマンガに手渡せば効果は出るって……オレそんなトラップ的なのやった事無いけど出来るのかなァ」
「お前なら出来るだろう」
一片の曇りも無い、透き通った、信頼し切った瞳がフリョウから向けられた。
「そしてその暁には、お前の仕事は倍以上に増える」
「うわ出来たくねェ~」
なんだかちょっと嬉しいようなざわざわするような気持ちが吹っ飛んで行った。そうじゃん仕事増えるじゃんそんなもん。お守りとして持っておくだけでも効果あるし、場所を移動させるのが難しい相手とかに重宝する。
そう、呪いというのはそういう場合もある。
根本的に解呪者に近付けないようにされていたり、その場所から出ると呪いが発動して危険、といった場合にはどうしようもない。ライトが赴けば何とかなるなら出張もするが、血縁者以外を入れると不味いとか色々面倒な条件もあるのが呪いなので。
「そもそも、自分達に使用って言われても……オレらそんなに何かの影響受けてたりするゥ?」
「……わからん」
険しい顔でフリョウが言う。
「だが、そういった効果の魔法を掛けられていた場合、俺達には認識出来ない可能性がある。認識阻害の系統だった場合、何に意識を向けないようにしているか、の自覚すら得られない。こうして他人の言葉を受け、何をされているかはわからずとも対処出来る方法を試し、実際に結果を確認しない事にはな」
「せいろーん」
そう、違和感はある。漠然とした、違和感としか言えない何か。フリョウはそのことを言っているんだろう。
具体的に何に違和感を抱いているかはわからない。生活の中でふと一瞬違和感を抱き、声を掛けられたら次の瞬間には忘れる程度の違和感。違和感という自覚さえ抱いていない、何となくや何かの感覚。
「多分、この手紙にもあるんだよなァ」
2の手紙には、今何が起こっているか等についてが書かれている。
1が指示書なら、2はその理由や内情といったものだ。
そこにはずらりとワルノ王国関係の内容が書かれているのだが、これはおかしいと思う程に目が上滑りする。苦手分野の専門書でも読まされているかのように、視界が落ち着かない。文字を追っているはずなのに認識出来ない。
言葉に出して読んでみても、何を言っていたかすら忘れている。
そして、それに違和感を抱いていない。
何か書かれてるな、と思い、そしてそれで終わりという事にしそうだった。おかしい。ワルノ王国に何かあるのか。
「んんん……」
ワルノ王国なんて、ジンゾウの地元でジンゾウを非合法に生み出した国という以外、何も関わりは無いはずなのに。
「確実に、何かが認識出来てないよねェ……」
そう思う事が、きっとおかしい。
「心も脳みそもおかしくなんて無いって言うけど、魂なのか何なのかわかんないものが、すっごい否定してくんだもん。お前、間違ってるぞってね」
「何を間違えているかがわからないが、ともあれライト。頼めるか」
「え? ……あ、そっかオレが魔法使うんだっけ。その発想すらすぐ忘れる辺りこれマジでヤバいね」
アカからの手紙なんて面倒事の可能性があるのでは、と懸念し一旦別室に移動してから手紙を読んだが、いっそ二人の前で読んでしまった方が良かったかもしれない。
きっと彼らの方が、この異常さを理解してくれただろう。
が、今はそうやって思考を横に滑らすよりも、何となくそうしなくても良いんじゃないかと何の根拠もなく主張する自分の声を押さえ込んで、魔法を使う。
何か摂理に反してるんじゃないかと思うような嫌な感覚は、無視だ。
「禊祓」
イメージを強くする為にそう唱え、自分とフリョウに魔法を掛ける。
「!」
「これは……っ!」
瞬間、自分達を縛り付けていた見えない何かが、パチンと弾けたのがわかった。
中から迸るように巡るのは、ジンゾウとの記憶。ジンゾウとの関わり。無所属部の皆とのやり取りは覚えていたのに、不自然にジンゾウ周りだけ切り取られ、なのにその違和感に気付かないようされていた事を自覚する。
その形はあるのに、記憶はあるのに、古ぼけた色にさせられていたような。
日焼けして色が抜け落ちた絵みたいな、昔のモノクロ写真のような、知らず知らずそんな状態に陥っていた全てが色を取り戻す。
その時を思い出せば付随して蘇る感情も、色鮮やかに復活した。
「ちょ、フリョウ! 2の手紙! 読み直しますよ!」
「ああ!」
記憶の中から、おい待てさっき読んだ2の手紙の内容、目が上滑りするどころかとんでもない重要情報だらけだっただろうがというのを思い出して慌てて二人で読み直す。
そこには、ジンゾウがどういう見当違いな気遣いをしているか、そして実際に何をしたのか、が書かれていた。その結果、オレ達がジンゾウを思い出そうにもいまいちピンとこない状態にされていた事も。
そしてアカ達が、ワルノ王国で何をするか、どうしたいと思っているか、というのも書かれていた。
「……この感じさァ」
「ああ」
「間違いなく、ワルノ王国関係も認識出来ないようにされてましたよねェ」
「……だろうな。ジンゾウだけを意識しないようにしても、ワルノ王国についての情報から自分に辿り着かれるのを恐れた……いや、ジンゾウの性格とアカの手紙から察する限り、単純に関わらせないようしたかっただけか。目を付けられないよう、他人に徹させる事で」
「ジンゾウ、オレらの事舐めてんすかね」
「だろうな」
ライトがむすっとした表情かつ低い声で言えば、フリョウもまた据わった目で頷いた。
まったく、これだから闇が深いヤツってのは。トクサツの時もそうだけれど、自分で何とかしようとするからややこしい。いや、自分だけで済まそうとするからややこしいと言うべきか。
七人で立ち向かえば何とかなるかもしれないのに、一人で六人を守ろうとするからこんな事になるんだろうが。
「計画的にはオタク国の協力は必須みたいだから、指示書通りまずはマンガのとこかなァ」
「……ああ。確かにオタク国は王族の強制力こそ無いが、国民からの忠心はある。立場もある。場所も確保出来る上に、国際的な問題を考えず、多数の国に招待状を送っても問題無い国ではあるだろう。何よりあの国は、創作に関する事、尚且つインスピレーションに重要な関わりがあるのなら、と何かがあっても寛容な国」
「流石に自分の大事にしてる物とかが壊れるような事があればキレるみたいだけど、そうじゃないなら変わった恰好してようが騒がしかろうが個人の趣味って扱いらしいっすもんね」
つまり、各国から王族や貴族、他にもちょっと変わった人達を一気に集めてパーティを開いたとしても、どこかから同盟がどうとか戦争を仕掛けるのがどうとかという疑いは掛けられない。
またオタク国が色んな知識仕入れる気だぜ、と思われるだけで終わる。
これでタカラザカに集まろうものなら世界大戦が始まるのではと危惧されるだろうが、そんな危惧を抱く方が馬鹿と言われるオタク国。成る程、最善のチョイスだ。
「ご丁寧にチケットまで同封されてるしィ」
「やるしかないな」
「ま、やらないって選択肢も無いっすけどねェ」
「お前、ジンゾウを殴るか? 俺は正直殴りたいくらいの気持ちだが」
「えっ」
「アイツの事情を聞いて、知って、その上で協力した挙句に他人を強制されたんだ。友人として殴るくらいは許されるだろう」
まあ確かに。
というかフリョウが見た事も無いような笑顔を浮かべているので相当に怒っている。ひたすら明るい笑顔とかじゃなく、眉間に皺を寄せたまま比較的明るい笑顔、という中々に怖い笑顔だ。拳にもミシミシと血管が浮いてるのでかなり怒ってる。
正直言ってライトもその気持ちはわからなくないけれど、
「オレは、いっかなァ」
「何故だ。殴っても正当だぞ。何なら俺が治す」
「や、そりゃそうなんですけど、ほら」
ライトは人差し指を立て、言う。
「間違いなく、ヒメが一番怒りますよ」
その言葉に、フリョウはスッと拳を解除した。
「…………決闘か」
「決闘でしょうねェ」
戦闘を好み、弱く見られるのを嫌う国民性。
それが強く出ているヒメに対し、守る為に忘れていてくれというのを強制しただなんて、怒られるで済めば良い方だろう。
「ヒメに言うなら、守られてくれじゃなくって、かすり傷すら負わず相手を完膚なきまでに倒してくれ、だよなァ」
「それだけの実力があると信じているも同然であり、強くあるのを止めているわけではないからな。だが君を守るから気付かないまま守られていてくれ、というのは」
そう、それが不味い。本当に不味い。
その実力を疑い、ヒメよりもキンキ王の方が強いと思い、ヒメはただ守られる側の人間であると言い放ったも同然。ヒメ相手にそれは駄目だ。まだマグマの上でブレイクダンスする方が生存確率が高い。
「……ジンゾウ、生き残れるかなァ」
「…………恐らく起こっているだろう現状を考えれば、生きた人間ではあっても心は死人になっている、というところかな」
「そこに加えてヒメのお怒り」
「……まず間違いなく、噴火するだろう」
「ジンゾウの現状がどれだけ人形染みた悲惨さであっても、ねェ」
「決闘は免れまい……」
目を合わせ、同じタイミングで二人して首を横に振る。
物理的に首落とされるかもね、という言葉は、実現するかもしれないのが怖過ぎてお互い口に出来なかった。
「そういやライト、ライトのお姉さんとその婚約者の王子様も呼ぶ?」
「え、確かに親族も参加オッケーにしてキンキ王誘い出すとは書かれてたけど、オレの親族は別に要らなくない? 残念ながらまだ婚約者にもなれてないし」
「いやいやいやいや絶対要る。居て欲しい」
「それ、間違いなくマンガの趣味だよな」
「当然じゃん!? 同学年の楽しい光景を見たいのも本音だけど、それ以外のカプだって実際に拝んでモノホンの空気感掴めるんならこの機会に! 是非!」
「熱量~~」
「それで!? イケる!?」
「ん~~~~……まあ、国際的な交流なのは確かだし、第三王子って立場だから政治的にはあんまりだけど、あの人すっごい真面目だから自分に出来る事は全部やろうとするし……うん、王族って立場からしても居てもらうのは有りかな」
「ッシャア!」
「姉ちゃんに招待状送れば、自然とお義兄さんを誘うはず。お義兄さんも他国とのパイプ作れるかもだし、そもそも愛する人の弟がどういう交友関係してるか、変なヤツは居ないか、という面倒見の良さを発揮して来るって言ってくれる可能性が高い」
「面倒見が良い第三王子推します」
「ちょっと見栄っ張りだけどね。でも頑張り屋だし、前言撤回せず有言実行する強い人でもある。わりとドジな姉ちゃん相手に怒ったりはするけど、怒りながら丁寧に手当てしてスマートに手を貸す事が出来る人だよ」
「かっこよ」
「うん、格好いい。ちなみに半年前の段階でフリョウとの事と、姉より先に結婚するのはアレかなって~~って言って発破掛けておいた。ここ半年でデートの頻度上がったって姉ちゃんから聞いた事からも、腹括ってプロポーズしようとしてるんだと思う。つい言い切れず誤魔化しちゃってるみたいだけど」
「お姉さんはそれに対して!?」
「姉ちゃんそういうの鈍感を鈍感で過剰包装してるから絶対気付かない。ちょっとヘンテコな事言ってて面白かったよって報告してくるからオレは察するけど」
「これだけで食パン五斤イケる」
「だから多分、ちょっと違う出来事があれば駆け足で進展してくれないかなー、なんてのもちょっぴり」
「そしてその上でわたしの言動をスルーしまくりなライトも推せる……やっぱこれだよこれ」
「うん、オレもマンガがその速度でメモ取ってんの見て何か安心する」




