ヒーロー
これで七人中五人が集まったわけだが、
「マッドは事情説明の前に全力で逃げられた以上、次に狙うはトクサツなのだわ」
「…………王家も加えるのか?」
「フリョウ、そこに居るジンゾウも王族だと思うんですよ」
「だからだ。……一つのグループに王家が複数……いや、この学園では不思議でも無いが」
「不思議じゃないなら良いんじゃないですか?」
「……そう、だな」
うむ、と難しい顔でフリョウが頷く。
正確にはヒメも王族なので+1されるが、その事実を告げない限りは問題あるまい。少数精鋭みたいな数なのに王族が複数人とは中々だ。
「ところで、私はトクサツに詳しくないのだわ。どういう方かわかる人」
「王族だけど無知シチュ、奉仕シチュが似合うと思う!」
「ユニコーン頭は黙ってて欲しいのだわ」
観察した上でそういった解釈を下しているのはわかるけれど、いきなりそんな役に立たない情報だけ放り込まれても困る。せめて人となりを説明してからなら何となく察せたかもしれないが、初手でそれは普通に混乱のタネでしかない。
「トクサツはヒーロー家の長女で、エンタメ国のお姫様。ヒーロー家のしきたりとか何とか言っていつも誰かを助ける為にあちこち走り回ってる、って感じかなァ」
「…………あまり良い思想の家ではないがな」
ライトの言葉を補足するかのように、フリョウが小さくそう呟いた。
「フリョウ、それはどういう事かしら」
「……滅私奉公を強制される、という事だ。ヒーローとは救いの英雄。先祖がそうであったように、今の代も次の代もそうあらねばならない。自分を救うよりも誰かを救う英雄にならなければならない。同盟国以外からも協力を要請されたなら協力し、戦争の手助けを求められたら手助けし、飢饉があれば借金してでも民に食わせる」
「そこだけ聞くと良い国なのだわ」
「採算が取れない。母がそう語っていた」
「フリョウのお母さん、そういうの詳しんですねェ」
「…………ああ、まあな」
ライトの言葉に少し口ごもりながらフリョウは頷く。
「……だから、ヒーロー家は没落……こそしていないものの、ギリギリの位置に居る。そもそも血筋の者は幼少期より滅私奉公の精神を叩き込まれる」
つまり、
「……実質的に国を動かし運営しているのはその伴侶となる者だ。ヒーロー家の者は、どれ程無理な話であっても、全ての要求を呑んでしまうところがある。国を率いる者として危険だがヒーロー家としては必要な思想。その為、伴侶が国を率いなければならない」
「成る程」
ヒメは母の言葉を思い出して納得した。
母はエンタメ国について、こう言っていた。
「あれではいずれ持たなくなるな。やり方さえ変えればどれだけでも手を広げる事は出来るが、今の形に固執すれば心身共に削るだけ。最終的にはじり貧になり、誰に顧みられる事も無く、使い古した布切れのように捨てられるだろう」
可哀想な事だ、と母は言った。
もっとも今の状態のエンタメ国に手を貸したところで現状維持のまま少し延命させるしか出来ない為、手を貸さない事で滅びの勢いを止めず、そこでどう変化してみせるかを見定めたいと思っている、とも言っていた。滅ぶなら今後延命してもその道しかないのだから、との事だ。
まさかそのエンタメ国の、それもお姫様とここで交流する機会があるとは思わなかったが、
「そういう性質なら話は早いのだわ」
「ヒメちゃん的に、今の話ってその反応で良いの?」
「同情したところで何も変わらないのだわ。本人が望む言葉を掛けるくらいは出来るけれど、今ここに本人は居ない。そんな事は親しくなった後にでも考えれば良いのだわ!」
わあ、とジンゾウはポカンと口を開けた。そのままじわりと頬を染め、噛み締めるように口を閉じる。
「……ヒメちゃんのそういうところ、とっても素敵だな」
「薄情、って言っても別に怒ったりしないのだわ」
「ううん、全然薄情じゃないよ。寧ろ逆。相手の事を考えてるから、相手がどう思っているかを把握出来るまで勝手な事をしないようにっていうの、中々出来ないだろうし」
「そう?」
結局のところ気に食わないなという気持ちが強ければ、相手がどう思っていようと強行突破するつもりだが、まあ表面だけ見ればそういう事になるかもしれない。
「それじゃ、トクサツに声を掛けに行くのだわ」
「あー、でもちょっとここからは遠いかも?」
向こうの方に居るし、とマップ能力を使ったらしいジンゾウが中等部の方を指差した。
「あ、本当だ」
マンガもそちらの方を向き、魔法による遠視で見ているのかそう告げる。
「高等部の農業部が作った野菜運ぶのを手伝ってる、みたいだね。そういえば使った肥料が大当たりで尋常じゃない量の収穫数になったとか聞いたな。……うん、現場でしてる会話もそれ系」
「マンガの魔法、便利だけどプライバシーも何も無さ過ぎるのだわ」
「本物に迷惑を掛けない、は原則だから。でもプライバシー気にしてたら創作なんて出来ないから全力で侵害するよ!」
「……ま、そっちも見たくないもの見たりするでしょうから、今は大目に見てあげるのだわ」
ため息交じりにヒメがそう零せば、ライトとフリョウが目を見合わせた。
「今の、次以降にやらかして、尚且つそれがわかったら何らかの対処をするって話でしたよねェ」
「ああ。……しかし、遮蔽物の問題も無く向こう側を見聞き出来るというのなら、使い方次第では医療器具であるレントゲンのような事も出来るのだろうか」
「うっわ、それ出来たら助かる! しかも直に中を見るなら、中身を影って形で見るレントゲンよりも精度高いかも!」
「あ、症状だけなら俺もわかるよ」
はーい、とジンゾウが手を挙げる。
「ステータスとか、そういう個人情報欄に状態が出るから。誤飲でも風邪でも毒でも持病でも、ちゃんとその辺りが表示されるんだ」
「えー、便利! 凄い! 毒の場合何毒なのかもわかる!?」
「うん」
「どういう対処をすれば良いかも!?」
「あー……それは難しい、かな」
「…………そうなのか」
「うん。何の薬が効果ある、とかはわかるんだけど。特効薬しかわからないって感じ?」
「というと?」
「この毒はこれで中和出来るし人体にも応用可能、みたいなのは表示されないんだ。確実に効く物しか表示されないっていうか、確実性が優先されるっていうか。その人の体質ならこのくらいの薬でも効くよ、みたいのは無いんだよね」
「あー……そーいう感じかァ」
うーん、とライト。
「その人その人によって薬の合う合わないがあるからその辺もわかるなら医療系のとこじゃかなり助かるけど、応用利かないのは難しいよね。……いや、どう応用するかっていう知識をジンゾウに叩き込めばそのステータスってヤツがレベルアップして出来る範囲が広がる可能性もあったり!?」
「…………ライト、興味のある分野なのはわかるし俺も気になるところだが、相手は王族だ。役立つからとその才を伸ばしても、本人には不要な能力だろう」
「あ゛っ、そうじゃん! くっそージンゾウが王族じゃなかったら医療系の未来考えないかってそっち系への就職オススメしたのに!」
「あ、あはは……」
頭をガシガシして悔しそうに唸るライトに、ジンゾウは困った顔で苦笑していた。
「と、脱線しちゃった。ごめんね」
ヒメのしらーとした視線に気付いたのか、ライトは慌ててそう取り繕う。
「それで今どの段階の話だっけ?」
「トクサツに声を掛けに行きたいけど中等部に居るから遠いのだわ」
「ああ、そうだったね。マンガ、トクサツの作業って終わってそう?」
「作業自体は終わったみたい」
「この後の予定も無さそう?」
「そう、だね。うん、無いと思う」
「オッケー」
頷き、スゥ、とライトが息を吸い、
「困ってるんだ助けてヒーロー!」
突然叫んだ。
しかも全体に響かせると言うより、本当にただ少し大きめの声で、という声量。屋上に入る扉の前という距離でも、扉が閉まっていればギリギリ聞こえないかもしれないくらいの声だった。
「……ライト?」
「これですぐ来るよォ」
あはー、とライトはニッコニコで手をひらひらさせている。
「どう? マンガ」
「いや本当にこっちに気付いたみたいな顔して凄い勢いで、ちょ、ターゲットをトクサツに固定してたせいで速度に付き合わされて酔う! 動きが早い!」
その辺りでヒメも気配に気付いた。
素早く接近してくる気配に屋上のフェンス付近から見下ろし、凄い勢いで飛び込んで来た影を目撃する。その影は窓の狭い縁につま先を掛け、それを足場にしてあっという間に屋上へと着地した。
王族用の改造制服を身に纏った彼女はすっくと立ちあがり、自身に満ちた笑みを浮かべる。
「ヒーロー、参上! お呼びかしらお困りの方!」
「うん、お困り。ありがとトクサツ」
「あれ、ライト?」
きょとりとトクサツは目を丸くして首を傾げる。
ピッチリしたハイネックの青いインナーに、赤い上着。動きやすそうなピンクのミニスカート。スカートから覗いているのは、インナーとお揃いなのか青いスパッツ。黄色い靴下に緑の安全靴という、見るからに王族用の改造制服だとわかる派手な色合い。
まあジンゾウも派手さは無くとも白いコートというだけで見るからに王族だし、見るからに王族というのがわかるよう、と用意されている改造制服なのでこのくらいは学校側からすれば想定内の派手さだろう。
「オレが見た中で一番派手な改造制服? 極彩色の千鳥柄。視界への暴力だった。周囲の視力が下がる危険性が高過ぎるのでどうか勘弁してくださいと懇願して五日目で違う制服に変えさせたが、派手なのが好きなのか背中に羽を広げた状態でコサックダンスをするクジャクが描かれたデザインで……」
クラスメイトからの質問に答えたテキトー先生の返答がこうだったので、想定外の派手さを持ってこないだけマシ。というか本当にどういうデザインだ。前者は自分の視界にも暴力的だし、後者に至っては本当に意味がわからない。何故コサックダンス。
「普段僕に全然頼み事なんてしないのに珍しいのね」
「これはトクサツも居ないとだからね」
ライトはにこやかにそう返した。
「説明はヒメにしてもらおうかな」
「ああ、それもそうね。ヒメ・ミコなのだわ」
「僕はトクサツ・ヒーローよ。正義の味方だから、困った事があったら是非僕に言ってちょうだいね!」
ニコッとした明るい笑顔。
屈託無く差し出された手を取って握手しつつ、これはマンガの評価もわからなくはない、とヒメは密かに思った。あまりにも裏が無さ過ぎて心配になってしまう。
トクサツの笑顔には、正義の味方ごっこをする子供と何ら変わりない無垢さがあった。
「というか、よく聞こえたわね。遠かったし、声もそこまで大きくは無かったのに」
「そう? まあ、僕は助けを求める声は何が何でも聞き取れるように教え込まれてるから! 助けを求められたら、絶対に助けてみせるのがヒーローだものね!」
「言いたい事はわかるのだわ」