卒業と別れ
一年掛かり、ジンゾウは無事、望みを叶えた。
「ギリギリだったけどね」
卒業式の日、ジンゾウはそう言って苦笑する。
「本当は、結構無理矢理に施術すれば三ヵ月くらいで何とかなるって言われたんだけど……それをやると、反動も凄いからって」
そう、肉体というものは、無理をさせれば反動が大きく、最悪命に係わる事すらある。
その為ジンゾウはゆっくりと肉体を変化させていき、髪や爪の成長、肉体の変化、痛覚といったものを得て行った。
勿論それだって、今もまだ大変ゆっくりとした鈍いものだ。
その内体に馴染んでいって一般的な速度になるだろうが、現在はまだそのくらいの速度の方が体への負担は少ないらしい。
・
卒業式が終われば、後はもう帰るだけ。
荷物を持って帰る生徒も居れば、先に荷物を送ってしまって軽い荷物だけ持って帰る生徒も居る。
「なーんか色々とあっさりしてて、これで終わりかーって感じ。一年の時も二年の時も結構派手だったからかな? 尚更あっさりって感じしちゃう」
「二年の時は、僕のせいで迷惑掛けちゃったものね」
マンガの言葉に、ふふふ、とトクサツが楽し気に笑う。
「一年の時も大変だったのだわ。主に探し出すのが」
「それは迷惑を掛けたね」
「マッドさん、凄い逃げ方だったもんね」
一番最初に声を掛けようとし、声を掛ける前に凄い勢いで逃げられたものだ。懐かしい。
そんなこんなで実質的な最初の声掛け対象となったマンガはユニコーン頭だったしで、あれも中々に酷かった。図書室という光景とのアンバランスさが特に酷い。
ちなみにマンガだが、卒業式では流石にユニコーン頭を脱いでいた。一部の生徒がマンガと知ってざわついていた。素顔を初めて見たらしい。
まあヒメ達が素顔を見たのは演劇の練習時と、トクサツ奪還時のみ。演劇の時なんて本番ではメイクとウィッグを装備していた為素顔とは言えず、確かに他の生徒からすれば驚きだろう。
思ったより騒がれていなかったのは、まずマンガの素顔とすら気付いていない生徒が多かったから、だろうか。
ちらほらとユニコーン頭が居ないという会話が聞こえたので多分そう。
「……お前達と、明日からは顔を合わせる事も無くなってしまうのか……」
「ですよねフリョウ! オレも寂しい! 長期休暇の期間はまだ大丈夫な気もするけど、それが過ぎて、あーもう学園に通う事は無いんだったなァって実感する時が怖い! 絶対寂しい! 手紙書くから!」
うえェん、と泣くライトの涙をトクサツが取り出したハンカチで拭う。
「そんなに泣かないで、ライト」
「トクサツ……っていうかオレ、サイエンティスト家の住所知らない! 手紙出せない!」
「あ、大丈夫よ。アカから連絡が来て、僕がエンタメ国の色々を引き継ぐ事になったみたい。半年前から色々と手続きをしてあるから、王城に送ってくれればちゃんと届くわ!」
「初耳!?」
そういえばそんな事を言っていた。ジンゾウに色々と施していて忙しかったフリョウとライトは知らなかったのを忘れていた。
ちなみにジンゾウはヒメが走り込み前のストレッチ時に雑談として話したので知っているし、マッドに関しては知らないはずもない。
「えー……すっごいビックリしたけどめでたいね。帰れるんだ?」
「ええ。例の悪霊退治の件で、僕が統治するのに反発する声は無いみたい」
トクサツは胸の前で手を合わせ、ニコニコと微笑んでいる。
「というか、一年ちょっとの間、そういう人達と一緒に政治を色々やってそれぞれの意見と現実とをすり合わせて、ってやってたら王家に任せる方が楽ってなったんだって。アカがそうお手紙に書いてたわ」
「あァ、うん、まあ言いたい事はわかる。オレもどっちかっていうとそっち派だし。じゃ、トクサツはエンタメ国に一人で帰る感じ?」
「いいや? わたくし様も行く」
「エッ!?」
ライトはビックリして目を丸くした。
「あんまりそういう事、っていうかわざわざ他国に引っ越しとかしなさそうに……?」
「それどころか一家丸ごとエンタメ国に引っ越すんだって! 嫁入りだよ嫁入り! 薄い本が厚くなる!」
「嫁入り!?」
「マンガの弁は語弊があるな。要するに、わたくし様達サイエンティスト家を、エンタメ国所属という立場にする事で保護してもらうのさ」
マッドはいつも通りに深い隈が刻まれた目元に憂いをのせ、ため息を吐く。
「何せエンタメ国でバラ撒いた薬のせいで、ここのところうるさい声がやまなくてね」
「あー……」
成る程、とライトが頷いた。
若返り、ハゲ治し、体臭予防にその他諸々の、日常の中で悩まされるが特効薬は無いというラインナップに対する特効薬があったのだ。元々需要が高く狙われがちだったサイエンティスト家は、あれ以降狙う声が大きくなっていたらしい。
何なら複数の国が一旦手を組んでサイエンティスト家を確保し、その上でお互いを出し抜いて独占を、という動きまであったそうだ。
そんな状態だったサイエンティスト家がエンタメ国で保護されるとなれば、その技術をエンタメ国が独占出来るという事にもなる。
あれだけどこかに所属するのを嫌っていたサイエンティスト家が大人しく保護されたと周知されたなら、他国も容易くは動けない。エンタメ国に喧嘩を売った瞬間、サイエンティスト家の反感を買うも同然だからだ。
「幸い、トクサツはわたくし様達の性質に理解がある。変に急かしたり制限したりもしない。祖父と母からの印象も良い上に、研究の邪魔をしない、寧ろ助手を務める事が出来るという点から祖母と父からの印象も良い」
「あー、お互いに良い関係築いてるから寧ろそっちの方がメリット多い感じかァ」
「わたくし様達も、別に薬のレシピを提供するのが嫌というわけじゃないからね。だから明かしても良い範囲をトクサツに、つまりエンタメ国に提供し、それをエンタメ国による独占販売とする」
そう、
「そうすれば尚の事エンタメ国の価値は上がり、トクサツの地位は盤石になり、わたくし様達も平和が確保出来る。良い案だろう?」
「それ、アカの案?」
「勿論。納得のいく説明だったから家族にも話し、家族からの賛成を得た」
くつ、とマッドは笑う。
「これを作れあれを作れもっと役立つ物を、と言ってこない相手に保護されるというのは、やりやすい。意味があるかないかはさておいて、好きなように作るのがわたくし様達サイエンティスト家だからね」
「どんなものでも意味はあるものだし、肥料といった形でわかりやすく役立つ物もあるでしょう?」
これを、というものを作ってもらうのではなく、作られた物をどう有効活用するか。
トクサツが言っているのは、そしてサイエンティスト家がエンタメ国の保護を受け入れたのはそういう事だろう。
「特にサイエンティスト家は、小さな場で大体を試して安全性を確認した上で他で試すって形を取るから、国基準でやる分にはとっても助かると思うの!」
「わたくし様達としても、広範囲、かつ長期的に試した場合のデータが得られる。安全性に気を付ける必要があるとはいえ、国一つが最終実験場になるんだ。楽しみで仕方ないよ」
怪しく笑うマッドに、ライトが苦笑した。
「言い方が怖いけど、要するにエンタメ国がこれからすっごく繁栄してくって事だよね? 頑張って!」
「ええ! 頑張って、良い国にしてみせるわね!」
グッと拳を握ったライトに笑みを返し、トクサツも握った拳をライトの拳にコツンと合わせる。
それを見ていつも通りノートにメモを取りながら、あ! とマンガが声をあげた。
「じゃあサイエンティスト家が作った薬類を売り出す時とか、レシピにする時とかわたしのとこに頼んでね! 是非! オタク国による宣伝効果とわかりやすい説明は結構各国で人気だし、身内価格でお安くしちゃう!」
「素敵! マンガから借りた本、どれも良かったものね! 確かにオタク国なら間違い無いわ!」
「ふむ」
盛り上がるマンガとトクサツに、マッドは冷静に頷く。
「同じ研究者相手には論文型の説明で良いかと思ったが、大量生産する可能性を考えればわかりやすいレシピを作るのも一理ある。使用者向けの説明も、オタク国なら簡易的かつわかりやすくしてくれそうだ」
「お任せあれ!」
「で、身内価格の真相は?」
「勿論近況報告とかでネタを提供してくれればって意味だよ! 提供されたネタへの興奮度次第で割引き価格は変動します!」
ふんすと鼻息荒くマンガがサムズアップした。
見事なまでに欲まみれだが、その分仕事の確実さには期待出来るだろう。説明用として事前に得た情報を横流しなんてしない、という信頼もあるので、他に頼むよりはよっぽど有りだ。オタク国の場合、情報の横流しで金を稼ぐよりも推しからの信頼とネタを優先するのが目に浮かぶ。
「ライトさんの方はどうするんだっけ?」
「え? 何が?」
「チリョウ国」
「あー、とりあえず一年は実家で知識詰めつつ実践してく感じに決まった。フリョウと親父の話し合いで」
「……あれ、ライトさんの意見は?」
「オレは誰かの助けになれたら良いなーとは思ってるけど、具体的に何をしたいとかは無いから決めてもらった方が楽なんだよねェ」
あはは、とライトは明るく笑う。本気で言っているのがわかる笑みだ。
「で、一年実家での研修をして、そっからチリョウ国で就職って感じ」
「あっ! そうだ! ライト!」
「えっ、何マンガ。近い」
「結局フリョライの結婚については!?」
「んー、最近そのワードがオレとフリョウをセット扱いしたものってのはわかってきたけど、やっぱ違和感あるんだよなァ」
「そうじゃなくて!」
「揺れる揺れる」
肩を掴まれたライトがガックンガックン揺さぶられた。
「結婚はどうするか悩んで、でも子供産むとかどうとか考えると決めるのは早めが良いよなァってなって、結婚だけじゃなくてその後の事である子供とか、そこまで考えてるって事は多分オレの内心的に拒否ってはないんだろうなー……って思ったからオッケー出したよ」
「ッシャア!」
「雄叫び凄ォい」
何でマンガの方がそうも喜ぶのさ、とライトは笑う。
「それで式の日取りは!?」
「さあ」
「さあ!?」
「……その、色々あってだな」
凄い勢いでライトに詰め寄るマンガの前に手を差し込み、一旦距離を取らせつつフリョウが説明する。
「ライトの姉は恋人が居るんだが、それが第三王子で……立場的に文句が出るという事も無いものの、少し、第三王子が」
「すっごく良い人で面倒見も良いんだけど、強がりで素直じゃないとこがあってさァ。負けず嫌いなとこもあるから、その後押しとしてあの人が姉ちゃんに告るまでは結婚しないって事に」
その言葉にマンガは怪訝な顔をした。
「……後押し?」
「毎回プロポーズしようとしては言うに言えず誤魔化しちゃってるから、保険として? 恋人の弟が自分のせいで結婚遅れてるってなったらそれ以上迷惑は掛けられないって覚悟決めて腹括るタイプなの、その人」
「い、良い人……」
感動したようにマンガは口元に手を当て、急に真顔になってピタリと止まった。
「……いや何で今この瞬間にそんな最高の情報出した!? もっと! もっと早く出せたはずでしょその情報! 卒業してあとはもう解散で顔合わせる機会殆ど無くなるよみたいな状況の中で出す情報じゃない! 個人情報とこれまでのイベント全部聞きたいのに! 時間が無い!」
「じ、地面叩いて嘆く程?」
「嘆く程だよ!」
うおおおおんと血を吐くような声でマンガが叫ぶ。
「うちの国の民にアンケート取ったら百人中千人がわたしに同意するね! 賭けても良い!」
「何を!?」
「推しの命とか!」
「自分じゃなく!?」
「オタク国の民にとって推しの命は自分の命より重いんだよ!」
「ええー……」
そんな熱っ気のある反応をされても、とライトは困ったように頭を掻いた。
「ああ、うん、まあ、その辺は帰ったら手紙に書くから」
「絶対だよ!? 約束だからね!? 破ったら酷いよ!?」
「漠然としてて何が起こるかわかんないの地味に怖ァい」
ライトは再び肩をガックンガックン揺さぶられながら苦笑していた。あまりの圧に苦笑するしかないのはよくわかる。
「ヒメは……ヒメ・ミコ名義とヒメ・キシ名義、どちらが良いんだ……?」
「ヒメ・キシで良いのだわ。どうせその内に立場の事は公開されるでしょうし、折角ならちゃんとした名前で受け取りたいもの」
「わかった」
うむ、とフリョウが頷く。
「そういえばジンゾウは、」
「送らないでね」
王城は駄目だろうからどこに送れば良いのかとヒメが言うより早く、ジンゾウは笑顔でそう言い放った。
「やめてね、僕宛てなんて」
笑顔のまま、ジンゾウはキッパリとそう言い切る。
「出来たら覚えていて欲しいけど、僕の事は、死んだものと思ってね」
覚えていて。忘れないで。
でも、死んだものと思って。連絡なんて決してしないで。
「皆、大好きだよ」
それだけを言い残して、ジンゾウは消えた。
有無を言わさない笑みのまま、それでもどこか嬉しそうで、悲しそうな笑みのまま、魔法を使ったのかその場から掻き消えた。
それから一年、ジンゾウからは音沙汰無しだ。
ジンゾウは魔法を使う。
(皆が、僕をあまり思い出さないように)
ジンゾウは魔法を使う。
(皆が、学園生活を思い出しても僕の記憶は薄れているように)
ジンゾウは魔法を使う。
(忘れてはいないけれど、詳細は思い出せないくらいに)
ジンゾウは魔法を使う。
(縁を切って、連絡を取ろうにも取れなくして)
ジンゾウは魔法を使う。
(ワルノ王国となんて、関われないように)
ジンゾウは魔法を使う。
(ほんの少しすれ違う事すら無いように)
ジンゾウは魔法を使う。
(キンキ王が皆に意識を向けないように)
ジンゾウは魔法を使う。
(……守る為には、離れないと)
傍に居る事が、守る事には繋がらない。
傍に居る事で、危険に巻き込む事になる。
(僕は皆を、守りたい)
関わった人が不幸になるなら、危険に晒されるなら、これ以上は関わらないように。
(……皆)
ジンゾウは魔法を使う。
(…………大好きな皆が、幸せでありますように)
ジンゾウは、魔法を使う。




