人間に
ところどころでヒメが補足しながら、ジンゾウは全てを話し終えた。
部室内は、暗い雰囲気になっていた。
ワルノ王国の所業にドン引きしていないのは、既に詳細を知っているヒメと、知っていたのだろうフリョウのみ。
「フリョウはやっぱり、知ってたのね?」
「……気付いていたのか」
「コワイ先生の婚約者についてを知ったジンゾウの態度。それに、今思えば初対面の時からフリョウはジンゾウを知っているようだったのだわ」
ジンゾウが自己紹介した時、フリョウは少し驚いたような反応を見せていた。
「顔は知らないけど、名前だけは知っていたの?」
「……ああ」
フリョウは静かに頷く。
「ワルノ王国が集めていた魔法の種類、順番……そして口封じされるかのように、訃報は届けど遺体は帰らず。そしてその後間もなく、ジンゾウの存在が公にされた」
「……成る程。それは確かに、察するには充分なのだわ」
材料が揃いに揃っているとなれば、わかりやすい。
「キンキ王の子として発表されているのに、異世界人の子。普通は異世界人の子であっても異世界人特有の魔法は使えないのに、確かに使える存在。そしてキンキ王には息子こそ居ても娘はおらず、」
「…………勿論、養子という可能性が大きかった。だが、タイミングがおかしかった」
そう、おかしい。
「あの性格なら、あれ程盛大にジンゾウの名と能力を知らしめるなら、もっと早い段階でそれらを広めて自分の権力を強めようとしてもおかしくはない……」
「実際に何が行われたかについてはともかく、非合法かつ非人道的な行いの末、沢山を口封じとして処刑してでもジンゾウを作り出したのだろう……と、いうところまではわかるのだわ」
コクリとフリョウは頷いた。
「故に、叔父さん……コワイ先生も気付いていた。だが、コワイ先生はジンゾウに罪は無いと判断し、一人の人間として接した。……なら、俺もただ、ジンゾウの友として接するだけだ」
フリョウは言う。
「生まれて来た命は祝福されるべき。ジンゾウもまた、生まれて来た命に違いない。なら俺はジンゾウを一個人として見て、その人格面を踏まえた上で接するべきだと考えた」
それだけだ、と言ってフリョウは口を閉じる。
しんとした空気の中、ライトが困ったように頭を掻いた。
「……え~っとォ、色々新情報って感じで困っちゃうけど、まあとにかく確執とかそういう感じでは無さげって事で良い、んだよね?」
「うん、多分」
「俺もコワイ先生もジンゾウにそういったものは抱いていない。抱くとすればキンキ王に対してだ」
「じゃそこは問題無いとしてェ」
ライトはこれに関しては一旦終了、と胸の前で両手を下に向けて左右に開いた。
「ジンゾウは髪が伸びたり爪が伸びたりって状態になりたい、が目標?」
「と、いうよりは……成長したい、って感じかな。五年前から僕、この体で。何も変わってないから」
「時間が停止してる状態なら、実質的に不老不死、って事になるのかしら?」
「全人類の夢じゃん!?」
「あはは、確かにトクサツさんとマンガさんの言う通りなんだけど」
でも、とジンゾウは眉を下げて笑う。
「死なないし年も取らないっていうのは、きっと、生きてないって事だから」
それは苦笑と言うよりも、悲し気な笑みだった。
「……僕は、生きた人間になりたいんだ。こんな状態を求める人が世の中には沢山居るって知ってるけど、でも僕は、世の中に居る沢山の人が手放したがるものを、生きているからこそ得られるソレを、実感したい」
それはつまり、年を取りたい、という事。
確かに、狂ったように若さを求める人間からすれば、凶器を振り回されても文句は言えないような発言。けれどジンゾウにとっては切実なもの。
ヒメの父は年を取り、杖を必要とするようになった。
勿論戦闘時はそれ無しで普通に動けるようだが、日常生活では杖が欲しくなるらしい。ストレッチをやらないと寝起きが酷いとか、若さで誤魔化せない分適当な動きをするとすぐどこかを痛めるから常に正しい姿勢を意識しないといけないとか、色々と愚痴っていた。
でも、ジンゾウはそれが欲しいのだ。
生きているからこそ、生き延びたからこそ、生きて来たからこそ得られるそれを。
・
「成る程」
保健室、ヒメとジンゾウから諸々を聞いたテキトー先生が頷く。
「言いたい事はわかる。だが、それを得たところで、思ったより楽しくはないかもしれないぞ」
テキトー先生は、しっかりとジンゾウの目を見ながらそう言った。
「痛いし苦しい。今まで以上に。痛覚が無いようなお前から、痛覚があるお前になる。その状態でワルノ王国での生活は苦痛にしかならんだろう」
「だと思います」
「寝ないと体がもたなくなる。食べないと体がもたなくなる。精神的負担は肉体にも負担を及ぼす」
「でしょうね」
「お前の想像より、ずっと辛いぞ」
「そうなりたいんです」
ジンゾウは、笑顔で言う。
「僕のせいで与えてしまった苦痛を、僕は知りたい」
「理解したような面されても、被害者は喜ばない。寧ろ腹立つんじゃないか?」
「そうかもしれません。でも、僕は皆が知っているものを知りたい。知っておくべき事を知りたい」
胸の前で拳を握り、ジンゾウは言う。
「このままじゃ、僕はきっと……皆と横並びにはなれても、違う舞台に立ったままだから」
テキトー先生は後ろ手をベッドについて体重を掛け、天井を仰ぎ見、はぁーあ、と深いため息を吐いた。
「……言いたい事は、わかるんだよなあ」
小さくぼやく。
「どれだけ便利だろうが都合が良かろうが暮らしが楽だろうが、それを手放してでも自由を得たい。自分を得たい。自分の人生と呼べる道を歩きたい。わかるぜ。大いにわかるとも。オレだってそうだった」
やーれやれ、とテキトー先生は座り直して肩をすくめた。
「……欲しいよな、自分の人生」
「はい」
「苦しくないけど生きてるか死んでるかわかんない人生より、苦しくっても、生きてると実感できる人生で居たいよな」
「はい」
「……ほんと、よぉっくわかるぜ」
テキトー先生は眉をひそめてくしゃりと笑った。苦笑とも違う、仕方がないと言って笑うような、でもやっぱりそれとも違うような、何とも言えない笑み。
飄々とした普段のテキトー先生とは違う、素と感じるような笑みだった。
「それでも、もう一度聞く」
そんな笑みを一瞬で引っ込め、テキトー先生は真面目な顔で問う。
「お前の人生は今以上に過酷なものとなるぞ。魔法で確認したお前の記憶からするにお前は肉体的なダメージを負わないから精神的ダメージ狙いで人質を取られたりしているが、お前自身への暴力も発生する危険性がある。キンキ王の魔法からすれば絶対にあり得る」
普段からは想像出来ない程真剣な声で、テキトー先生は言った。
「それでもか」
「その時は、マッドさんの魔法を使わせてもらいます」
「痛覚ブレーキなあ……」
うーんまあ確かにそれなら、とテキトー先生が唸る。
「これは間違いなく愚行だ。お前は自分の身を守る術を手放すも同然。しかも現状から脱する事も出来ないまま、苦痛が倍増するばかり。それでも、お前は生きた人間になりたいのか」
その問いに、ジンゾウはにこやかに返す。
一貫してにこやかな笑みのまま、言った。
「テキトー先生が僕だったとして、生きたいとは思いませんか?」
「……意、地の悪い事言ってくるなあお前は!」
わはは、と笑ってテキトー先生は自身の髪を右手で掻き乱す。しかしその顔はまったく笑っておらず、寧ろ瞳孔が開いているようにさえ見えた。
「終わらぬ寿命、朽ちない体……それを捨てさえすれば欲しい物が得られるってなったなら、そりゃあほっぽり投げちまうよなあ! ああクソッ、理解出来るから嫌なんだよ! オレ個人としてその主張絶対曲げねえだろってのと、教師として止めたい保護者心! これだから教師なんて職業はクソッタレだ!」
「口が悪いぞ、テキトー」
「これが口悪くしないでいられるかってんだ! 素面で聞く話じゃねえよ!」
あーもう! とテキトー先生は両手で髪を掻き乱し、そのままバタンとベッドに仰向けになった。色々と複雑な気持ちのようだ。
それを見て、ここまで黙して外野に徹していたコワイ先生がため息を零す。
「……先に説明しておくが、ジンゾウの望みは恐らく可能だ。呪いや体質によってそういう状態に陥っていた相手を改善させた実例もある。お前の場合は色々と特殊だが、吾輩達以外にも協力を求めると言ったな?」
「はい。フリョウさんと、ライトさんと、マッドさんに」
「そうか。肉体面でも精神面でも、そしてそれ以外の何かが邪魔をしていたとしてもどうにか出来るだろうメンバーが揃っているなら問題はあるまい。だが、時間はかかるぞ」
「卒業までに間に合いますか?」
「それは間に合う」
しかし、とコワイ先生は言う。
「吾輩達に頼むよりも、お前自身で魔法を使用した方が、よっぽど早く確実だ。何故そうしない」
「……うーん」
ジンゾウは視線を彷徨わせ、困ったように苦笑した。
「…………そうなった僕を、想像出来ないから、かな」
異世界人の魔法は、他人の魔法を模倣出来る。想像したそのままの魔法を作り、使用する事も出来る。
逆に言えば、想像出来ない魔法は使えない。
ジンゾウは、生まれた時からこうだった。過去も未来も無く、今しかなかった。普通が無かった。
だからジンゾウには、普通に生きる人間としてのジンゾウ自身を、想像出来ない。
「洗脳まで用いる荒療治だぞ。肉体の細胞を動かし、脳を弄る。彫ったタトゥーを焼き消すようなものだ。それ自体にも苦痛があるし、その後の人生で苦痛を感じるようにもなる。本当に良いか」
「勿論」
「……では、吾輩達も了承したという旨を、他の無所属部メンバーに伝えなければな」
「あ、それは大丈夫です。全員で保健室に押しかけるのもなんだからって事で、マンガさんがここの様子を魔法で覗き見て実況してくれてるので!」
「それを先に言え」
そういえばすっかり言い忘れていた。
Q コワイの婚約者だった女性の名は?
A ミレン・イヤシ
「ねえねえ、コワイ君は何人くらい子供が欲しい? 男の子が良い? 女の子が良い?」
「吾輩に聞くな」
「えー」
「お前と吾輩の子であるなら、どちらでも良い」
「……んふふ、そうだよね! コワイ君だーいすき!」
「近い」
「婚約者だもん、腕組むくらい普通だよ! コワイ君ってば照れ屋さんなんだから!」
「…………」
「んっふふふ、私が帰り遅くなっちゃった日とか、いっつも明かりつけて待っててくれたりするもんね」
「……吾輩が実家に居る時はな」
「そりゃ学校の教員寮じゃそうなるよ!」
「それもそうだ」
「んもー。……ふふ、幸せだねえ、コワイ君」
「ただ歩いているだけで?」
「コワイ君と一緒だもん。私が居ない間、他の女の子に目移りしちゃ駄目だからね!」
「する必要が無い」
「あ、男の子なら多少の目移りは良いよ!」
「良くないだろう。それは普通にとめろ」
「えっ、つまりコワイ君は私が男に目移りするのは勿論、女に目移りするのも嫌って事!? やーん、もうコワイ君ってばやきもち焼きなんだから!」
「…………」
「あっちょ、ごめんごめんってば拗ねないでおねがーい!」
「……ミレン……」
「まぁた泣きながら寝落ちてら。もうちっとまともに休めるようになりゃ良いだがなあ。……ま、だからといって婚約者の記憶を消すわけにもいかん」
「…………すぅ……」
「……せめて、その夢での負担が肉体に来ないよう洗脳してやるのが精々かね」
それはただの、昔の話。今ではない、思い出の話。




