自分
映し出されたのは少年の姿。
でも顔だけの方も、友達と一緒に居る方も、ジンゾウと別人と言って良いくらい違っていた。骨格も顔付きも、どうシミュレートしてもジンゾウの顔や体格には育たない。
念の為、イガノに教わった多角的な方法でこの映像が本当にそのままなのか、ヒメが見たのは本物の異世界人についてだったのか、その他諸々確認するが出る結果は全て正常。
つまり、間違いなく本物。
「……えー……」
色々足された、とは聞いていた。
頭の出来とか、見栄えとか、その他諸々調整されたというのはコウガノとイガノから聞いた。ヒメの質問によって聞けた。
でも、ここまで違うものになっているとは思わなかった。
「……でも、僕の原材料になっているのなら、この人も僕なんだよね?」
「ジンゾウ、この人の名前知ってる?」
「え?」
知らない。
映像越しでも鑑定は使えるのでそれを使って異世界人の名前を確認しようとし、
「東都甚蔵、って言うんですって」
少し、視界が暗くなった。
「……異世界人は、後ろの方が名前だったよね。じゃあ僕はやっぱり」
「頭が弱いの?」
「あだっ!?」
額を軽く指で弾かれた。衝撃はあったが正直なところ痛みは無い。けれど、こういう時は痛がるものだから、気付けばそう主張するようになっていた。
弾かれた位置をさすりつつヒメの方へと視線を向ければ、ヒメは呆れたような顔をしている。
「名前が同じ程度で一緒だなんて、浅はかもいいところなのだわ。親の名前を引き継いでいる家系なんて幾らでも居るでしょう。ミドルネームとしてひたすら名前を引き継いでいたり、その家系は大体この名前だったり。クラスにも毎年五人はそういった生徒が居るのだわ」
「あ、た、確かに」
「貴方のだって、それだけという話でしょう」
はて、どういう意味だろう。
意図がわからなくてきょとんとしていると、ヒメは頭が痛そうに目頭を揉んだ。
「……体の作り自体、ジンゾウは異世界人であるこの男……甚蔵と呼ぶとややこしいからヒガシトと呼ぶのだわ。ヒガシトとまったく同じというわけではないでしょう」
「でも、元は」
「元が彼であっても、ここまで作り変えられている以上、まったく同じの張本人というわけにはならないのだわ」
そうでしょう、とヒメは言う。
「例えば双子。同じ両親、同じ胎。それも同じタイミングで同じ胎の中、十月十日を共に過ごして生まれてくるのだわ。一卵性なら尚の事同じ。体を構成する要素もほぼ同一で、顔付きだってよく似ている。でも、それは同一人物かしら」
「……いや、双子である以上、それは別人だよね。例え一緒に行動していたとしても、例え同じ物を見て同じ考え方をしていても、個人としては別物なんだし」
「………………」
それがわかるのに何でこの程度の事も、という顔をされた。ヒメは結構表情に出る。
「……そこまで同じである双子ですら、別の人間という扱いなのだわ。そして人には大抵親があり、親の要素を受け継いでいる。でも両親の、異なる二つの要素が混ざっている為に、それはイコールの存在にはならないのだわ」
「確かに、ヒメちゃんとご両親って笑い方とか、冷たいようでそうでもないところとかソックリだもんね。身長は全然似てないけど」
「最近直って来たと思ったら!」
「痛い!」
頭にチョップを食らわされた。痛くないけど痛い。
でも、ヒメの身長に関してはあまり言わないようにしていたのでこちらの責任だろう。ヒメのご両親の身長が高い事、ヒメの身長が低い事は明白だが、それを言われたくないらしいヒメの前で言う事じゃなかった。反省。
「……で、ここまで言ってもジンゾウはまだヒガシトと同一人物だと言い張るつもり?」
「え、何で今その話になったの?」
「………………」
何だろう、選択肢を間違えた気がする。この駄犬は……という低い声が副音声で聞こえて来た。向けられる視線は呆れを超えた感じの圧を放っててちょっと怖い。
「ヒガシトの肉を元に作られたと言っても、その他も混ぜ込まれているんでしょう。操作されている、と言っても良いけれど、まったく同じとはとても言えないのだわ。目の色はどこから来たの? その背丈は? 筋肉は?」
「え、えっと、これらは全部、僕が気付いた時にはそうだったし……」
「前に一人称を俺としていたけれど、素のジンゾウは自分を僕と呼ぶ方が合っていた。そうしなければいけない理由があったとするなら、ヒガシトの一人称が俺だったから?」
「…………う、ん」
そうだ。寄せるよう言われた。異世界人である事を強制された。望まれた。
出来る限りそうあらなくては、誰かが犠牲にされてしまう。
空を楽しく飛ぶはずだった小鳥が、何の理由も無く首を折られて羽を毟られ目の前に投げ捨てられるのは、もう見たくない。
「その時点で、別人でしょう。ヒガシトとは別人だからこその、ジンゾウとしての個人のもの」
「…………でも、僕の体は」
「ああもう! いい加減にくどいのだわ!」
「ひえっ」
ヒメは椅子から下りてジンゾウの膝の上に立ち、脅すかのようにジンゾウの髪を掴んで上を向かせ視線を合わせる。
「確かに貴方の肉はヒガシトの肉! けれど貴方はヒガシトではない! 体を構成する何もかもがヒガシトと一致するわけではなく、ジンゾウとしての意思があるのなら! それはヒガシトと同一に非ず!」
髪がギリリと引っ張られた。
「そんなの、親と子の関係性と何も違わないのだわ!」
その言葉に思わず、は、と息を吐く。
あれ、呼吸ってどうやってするんだっけ。でも息は出来ているから多分大丈夫。そう、今はそれどころじゃなくて、もっと大事なことがあって、
「……た、確かに、異世界人の子って事に公的にはなってるけど……」
「結局のところ、それが正解という事なのだわ。ヒガシトの肉を使って再構築された体とはいえ、それは違うもの。株分けした植物は、同じかしら?」
「…………別物、かな」
「元は同じなのに?」
「でも、多分、違うものになった瞬間からは別物……だよね?」
「枝といった一部を切って個別のものとして育てる挿し木は同一? 別物?」
「べ、別物」
「だったらジンゾウだって別物なのだわ」
まったく、とヒメはようやくジンゾウの髪を離した。結構な強さで引っ張られていたようなので、ジンゾウでなければ数本は毛がご臨終していた事だろう。
それだけジンゾウの物分かりが悪かった、という事でもあるが。
「……そっかぁ」
じわじわと、胸の奥に何かが広がる。実感、というものだろうか。
同じだと思っていた。自分は異世界人と同一で居ないと駄目で、自分は異世界人から作られていて、だから実質的には異世界人なのだと、そう思っていた。
でも、違った。
異世界人の要素を色濃く残した、異世界人の子。そちらの言い方が正しいと、ヒメはそう言ってくれた。
ジンゾウという自分を得た時からこの状態の体だったからよくわからないし、よくわからないままではあるけど、そうか、そうなのか。
「……僕にも、親が居たって、そう思って良いのかな」
「親がそれを知っているか知らないかはさておき、命あるものには親が居る。自分が生きていると言えるなら、居ると言って良いんじゃない?」
「そっか」
生きている。僕は生きている。何て嬉しい言葉だろう。
異世界人の魔法を使えるけれど、本当の意味で異世界人というわけじゃない。その事実が嬉しい。自分という存在は、自分だけのものだった。
今この瞬間だって、今こうしてやり取りした時間だって、全部全部、ジンゾウだけのものだった。
異世界人のものじゃ、無かった。
「……ね、ヒメちゃん。手を握っても良い?」
「ええ」
差し出されたのは小さな手。白くてやわらかくて、温かい手。
縋るようにその手を握る。
ジンゾウの両手で覆えば、すっぽりと隠れてしまう小さな手。簡単に潰れたり折れたり曲がったりしそうなくらい小さくて細い指。
でも、とても強い手。
ジンゾウの大きさがあるだけの手と違って、とってもとっても強い手だ。芯がある手だ。
ジンゾウを、ジンゾウの心を、何度も救ってくれた手だ。
「…………えへ、えへへ」
涙が零れる。笑いが漏れる。
こんなに嬉しいのに悲しくって、笑っているのに涙が出る。いや、悲しいのかどうかもわからない。嬉しいという気持ちはわかるのに、嬉しい以外にも色んな気持ちが混ざっていて、元が何だったのかもわからない程ぐちゃぐちゃだ。
「何が楽しいのかわからないのだわ」
ヒメは怪訝そうに言う。
ジンゾウに寄り添って、気持ちはわかるよ、なんて言わない。背中を撫でてそっと抱きしめてくれたりもしない。
でも、手を貸してくれる。
真正面から向き合って、目を逸らさないでいてくれる。
それが、それがどれ程嬉しいか。
「……うん、えへ、そのね、こうしてヒメちゃんの手を握るっていう感触は、僕だけのものなんだなあって」
この感触を知っている人は他にもいるだろう。
でも、ジンゾウがこうしている瞬間を知っているのは、ジンゾウだけ。
異世界人の物には、ならない。
「前の僕は、異世界人は、ヒガシトは……僕の父親と言えるかもしれない人は、僕がこうしているのとは何も関係無い。そう思って、良いんだよね」
「そうね」
ヒメは頷く。
「まあ、肉体を構築しているという意味では関係はあるのだわ。でもそれ以外に関しては関係無い。人格も経験も何もかも、無関係」
そうだ。ジンゾウが経験してきた全ては、ジンゾウだけのものだった。
「もし仮にそうでなかったとしても」
ヒメがそう言うと同時、手を引かれた。
ジンゾウの頬にヒメの手が添えられ、睫毛が触れそうな距離で目の奥を見るように、覗き込まれる。
「今この瞬間にこうして私が触れているのは、間違いなく貴方だけ」
頬がじんわりと温かい。
「私は貴方の中に、前の貴方の面影を感じない。まったく見えない。重ねて見るなんて事も無い。今、私の目に映っているのはジンゾウであって、ヒガシトではない」
明るい青の瞳に、ジンゾウの暗く青い目が映し出されている。
「私が触れているのも、話しているのも、ジンゾウ相手にしている事よ。例え奥にヒガシトが居たとしても、私がジンゾウと対峙した時に見ているのはジンゾウだけ。それを肝に銘じるがいいのだわ」
その言葉に、す、と息を吸う。呼吸の仕方はもうとっくに思い出していた。
「……――うん!」
ジンゾウは、ジンゾウだけだった。ジンゾウという人間はジンゾウ一人しか居なかった。
それがわかれば、もう大丈夫。
作られていても利用されていても、一人の人間だと胸を張る事が出来るだろう。
「ヒメちゃん、ありがとう」
額を触れ合わせ、言う。
「……大好き」
触れているヒメから、動揺は感じなかった。
「それは返事をした方が良い好意?」
「ううん」
ジンゾウはヒメから頭を遠ざけ、首を横に振る。
「僕が勝手に抱いて、勝手に捧げてるだけの想いだから。実っちゃ駄目なこんなものに、返事なんてしなくていいよ」
「そう」
ヒメは頷く。
ああよかった。安心した。ヒメちゃんはこういう人だから、そこまで踏み込まない人だから、深くを聞かないでいてくれる。
僕の不幸に、ヒメちゃんを巻き込んじゃいけない。
「実らず綺麗に咲くならともかく、実らず不幸に枯れるようなら、その時に考えるとしましょう」
「え?」
「今のジンゾウには何も関係の無い事なのだわ」
凛と咲き誇るような笑顔でそう言われた。
ヒメの言葉は、時々よくわからない。
(ああでもそっか、僕が僕だけなら)
ジンゾウという個人であるなら。
(夢を、叶えても良いのかな)
きっとそれは、持っている人からすれば手放したいようなもの。
わざわざ欲するのも意味が分からないと言うかもしれないもの。
(それでも)
それでも、欲しい。
(僕は生きて行きたいから。人間になりたいから。僕個人として胸を張れるようになった今、人間として胸を張りたいから)
生き物らしくなる、そんな夢を叶えたい。
髪が伸びて爪が伸びて疲れを感じて、具合が悪い日とか具合が良い日とか、そういうものを得たい。
そういう、生きた人間になりたい。




