延長線上
ジンゾウは待っていた。
未来を予知する魔法で大体の時間を把握し、長期休暇から彼女が帰ってくる前に学園へと戻り、駅の前で待っていた。
ただひたすら、駅から出たらすぐ見えるだろう位置で、置き物のように瞬きもせず待っていた。
ピクリとも動かないジンゾウに人々は怪訝な顔をし、けれどマナビヤ学園という中々曲者揃いな学園がある町だからかすぐ気にしない様子で立ち去っていく。
「久しぶりなのだわ、ジンゾウ」
「うん。久しぶり、ヒメちゃん」
駅から出て来たヒメは、待っていたジンゾウに驚く事無く、当然のように微笑みかけた。
それが嬉しい。
あの冷たくて暗くて怖くて痛くて嫌な場所とは違う、温かな場所だという象徴。ジンゾウが異世界人の子ではなく、ただのジンゾウ個人として有るのが許されるような、そんな存在。
ちょっぴりウェーブがかった柔らかな金髪、明るく青い瞳、華奢な体躯でありながら凄まじい鋭さを放つ強さ。その全てが、ヒメの存在全てが、ジンゾウの心を捕らえて焦がしてゆく。
「ヒメちゃん、荷物持とうか?」
「人の鍛える手段を取り上げて自分だけ鍛えようとは随分とせこい真似をするのね」
「違うよ!?」
「知ってるのだわ」
ふふ、と笑われた。ジョークだったらしい。
けれど鞄をこちらに渡さない辺り、そういうのを頼る気は無いようだ。いや、ヒメはそういう人だから当然か。
「授業は明日からだったわね」
「うん。どうしても移動に時間が掛かる人用に、授業と言う名の自由時間だけど」
「去年、まさか私達の演劇映像が流されるとは思わなかったのだわ」
「好意的な言葉は貰えたけど、ちょっと照れちゃったよね」
そう、授業が開始する時期は決まっている。
だが遠方の生徒は移動に時間が掛かるし、場所によっては突然の運転休止で数日分遅れる時もある。その為、本格的に授業が開始するのは一週間後。その日が正確な授業開始日。
とはいえ、そういった事が無いように、と早めに帰ってくる生徒も当然居る。
基本的には自由に町を見て回るなり図書館で本を読み漁るなりすれば良いのだが、一部生徒はちゃんと授業を受けたいとの事で、一応授業らしきものが設けられるようになった結果が謎の自由時間。
時間に余裕のある先生がちょっとした雑談をしたり、先生の手伝いをしたり、学園祭での映像が流れたり、生徒が地元でしか知られてないような話をしたり、という好きな人からすると結構需要が高い時間。
ジンゾウとしてはそこまで興味が無い分野が多いが、ヒメはそういったものも嫌いでは無いようなので、ヒメと共に授業に出たものだ。
「今年も授業に出る?」
「勿論。新しいクラスメイトの顔も確認しておきたいのだわ。どのくらい知り合いが居るのかしら」
「どうだろうね」
ジンゾウとしては鑑定で名前を始めとした大体の情報を取得出来てしまう為、誰と初対面なのかが正直よくわからない。知り合いだったからといって、これといって特別会話するような何かも無いわけだし。
会話に参戦する事は出来る。
用事があって話しかける事も出来る。
声を掛けられたら受け答えもする。
ただ、そういった意味が込められていない単純なコミュニケーションというものが、いまいちよく理解し切れていないだけだ。
「……今年も、ヒメちゃんと一緒が良いな」
「同意見なのだわ」
「!」
まさか、と思った。嬉しい、と思った。
ヒメちゃんからそんな嬉しい言葉が出るなんて想像もしていなくて、いつも通りに冷たく躱されると思っていて、だから思わず顔が熱くなるのを止められない。
どうでも良い、と言われると思っていたから。
「二年間もずっと隣に座っていたジンゾウが居ないんじゃ、流石に違和感が強そうだものね」
くすくすと微笑みながら告げられた言葉に、顔が崩れそうになった。
「ちょっと、ジンゾウ? いきなり顔を隠してどうかしたの?」
「いや、うん、えっと、今見せられない顔してるから……」
「? そこまで特別な事を言った覚えは無いのだわ」
そうだろう。ヒメにとっては大した事じゃないんだろう。
ただ友人と同じクラスであれば良い、と言っただけ。今更隣に居ないのは違和感がある、と言っただけ。
でも、それがとても嬉しかった。
ジンゾウの存在を、ヒメに認められたような。ジンゾウはヒメの隣に存在していても良いのだと、他ならぬヒメに認められたような心地。
隣に居続けるなんて絶対に出来ないけれど、嬉しかった。
表情筋が言う事を聞かないほどに緩んでいて、涙が零れそうになるのを止めるので精一杯。
なのにとても嬉しくって、胸の内側に手を突っ込んで掻きむしりたい程にむずむずした心地が胸いっぱいに広がって、どうしたらいいかわからない感覚。
人はきっと、これを幸せと言うんだろう。
「他の皆も、明日辺りには帰ってくるかしら。去年、トクサツ以外は早かったものね」
「トクサツさんは、親の問題があったから……今年はマッドさんと一緒だし、全員早くに揃うかな?」
「ライトの実家は医者のようだし、人柄と医療技術を気に入られ過ぎたフリョウが人手欲しさに足止めされて二人して遅れて来る可能性もあるのだわ」
「あはは、それならマンガさんだって、読みたい本の山が沢山あるからって遅れちゃいそう」
「確かに。想像がつくわ」
ヒメの笑顔を横目で見る。
胸の奥が温かくなった。嬉しい気持ち。楽しい気持ち。永遠に続いて欲しいとさえ思う時間。でもそんな事は叶わなくて、あと一年もすればこの時間は終わってしまう。
永遠に続いて欲しい時間は、永遠に失われてしまう。
無理矢理にこの日を繰り返させるような魔法だってあるけれど、それは使わない。使っちゃいけない。使えるからといって、その一線を越えるわけにはいかない。
(……肉体はそうあれなくても、せめて、良識だけは)
考え方だってまともな人間とは言い切れない。
それでも、常識的に、人間として、越えてはならない一線は守らなくては。
そうじゃないと、生きた人間であると、言い切れない。
(僕は)
僕は、人間でありたいから。
・
クラスは今年も一緒だった。
今年もまた一緒に走ったり、一緒に食事をしたり、一緒に授業に出たり、一緒に組手をしたり。一緒の時間があるのが嬉しい。一緒の時間を許してくれる事が嬉しい。
「他の皆はまだ来てないみたいだね」
「そうね」
通常の授業が始まるまであと三日あるが、部室に誰かが来た様子は無い。
もっとも、ジンゾウもまたヒメと共に長期休暇で変化していた分の感覚を取り戻す為に走ったり柔軟したり、去年学んだ範囲の復習をしたりしていたので、他の皆もそんなものなのかもしれない。
「……ああ、そうだ。初日に色々と終わらせたせいでうっかり忘れてたのだわ」
「え、何を?」
「長期期間中の殆どをお父様にひっくり返されて手も足も出ない状態を繰り返してたものだから」
「どういう事?」
町の子供が父親の腕にぶら下がって持ち上げてもらうアレの事かと一瞬思うも、多分違う。ヒメは小さいし父親だという男は老齢ながら筋肉と上背があったので問題無く出来そうだが、それを言ったら怒られるのでお口チャック。
ヒメの性質からすると、組手か何かという可能性が一番高い。
「色々あって、私と指南役相手にお父様が全力で対応して、その上でお母様とお父様が組手、というのを繰り返してたのだわ。何だか盛り上がっちゃったみたい」
「もう一回言うね。どういう事?」
「多分、お母様の腕がきちんと研鑽されていたのが嬉しくってついテンションが上がったのだわ」
説明を足されてもよくわからないが、結構な戦闘民族であるタカラザカの傾向を思うに、夫婦とはいえ実力ある相手との組手が楽しくて仕方なくってほぼ毎日それを、という感じだろうか。凄い国だ。
そこまで考えて、ふと思い出す。
「……あ、そういえばヒメちゃんのお父さんって」
「ワルノ王国出身。それも代々王家に仕える騎士だったそうよ。確認が取れました」
敬語が混ざっているという事は、真剣な話。ジンゾウは静かな部室の中、元々背もたれに頼っていなかった背中をより一層ピンとさせた。
「それと、ジンゾウが元の異世界人とは別人扱いで確定って事もね」
「え」
「……ぷふっ」
思わず、といったようにヒメが思いっきり笑い出した。
珍しい程の笑い方に思わずパチクリしてしまう。そんなに笑えるような情報だったんだろうか。
「あは、ふふ、けほっ」
「ひ、ヒメちゃん大丈夫?」
「ごめんなさい、思い出してもおかしくってつい。だってジンゾウったら、あんな事であそこまで悩んで……ふふっ」
どういう意味かわからず困った顔で首を傾げたら、ヒメは再び笑い出した。
背中をさすって笑いが収まるのを待っていれば、数分後にやっとヒメの笑いは収まった。
「お父様がね、異世界人の遺品を持ってたの」
「えっ!? でも、そんな、私物は全部処分されてるはずじゃ」
「サト夫婦が処分の振りをして持ち出して、お父様に託したのだわ」
そう言ってヒメが手を翳すように動かせば、そこに魔法で映像が表示される。
その遺品だけじゃなく、ヒメがそれを手に持って広げた瞬間そのままがその場に映し出された。ヒメを中心にして丸く切り取られたような映像だ。
ヒメが持っている遺品は、服だった。
詰襟で、黒くて、デザインではないところにどこか古さが感じられる詰襟の上着。確か異世界で使われる制服で、学ランという名称のはず。
「……えっと、これのどこが面白かったの?」
「どう足掻いたって、ジンゾウが着れるはずもないサイズなところ」
言われ、改めて確認してみる。
そうだ、確かに小さい。触れようとしてもすり抜けるが、このサイズを着ろと言われても無理だろう。勿論体躯が小さいヒメが着たなら袖も裾も余るだろうけれど、これは、
「156センチのマッドさんで、ちょっと袖が余るくらい?」
彼女はまず身長と比べてかなり華奢なのでまたちょっと採寸が変わってくる気もするが、体の細さを度外視しても袖が余る事になりそうだ。
「そんなサイズの服を着る人間が、たった四年でジンゾウ程の大きさになると思う? それも監禁されたような状況で」
それは、
「あり得ないのだわ」
「……でも、そのぐらいの年齢で急成長する例は」
「そう、完全にあり得ないとは言い切れない。でも骨格なんかを見れば、あり得ないと言い切れるようになるのだわ」
「見る方法が無いよ?」
いや、ジンゾウなら出来る。
何せ想像しただけでも新しい魔法を構築出来るのがチート魔法。見た事の無い誰かの姿を正確に映し出すくらいは出来るだろう。
でも、やらない。やれない。やりたくない。
それでジンゾウの心が折られたらどうする。万が一ジンゾウに瓜二つだったなら、どこかに面影が強く残っていたのなら、やはりジンゾウはその人だという事になる。
作り変えても、あくまでその異世界人でしかないのだと。
ジンゾウが歩んできた人生も、こうしてヒメを始めとした友人達と過ごしたジンゾウだけの時間も、結局その異世界人の物だったという事になってしまう。
(……奪われたくない)
異世界人としてのジンゾウじゃない、ただのジンゾウとして見てくれた友人達。
それはジンゾウだけのもの。それはジンゾウだけが得た宝物。
でももし異世界人が、やはりジンゾウとイコールだった場合、ジンゾウが得たものは異世界人が得たも同然となってしまう。
共有なんてしたくない。
自分だけで独り占めしたい。
独占は良くない事だと様々な本で書かれていたから、そう思う事自体、良くない事かもしれないけれど。
それでもどうしても、そう思ってしまうのだ。
「異世界人の写真が、残ってたのだわ」
「え……」
腹の底が冷える間も無く、ヒメの魔法によりその映像が二人の目の前に映し出される。
それは正面から顔を写したものと、友人だろう人達と撮ったもので、
「…………誰?」
「ね、笑っちゃうでしょう?」
思っていた以上に面影のない誰かが映し出されていた。
「さーて、そろそろ向こうの仕込みも本格的にやり始めるか」
「アカ、何をする気なんだ?」
「あー、大丈夫だヒミツ。気にするな。まだ一年はエンタメ国で地盤を整え、トクサツに渡しても問題無いくらいにしないとだしなあ」
「……確かに、トクサツに渡すにはまだ不安定な案件もあるが」
「だろう? 悪霊退治の一件からトクサツへの文句の声は薄まったし、実際に国内での人助けをして動いてたのはトクサツだった。その理由はヒゲキ女王に指示され、他国の要人が相手、あるいは見ている場でのパフォーマンスをしていただけだが……民から見て味方と認識されやすい行動だったのは間違いない」
「で、トクサツが国を運営出来るくらいに、あと一年で何とかすると? この量を?」
「そこは人脈と魔法を駆使して何とかする。今までの流れだとワルノ王国に対抗するには時間が掛かったが、幸いな事に早い段階でワルノ王国を何とか出来そうな未来の確率が増えて来た。間に合わせるぞ」
「僕としては、詳細を話してくれない事には具体的にどのくらいの優先度なのかがわかり辛い」
「……あー、あれだ。俺を信じろ。後悔はさせない」
「詐欺師の常套手段か?」
「俺もそう思ったが言うな!」




