東都甚蔵
母がくれたチケットで今年も移動時間を短縮し、ヒメは長期休暇にタカラザカの城へと戻って来た。
「というわけでお父様がどこに居るのか教えて欲しいのだわ」
「ただいまの挨拶も無い程とは」
くつくつ、と玉座に腰掛けたままジョテイが愉快そうに笑う。
「ヒメ」
ジョテイは笑うのをやめ、静かにヒメを見た。
「お前は何故オウに会いたがる?」
「あら、学園祭でも顔を見せてくれなかったのよ? 帰って来た娘が、家に居る父親に会おうとするのに理由が居るの?」
「それは当然だ。で、それ以外の本題については」
「お父様の過去。その詳細を」
「……だから手紙でも良いから多少の情報はくれてやれと言ったのに」
ヒメから視線を逸らし、頬杖をついたジョテイは小さくそう呟いてため息を吐く。
「……ヒメ、幾つか聞かせろ」
「質問にもよるのだわ」
「お前は部外者だ。お前自身が知る必要は無い。それでも聞きたいか」
「ええ。ここまで話を聞いておいて仲間外れだなんて、推理小説の解説部分のページが丸ごと切り離されていたも同然なのだわ。それは酷過ぎる話でしょう?」
「ふむ、正論だ」
ジョテイが頷く。
そう、ここまで話を聞いておいてさようならとはいかない。そんな事は許さない。
クライマックスだけ永遠にお預けなんて、クリフハンガー狙いですらやらない所業。クライマックスを出す前提でのお預けならともかく、そのつもりも無いだなんて酷い話だ。
「お前が聞いたところで、お前に何か出来ること等無い」
「でしょうね。でも私は知る事が出来るのだわ」
力になれるかどうかはさておき、自分の中にある不完全燃焼は落ち着くだろう。
「お前がオウに話を聞こうとしているのは、あの少年の為か?」
「そうね。二割くらいは」
「残りは?」
「黙ってたお父様への嫌がらせ二割。一割は私にも何か出来る事があるんじゃないかという期待。残りの半分は、私の為」
「ふむ。他人の為というのは人間的に正しいが、自分の為、と言い切れるところが良いな。流石はわたくしの娘」
く、とジョテイは愉快そうに笑う。
「それを胸に抱き、決して迷うな」
ヒールの音をカツンと響かせて、ジョテイはフレアスカートの裾を揺らして立ち上がった。
「他人の為というのは崇高で、実に耳障りの言い言葉だが、実のところは他人の為に何かをしたい、という自分の欲求なのだから。そこを見誤らぬ限り、わたくしはお前の味方であろう」
「見誤っても、それが私よ」
肩をすくめ、ヒメも笑う。
「見誤ったとしても、それこそが私の決定。それが私の選んだ道。例え味方を失ったとしても、それを後悔なんてしないのだわ」
「本当に?」
「……後悔はするかもしれないわね。でも、それで立ち止まってなんてやらないわ」
「よろしい」
頷き、ヒメの前にやってきたジョテイはヒメの額にキスを落とした。
「お前が自分の判断で道を選び、そして歩き出す事を自慢に思うぞ」
そう告げて、ジョテイはヒメの頭を優しく撫でる。
力強く、けれど髪を乱さない撫で方。それは撫でるのに慣れている動きで、ヒメにとって心地よさを覚えるもの。
「オウはいつも通り、庭小屋に居る」
「そう、ならそこへ行くのだわ」
「あいつは往生際が悪いから、素直に話さないかもしれないぞ?」
「最悪の場合は庭小屋を燃やすのだわ」
「初手から過激だな。誰に似たんだか」
間違いなく両親似だろう。ヒメはジョテイと顔を見合わせ、くすくすと笑う。
「では、行ってくるのだわ」
「ああ」
今度は頭頂にキスを落とされ、温かい気持ちになりながらヒメは庭小屋へ向かおうとした。
「……そうだ、ヒメ。最後に一つ」
「?」
「お前はジンゾウという友人を、どう思っている?」
何だ、そんな事か。
「お母様が言った通り、友人よ。入学して以来ずっと一緒の、私を常に上回ってくれる、親しい友人」
「それ以外には?」
はて、
「親友?」
「…………オウの血か……」
残念さと不満さが入り混じったような顔をされたが、向こうからの好意はともかく、こちらから向こうに抱いている気持ちとしてはそれが真実なのだから仕方ない。
・
庭小屋、もとい山小屋に入れば、ふわりと良い香りが漂っていた。
視線を向ければ、山小屋のキッチンでヒメの父、オウが鍋の中を掻き混ぜている。
「美味いシチューが食いたきゃ大人しくしてろ」
「既に出来上がっている匂いがするのだわ。大人しくするのはどちらかしら」
「…………」
その言葉にオウは手を止め、物凄く嫌そうな顔で振り向いた。
「……俺が知ってる事なんざ大してねえぞ」
「そう言うという事は、私が知らず、サト夫婦から聞いてもいない情報を持っているという事ね」
「………………」
オウはさっき以上に嫌そうな顔をした。
「……確かに俺はワルノ王国の騎士だった。代々騎士の家系でもあった。だからといってガキ相手にやって良い事と悪い事がある。敵対してる国のヤツってわけでもねえ相手に対する態度じゃなかった」
顔を顰めたまま、オウはギシリと音を立ててタカラザカでは珍しい程に質素な椅子へと腰掛ける。
ヒメもその向かいへと腰掛けた。
「騎士は主である王様が間違えたなら、それは違うと進言するもの。それが聞き入れられるかはさておき、そうするものだ」
そう、それだけ。
「後はお前もコウガノ達やジョテイから聞いての通り、山暮らしでガキ拾って育てて皇帝になった。以上」
「それ以外は?」
「知ってると思うか? こっちは追放されて以降、コウガノ達経由でしか向こうの様子を知らねえ。ギフ達も早々に脱出したしな」
確かに、そうだ。その通りなのだろう。
でもそれなら、先程のヒメの言葉には嫌そうな顔ではなく、呆れたような顔をするだろう。既に知っている事を知ってどうするんだ、とでも言うような。
ヒメは、父であるオウがそういう人だと知っている。
あれだけ嫌そうな顔をしたという事は、オウだからこそ持っている情報があるから。でもそれを自分から言う気は無い、という事だろう。
「……お父様、素直に手の内を明かすつもりは?」
「無い」
「そう」
手の内があるのは間違いない事が確認出来た。
「私の友人に、本を描くのが好きなユニコーン頭が居るのだわ」
「あ? ああ、あいつか。そういや居たなそんなユニコーン頭」
名前でなくともユニコーン頭という名称であっさり通じるのはどうかと思うが、マンガはユニコーン頭としか表現出来ないし、そんなワードはマンガにしかあり得ないので問題は無い。
「彼にお父様とお母様の馴れ初め、そしてこれまでに私が目撃し、城内の人間が見聞きしたいちゃつきを全部話して本にしてもらいます。公的にこの国で売り出せば、より市民の心を掴めると思うのだわ」
「お、お前……」
オウはがくっと体勢を崩し、顔を焦りで引きつらせる。
「……流石に、俺の一番嫌な事を理解してやがるな」
「ええ。私は本当にやるのだわ。そして彼はとても筆が早い」
「よーし、落ち着けヒメ。良い子だ。手の内を明かすから撤回しろ」
「言ったわね?」
「言った。誓う。だからお前も俺が持ってる分の手の内を明かしたらそんな事は二度としないと誓え」
「ええ。これまでの決闘で奪われた全ての命に誓って二度としません」
タカラザカ式の誓いの言葉に、よし、とオウが頷いた。
この誓いは本気で誓う時用の誓い。
それを破るという事は、これまでにタカラザカで行われた決闘に泥を塗るも同じ事。勝者にも敗者にも牙を剥くような行為、決闘を重んじるタカラザカの民として、決して許される事では無い。
だからこその、信用出来る誓いである。
「手の内っつっても、ただの遺品だがな」
「遺品?」
「これだ」
オウはテーブルの上に置かれていた茶菓子の大きな缶を開ける。
悩みを解決したお礼だとかで城の人間からよく受け取っており、オウもまた好意を強く拒絶出来ない人間なので結局受け取ってはテーブルの上に置かれ、ちまちまと消費されている物。
今回もそうやって貰った物だろうと思っていたが、
「服……?」
中には、きちんと手入れされているようだが間違いなく数十年は前の物だろう服が入っていた。
数十年前、と言うには前世の記憶があるヒメからすれば前世で見かけるようなデザインの学ランだが、劣化の具合が数十年物。
視線を向ければ頷かれたので、学ランを手に取り確認する。着古した気配は無いが袖を通した形跡があり、綺麗にはされているようだが単純に時間が経過した事による劣化も見られる。
「……異世界人が来た時、その異世界人は十三だった、と言ってたものね」
中学一年か、まだ誕生日の来ていない中学二年。
そんな年でその子は異世界へ来て捕まり、脅され、監禁され、四年の抵抗の後に自殺を果たした。可哀想に。
同情なんてする気は無いが、前世を、異世界の事を考えるとそう思わずにはいられなかった。
「ん? お前、それが制服だって知ってるみたいな……いや、そういえば今よりチビの時にやたら異世界関係の本を読み漁ってたな」
「覚えていてくれたのは嬉しいけれど、チビは余計なのだわ」
「今もチビだから変わりゃしねーか」
オウは意地悪にニヤニヤと笑う。
ヒメは反射的に何かをぶん投げてやろうかと思ったが、容易く弾かれ、何なら見えない速度で弾き返されてカウンターを食らうのが目に見えているのでやめておいた。
ジョテイのような切羽詰まった精神状態でのスパルタを受けたりはしていない為、ヒメはまだオウに勝てない程度の強さである。恐るべし生涯現役。本人は杖が無いと辛いだの頬がこけただの言っているが、戦闘になると老獪さはあっても老い自体はまったく感じさせないのだからとんでもない。
「って、あら」
学ランのポケットに何か入っている。
「定期入れ……」
中には学生証も入っていた。そこにある証明写真。そして定期入れの中に入っていた友達と撮ったらしい写真から、人相や体格を確認出来た。
「……ぷっ」
思わず笑ってしまった。思いっきり。声を上げて。
「…………どうしたヒメ、いきなり。気でも狂ったか」
「娘に声を掛ける台詞じゃないのだわ」
怪訝とドン引きが混ざったような顔のオウに、ヒメは目に浮かんだ涙を指先で拭いながら呼吸を整えそう返す。
「気が狂った以外でそうも笑わねえだろ、こんな状況で」
「だって、写真が」
「……そんな笑う程愉快か?」
「じゃなくて、全然彼に似てなかったから」
写っていたのは本当に、一般的な日本人の少年だった。
顔に幼さが残っていて、顔の彫りも深くはなく、つけまつげ要らずな睫毛というわけでもない。見た目が悪いとかは無いが、特別美形というわけでもない絶妙な顔立ち。クラスで四番目を争うくらいの顔だろう。
対するジンゾウは大人のような顔立ちで、彫りが深くて、つけまつげを三枚重ねにしても勝てないかもしれない量と長さの睫毛。男前、美形、ハンサム、イケメン、という言葉がよく似合うくらいには顔の造形が整っている。
まったく、百人中百人が間違いなく別人と言うくらい違う。
「どこが同じよ、あの駄犬」
ヒメが初対面のあの日に笑った通り、どこもかしこも似ていない。
十七歳になった頃の写真が無いとはいえ、写真にあるこの骨格でジンゾウくらいの成長を見せるなんて事は不可能だろう。顔立ちもどう足掻いたってああはならない。
黒髪こそ一緒だが艶が違うし、茶色が強い黒目を持っている写真の中と人物と違い、ジンゾウの目は深い青。正直言って、同じところを探す方が高難易度なくらいだった。強いて言うなら性別が一緒、と言うしかない。
「……いえ、性別以外にも、名前は一緒だったみたいなのだわ」
「本人から名前は聞いたが、その文字は俺には読めなかった。読めるのか?」
「ええ」
学生証に書かれている名前。それは、
「甚蔵……古風な名前ね。名字、いえ、ファミリーネームは東都かしら」
「いや、ヒガシトっつってたな」
「あら。そう、東都甚蔵っていうの」
体を構成する肉が同じであっても、これを別人と言わずしてどうする。寧ろ元が同じとはいえ、よくまあここまで違う存在を同一人物扱い出来たものだ。
うっかり感心しそうになる程、ジンゾウとは別物だった。
「お父様から見て、ジンゾウはどう? これの持ち主だった方に似ているのかしら」
「ああ……まあ、生き辛そうなとこは似てんじゃねえの。苦しむのは自分だけで良い、ってほざいて助かる気がねえようなヤツだし」
「……否定出来ないのだわ……」
「ああいうのは最初に忠告しても聞かねえ。寧ろ意固地になる事すらある。テメーを守れず泣いてるヤツの事なんざ、考えるどころか想像もしてねえ。ご機嫌なもんだ」
「嫌味が過ぎるのだわ」
「言いたくもなるだろ。テメーは誰かが苦しむのが一番嫌だからとほざいて自ら犠牲になる癖に、他の誰かがテメーのその姿を見て苦しまねえとでも思ってんのか。一番嫌な事を他人に押し付けて悦に入ってんじゃねえクソッタレのガキが」
「お父様も泣いたのかしら」
「泣く間も無く小汚ぇガキを拾って忙しかったんでな」
(それってつまり、お母様を拾わなかったら泣いてたかもしれないって事になるのだわ)
「何だよその目は」
「いいえ、何でもないのだわ。……お父様以外に、誰が泣いたの?」
「俺は泣いてねえ。泣いたのはアイツと同い年だからって事で世話係にされた小娘だよ。そりゃあよく泣いてたそうだ。……ジュン・ジョウって小娘だが、あいつも可哀想に」
「お父様が素直にそう言うだなんて、珍しい」
「いつだって俺は素直だろうが」
「天邪鬼の化身なのだわ」
「うるせえ」
「それで、その方……ジュン? 待って、世話係の?」
「おう。小僧に対する人質にされてて、小僧が死んだ後も、小僧を復活させた後に人質として流用出来るってんで軟禁……いや、監禁状態。小僧が生きてた頃からそんなもんだったから、城の中で四十年以上の時間を過ごしてる。今もお前のダチであるガキの世話係らしいじゃねえか」
「ええ、多分その人だと思うのだわ」
「だから可哀想って言ってんだ。人質にする為、小娘が婆さんに片足突っ込むまでの間、ずーっと閉じ込められてんだからよ」
「……ギフやトヤマは、逃げたのよね? その人も逃がせなかったのかしら」
「複数人に見張られてる。コウガノ達が見張り担当の日なら隙がある、なんて事も無い。異世界人に言う事聞かせる為の大事な道具として、自由なんて無い生活を強いられてやがる」
「無駄にキンキ王の策が用意周到なとこが嫌なのだわ」
「どう足掻いても無理って状態になれば話は早いが、抜け道がある限り世界はあの王様に有利な動きを見せるからな。人間性がああじゃなければ賢君になったろうが、残念な事に暗愚な暴君になっちまった」
「もっと残念な事に、浅くて薄っぺらではあれど、暗愚と言える程阿呆で愚かではないのがとびきり厄介なのだわ」
「違いない。お陰でどうしようも手立てが出来ねえまま数十年だ」




