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私、実は姫騎士なのだわ  作者:
学園祭準備
64/89

猶予は少し



 マンガは創作部文章組の部室内で、隔離されていた。


「何故……」

「テメェが執筆中を誰かに見られるのは恥ずかしいだのボケた事言いやがるからだろうが」

「それはそうなんだけどさあ」


 だからといってまさか作画をする事になろうとは。

 確かに、この作品は是非漫画という形で描きたい! と思った事は何度もある。そしたら手伝いとして駆り出されて好きなの選んでと言われ、選んだら作画よろしく、と隔離される事になるだなんて。

 部室の片隅、周囲を適当に背の高い板で囲われて簡易的な個室を作ってもらえたのは精神的にかなり助かるが、だからといって隔離はちょっと。


「何様かわからねえ事ほざいてんじゃねえ」

「というか、こういうのって普通創作部作画組に任される案件じゃないかな」


 創作部文章組は、基本的に文章担当。創作部作画組は、要するにイラストだけだったり漫画だったりを創作する組である。

 単純に芸術方面での絵が描きたい人は美術部などに所属するが、こういった創作系のイラストが描きたい派は創作部に所属する。

 そもそも部室として用意された一室を板で壁作って二部屋扱いにし、片方を文章組、片方を作画組で使用しているわけで。付き合いとしてはお互い結構深くて、つまり部外者であるマンガがやる必要性は薄いような。


「愛の深さとか愛のエグさとかクソ重感情とか、得意だろお前」

「まあ確かに、最近特にその辺りの描写が一皮剥けたなって自覚はあるよ。ファンレターでもその辺言及される事多かったし」

「お前に選ばせた原作は、お前じゃねえとこのシーンの満足行く表現は描けねえだろうな、っていう作品群だ。他のヤツがこれは自分じゃ描けないって判断したヤツだな。楽しみにしてるぜ」

「トショの突然のデレ!?」

「おれはいつだって本を愛してるに決まってんだろ」


 まあ確かに。トショは読書中毒入ってるくらいには読書好き。

 しかし成る程、確かに選ぶ対象だった小説たちは随分と際どいシーンが多いとは思ったが、わざわざそういうのが厳選されていたわけだ。


「で?」

「え?」


 顔を上げれば、同じく隔離空間でマンガの進捗確認をしつつ、既に出来上がった新刊を読んで誤字脱字確認などをしているトショがマンガの方へ視線を向けていた。

 基本的に集中したら読書に夢中になるトショが、本を開いたまま、わざわざ視線を向けるという事はそれだけ気になっている事があるということ。


「お前、何で急にその辺の解像度上がった?」

「ヤバい現物を見たから」


 愛と言うには愛を感じない母親。母からの愛を求める娘。それを上書きして依存先を自分に移させた愛無き女。これだけでもヤバい愛、そして愛とは呼べないが限り無く愛に見える何かについての解像度はブチ上がった。

 加えてミサ・セイジャクの一件から、親代わりからの愛、愛されなかった枯渇、ようやく得た友情、友愛があるからこその思いやり、親愛があるからこその絶望と恨み。そういった描写の解像度がレベルアップ。

 我ながら心理描写の表現が一段階か二段階は成長したなと思った程だ。


「一体どのタイミングでそんなモンが?」

「あー、結構即日だったから他の生徒は知らないか。まあちょっと、トクサツが進学後に顔出さない期間があったアレがスタート?」

「突然トクサツがマッドに付き纏う勢いでべたべたし始めたアレか」

「そうそう」


 元々無所属組で集まる前から交流があった二人だが、それがそれまで以上のべたつきを見せた。

 トクサツがくっつき、そういった密着を嫌いそうなマッドが許容しているものだから一部の生徒がそりゃあもうざわついたものだ。大量の新刊ご馳走様でした。


「ていうか読んだでしょ。トショに確認お願いした覚えあるよ」

「…………まさかあの、母親の毒がエグい状況でマッドに洗脳を上書きされるエグみと毒性強めのトクサツメインな? 『I 愛 哀』?」

()()()()しい話として中々に良いネーミングだと思ってる。ちなみに多少ぼかしたけど本物はもうちょっと毒性強めだった」

「あれ以上にエグいものを目撃した上でやるのが、ある程度センシティブに配慮してるとはいえ事実をそのまま使用した新刊作成ってのはどうなんだテメェ。作家としちゃ花丸だが人間としちゃクソだろうが」

「作家やるつもりはあってもまともな人間やるつもりはあんまり無いし、それで良くない?」

「ふん」


 読書中毒なトショからすればそれもそうだとなったのか、聞くだけ聞いて満足したらしくそのまま再び本へと視線を戻した。

 こういうところがトショって感じではあるけれど、去年の栄養失調や睡眠不足の危険性から、マンガの執筆状況を確認すると同時にマンガによってトショに万が一が無いよう見張らせるという図式になってる自覚はあるんだろうか。

 自分に関しては疎いヤツなので多分無いんだろうなあと思いつつ、マンガはペンを走らせる。





 フリョウとライトは陸上部の手伝いに来ていた。


「わっはっは、いやあすまんな!」


 そう言って笑うのは、陸上部部長であるアシ・ハヤイ。


「治療に長けた者が居てくれると助かる!」

「……それは構わないが……」


 何せ、フリョウの回復魔法は心身両方を癒せる。何なら自分自身にも使用可能な為、実質無限に使用可能みたいなものだ。

 なので多少無茶をやろうとも問題は無いわけだが、


「…………だからといって、無茶なのでは……?」

「人力車ってのはねェ」


 うーん、とライトも苦笑する。

 そう、陸上部の出し物は人力車だった。曰く、


「陸上部の売りなんてものは脚しかない! 脚力と足の速さしか売れるものが無いんだ! 仮にカフェをやったところで陸上部と何の関係があるのかという話になってしまう……だからといって脚力を活かした出し物は中々許可が下りない!」


 最初は飛び入り参加有りで誰が一番になるのかを賭け事にする、という競馬染みた事を考えていたようだが、基本的に生徒の自主性を優先する学園側でも流石に却下を出した。さもありなん。


「というわけで脚力を活かせるよう考えた結果、僕達は人力車を担当する事にしたわけだ。何せ学園内は広い! 目的の親族のところへ行こうにも年配の方ではここまでの移動に疲れたところ、更に学園内を歩かされるわけだからな! だが脚力自慢が気合いを入れれば移動も簡単! 歩かなくて良い! 先生からの許可を得てルートも確保したから問題無しだ!」


 という事だったが、問題が一つ。

 単純に、消耗が激しい。

 ただ走るだけじゃない。人が乗れる車を人力で動かす必要がある上に、そこへ人を乗せて結構な距離を走らなければならないのだ。速度もそうだが持久力も尋常じゃなく試される。

 その為その練習として部員が実践し、意外と普段から持久力用にと重りを持って走る事もあるからか学園を二周は出来たものの、三周目に入ろうとしたら立ち上がれない、という状態に陥る人間が多かった。

 そういった部員にフリョウが回復魔法を掛けつつ、消耗具合からライトがどこに負担が掛かったかを診断してテーピングなどで対策、もう一度同じ動きをやって消耗を最低限に、というのが現状である。


「部員数多いから何とかはなるかもだし、実際こんな負荷掛けてれば特訓にも良いだろうけど、なァ……」

「……物珍しさと便利さから、まず間違いなく客が殺到するぞ」

「休憩はキッチリ取らせる。待ち時間も伝える。文句を言うようなら先生直通。この三つで懸念事項は大体何とかなる」


 まあ確かに、部員の体力回復可能で、待ち時間を把握した上で客が待つのであれば問題は起きにくい。

 待ち時間や部員の体力関係を説明した上で文句をつけるようなら迷惑客でしかない為、先生に直接連絡を入れるのも間違っていない。


「物珍しさ優先な客は、素早さは低いが持久力しっかりな部員の方に。それならゆっくり見て回れるしな。移動優先な客は、素早さ優先な部員の方に。開始時間的な問題や、限定品で品数が少ないから今すぐ行きたい、みたいな客の時はコイツ」

「ああ、はい、私です」


 どうも、と頭を下げたのはワガミチだった。

 陸上部のユニフォームを着ている為、普段隠れている足がよく見える。前から生まれつきなのか変わった形をしているなと思っていたが、思った以上に歪んだ形だ。

 これが、ミサ・セイジャクの言っていた遺伝なのだろう。

 幸いミサ・セイジャクの懸念とは違って祝福の証扱いされているらしく、本人はまったくもって気にしていないようで安心した。


「抱えていれば魔法の使用が可能なので、何度か試しましたが人力車もその範囲内のようです」


 形としては背負うに近くとも、人力車の持ち手を掴む、が抱えるに近い状態なのか。


「人間が乗ってる方が魔法の使いやすさが上がる為、相性的には問題ありません」

「あー、そっかワガミチだと確かに最適」


 ライトの言葉にフリョウも同意して頷く。

 確かに悪霊退治の一件で移動の世話になったが、走り出す、という動きが魔法発動に必要なものの、二歩目で既に発動していた。それを人力車で行うならば、最初の踏ん張りスタートにさえ成功すれば素早い移動が可能となる。

 まあ人力車に乗って目的地までゆっくり見て回る、というのは一切出来ないが、移動速度優先とわかっていれば文句も出まい。


「とにかくどこかに移動! っていう場合はゴオにやらせる案もあったんだが、アイツは学園祭中確実にどこかへ行ってるだろうからボツになった。学園内での移動で済むかも怪しいしな」

「その場で大人しくする、が苦手ですからね」

「そーんな事ねーしー!」


 ガッとワガミチの肩に腕を置き、ゴオは唇を尖らせてぶーぶーと文句を言う。


「俺様ちゃんだってやる時はやる男よ? これほーんと」

「そう言いながらやらかすからな、お前……」


 そう言うアシ先輩の視線は胡乱気だった。


「前に他の学園とのレース時、お前何したよ」

「えー? ゴオちゃんわっかんなーい」

「対戦前にコミュニケーション取ろうとした相手校の選手に殴り掛かっただろお前!」

「結局殴ってはねーじゃん! 俺様ちゃん悪くないし! 後ろから急に肩ポンしてきたアイツが悪くね!? ゴオちゃんの背後を取るってのは死にたいってのと同義だぜ!? つかそもそも馴れ馴れしいんだよ!」

「お前が言うか!? お前が言うのか馴れ馴れしいと!?」

「すみません、アシ部長。ゴオの中では筋が通ってる動きなんですけど、ゴオ以外からすると連続性の認識が難しくて」


 慣れたように、ワガミチがいつも通りの真顔で言う。


「これでも昔は勝負に負けて引きこもりかけたくらいには繊細な性格なんですけど」

「えっ」

「おいおいおいおいワガミチよそれはちょーっと駄目じゃね? プライベートじゃね? 俺様ちゃんの大変きゃわわなエピソードではあるけどあんまり人に話す事じゃねーと思うのよマジで」

「勝負と言ってもちょっとした競争だし、僕はそれ以上に負けてたはずなんですけどね。何かショックだったみたいで」

「お前お前お前さぁ~~~! マジでさあ~~~~!」


 ゴオはワガミチの肩に両手を置き、物理的に抑え込もうとしているようだがワガミチがそれに抵抗しているのかびくともしない。逆にゴオが変なポーズで縋ってるみたいな図になった。


「っていうか! 中等部の寮で隣になって!? お互い初等部からこの学園に居るけどじっくり会話したらそこで初めて親戚って知って!? 何もかも順風満帆に最強伝説繰り広げまくりだった俺様ちゃんとしては兄貴ぶって舎弟として可愛がってやろーじゃんって思うわけでさあ!」

「お前が居るとゴオがちゃんと授業に出てくれるって先生方に感謝されました」

「そんなヤツにさらっと負けたわけよ! しかもお前、お前この俺様ちゃんに勝った癖にヤッターとか全然喜ばねえじゃん! あ、勝った。じゃねーんだよ! もっと喜べよ青天の霹靂のように! 舎弟にさらっと勝たれて、しかもその勝利も別に特別じゃなさそうにされて俺様ちゃんがどれっだけブロークンハートしたと思ってんだ!」

「部屋に引きこもったくらい」

「……あれか」


 ライトはその時違うクラスなので知らないだろうが、フリョウは当時同じクラスだったので覚えがある。

 それは運動系の授業の時、何かざわざわしているなと思えば、普段は元気印の太鼓判を押されたように元気なゴオが、やけに意気消沈した様子でとぼとぼ歩いて授業を放棄し寮に帰った事件。

 話しかけられるような相手は居なかったし、話しかけたところで怯えて逃げられるだけなのでしっかり聞いた事は無いが、聞き耳を立てて知った内容からすると、


「あー、何か聞いた事あるゥ。普段から授業内容でゴオがちょっとした勝負を仕掛けてたけど、それでワガミチが勝った途端凄いショック受けた顔で部屋に引きこもっちゃったって。ゴオがめちゃくちゃ楽しみにしてた授業にすら来ないからこれマジでショック受けてるんじゃ、って様子見に行ったら、扉閉めたままで凄い低い声で帰れって言われたって言ってたなァ」


 流石はフリョウには到底真似出来ない程のコミュニケーションを持つ男、ライト。クラスが違おうがそんなものは関係無く、クラスが同じだったフリョウよりもよっぽど詳しく知っていた。


「思ったより知られてる様子でゴオちゃん結構ショック。でもあんときは本当にもう引きこもってやるって思ったからな! 誰とも話したくないし何も食べたくないしでふて寝してさ! もう二度と外になんか出ねーしって思ってた……ら!」


 コイツが! とゴオがワガミチを指差す。


「コイツが鍵掛かった扉殴り壊して無理矢理中に入って来て、何て言ったと思う!? おやつ一緒に食べるから絶対一人で食べんなよって言ってましたよね、だぞ!? 確かに言ったけどだからって強行突破すんのはおかしいだろ!?」

「ちゃんとお菓子持って行ったじゃないですか」

「お陰様でこうしてゴオちゃん節大復活したけど、普通しねえだろ強行突破! 衝撃で何もかも吹っ飛んだし逆に笑ったわ! 結局俺様ちゃんの引きこもり時間三時間だぞ三時間!」

「そう言われても、勝手に一人でおやつ食べたらキレられるかなって。じゃあ誘いに行くしかないでしょう?」

「お前、本当さあ……」


 そういう事じゃねーじゃん、とゴオがか細く言う。

 一件するとゴオがワガミチを振り回しているようだが、実際はわりとワガミチが振り回している側なので面白い。





 ジンゾウは保健室で、テキトー先生の手伝いをしていた。


「……あの、テキトー先生」

「んー? あ、そこの書類は運動系とそうじゃない系で分けといてくれ」

「はい」


 言われた通り、ジンゾウは沢山ある書類を素早く仕分ける。鑑定系の魔法は自然と使ってしまう程に癖づいているので、こういった作業は得意だった。

 何より、自分の意思で判断するものと違うので、とてもやりやすい。

 こういった明確な定義があるものは得意な分、逆に自分の感覚に左右されるような判断が必要な時は弱い。そう思えばこういった、学園祭用の手続きに関する書類整理の手伝いは得意分野と言えるわけだが、


「で、何だっけ?」

「……何で保健室なんですか……?」

「オレがここの主だから」

「…………」

「おいおい、笑えよ渾身のジョークだってのに。コワイが不在時だからこそ言えるジョークだぜ? アイツが居たら、誰が主だ、ってカルテでチョップかまされるからな」

「あはは」


 軽快な言葉は気分を軽くしてくれる。小さく、けれど思わず笑いを零せば、テキトー先生は悪戯な笑みを深くした。


「お前が保健室を嫌がったのは、お前がコワイの事を知ったからか?」

「……!」


 思わず、手に持っていた書類を落とし掛けた。否、落ちないよう支えたつもりだったが上手くいかなかったようで、遅れて大半が落ちてしまった。

 それを拾わなくてはと思って慌ててしゃがもうとするも、体が動かない。あれ、しゃがむってどうやるんだっけ。


「あー、やっぱり。まあそうだろうとは思ってたけどな。お前相手にやったらバレるし、頭の中を確認まではしてない。でも態度からバレバレだぜ」


 もうちっと上手くやれよ、というテキトー先生の声が遠くで響き、頭の上をぐるぐる回る。


「大方、フリョウから聞いたな? フリョウにも少し気まずそうな顔してたし」

「……そこまで、わかるんですか」

「お前がわかりやす過ぎる」

「………………」


 ハッキリ言われては何も言い返せない。

 どうにかしゃがみ方を思い出したジンゾウは、一枚の取りこぼしも無く書類を拾い集め、元通りの順番へと戻す。


「オレもコワイから聞いた。というか前から知ってた。アイツが一回自殺しかねない程に生命力失いまくってた時期を知ってるから、自殺防止のセーフティ掛けたりしてさ。そん時に頭の中を見たのと、後にアイツから直接聞いて、お前の事を知っている」


 ジンゾウは、テキトー先生の顔を見れなかった。


「コワイの婚約者。彼女が死んだ理由である、お前の事を」


 視線が向けられているのはわかるのに、指一本すら動かせない。

 ただ、こめかみから垂れた汗が顎のラインをなぞるようにしてぽたりと落ちた。


「……テキトー先生は僕の事、ご存じなんですね」

「多少はな。お前の何もかもを知ってるわけじゃない。お前が記憶を失っただけの()()なのか、能力を移植された()()なのか、作り直された()()なのか。それすらも知らん」

「はは」


 はは、とジンゾウは笑う。力なく笑う。


「……そんなの、僕が一番聞きたいですよ」

「知らないのか」

「気付いたらこの名前で、この立場でした。それ以外は求められず、許されなかった。それだけです」


 そう、それだけ。

 用意された服がそれだけだからそれを着る。用意された道がそれだけだからその道を歩く。

 ジンゾウがしているのは、それだけだ。


「ま、そう気に病むな。オレからは以上。望んでそんな状態になったわけでも無ければ、望んで被害者を出したわけでもないんだろう?」

「当然です! ……ただ、僕がそれらを理解出来るようになった時には、とっくに終わっていた話だった。それだけです」

「そうか。だったら尚更お前に罪は無い」


 ジンゾウが持っていた書類をひったくるように回収し、テキトー先生が言う。


「だから、そう避けてやるな。コワイの方は生徒に逃げられ慣れているからともかく、フリョウの方は折角の友人に微妙な距離を取られて悲しんでるだろ」

「……やっぱり、気付かれてると思います?」

「フリョウ、ここ(保健室)に相談しに来たぞ。お前に避けられてるって」

「うぐっ」

「流石に口を滑らせた事までは言わなかったからフリョウによるライトへの突然過ぎるプロポーズに引いてるんだろうと思ってたが、ヒメがな」


 予想外な名前に、ジンゾウは思わず目を瞬いた。


「ヒメちゃん、が?」

「テキトー先生は存じているでしょうから、存じている側として事実をハッキリ伝えてくださいな。コワイ先生のこれまでの態度から、下手に気に病む方が失礼な案件と判断したのだわ。何も知らない私では何も言えないけれど、テキトー先生からであれば言えるでしょう」


 似ていない声真似をしたテキトー先生が肩をすくめる。


「……だって」

「……それって、どういう」

「コワイはお前が彼女の死因に関わっていると知っていながら、お前に対し普通に接した。魔法で回復させる事も拒否しなかった。お前に当たるのは八つ当たりでしか無く、そんな事をすれば彼女の名にも泥が付く」


 そうだろ? とテキトー先生は歯を見せて笑った。


「婚約者が殺された男。婚約者の死因に関係する相手に対し、どう動くか。八つ当たりするような男は婚約者を愛していたに違いない。だが、愛しているのはそのままに、意図して殺そうとしたわけじゃない相手、寧ろ同じく被害者と言える相手に対し、寛容な態度を見せる」


 さて、


「どちらが、死んだ婚約者の名を、名誉を汚さないと思う?」

「……僕に聞かないでください」

「あー、そういう自己判断が苦手なんだったか。だが最近はその限りじゃない。違うか」


 どういう意味かと視線で問えば、テキトー先生はにっこりと、先程とは違う雰囲気で笑った。


「食事量。涙。汗。何がキッカケかは知らないが、お前は生き物らしくなってきている。作り物じゃなく、ジンゾウという個人になってきているんだ」


 キッカケ。

 それはやはり、ヒメちゃんだろう。ジンゾウはそう思った。

 ヒメが食べ切れない残りを食べて。食事の時間自体を楽しむようになって。気付けば食事量が増えていた。

 ヒメの前で泣いた。涙が出るようになった。ヒメに何故汗を掻かないのかと怒られた。汗が出るようになった。

 ジンゾウを揺さぶるのは、いつだってヒメだけだ。


「ジンゾウ。お前、この学園のモットーを知ってるか?」

「え。……楽しめ、はしゃげ?」

「その通り」


 よくご存じで、とテキトー先生はわざとらしく拍手をしてみせる。


「その後の自由が無い事が多い生徒たち。彼ら彼女らが自由を楽しめる機会」


 わかるか?


「お前の自由はあと一年だ。このままならな」


 その言葉に、ゾッとした。

 そうだ。卒業すれば終わる。全て終わる。この時間は終わり、またあの世界へ閉じ込められる。

 暗くて、寒くて、誰も居なくて、ただ人形に徹するしかない世界へ。


「どうにかしたいなら、改善したいなら今だ。その後にチャンスなんて回ってこないのはお前がよぉっく知ってるだろ。ワルノ王国ってのはそういう場所だ。善良な人間程、あそこが墓場になっちまう」

「……はい、よく知ってます」


 本当に、酷いところ。


「……本当、今の内だ。今しかない。お前が何かをしようとするなら、現状を打開しようとするなら、今がチャンスだ。今ならオレ達という手段もある」


 立ち上がったテキトー先生は、俯いているジンゾウの頭を撫でた。

 否、撫でるというよりもグシャリと乱すような掴み方、というのが正確かもしれない。


「後からあん時にやっときゃ良かったなんて後悔するなよ、ボクちゃん。助けってのは、手が届く距離で、声が届く範囲じゃなきゃ意味無いんだぜ」


 ああ、そうだ。

 だから彼らは、僕のせいで死んだ彼らは、助かる事無く死んだのだ。

 誰の手も、届かなかった。





「大分顔色が良くなったようで何よりなのだわ、ジンゾウ」

「あ、え、そう? えへ、心配掛けちゃったみたいでごめんね、ヒメちゃん」

「私は別にどうでも良いのだわ。友人に避けられて、険しい顔で地味にショックを受けていたフリョウに言うのね」

「はぁい」

「…………何、そのにやにや顔は」

「ん? ああいや、その」

「だから何?」

「……ヒメちゃんは本当、いつだって、僕に優しい」

「優しくした覚えは無いし、甘やかしたりしないのはジンゾウも知っての通りなのだわ」

「うん。そうだけど、でもヒメちゃんは僕が欲しがってるものをくれるから」

「……おかしなものを欲しがったり、与えられて当然のものをジンゾウが持っていないだけなのだわ」

「そうだね。でも、だからこそ、当然のようにくれるのが嬉しいんだ」

「…………」

「ねえ、ヒメちゃん」

「何?」

()を見てくれて、ありがとう」

「私はジンゾウ以外を知らない以上、ジンゾウを見てもジンゾウだとしか思わないのだわ。お礼を言われるような事ではありません」

「うん。そう言ってくれるヒメちゃんだから、大好きだよ」

「そう。私も友人として、貴方の事が結構好きよ」

「え」

「……ジンゾウ? 何、どうしたの」

「え、えへへ、いや、その、うん……嬉しくて今、顔がおかしくなっちゃってるから、出来れば見ないで……」

「それだけでここまでの反応をされても困るのだわ」

「基本的にそういう淡々とした対応だからっていうのもあるけど……ヒメちゃんからの言葉だからこそ、僕にとっては特別なんだもん……」



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