無所属部
学園祭準備の時期がやって来た。
無所属部は結局のところ集まって駄弁るくらいしかないのでこれといって出し物は考えてすらいなかったのだが、
「一年時の演劇という無茶を乗り切った上に仲良くなるという百点満点キメた功績を認め、出し物は強制しない事となった。まあやりたい事があるならやっても良いけどな。そういうのが無いなら出し物無し」
「それでも良いのかしら」
「何もお役目なしとはいかないから、準備期間中は他の部活の準備手伝いになるぞ。学園祭中は私服で学園祭を楽しんで良いが、私服での見回りと思ってくれ。お前達はわりと色々対処出来るから、臨機応変にヤバいヤツを制圧よろしく」
「ま、丸投げ……」
「オレだってきちんと仕事するとも。ただ加工が必須だろう輩ならともかく、そうじゃない相手の時まで出なくて良いと助かるっていう気持ちもあってな?」
あんまり忙しくしたくないという副音声が透けていたが、実際無所属部のメンバーはこれがしたいとかの具体的案は無かった為、他の部活の手伝いをするという事に決定した。
それぞれ得意分野が違うので部活への協力は別行動となったわけだが、
「ふむ……! 凄いなヒメ! まるで高身長の男を相手にしているような感覚だ!」
「流石に長時間はやってられないけれど、短時間ならそういう感じ方をさせる動きくらい出来るのだわ」
ヒメは一年時にクラスメイトだった、ゴリラング王国所属のマウン・テン・ベリンゲイと組手をしていた。
彼女はヒメと同じく、女性が力を持つ国の出身。タカラザカと違うのは表向き男の王が力を持っているという点だが、実質的には女性が権利を掌握しているのでそこまで差は無い。
強いて違いを言うなら、細身で繊細な美しさの美女が多いタカラザカとは対極的に、高身長で屈強で山のような力強さの美女が多いのがゴリラングの特徴だ。
とびきり低身長なヒメとしては、180センチを超えているだろうマウンが羨ましくて堪らない。パワー型とわかる肉厚な筋肉も羨ましさの対象だった。ヒメが頑張っても手に入れられないツートップ。
「それにしても、ここまで徹底して対策を練る必要があるの?」
「ある」
ステゴロ部に所属しているマウンは凛々しい顔でコクリと頷いた。
「学園祭の日、私が挑戦者と相対するのだ。みっともない姿を晒すわけにはいかん」
「晒しそうにも無いけれどね」
ステゴロ部とは、その名の通り殴り合いをメインとする中々に野蛮な部である。貴族や王族が通う学園にあっちゃいけない部活な気がするが、強さを重要とする国出身の生徒はわりとこの部に所属する事が多い。
根本的に武器無し、殴り合いオンリー、素の力を見せつけろ、というのがこの部のモットー。
ヒメとしては入部をかなり悩んだ事もあったが、基本的に武器を持ちつつ素早さで倒す方向性じゃないとパワー負けしかねない身なので泣く泣く諦めた。先手を取る事が出来れば勝てるだろうが、それに失敗すればじり貧になるだけだろう。ヒメは自分が強者の中ではまだ未熟寄りだという自覚があった。
そしてそんなステゴロ部だが、学園祭での出し物は伝統的に勝ち抜き戦となっている。
要するに、客がエントリーしてステゴロ部の部員を一対一で倒して行く、というもの。
「確かボスの前に五人倒さないといけないのよね?」
「ああ。私の前に三人。私の後に一人。そしてボス」
「酷い無理ゲーなのだわ」
「勝てば良いだけなのだから簡単だろう」
流石戦闘民族。あっさり言う。ヒメもマウン側なら間違いなくそう言うのでそれはそうだと頷いた。
「勝ち抜いた数に応じて貰える賞品も変化する。が、そうやすやすとくれてやるのもプライドに関わる問題だ」
「それはわかるのだわ」
「だからこそ、私を超える人間を限りなく少なくする為、ヒメの協力は必須!」
「そう?」
「一定以上の実力があり、多種多様な戦い方が出来、尚且つこの忙しい時期に時間の余裕がある人材は中々居ない」
暇していると言われているも同然だが、事実なので仕方がない。
「何より私についてこれる人材であり、尚且つステゴロ部では無いというのが大きい」
「ああ、確かに同じ部活なら頻繁に組手をして対策がある程度出来上がっているものね。戦い方の指定がやたら多いとは思ったけれど、その癖を抜く為?」
「そうだ。この動きをするという事は次はこう動くな、というのはいつもの相手がする動き。挑戦者には適用されない。しかし人というのは覚えた動きを無意識でしてしまうもの。その癖を一度抜き、逆に多種多様な動きへの対策を練る! これが重要事項だ!」
「わかるのだわ」
間違いなく重要事項。
癖づく程に対応出来る状態へと鍛え上げられているのは良い事だが、それは同時に隙を作る。その欠点を自覚した上でより高みを目指そうという考え方は実に素晴らしい。それでこそ強者に至る者の素質。
「しかし、ヒメは本当に尋常じゃない手数があるな。ルール違反にならない範囲とはいえ、まさかあそこであんな動きをするとは。勝負を捨てたかと思ったのに、あっという間に逆転されてしまった」
「人間業じゃないような動きが出来るジンゾウと常に組手をやっていれば自然と身につくのだわ」
「それでも、普通は相手の癖を見つけてそれに対応した動きになってしまうものだろう?」
ジンゾウはまるでプログラムをアップデートするかのように対応してくる為、癖らしい癖というものは無い。何ならその癖を利用して攻撃を入れようものなら、次からはその癖さえも無くなっているという難易度だ。
だからこそ、人間業じゃないなと思うのだけど。
・
「これのリクエストはどこのだっけ?」
「被服部よ、マッド」
「ああ、そうだった」
無所属部の部室内で、マッドは薬品を作っていた。
というのも部活の手伝いなんて面倒な事をしたくはないと思っていたら、様々な部活からこういう薬品を作ってくれと頼まれたのだ。
誰かの思い通りに薬を作るのはそこまで好きでも無いが、興味が湧く分類ならその限りではない。
上から目線でこういった薬を作れ言う事を聞けだの言うようなら不老不死の薬とでも偽って毒を飲ませるところだが、純粋に、そして狂気的な程に自分の好きな分野を追及する者がこういった新境地開拓は出来ないかと持ち込んでくる案件。それはマッドの発想では浮かんでこない物が多く、興味が中々にくすぐられる。
なのでこうしてトクサツに助手として雑用をさせつつ作っているわけだが、
「柄付きの染料とか、また愉快な発想だね」
「でもそれってとっても素敵だと思うわ! 染料自体に柄が付いてて、その染料で染めれば柄付きの色に染まるだなんて普通はあり得ないもの」
「だからこそわたくし様も作ってみたくなったわけだが、うん、しっかり染まるね。布を染料に浸けて干せばすぐ染み込むよ。ただしすぐ真水に浸ければ落ちるな。ここは改善するかどうか……面倒だし良いか。これはこれで完成という事にしちゃおう」
ふう、とマッドは一度椅子に深々と腰掛ける。
「何時間も集中してたものね。はい、あーん」
「あ」
綺麗に剥かれて一口サイズに切られた果物を差し出されたので、大人しく口を開けて食べさせられる。糖分と水分が脳に染み渡る感触が心地いい。
「ありがとう、トクサツ」
「……えへ、どういたしまして。僕が好きで、勝手にやってる事だから」
確かに助手を頼んだ覚えは無いが、それでもしっかり助手の業務をしてくれているのはありがたい。
依頼の把握、管理、そしてマッドへの補給。マッドから頼んだわけでもないのに自主的に、それも良かれと思って系ではなく実際に役立つ動きをしてくれている以上、礼を言われるだけの動きに相当するだろう。
それなりに日頃の交流を重ねて改善してきてはいるが、まだそういった自己評価は低いらしい。先の長い話だ。
まあ、その分だけ実験体として長い期間使えそうなので良いとしよう。壊れないよう、心身共に健康体で居てもらわなくては困る。
「で、他に何があったかな」
「依頼よね? えーっと、被服部からはさっきの染料と、高級な布を品質や薄さをそのままに巨大化させるような薬品を、って」
「随分ふわっとした要求だよね。幾らわたくし様でも、そんな曖昧な言い方じゃ困るんだけどな。まったく」
口を開ければ勝手に果物が入ってくる。その楽さに甘えつつ、マッドは果実をゴクリと呑み込んだ。
「まあ良い。要するに希少で、望んでいる長さの布が手に入らないという事だろう。ただ巨大化するだけでは布の厚みも変化するし、希少な布に見られる繊細な細工も巨大化すれば粗が見えるようになってしまう。そこを踏まえた上での依頼というのは嫌いじゃない」
繊細な細工と質はそのままに、量を増やす。実に即物的で欲望に忠実だ。面白い。
この依頼通りに薬品を作り、もし世の中にその薬品が出回れば、市場での物の価値は容易く乱高下して大変な事になるだろう。豊作過ぎるとそれはそれで値崩れを起こすアレだ。最悪で無くとも首を狙われる危険性がある。
とはいえ、自分の首を絞める危険性があろうとも興味を持ったなら挑んで実現するのがサイエンティスト家。未知への挑戦に疼く血は止められない。
そもそも作った薬品関係で首を狙われるなんて、ただの日常。ならば気にする必要も無し。
「ただ単純に巨大化するというだけなら、前に作った薬があったね。あれを少し改良してみようか」
「えっと、これ? 僕が前に試したヤツよね」
「うん。あの時は少量のお試しにしておいて良かった」
トクサツが出してくれた薬品を受け取る。
作り上げた際に同意を得た上でトクサツを実験体にしたわけだが、念のためにと屋上に行っておいて良かったと思う程に巨大化した。室内なら扉も窓も壊れに壊れた事だろう。
まあ屋上であっても下手に身動きすれば屋上の床が落ちて一風変わった吹き抜け構造の青空教室が出来上がる危機だったが、何とかなったので問題無し。
トクサツ自身巨大化には夢があったようなので、場所の問題から身動きが取れないという欠点はあったものの、トクサツの欲求も満たせる良い結果となった。
その後は満足したので特に何もせず放置していたが、これを基盤にすれば一から開発するよりも早いだろう。
「手っ取り早いのはあの材料だが、それを混ぜるとこっちが相殺して巨大化の効果すら出なくなるだろうから、まずは基礎となる巨大化薬の方を改良かな。材料を変えて、質や繊細さを維持する為の材料と噛み合うよう調節を……」
巨大化薬を食べ物に使った際は、当然ながら大味になった。そのままの巨大化なので当然だろう。
通常サイズなら一口の中に納まるので気にならない混ぜムラが、いや混ぜムラとさえ言えないレベルの微細な混ざっていない部分が一口分となってしまう。つまりはずれの位置を食べると凄く微妙。巨大タルトは難易度が高かった。
だが、質や繊細さを維持するのであれば、そういった小さなムラ部分が巨大化、という事も無く美味しさそのままに大きくなるだろう。
善人であればこういう時にその薬品を近場である学食、あるいは飢饉の村等に提供するのだろうが、マッドは特にそういう気は無かった。まだ出来上がってないからとかでもなく、単純にその発想が無い。
あるのはただ、そんな無茶苦茶な薬品を作れたら楽しいな、という気持ちだけ。
この薬品で人助けをしたいなら、したいヤツが勝手にすれば良い。完成すれば興味が失せて次を作り始めるサイエンティスト家の特性上、これが通常運転である。
ステゴロ部とは。
・素手で殴り合いする部。
・一応武器を使うのは反則だとか、目潰しといった姑息な手は禁止、といったルールはある。
・素手で殴り合いする分にはわりとルール無用。
・喧嘩が好きだったり、素手での単純な強さを求める者が集まる。
・素手でもきちんとした武術とかを身に付けたいならそっち系の部活がある。
・ステゴロ部はあくまで、殴り合いの部。
・自衛用に、とかじゃないので戦闘系じゃない人からすると絶対近付かないでおこうとなる場所。
・教師からは密かにバーサーカー部と呼ばれている。




