親友
遺伝子の提供として、避けられない点が一つあった。
「お前、ガキにおれの足が遺伝したらどう思う」
「喜ばしい事では?」
シャダイ国の使いは何言ってんだこいつという顔でそう言った。何言ってんだこいつ。
「この足が?」
「その足で、貴方は沢山を成し遂げられたでしょう。その足があったからその程度に終わるのではなく、その足を持ちながら、いや、その足があったからこそと言える程の優秀さを発揮している。ハンデにすらなっていない」
なら、
「なら、その足を引き継いでいれば優れた子になる可能性が高いとさえ言えるもの。そもそも引き継がれるかどうかもわかりませんしね」
「……そうかよ」
ミサに声を掛けるだけあって、随分いかれた考えだった。
・
シャダイでの暮らしは、それなりに良いものだった。
いけ好かない事は当然ある。不愉快な事も当然ある。その度に暴れた。これでもかと暴れた。
他の種馬組は早々に避難させられるが、そうじゃない使用人はミサを抑える為に怪我をする事も多々あった。それでも彼らはミサを追い出そうとはしなかった。
対策さえすればどうにかなる問題だから、とミサの不機嫌から傾向を対策した。
何に苛立ったか、何を不快に思ったか、をピックアップした。他の種馬とすれ違う確率を減らし、健康面に気を付けつつ好き嫌いに合った食事を用意し、生活の何もかもで不自由しないよう調節した。
勿論不慮の遭遇で他の種馬と喧嘩になる事もあったが、大抵は他の種馬が怯えてミサと関わらないよう徹するので便利なものだった。
「誰だテメェ」
だが、当然ながら遭遇する時はある。
ただでさえミサの機嫌が悪い時に、その男はミサの前に現れた。
「…………」
白い髪の男はただ無言でミサを見下ろす。
背の高い男と、小柄なミサ。その見下ろす視線にミサの苛立ちはピークに達し、暴れようとするミサを使用人達が必死で取り押さえた。
「離しやがれテメェら! いけ好かねえお坊ちゃんな面しやがって!」
「待ってください待ってください確かにそうなんですけど!」
「結構な地位の貴族様だったのはそうなんですけど!」
「鎮まり給えー!」
そうして押さえつけられている間に、白い髪の男は姿を消していた。大方他の使用人によって避難させられたのだろう。
だが、普通は一度ミサに会ったなら二度と鉢合わせるまいとしてミサの活動時間から自分の動きをずらすはずなのに、その男は何故かやたらとミサに遭遇した。
「テメェどの面下げてここ歩いてんだゴラァ!」
「…………」
白い髪の男はもさもさと菓子を頬張ったまま、ミサを一瞬見たかと思えば素通りして去って行った。
怯えも、恐怖も、反抗心も嫌悪も何も見せず。
毎回そうだった。頻繁に顔を合わせても、その度にミサが怒鳴り散らしても、その白い髪の男は素知らぬ顔をして何かを食べつつ去っていく。
誰もがミサを嫌悪した。誰もがミサを軽蔑した。誰もがミサを恐怖した。
爺さんは好意を向けた。その他大勢は嫌悪を向けた。今この国では好意と期待と恐怖を向けられている。
だが、白い髪の男は何も向けてこなかった。
ミサを評価する評価しないではなく、褒めるでも貶すでもなく、ただひたすらに知らない人としか認識していなかった。
「おい、そこの白髪男」
「?」
だから、気になった。
「名を名乗りやがれ」
何者なのか、どういうヤツなのか、気になった。
両親にすら興味が無かったミサにとって、どんなヤツだろうと自分から興味を持ったのは初めてだった。
「ヨク・タベル・マイ・ペースと申します」
「どこの国だ」
「家が解体されたので、どこの国かは最早関係無くなりまして」
ヨクは普通に話しかければ、普通に話せるヤツだった。
曰く、世界でも有数の貴族だったペース家の出身だが家が衰退してしまい、解体。露頭に迷いかけていたところ、血筋とそれまでの功績等から評価され、種馬にスカウト。
他に生きる道も無いからと、生活の保障や満足な食事の為にとここへやって来たとヨクは語った。
「満足行く程食べられて、良いところですねここは」
「……まあな」
正当な評価を下してもらえるという点でも、良い場所ではあった。
・
ヨクはまったくもってミサを避けなかった。
ミサもヨクの事は拒絶せず、顔を合わせればそこらの椅子に座って何気ない話をする事が増えた。
本当に何気ない話。意味の無い話。
爺さんに報告するのとも違う、ただの友人としての会話だった。
「ヨク、お前また太ったろ」
「……太ってないです」
「いや太った。夜のお勤めでも邪魔になるだけだろその肉」
「まだそこまでじゃないのでセーフです」
「腰振ってりゃそこまで肉付く事もねえだろうに。サボってんじゃねえのか」
「下品ですよ、ミサ」
ハ、とミサは笑ってぎょろりとした目でヨクを睨む。
「下賤な生まれらしいお下品さだって?」
「上品な生まれでもそうでなくても、発言の質は変わりません。私がさっきの言葉を言っても下品になるのは変わらないでしょう。そういった事は言葉の節々から漏れ出るもの。自分から下品に寄っているのはミサですよ」
「……お前、真面目で詰まらねえって言われるだろ」
頬杖をついたミサが半目で言ってやれば、ヨクは驚いたように目を見開いた。
「な、何故それを……!」
「そりゃ今の会話じゃ詰まらねえ一択だっつの。知ってくと愉快なんだが」
今だって狼狽えているが、そのくせ口に咥えた大福はそのままふがふが食べている。食うの最優先かよ。
高身長で、顔が良くて、血筋も良くて、真面目な性格で。見ている分には物語で描かれる王子様や貴族様そのままだというのに、どこかずれている。
ミサなんかと交流を持って普通に会話したり、話している最中でも何か食ってたり、ミサ以外にも居る厄介な性格の種馬と普通に付き合いがあったり。
真っ当な貴族の点も多い癖に、何なんだお前はと失笑するような点も多い。
今だって、貴族様らしく下品と一蹴してしまえば良いのに、そうじゃなかった。ミサを下品と罵ればそれで終わるのに、ミサの発言についてを言っただけで、ミサの人格や血筋を蔑んだりはしなかった。
それをしない事が、どれだけの事か自覚が無い大馬鹿野郎。
「本当、面白ぇよ」
そのまま横になり、ヨクの膝を枕に寝転がった。やはり太ったのか前に膝を借りた時より肉厚さと柔らかさが増している。
「面白い、と言われても複雑なんですが」
「おれが膝の上に寝転がっても大福食うのやめねえヤツのどこが愉快じゃねえんだ。上から粉散らしやがって」
「それは勝手に膝の上に来たミサの責では?」
普通は相手を気遣って食うのをやめるか零れないよう気を付けるもんだろうが。
お前、おれが気に入ってなかったらおれの顔面に粉散らした時点でぶん殴ってるぞ。
・
平和な暮らしだった。穏やかだった。
仕事として寄越される女を抱いて、わりと優遇された暮らしをして、親友と言える相手まで出来て。
「……貴方のそういう強情なとこ、どうかと思いますけどね」
「うるせえ」
医務室で、ミサはベッドで身を起こしていた。横にはならない。なれば終わる。
生まれた時に高熱と下痢。間もなくして大事故。それでも生き延びてきた悪運は尽きてしまったのか、ミサは重い病に苦しんでいた。
幸い、感染性は無い。
高熱はある。痛みもある。全身を這い回るような激痛を無理矢理押さえ込み、何とか呼吸をしている、というような状態だった。
「もう一週間ですよ」
ヨクは心配そうにしながら眉根を寄せる。
「この一週間、一睡も……」
「したら持ってかれる。おれは負けねえ」
「病魔に実体さえあれば、私がぶん殴ってどうにかしたんですが」
「殴るより蹴るのが強いだろお前。そもそも、実体があったからってヨクにやらせるわけがねえ。おれが自分でタコ殴りにしてやるさ」
「それはそうですね」
汗が滲んだミサの額をヨクが拭う。
もう、限界が近かった。
既に医者が診断した限界は超えている。超えた上で、一睡もせずに一週間を乗り切った。薬も手術も効果は出なかったが、それでも、根性と執念だけでミサはその痛みに屈せず耐えた。
「……ヨク、手ぇ貸せ。握る」
「嫌です。絶対握り潰されるので。おみゃあこういう時容赦せんでな」
「こういう時は無言で差し出すもんだろうが」
「手は貸しませんが、傍には居ますよ」
言い、ヨクはミサの手を上から包むようにして握る。
「……貸さねえんじゃねえのか」
「握られるのは拒否する、と言っただけでしょう。あとまあ、触れていないと使えなくて」
「あ?」
怪訝にヨクを見た瞬間、ミサの体が軽くなった。
ふ、と重力を失ったような軽さ。熱いを通り越して肌に触れる空気が冷えて冷えて仕方ない程の高熱。脳を叩き割ろうとするような頭痛。神経と血管全体が尿路結石でも患ったような痛みも、関節の節々が発していた鋭い痛みも無い。
驚きにヨクを見れば、ヨクは困ったように微笑んだ。
「……あくまで、その時受けているもの、を他に移動させるだけの魔法なんです。今この時にミサが怪我をすればその怪我は指定した身代わりに発生する」
でも、
「怪我と違って病は継続してしまうから、治るわけじゃない。苦しみを一時的に他へ移すだけで、私の魔法が途切れればまた病は戻ってくる」
「おい」
ミサは久しぶりの軽い体を素早く動かし、ヨクの胸倉を掴んで引き寄せ睨みつける。
「まさか、お前がおれの病を請け負ったんじゃねえだろうな。それだけは許さねえ」
「私がそんな自己犠牲をするとお思いですか?」
その表情はいつも通り、真顔にも微笑みにも見えるもの。
「……しそうにねえな」
「勿論」
当然でしょう、とヨクは言う。
「そんな憐れみ、貴方も嫌がるだけですし。あと私だって苦しみたくはありません」
「苦しみまくってたおれの目の前でよく言えるなそんな事が」
「貴方の痛みは、このブランケットに移しました。痛覚も何も無いはずのブランケットですら色がおかしくなるとか、人間が耐えられる苦痛じゃありませんね。ミサはいつ人間卒業したんです?」
「お前おれと会話する気ねえのか」
ったく、とミサはヨクの胸倉を解放した。年を取っても相変わらずだ。
そう、年を取った。寿命だけで言えばまだ生きていける年だろうが、既にそれなりの年齢ではある。二十年近く子作りをしていただけあって、子供は数えきれない程になった。
血の繋がらない爺さんしか家族が居なかったミサに、血の繋がった家族がそれだけ沢山出来たのだ。
病に倒れる前なんて、ヨクが初期に作った子が大きくなったからとミサのところへ来て夜を過ごした。後日、ヨクもミサの子と過ごしたらしい。気まずそうに報告されたので大笑いした。
遺伝子目当てなのはわかるが、これはこれで国内の血が濃くなるだろうに。
もっともあれ以降も定期的に外国から血を受け入れているようなので心配は無いか。
「ミサ」
ヨクは、ミサの目を真っ直ぐに見ながら言う。
「私の魔法は、あまり出来が良くありません。効果はあれども最長五時間が限界です」
ヨクは言う。
「私が貴方から痛みを無くしてあげられるのは、たった五時間」
「そんだけありゃ充分だ」
「だっ!?」
暗い顔したヨクの額を指で弾き、ミサは音を立てて横になった。
枕に頭を埋もれさせる感触。背中を柔らかなもので包まれる感触。しばらく呻いていた痛みは無く、この一週間力を籠め続けていた体から力を抜けば、心地の良い感覚が広がった。
「ヨク」
「何ですか。いきなり痛い事をしておいて」
「手」
「……はい」
伸ばした手に触れたヨクの手を握り、ミサは目を伏せる。
痛みは無い。
「ありがとな、ヨク」
「……こちらこそ。貴方と出会えて、幸運でした」
誰もが無理だと断じた一週間を乗り越えて耐えきったミサは、その日、ヨクによって痛みを取り除かれ、実に穏やかな顔で眠りについた。
五十二歳、永眠。
・
そこで終われば良かったのに。
ヨク・タベル・マイ・ペース
かなり裕福な家のお坊ちゃまだった。数々の功績もある。しかし衰退はどうにも出来なかったし、下手に足掻く方がみっともない、と一族全員が同意しお家を解体。
さてどうしよう、というところでスカウトされて頷いた。
貴族らしく上品な振る舞いで穏やか。厄介な相手とも仲良く出来る人格者。だがその実態は超マイペースな食いしん坊。食べる事に集中しているのでその他をあまり気にしてない。
ミサに怒鳴られても気にしないし、ミサにくっつかれても気にしない。食べ物の横取りだけは許さないが、それ以外は雑。
体格は大柄な方だが、肉が付きやすい。食べれば食べただけ肉になるので頑張って消費してる。それでも追い付かない勢いで甘い物を食べたりする為、腹や下半身がぷよりやすい。
小柄かつ常に引き締まった体のミサに煽られるので、頑張って致命的にはならないよう調節してた。
ミサの最期を看取り、苦しみ抜いたミサが苦しまないよう見届けた。
ミサの死後三年目、急性心不全にて死亡。
予期していたような遺言状が残っており、そこには「彼はまだこちらに居るようですから、あちらで先に待っている事にします。そうすれば行き違いにもならないでしょう」という文章があった。




