センタイとヒミツ
センタイという少年は、孤独だった。
「どうしてこの程度も出来ないの!」
「国を率いる者がこの有り様だなんて!」
「ああみっともない!」
「王家として」
「ヒーロー家として」
「誰にも恥じぬ男にならねばならないのに」
「何ですかその態度は!」
両親、というものは漠然としたものしか知らない。
家族というのは何なのかよくわからない。
勉強の為、と散々本を読まされた。楽しい物もあったが大半は楽しくないものばかりだった。流行りの本は低俗だからと与えられず、用意した使用人は怒られていた程だ。
でも、昔に書かれたという有名な作品等は許された。
市民が楽しく暮らす話。少年がお姫様を助ける話。村娘と思いきや実はお姫様だった話。冤罪で島流しにされるもそこで幸せになる話。家族と思っていた相手は誘拐犯で、本当の家族を探して旅に出る話。
素敵だった。羨ましかった。物語はなんて自由なんだろうと思った。
「……僕も、いつかは外に……!」
民衆ざわめく市場とはどんなものだろう。挿絵の通りなんだろうか。市民が食べるパンと貴族が食べるパンは味が違うらしい。貴族のパンは甘いと書かれていた。普段のパンを甘いとは思わないが、甘くないパンは一体何味なんだろう。辛かったりするのかな。
同年代の子供と遊んだりも普通にすると書かれていた。
センタイは同年代の子なんて見た事も無い。同じ年ごろの子は何をして遊ぶんだろう。本ではかけっこや喧嘩ごっこをするとあった。きっと楽しいんだろうな。
大きくなったら、きっと外に出て行く。
外を歩いて、色々なものを見る。たっぷり楽しむ。父親という人はずっと外に居て忙しいようだから、センタイだってきっといつかは外を飛び回る事が出来るはずだ。
「こんな事も出来ないの!?」
そう、いつか。
「この間教えたところもまともに覚えていないなんて!」
いつか、きっと。
「ああ、なんて出来の悪い!」
祖母を名乗る人はいつもうるさい。いつだって叫んでる。真似して叫べば、みっともない事をするなと言われて叩かれた。痛かった。
外を歩く人が羨ましい。妬ましい。憎らしい。
使用人との会話すら許されない生活の中、ひたすらに罵倒と知識と礼儀を与えられる生活の中、センタイはいつしか昔読んだ物語を頭の中で展開させるようになっていた。
夢見るように、自分を主人公にして妄想する。
力持ちの父親は遅くまで働いていて、時々酔って帰って来て母親に怒られる。母親は昔パン屋で働いていて、今は主婦をしているけれど時々パン屋を手伝って売れ残りを貰って帰ってくる。そんな母を弟と迎え、持ち帰られたパンに喜んで、どれを食べたいかで喧嘩する。
そんな世界を、センタイは自分の中に作り上げた。
毎日毎日、思考の自由が許される時間にはその世界に浸り込んだ。何もかもを忘れたくて。
義務も何も無い気楽な世界を想像して、その世界に浸る事で、やっと息が出来る気がした。
・
ヒミツはある日突然覚醒した。
眠っていたはずなのに突然目を覚ましたような感覚で、目の前で怒っている老婆に困惑するしか出来なかった。
「聞いているの、センタイ!?」
「そもそもあんた、誰だ」
「は?」
「っていうかここはどこなんだ。人違いなら他を当たってくれ」
「ふざけないで!」
驚いた。甲高い声で突然ヒステリーを起こされたからだ。
「お説教を回避しようとしてそんな態度を取っているのはわかってるのよ! やるべき事もしないでこんな子供向けの本をこそこそ読んで! ああもう、カメンはもっといい子だったのに!」
何か言ってるな、と思った。
周囲を確認すれば目が眩むような絢爛豪華な調度品。だがそこに不釣り合いな物が、床に散らばっていた。子供向けの小説だろう、分厚い本だった残骸。高そうなのに勿体無い事をする。
まあ、市民からすれば読んでも内容はわからないからどうでも良いか。
いや、この表紙は覚えがあるな。確か昔出会った貴族の子供が教えてくれたはずだ。とっても大好きな本だと言って僕に内容を語って聞かせてくれた。
「反抗的な態度を取るんじゃありません、センタイ!」
「だから僕はセンタイじゃなくて」
「言い訳をするなど見苦しい!」
「いたっ!」
昔出会った貴族の子についてを思い出していたら鞭で叩かれた。痛い。何だこの婆さんは。貴族だからって何をしても良いと思ってるのか。
それが何だかむかついて、隙を見て老婆の手から鞭を奪い取り、窓の外へとぶん投げた。
「ああっ!」
「ふん、人違いだって言ってるのにしつこいぞ婆さん! 僕はヒミツ・ゴレン! 誰と勘違いしてるか知らないが、無関係の僕を巻き込むな!」
「なっ、センタイ! センタイ!?」
「頭悪いのか婆さん! 僕はヒミツだ!」
扉を開けて飛び出し、ヒミツはその場から逃げ出した。
廊下もやたらと豪華で迷いそうだった。というか迷った。どこだここは。そう思っていたら使用人らしき人間が居て、当然ながら不審者として捕まりそうになった。
「センタイ様!」
「センタイ様お待ちを!」
「僕はそんな名前じゃない!」
どうして誰も彼も人の名前をそうも間違えられるんだ。そんなに似ているんだろうか、と疑問に思った。そういえば昔出会った貴族の子はそっくりの顔だった。双子と思う程に生き写しだった。名前は聞いていないけれど、彼はセンタイという名前だったのかもしれない。
「だったら尚更僕は無関係じゃないか!」
近所の子供と追いかけっこをした杵柄で使用人の手を避け、苛立ちのままに魔法を使用して窓から飛び出し、町へと向かう。まったく、趣味の悪い服もいつの間に着せられたんだか。あんまり替えの服も無い家だから、帰ったら怒られてしまう。
ああでも、この服を売れば新しい服を沢山買えるかもしれないな。
何なら家に帰れば、一体どこの貴族様かしら、なんて言われるかもしれない。どこのお貴族の子息が来たのかと思った、なんて母さんが言って、お上品な生活はこの子には無理だろう、って父さんが言って。弟は、兄ちゃんばっかりずるい、と駄々を捏ねるかもしれない。
そう思いながら家のある場所へと飛んで行ったが、
「…………あれ?」
ヒミツの家は無かった。知らない店がある。おかしいな。
道を間違えたのかと思って、心当たりがある場所全部を見た。ゴレン家はどこにも無かった。
「……ああ、そうだ。物資が減って生活が厳しくなって、弟が熱を出して、それでいよいよへそくりも底をついたからこの国を出ようって話してたんだ」
そうだ、思い出した。
ずっとその話をしてたじゃないか。毎晩。母さんが悩みながら父さんと話してた。
「そうして荷物を纏めて、でも僕は友達に挨拶をしていきたかったからちょっと待つよう言って、そして」
そして捕まった。きっとそうだ。凄腕の誘拐犯によくわからないまま捕まえられたせいでその瞬間の記憶は無いけれど、そうに違いない。
「……もう、先に行っちゃったのかな」
そう思ってまた飛び回って、ヒミツは追っ手に捕まりお城へと連れ戻された。
・
家族はいよいよ見つからないまま、数年の時が経過した。
センタイなんて名前では無いのに、見知らぬ他人に、母と名乗る女に話しかけられるのは酷く苦痛だった。
「僕の母さんは、あんなに美人じゃない」
目もくらむような美しさ。豪奢なドレス。年齢を感じさせない肌。
女王様と言われれば成る程納得するが、一体どこがヒミツの母だというのか。ヒミツの母はもっと年相応で、増えて来た白髪に一喜一憂して、洗い物でひび割れた手に軟膏を塗っていた。
そう、間違いない。だってその記憶がある。
「もしあの女が言っている事が本当だったとしても、それならもっと何か、感じるところがあるはずだ」
記憶が無くても体が、魂が覚えているはず。
なのにヒミツの中では、何一つとして芽生えない。誰だあの人は、としか思えない。まるで一度も会った事が無い他人のようだった。ヒゲキという名前にだって聞き覚えは一切無い。
「……クソ」
自由になりたい。こんなお城に閉じ込められて、記憶障害だ精神障害だ心の病気だなどと言われる日々は嫌だ。人違いだと言っているのに、誰もそれを認めてくれない。
「…………良いなあ」
脱走して町に出た時に見た親子。おつかいをサボって遊ぶ息子。その息子の耳を引っ張って叱る母親。
何てことの無い光景なのに、いやにヒミツの脳裏に焼き付いた。自分だってああいう家族と一緒に居たはずなのに、どうしてこんな場所で家族を名乗る他人に閉じ込められていけなきゃいけないんだ。
・
すっかり大人になってしまった。誘拐されてセンタイだとかいう耳馴染みのない名前で呼ばれるようになって、もう十何年になるだろう。十四年くらいだろうか。
父さんと母さん、弟は帰ってこない。こんな国には帰ってこなくて良い。赤の他人を家族と言い張るおかしなヤツがトップの国なんて、民が居ない方が平和になる。
「……あてつけとしていっそ死んでやろうかな」
脱走し、暗闇を街灯が照らしている下。ベンチに座りながら頬杖をついてぼやいた。
「センタイなんていう知らない人間を押し付けられて病んだ人間、って感じに新聞に載るかもしれないな。王家が隠せないような場所で派手に死んでやったら楽しいかもしれない」
「だが、それに衝撃を受けて絶望する人々の顔は、死んじまったら見れないぜ」
「確かにそれは、っ!?」
振り向けば、背中合わせに配置されている後ろのベンチに人が座っていた。
それなりの年齢だろう紳士が、似合わないシルクハットを人差し指で持ち上げ、にやりとあくどく笑っている。まるで今正に、純粋な若者を夜の町に案内して財布の中身をまるっといただこうとしているかのように。
「あ、すみませんちょっと用事を思い出したので」
「おいおいおい待て待て出会いがしらにそんな反応するなよ寂しいじゃないか。泣いちゃうぞ」
「いや……だって、怪しいし」
「おっと、この兄ちゃんは国際的に指名手配されているこの俺の事を知らないらしい」
「あんた僕が役人嫌いで良かったな」
「即座に通報しようとすんじゃねえ」
ったく、とシルクハットを取って紳士風の男は嘆く。
「こっちはお前をスカウトしに来たってのに」
「賭け事や色事はちょっと」
「俺はどういう何者に見えてんだよ」
「夜の仕事詐欺型」
「誰が夜の仕事しててターゲットにした客に詐欺をしかけて素寒貧にする大悪党だ。失礼な。俺は庶民の味方だよ。お前みたいな」
ぐ、と喉が鳴る。
なんてこった、最悪なタイプに捕まった。ヒミツが何よりも嬉しい言葉を、何よりも求めていた言葉をあっさり使う辺り故意だろう。確信犯だ。狙い撃ちにされている。
だが、ヒミツをこの国の王子センタイとして見ない人との会話をしたかった。自分を庶民だと言ってくれる人が居るなら、例え自称国際指名手配犯であっても、何か言葉を交わしたい。
「……お茶でもどうだ。あそこにそれはそれは不味いコーヒーを出す店があるんだが」
「誘い文句ド下手クソか? つかここは俺から誘う場面だろうに何で逆ナンになってんだ」
「仕方ないだろう。城に連絡を入れず、安心して過ごせる少ない場所なんだ。コーヒーしか出さない上に泥水みたいなクソ不味いコーヒーだが、話は出来る」
「……お兄ちゃん、人を見る目無いな」
「うるさい」
「はは、こんなヤバいのに引っ掛かって大丈夫かあ?」
ニヤニヤ笑って男は立ち上がる。
「仲良く話し合いなんてしたら、席を立つなんて出来なくなるぜ。俺の名前を聞けていない今なら逃げられる。逃げてお城に戻って、お城での暮らしを享受したいならそう」
「絶対しない」
ヒミツは男の胸倉を掴んで睨みながらそう言った。そうだ、するものか。逃げ場としてあそこに逃げ込んで、それでどうなる。外が怖くなって監禁されたままの生活を一生続けるのか。母親を自称するあの女が死ぬまで続けるのか。
嫌だ。
それだけは嫌だ。
例えここでこの男に殺されるのだとしても、あの城に戻るよりはよっぽど愉快で楽しく、不快じゃない。元々死ぬのも視野に入れていたくらいだ。待ち合わせ相手が向こうから迎えに来てくれたものだと思えば良い。
「……あんた、僕がどういう立場にあるかわかった上で話しかけたな?」
「当然。センタイという人間と誤解されて困っている一般庶民のヒミツ……の記憶と人格を作り上げる事で逆に精神を安定させたセンタイくん」
「僕はヒミツ・ゴレンだ!」
「知ってる」
胸倉を掴まれたままの男の腕が伸び、その手がヒミツの喉に触れた。親指で喉仏を撫で、残りの指が頸動脈をくすぐる。
「お前がその状態に陥るよう、その未来を選んだのは俺だ。ある意味黒幕みたいな俺と、赤色に染まる覚悟はあるかい?」
沼底に引きずり込むような笑みで言われ、ヒミツは即答した。
「無い。だが話は聞く」
「逃げられないが良いか」
「城よりはよっぽど優しい」
あの城は、逃がしてくれない。だがこの男から逃げるのは容易いだろう。そう言ってやれば、男は手を離して仰け反りゲラゲラ笑った。
「はひ、は、はー……ったく笑い過ぎて呼吸困難からのお陀仏になるところだ。危ない危ない。笑いのセンスあるぜヒミツ」
「要らん。それで、お前は誰だ。名を名乗れ」
「アカ・プロレタリア・レジスタンス・カクメイ」
男はベンチに置きっぱなしにしていたシルクハットを被り、大仰な身振りでお辞儀をする。
「悪政あるところにこの俺あり。此度はこの国をターゲットにさせてもらった。民を苦しめる王家を潰すのが俺の目的。……勿論、悪政が改善するのであれば滅ぶ必要は無いがね」
にやりと笑うその目は、試すような色を灯していた。
お前の家と敵対するぞ、という目。
「……バカバカしい。元より僕の家じゃない。イカれた頭の誘拐犯な女王。既に敵対しているようなものと改めて敵対するとして、何に動揺すると言うんだ」
「お前からすればそうだろうな。残念ながら、俺はお前がそうやって冷静に返してくれる未来を選んでいるわけだが」
何を言ってるんだこいつは。
「その辺りについても、そして現状と今後についても話そう。お前にゃ先頭に立ってもらう必要もあるしな」
「そこも踏まえてしっかりと聞かせてもらおう。利用されても良いと思うプレゼンを寄越せ」
「不味いコーヒーは奢ってもらえるのか? ナンパな色男」
「良いだろう。飲んだお前が泣いて吐き出すのが楽しみだ」
「え、そこまで?」
コーヒーを飲んだアカは見事に泣いたしガッツリ吐いた。
「クッソ……苦しむ俺は視えたが想像以上に泥水……」
こんなん飲ませないと信用出来ないお前の精神状態ヤバいぞ、と言われたがアカの魔法について説明されるまで何の話かわからなかった。
・
妹と名乗る子の為に囮を務め、ある程度逃げまわったところで捕まり連れ戻された。
正直なところ諦めていた頃はともかく、アカと出会ってからは外国に出てしまう選択肢も発生したし、どうしてもあそこに帰らなくちゃならないという諦観も無くなったので容易く逃げ切れるようにはなっていた。だが、今回は連れ戻されるまでが指示通り。
「センタイ……センタイ、貴方はわたくしの宝。わたくしの、唯一残されたわたくしだけの……」
「うるさい! 寄るな! 僕はお前の子供じゃない! 出て行ってくれ!」
相当にへこまされたらしい母を名乗る女があまりにもうっとうしかったのでそう叫んで追い出した。
普段から少しでも自分の気に入らない事があれば被害者面をして、他人を惑わし、相手を悪に仕立て上げる癖に。今回はそんな余裕もないらしい。
いつもならヒミツがどれだけ拒絶しようとも使用人を味方につけて居座り、ヒミツの精神をガリガリ削る癖に、珍しくあっさり退却した。
ここまで含めてアカに言われた通りになっていて、感心と共に気味悪ささえ感じる。百発百中というのは憧れるが、実際に見ると得体の知れない気持ち悪さがあるのだと痛感した。神業と言えば聞こえは良いが、要するに人間業じゃないという事だ。理解不能の境地まで行くと本能的な嫌悪感が湧くものとは知らなかった。
「ま、あとは三日四日か」
しばらくの間、母を名乗る女はしつこくヒミツと接触しようとしてくる。それを拒絶し、三日目か四日目辺りで限界を迎えて暴れ出し、誰も近寄るなと叫べば人除けは完成。その隙に脱走すれば、革命の準備に取り掛かれるのだ。
・
アカに言われた通りになった夜、脱走して空を飛び、アカの使っている隠れ家へと到着した。
「首尾はどうだ、アカ」
「万全。元々準備は整ってたからな」
来るのを当然知っていたのだろうアカは、ヒミツに笑みを浮かべて手をひらひらと揺らす。
「問題はトクサツだけだったが、それも離れた。これで被害を出さず、最小限に、平和的に革命を終わらせる事が出来る」
「革命が終わったら?」
「王家を追い出したら政治の確認。外交を幾つか捨てて民の生活優先。借金も幾らかしているようだから、持ってるだけで使い道のない土地を売って金を作り借金返済。まあそれらで二年はかかるだろうが、丁度トクサツが卒業するから調整が終わったらあとは投げて良いだろ」
「あの子に?」
「お前、継ぐ気ねえだろ。王家解体しても率いる立場になる気はないってわかってる相手にやらせねえよそんなん」
こういうところだ。全体的に陰気で胡散臭くて、詐欺師ですよという旗を背負ってるような男の癖に。
「今回の件でサイエンティスト家がちょいと目を付けられたようだしな。そっち関連の面倒事が起こる前にトクサツへ引継ぎを終わらせれば、国でサイエンティスト家を囲い込むという名目で保護出来る。トクサツは無茶な注文をしないし、そもそも作れとすら言わないからサイエンティスト家と相性が良い」
「サイエンティスト家?」
「ヤバい家。一族全員似通っていて、歩く劇薬。この世の未知や不可能に喧嘩を売り、しかも勝てる存在。権力による命令を嫌っていて、言われた通りに薬を作る、なんてしない一族。だが彼らが宙ぶらりんだと、彼らを取り合って国が戦争を起こして周囲が迷惑する。エンタメ国で平和的に囲い込めば、そんな事も起こらない」
「……エンタメ国内でヤバい実験をする事になるんじゃないのか?」
「するだろうが、命の危機があるような事はしない。どちらかというと遊び心がある。善意は無いが」
必要不可欠なものを持っていないとか恐ろし過ぎる。
「そして制作済みの品に関しては興味を失う事も多い。改善はしても、それ自体への興味は薄まる。レシピを公開して大量生産、一般販売、という形に拒否はしないくらいにはフラットだ。今後の運営、そしてトクサツの治世に役立つ」
まあ、
「作った品をどうしようとも気にしないが、何を作るか、という点に口を挟まれるのを嫌がるのが問題だな。意見は好むが強制を嫌う。国同士の争いもそうだが、下手に宙に浮かせたままだとあの家は周辺一帯を滅ぼして突然姿を眩ませかねない」
「や、ヤバい家……」
「だからこの未来を選んだんだ。死人が出ない。トクサツが跡継ぎになりお前は自由。サイエンティスト家がエンタメ国所属になり不要な死体が出ずに済む」
はあ、とアカはため息を吐く。
「俺って本当、世界平和の為だけに生きてる男だよなあ」
「見た目は世界を混乱の渦に蹴落としそうなのにな」
「言うなよ!」
人相どうにかしようにも雰囲気って一番どうしたら良いかわかんねーんだよ畜生、とアカは机に突っ伏して愚痴った。わりと気にしていたらしい。
「……で? お前はその後どうすんだ」
頭をむくりと起こしてアカが問う。
「行きたいところがあったら、場所によっては伝手を紹介してやれるぞ」
「そうか。まあ、お前が行く先では自然と紹介されるだろうからその時で良い」
「……え?」
「お前と共に居るという自由が良い」
いや、強いて言うなら、
「自由を取り戻す手伝いをする。自由じゃない誰かを助けるだなんて、最高だろう?」
その為のお前だ。一緒に居れば、望みは叶う。
「……やっべーヤツのナンパ受けちまったな」
時間を巻き戻したい、とアカがぼやく。恐らくは下手なナンパをヒミツが披露したあの夜まで戻したいという意味だろう。
「安定して隣に居る助手は役立つぞ」
「おまけに飛べるもんだから逃亡、索敵にも大助かりだ! クソ、だがケツを掘るか掘られるかの未来が多い! そうじゃない未来を今探してるからちょっと黙ってろ!」
ケツっていきなり何の話だ。
ヒミツ、もといセンタイの素はかなりピーキーでした。実はね。
というか見た目もそうだけど母親似。かなり不安定で、機嫌を損ねると暴れるし叫ぶし物を投げる。甲高い悲鳴を上げたりもする。
被害者面して味方を作る母親と違うのは、ひたすら感情的に何もかもを噴出して周囲をめちゃくちゃにするところ。めちゃくちゃにしきって体力が切れると倒れるように寝る。そして落ち着く。
ヒミツとして覚醒するまでのセンタイはそこまで酷くないけど、そのまま覚醒せずセンタイとして育っていればそういう人間になっていました。
しかし心のよりどころであり救いであり希望でもあったバイブルの児童書を目の前でバラバラにされた為、限界を迎えて今までの記憶を抹消。それまで浸っていた心の中の家族とのやり取りを本物の記憶と思い込み、一般市民のヒミツ・ゴレン、という自覚に。
一般市民の自分がこれを知ってるのはおかしいな、という記憶の齟齬は町で偶然出会った貴族のお坊ちゃんに教わった、という風にすり替わっているのでそこを揺さぶってもセンタイの意識が覚醒する事は無し。
王家の何もかもは嫌悪の対象だったし、トラウマとも言える祖母は幽閉からの老衰。両親はまず関わりが無かった、と記憶のフックになるものも無い。
ヒミツ自身思い出す気は無いので、このままセンタイである事を捨ててアカについて行き人生を楽しみます。
自由に、沢山の国を見て回る。
そして自由が無い人を助けて回る。
名前を捨てて正体を無くし、敵を倒して感謝され、次の事件に急行する。
それもまたヒーロー。




