オタクユニコーン
「ええと、それではお邪魔したのだわ」
「ああ、気にするな。アレが面倒を掛けて申し訳ない」
保健室の主であるコワイ先生に挨拶をしてから、ヒメとジンゾウは保健室を出た。
そう、呼び出しを食らったのは職員室では無くて保健室だったのだ。テキトー先生はサボりの為に職員室よりも保健室に居る事が多く、保険医であるコワイ先生とも仲が良いようで我が物顔で入り浸っている。
そも怪我でもしなければ保健室に人が来たりはせず、加えて白衣がはちきれそうな筋肉を持つコワイ先生を怖がる生徒が保健室を避ける為に自然のサボり場となっているらしい。
確かに長い前髪で見えない目元、ジンゾウ程では無いとはいえ190センチに限りなく近い高身長、のっそりした動き等は怖そうだが、ヒメにはどこが怖いのかよくわからなかった。少なくとも保健室でまあまあ騒いでしまったのに謝罪までしてくれる善良な人である。
まあコワイ先生をやたら怖がるのは怪我をして彼に治療を受けた生徒が多いようなので、単純にやたら沁みる消毒液などを使う、といった事なのかもしれない。
「俺達以外にこの学年で部活無所属なのは、五人、みたいだね」
「そうね」
先程も見たが、確認の為にとヒメはジンゾウの腕を掴んで背伸びし、ジンゾウが持ったままの紙を覗こうとした。
当然届かなかったが、ジンゾウがそっと紙を持っている手の位置を下げたので見れるようにはなった。そこに書かれている名前はヒメとジンゾウの名もあるが、他にも五名分の名前が書かれている。
「マッド・サイエンティスト。トクサツ・ヒーロー。ライト・ノベル。フリョウ・ヤンキー。マンガ・ドウジンシ・コミック。以上の五名を……まずどこのクラスかさえ書かれてないのだわ!?」
「あ、それなら大丈夫だと思うよ」
どういう意味かと見上げるヒメに、ジンゾウはニコッと微笑む。
「名前さえわかってれば、マップで見つける事が出来るから」
「……そういえば私の居場所を必ず見つける理由を聞いた時にマップを見たからって言ってたけど、詳細を聞いてなかったのだわ」
「見るっていうか脳内に浮かび上がるって感じなんだけど、周辺の地図が浮かぶんだ。で、あとはそこに通行人とかの小さい点があって、その点を意識すると名前が表示されるシステムになってるから、名前さえわかっていれば探せるよ!」
「今の説明だと、クラスに居る人間を片っ端から脳内で確認しないといけないのだわ。それじゃジンゾウの負担が大きくないかしら」
「大丈夫! 名前から逆引き検索も出来るから!」
褒めて褒めてとじゃれついてくるゴールデンレトリバーの顔を幻視する笑顔だった。
同時に、成る程、と納得もする。相手のステータスを見る事が出来るだけでも相当だが、相手の居場所を特定出来るというのは強い。これを通常で持っているのが異世界人となれば、異世界人の武勇伝が複数残っているのもさもありなん。チート魔法、と呼ばれるだけはある。
「助かるのだわ」
「!」
事実ありがたい事だから、とヒメが笑みを浮かべながらそう告げれば、ジンゾウは顔がとろけそうな満面の笑みをパアッと浮かべた。これでもかという程に目尻が下がっていて本当にとろけ落ちそう。犬だったなら尻尾が取れそうどころか尻尾を骨折する勢いで振っているだろうなという笑みだ。
「今ここから一番近い位置に居るのが誰か、どこに居るのかもわかるの?」
「うん! 任せて! 一番近いのはマッドさんだね! この間クラスのダンス部に所属してる三人が自分の限界を超えるダンスを踊ってみせるって練習した結果壁をへこませた空き教室に反応があるよ!」
「ああ、あの教室」
とてもわかりやすい説明だったが、本当に何故壁がへこむ自体になったのやら。しかもダンスで。当然ながらクラスメイト達はペナルティを課せられていたが、お酌しつつダンスも挟んだと自慢げに話していたのを思い出す。
「酔っ払い相手なもんだからダンス踊れって言われてさあ!」
「任せろって感じだよな! だって俺らはダンスの申し子! 踊れって言われて踊らないのは損じゃん!?」
「それで色々な踊り見せたんだけど、先生達も若い頃はこれが流行ったとか踊り出してね! ヤッベ―の! 馬鹿みてえな踊りと舞踏会の踊りと尋常じゃなくセクシーな踊り! 馬鹿ウケ!」
「お陰で我々のダンススキルも馬鹿上がりよ。今度適当に細長い頑丈な棒がある場所で俺達の最強セクシーダンスを見せてやるからな……!」
「その横でやたらキメッキメな社交ダンス!」
「更にその横で何かをやらかした地元民が地元の神様に許しを請う時にするという、私は愚か者ですと主張する事で情けを掛けてもらう為の愚か者踊りを!」
「国籍が違い過ぎる濃いめな味付けメインディッシュ三種盛りかよ」
最後のはダンス部じゃないクラスメイトのコメントだったがあまりにもその通り過ぎて拍手喝采だった。ヒメも拍手した。それぞれを一種類ずつ披露されるなら楽しそうだが、同じタイミングで見るものじゃない。ワンプレートにも程度がある。
・
ガラリと開けた空き教室の扉。へこんだ壁。開いた窓。誰も居ない室内。
「……ここ、二階なのだけど」
ヒメは開いた窓から下を見た。放課後なので生徒がちらほらと居る。
勿論持っている魔法次第では二階から飛び降りるくらいは平気だろうし、ヒメに至っては鍛えているので三階からでも無事に着地出来る自信はある。どうしても背丈が伸びない為、素早さや細かい技術といったものを伸ばすよう言われたお陰と言えよう。あとは背丈が低い分着地時に掛かる体重分の負荷の少なさも大きい。
「ふむ」
床に散らばっているのは、薬草や毒草の破片。
突然のサバイバルも大丈夫なようにと見分け方を叩き込まれた身なので、こういった見分けには自信がある。乾燥させた薬草、毒草を取り扱う時に落ちたのだろう破片なのでただのゴミにも見えるのだが、それでも薬草や毒草だろうというのは充分にわかった。
「恐らくはここで何らかの実験か研究でもしていた、というところでしょうね」
「え、でも直前まではここに居たはずだから、材料を回収しても窓から逃げるには機材の取り扱いが難しくないかな?」
「どこでも研究所なら畳んで鍵を閉じればそれでただの鞄になるのだわ」
「そういえばこないだの授業で見た!」
そう、どこでも研究所。
見た目は膝に乗せれるサイズのトランクだが、目盛りを弄る事で大きさの調節が可能。内部は超空間となっているので、割れ物だろうと問題無し。トランクをどこかへぶつけても割れる心配は無い代物。
更にトランクを開けばその瞬間に調節した通り、研究机の上かと思う程に整えられた状態で中身が展開。立体的に広がるメイクボックスのようになっている為、トランクを閉じれば何の問題も無く機材を収納可能。どんな状況下でも研究が可能、かつ、移動時でも研究材料を持ち運び出来るし嵩張らないし中身が壊れたり零れたりする心配も無いという研究者垂涎の的。
通常は品薄で中々手に入らない品物だが希望者は申込書で注文すれば学園特権で取り寄せが出来ると紹介されていたが、マッドは恐らくそれを購入した、あるいは元から持っていたのだと思われる。授業で紹介された時もそういった分野が好きらしい生徒が我先にとテキトー先生に群がっていたし。
尚、当然ながらヒメは注文しなかった。そういう系にまず興味が無い。ジンゾウも興味は無いのかテキトー先生に群がる生徒をポカンとした顔で見ていた。
「近くで様子を見ているなら追えると思うのだけど……ジンゾウ、マッドの現在位置は?」
「えーと、これは下の木……待っていきなり凄い勢いで移動し始めた! 逃げてる!?」
窓から下を見ていたヒメは、木の枝から飛び降りてダッシュで去って行った影を見た。耳が良いのか、勘が良いのか。
それなりの身長に対してやたらと細身なのが窺えたので、かなりのインドア派か筋肉が付かない性質なのだろう。それなのに二階から飛び降りたり、木の枝から飛び降りてダッシュで逃げたりと意外な程アグレッシブ。
「……アレを捕まえて、説明して、協力を要請して、演劇をする必要があるのだわ……」
「ヒメちゃん、大丈夫? 頭痛い?」
「頭痛はあるけど心労性だから問題無いのだわ」
心配そうに顔を覗き込んで来たジンゾウに、ありがとう、と告げて手の届く位置にあった頭を軽く撫でる。ポンと手を置くような撫で方だったが、ジンゾウはそれだけで嬉しいと全力で告げる笑みを浮かべた。実に犬みが強い。
「演劇の練習もそうだけど、演劇って事は脚本の用意に衣装に小物に……」
少しの無言の後、考えるのは後にしよう、とヒメは手を叩いて思考をリセット。一人でそんなもん抱え込めるか。最悪の場合は自分達以外が洗脳による強制演劇参加コースになって出来が良くなるだけだ。
「よし、次に行くのだわ!」
「マッドさんは?」
「逃げる相手を無理に捕まえたって、協力して欲しいなら他のメンバーも揃えてからにしろと言って逃げられるのがオチなのだわ。だったら先に話が通じる相手を確保するのが賢いのだわ!」
「た、確かに!」
「マッドは置いといて、次に近いのは!?」
「図書室にマンガさんが!」
「早速そっちに行くのだわ!」
「うん!」
ちょっとした嫌がらせで窓を閉めて施錠してから、ヒメとジンゾウは図書室へと向かった。
・
この学園には図書室と図書館がある。
初心者向けの本は図書室に集まっており、少し調べたいだけなら図書室で済むようになっているのだ。本格的に調べたい場合は、蔵書量が図書室とは比べ物にならない図書館の方に、というシステムになっている。
初心者向けというだけあって文学小説も読みやすいものが多く、そういったものが好きな生徒が放課後に図書室で読書している事も多いのだが、
「……ジンゾウ、本当にアレがマンガなのね?」
「う、うん、マップの反応からするとそう、なんだけど」
男子用の制服。ブレザーの前を開けていて、身長は男子にしては平均か少し低いくらいだろう。図書室の椅子に腰かけて読書している彼を、ヒメとジンゾウは戸惑いながら遠巻きに見ていた。
だって、相手の頭部がユニコーンだったからだ。
実際にユニコーンというわけではなく、ユニコーンの被り物をしているだけらしい。意味がわからない。そんな視界が悪そうな状態で普通に読書しているのも意味がわからない。ヒメ達同様に彼を見てビクッと反応する生徒は多いが、図書室に通い慣れているんだろう生徒辺りは気にしていない様子から、普段からあの被り物をしていると思われる。
よく周囲を観察すれば、通い慣れていないようでも彼に反応していない生徒も何人かいた。彼らは恐らくマンガのクラスメイトだろう。つまりクラス内でもあの被り物。頭イカれてるのか。
「話しかけたくないにも程があるのだわ……」
ヒメだって別に、そう簡単に心が折れる事は無い。ジンゾウという巨人相手に初対面から怒るくらいのメンタルを持っている。が、ユニコーンの被り物とかいう色モノは初めて遭遇する存在だった。まさか入学式にもそれで出席していたりしたんだろうか。他の人の顔なんて確認していないが、前後左右の席になった生徒が可哀想過ぎる。
「ま、話しかけない事には何も始まらないのだわ。ユニコーン頭を隠れて観察していて現状が打破出来るわけでも無し」
「えっちょ、ヒメちゃん!?」
さっさと腹を括ったヒメがつかつかとユニコーン頭に近付き、声を掛ける。
「失礼、ユニコーン頭さん。お名前はマンガ・ドウジンシ・コミックで合っているかしら」
ヒメの声に反応し、ユニコーン頭が横を向いた。
「うっわ、人形系合法ロリフィジカル強め美少女に見た目ゴリラな忠犬駄犬王子。え、遠くから観察するだけでも薄い本が数冊出せる程だったのに実際に会話が出来るなんてこれは次の新刊五冊にしろというお告げ……?」
「何を言っているかわからないのだわ」
転生者なので完全に理解不能というわけではないが、あまり理解したくないワードだった。
マナビヤ学園のモットー
・楽しめ
・はしゃげ
どういう事かと言えば、上流階級の生徒は卒業後、家を継ぐ事が多いから。
自分の好きなものを封印してでも家の為に働いたり、家族を支えたりする必要がある。それが当然のものであるという事も多い。好きでもない相手と嫌々仲良くする必要だってある。
そういった我慢だらけの人生が待っているからこそ、とそういった階級の子供の為に作られた学園。
まだ継いでいない段階だからこそ、好きにやっても許される段階だからこそ、国籍関係無く様々な国の価値観が得られるように。そして部活動等により、家では許されない自分の好きが実行出来るように。
料理を作りたいけど、立場の問題からキッチンに立つ事が許されないなら調理部。
戦闘訓練をしたいけど、立場の問題から剣を持つ事も許されないなら剣術部。
学園という空間だからこそ出来る、今だけの楽しい時間。それを全力で楽しめ、というのが学園のモットー。
勿論はしゃぐにも限度があるので、他人に明らかな迷惑を掛けて悪い意味で好き勝手やらかすならペナルティ。最悪の場合は強制に矯正。
結果的には悪意に満ちた、周囲から見ても厄介な上司になる未来という危機が消えるという事なので、学園側が相手の度合いによってそういう対処をするのは見逃されている。