アカという男
「結局のところヒゲキ女王という存在は、可哀想な目にあったお嬢様なわけだ。夢見がちなお姫様。だから哀れな息子を溺愛し、決して裏切らない味方に娘を選んだ」
ヒゲキ女王について、紳士が語る。
「姑に息子を奪われた。彼女はさぞ悲しんだ事だろう。それでも夫に説得され、それが王家の務めならば、と諦めた。立派な存在になってくれるなら、と。だがそうはならず、息子の精神は壊れ、母親の事すら他人と認識するようになってしまった」
は、と紳士は鼻で笑った。
「元より碌に会話もした事が無い母親だ。正気であったところで母親と認識出来たかは怪しいものだがな」
その笑い方はまるで紳士的ではなく、ガラの悪い酒場が似合う笑み。
「そうして彼女は、絶対的な味方を求めた。壊れた息子を見て、守ってくれない夫を見て、自分を肯定してくれる存在を求めた。そんな彼女の目に留まったのが、生まれたばかりの、姑によって姑と同じ名を付けられた娘。息子を壊したという理由で姑は強制的に隠居させられた為、娘を奪う者も居ない」
そう、
「可愛い娘。壊れていない我が子。今から育てれば、絶対的な味方になる。裏切りなんて考えもしないだろう子が出来上がる。自分を、ヒゲキを絶対的な存在だと断言してくれるような子が」
笑える話だ。
「そこに愛があると思うか。俺は思わない。元より独善的な愛の持ち主だ。息子の精神安定よりも自身が彼の母親である事を優先し、自分を守らせる為に絶対的な味方として娘を育てた。それを愛と呼ぶなら、世界に愛など無くて良い」
紳士は熱く感情の籠った、しかしヒゲキ女王に対して酷く冷たい温度の目を細める。
「憎い姑の名。息子と違って精神に問題の無い娘。あの女は思っただろう。どうしてお前ばかりが元気なのか。最愛の息子ではなく、お前が壊れてしまえば良かったのに。そうすれば、お前が犠牲になってくれていたなら、息子はわたくしを拒絶なんてしなかったのに」
ああまったく、
「これを母の愛だと言うのなら、子は親に愛されない方が幸せだ」
子供は親の操り人形ではないのだから。
・
エンタメ国に入国したら、気に入った雰囲気のカフェに入れ。
それがマンガ紹介の革命家との待ち合わせ場所。あまりにも適当。それで本当に良いのかと思いながら町のピリついた雰囲気を肌で感じつつ、入国してから見かけた五つ目のカフェに何となく入った。
「待っていたぞ」
そこに、彼は既に居た。ヒメ達全員と一致する予約席を用意して、当然のように腰掛けている。
「…………マンガ、一応聞くけど本当に安全で信用出来る相手なのよね」
「大丈夫。ちょっと言動が怪しくて不信感を煽るところが難点だけど、効率を求め過ぎてるだけで中身はかなり思いやりが深い人だから」
「信用が必要だろう立場で一番持ってちゃいけないものを持ってるのだわ」
言動が怪しいまではともかく、全身から不信感を煽るオーラを放っているのはどうなのか。
パッと見は色気と男らしさ、年齢による落ち着きを感じさせる紳士だというのに、治安が悪い雰囲気をこれでもかと醸し出している。労働階級が高級品を身に纏って懐にナイフを忍ばせながら刺す相手を探している瞬間、と言われても納得出来る。
・
そうして促されるまま腰掛ければ、ヒゲキ女王についてを語られたのだが、
「それは」
「それは俺の主観で見た話か真実かどちらか、と言いたいんだろうヒメ・キシ。前半は真実。後半、愛については俺の主観だ。ここに俺の主観が入っているという事は娘が本当に母親であるヒゲキ女王に愛されているという可能性も浮上するが、そんなものに期待はしない方が良いだろうな、と言わせてもらおう」
ヒメが何を言おうとしたかを完全に読んでの返答。
自己紹介もまだな中でこれを信用して良いのかどうか、と思っていれば、紳士が再び口を開いた。
「では一番話が早かったルートとして、自己紹介をさせてもらおう。いや、つい忘れがちで悪かったよ。俺はどうにもせっかちでいかん。君たちについて、現状聞き出せる全てを聞き出したからといって君たちからすれば名乗りもしていない不審者という事を忘れていた」
酷く淡々とした言い方で、紳士は自身の胸に手を置く。
「俺はアカ・プロレタリア・レジスタンス・カクメイ。長いからアカと呼べ」
「えっとォ、アカは」
「まだ俺が好きなだけ喋ったくらいで会話らしい会話もしていない、どころかお前達の自己紹介すらしていないのにどうして聞き出せる全てを聞き出したなんて言ったのか、という話だろう。ああ、先に言っておくが名前についてはこちらで勝手に聞き出したものだ。マンガが手紙の中に書いたわけではない。深い理由では無かったとはいえ、友人が隠していた本名の方を、友人にとっては初対面でしかない相手に伝えたりする男ではない。安心しろ」
「安心出来ないのは貴方に対してだけなのだわ」
「そうか。ならトクサツに対しても安心はしないでおけ。肉体的には無事だが、精神的にはかなり際どい状態にあるぞ」
ヒメはこめかみをヒクつかせた。何もかもを知ったように語るのが気に食わない。何だコイツ。
「不快を覚えられているようだから説明するが、俺の魔法は未来を確定させるものだ」
「は?」
「ただ視るだけの未来視では無く、未来を視た上で、どの未来にするかを自分で選べる。そういう魔法だ」
何だそれは。一番に思ったのはそんなこと。
だが魔法は一人一つで、その人その人で違っていて、どこまで出来るかなんてその人次第。常にピンキリ。生涯現役という年を取ってからなら役立つものの、若い時分には役立たないような魔法もある。ただ炎を放つものではなく、何故か踊らないと炎を放てないという魔法もある。
かと思えば、実にあっさりと対象を洗脳出来てしまうようなものも。
つまりこの場合はそれが真実であるかどうかを確認するのがもっとも手っ取り早く、
「ジンゾウ、今は相手のステータスを公にする事を許可するのだわ。目の前に居るアカと名乗る男の言葉は正しいか否か」
「名前から何まで嘘は一切無し」
「そう」
端的な返答。ジンゾウが嘘を吐くとは思えない。
万が一嘘を吐くとしても、嘘を吐く必要性がある時だろう。もしそうならテレパシー系の魔法で言外に伝えて来る。
そして、ジンゾウは見た事のある魔法、何なら想像上の魔法であってもイメージが出来れば使用出来る存在。そのジンゾウが真実だと断言するなら、ステータス的にも発言的にも間違いなく本当という事で、
「……マンガが、貴方を思い出して連絡を取ろうとした時点で貴方がそれを望んでいると言っていたけれど、理由がよくわかったのだわ」
「そうか、それは良かった。尚魔法についての詳細を開示するが、俺はありとあらゆる無限大に近い未来、全てを認識している。認識する事でその未来で何が起こるかを把握し、その上で最善と思う未来を選択し、望みの未来を得ているのが俺だ」
「革命のプロだと聞いたけれど、一度も失敗した事が無いのがわかるのだわ」
「ああ。未来は無数。千回、一万回と失敗する未来があろうとも、たった唯一の成功した未来があれば、その未来を選べば百パーセント成功する現実となる。俺は悲劇を好まない」
「そう」
知ったような事を言うと思ったが、本当に知っていたわけだ。いや、ヒメ達があり得た、既にあり得なくなった未来でそれらを伝えた、と言うべきか。
異世界的に言うなら、ゲームを同時進行して全ルート確認した上でロード、本アカウントにてゼロミスパーフェクトクリア、という表現になるだろうか。前世でもゲームに明るい方ではないので合っているかは知らないが、要するにそういう事。
だから未来なんて見えないヒメ達からすると、何だこの馴れ馴れしく知ったような事を言ってくる男は、となる。逆にアカからすれば、現段階で聞き出せる全ては聞き出しているので必要な情報は揃っているぞと、そうなるわけだ。
「アカ、信用ならないと言った先程の発言は取り消します」
名を呼び、ヒメはそう告げる。
「決して諦めずにたった一つしかなかろうとも勝利の道を得ようとする根性、そして信用ならないと言われるとわかっていながら嘘偽りなく開示した事を評価し、私は貴方を信じましょう」
「ああ、ありがとう。ヒメはそう対応するのが一番早く信用が得られると俺は知っていたし、知った上での行動だがな」
「でしょうね」
そのくらいわかる。
「わかった上で、悪人ではないと判断したのだわ。仮に騙していたとしても、騙していたことがバレた未来を選んだりはしないでしょうから、どのみち私は貴方を信用するでしょう。なら変に疑って警戒に力を使うより、トクサツの為に全力を出したいのだわ」
「……どのルートでも誠実な対応さえすれば信用まで早いんだよなぁ……」
何かボソッと呟かれたのが思いっきり聞こえたが、聞こえなかった振りをしておこう。
「ヒメちゃんもそう言ってるし、僕もアカさんの事は信じるよ」
うん、とジンゾウが頷く。
「アカさんが使ってる魔法を確認も兼ねて試そうとしたら脳みその処理限界をあっさり超えそうになったからちょっとビックリしたけどね。これだけの情報量を処理しながら普通に会話って……」
「試して正気を保っているお前が言うか?」
「僕のは並列処理出来る魔法も併用したから」
持ち主以外には扱えないような魔法、時々あるんだよなあ。
ジンゾウは困ったような顔をして腕を組み小さく呟く。異世界人のチート能力というものが完全な万能というわけでは無いという事なので、その辺りを気にしていたジンゾウからすれば喜ぶべき事だろうに。相変わらず変なところで鈍い。
「わたくし様も信じよう」
お茶を啜りながら、マッドが言う。
「本当でも嘘でも興味は無いし、邪魔になったらその時に処分すれば良い話だからね」
「マッド、もうちょっと言い方とかさァ……あ、オレも信じる側で。マンガの紹介だし、マンガの説明からすれば悪い人でも無さそうですしね」
「…………そも、疑っていては何も出来ないからな。貴方を信じるという事にして動いた方が良いだろう」
「信じてもらうのを優先して何もかもを明け透けに言う最短ルート突っ走り効率厨が世界各地に行くとか最強の受け」
「そこは攻めにしろ攻めに。いい加減俺がモブ姦されるのは読み飽きた。折角創作の自由を得たならバラエティに富ませろ」
「はーい」
それで良いのかこの男。
一瞬引いたが、そもそもオタク国で革命を起こして創作の自由が許される状態にした側なので、そういうのに寛容なのだろう、と納得した。
読み飽きたという一言で済ませて良い単語じゃない気がしたけれど気にしないでおく。下手につつくと藪蛇になりかねない。単語が理解出来なくて耳を塞ぎにもこないジンゾウが内容を理解し顔を真っ赤にして怒りだすかもしれないという方面で。
「……一つ、聞いても良いか」
「勿論」
フリョウの言葉にアカが頷く。
「何故自分達がトクサツと話をしようとしているのに協力するのか、という問いだろう。簡単だ。革命を起こせば彼女は被害者になってしまう。彼女だけは加害者じゃないのに、革命による被害者になってしまうのは忍びない」
本当に話が早い。最善の返答がわかっているからこその効率化だろうが、現実世界でゲームの会話スキップみたいな事をされても反応に困る。
が、理解は出来た。
「革命を起こしたい。革命を起こすならターゲットは王族。けれどトクサツは加害者ではない。悪政に加担していない者を、親族だからというだけの理由で巻き込んでしまうのは……という事ね」
「ああ。その解決策、それも成功する確率が高い存在がまんまと俺の見た未来に転がり込んできてくれたから、これ幸いとその未来を選ばせてもらった」
人を煽る言い回ししか出来ないのかこの男。
「では、私たちがここでどうすべきか、どうしようかと考えて会議するのも時間の無駄でしかないだろうから率直に聞くのだわ。私達が目的を達成する為にすべき事は、何かしら」
「流石、話が早い」
く、とアカは口の端を上に向けて笑う。
紳士の見た目でありながら紳士には見えないニヒルな、どころか悪だくみをしているような笑みだ。
「どのルートでもお前はジンゾウの言葉と俺の魔法を信じてくれて、助かるよ」
「嘘を言っていないのなら、信じた方が話は早く済むのだわ」
「普通の人間はそうあっさりと割り切れないんだ。覚えとけ」
「覚えておいたところで私の人生に不要な考え方なのだわ」
他の誰かが割り切れなかったところで、私の人生には関係が無い。
・
ヒメ達は、アカの指示通りに動いた。
「えっ、これを月に一回飲むだけで生理痛が無くなるの!?」
「生やしたいところにこれを塗れば一発で……!? いや、俺はもう何度も騙され、え、お試し? そんな上手い事を言っても所詮その場しのぎの…………お、おおお俺の薄かった頭頂部に希望が!? 言い値で買おう」
「これを家族に盛れば……そう、殺すつもりなら二滴で良いのね。無味無臭なら何に混ぜても大丈夫かしら。そう。ええ、ありがとう」
「肩が……上がる……!?」
「ちょっとストレスで過食気味なんだけどこれも……えっ特効薬がある!? このお小遣いで足りるかしら!?」
「これさえあれば、私は男の体を捨てられるのね……?」
「ざまーみろぎっくり腰! わっはっはぁー!」
「一口で十歳分も……? 本当のようね。ええ、買わせていただくわ」
「うう……っ、娘に、娘に家にすら帰ってこなくて良いとまで言われた体臭とこれでおさらば出来るんだな……!」
上手く行き過ぎる程上手く行った。
ここをこう行くとこういった人間が居てこの人間はこれに悩んでいるから、といった事が書かれた紙を渡されたが、驚く程その通りに動いている。
いや、勿論その通りに動く未来をアカが選択したのでその通りになる未来以外は無いのだろうが、ここまで想定外が皆無というのは逆に落ち着かないくらいだった。
「……こんなにあっさり城に入れちゃ駄目だと思うなァ、オレ」
「…………それだけ深く悩んでいた事があるという事だろうが、マッド、幾ら指示書とはいえ無味無臭の毒は……というか何故そんな毒をわざわざ持ち込んでいた?」
「失礼だなあ、フリョウ。わたくし様はそこまで過激じゃないよ」
マッドのその発言を誰一人として信じなかった。これは駄目だろう、というブレーキを解除出来る人間が何を言っているのやら。
「疑いの目が痛い。本当、これは殺そうと思えば殺せるが、命を奪う類の物じゃない。少しの間頭の中が狂って、精神の病院へ強制収監されるような生き恥を晒すだけで済む」
「社会的な抹殺じゃないか!」
「命は奪っていないんだから非人道的ではないだろう?」
「ただ殺すよりもある意味非人道的に思うが……」
フリョウが叫んでドン引きするのも仕方ないレベルの劇薬。毒では無いが、いっそ毒の方がマシかもしれない。
少しの間、生き恥、という単語からしてやらかして少しすれば効果が切れて正気に戻るのが察せるのも恐ろしい。社会的に殺した後、それを自覚させて精神を殺すという二段構え。あの使用人が身内にどれだけの恨みを持っているのかは知らないが、即決で買うのを決める辺り大分キていた。
悲劇を好まないというアカの発言も本当のはずなので、そのアカがこうして指示している以上、彼女はそうした方が良いような状況にあるのだろうけれど。
少なくとも、この方法しか説得出来ないから仕方なく、という事はあるまい。無限大に近い未来が知覚出来るなら他の説得方法もあり得ないではないだろうし、出会わないルートだって容易く見つけられるはず。それをせずに売らせたという事は、そういう事だ。
「ええと、それでここを曲がればトクサツとそのお母さんが……」
「静かに」
指示書を持ったジンゾウが進もうとしたのを腕を上げた動作で止め、身を低くして様子を窺う。
部屋の中で何やら書類を整理している、輝かんばかりの、否、まるで本当に輝いているような美貌の女性がヒゲキ女王だろう。そんなヒゲキ女王の仕事部屋に、ヒメ達が覗き込んでいるのとは違う扉が開き誰かが入って来た。
「ママ、表通りで壊れて困ってた馬車を言われた通り助けてきたわ!」
弾けるような笑顔でそう告げるトクサツに、ヒゲキ女王は顔を上げずに言う。
「そう、よく出来ました。今から国へ帰ろうという使者を助けるトクサツはいい子だわ」
「本当!?」
「ええ。勿論、きちんと名乗ったのよね?」
「ええ! だってママにそう言われたもの」
「そうね」
その美しい顔は、トクサツを見ない。
「お母様の言う事を聞けていい子」
「……ねえママ、それじゃあ、僕の頭を撫で」
「トクサツ」
ヒゲキ女王は静かに告げる。
「お母様は忙しいの。わかるでしょう。大人しく出来るわね?」
そう言ってヒゲキ女王は顔を上げ、
「――いい子なら」
「……は、い」
その言葉に、トクサツは無理に作ったような笑顔で頷いた。
Q そういえば何でジンゾウは最初からヒメに好感度高かったんですか?
A 始めて交流した同年代の子だったからです。見た目は弱弱しいのに、全然弱くないところも特別に見えました。
Q だからちゃん付けに?
A そうです。子供扱いだからではなく、親しげな呼び方をする事で友好を深める、を実践しようとした結果です。交流に慣れてないので無作法になりましたが。
Q ジンゾウにとってやっぱりヒメは特別なんですか?
A はい。
Q 他のメンバーとも仲良さそうですが、彼らは特別じゃない?
A 友人です。大好き。特別大事なのは確かですが、ヒメは完全に別枠の特別。
Q ヒメと交流頻度が高いのと、異世界人云々を否定したから?
A 他にもジンゾウが最強ではないという否定、ジンゾウが作り上げていた上っ面の否定、という風に否定をくれるからです。諦めて受け入れるしかなかった事を、真正面から否定してくれるのはヒメだけ。
Q ヒメの方からも、ジンゾウは特別ですか?
A いいえ。一緒に居る友人だし親しくはしているけれど、特別という程ではありません。やたら一緒に居る相手、くらいです。一人でやるには限界がある為、訓練に毎日付き合ってくれてレベルの高い組手をしてくれる点だけ見れば特別。




