呼び出し
あれ以降、ヒメはジンゾウと共に居る事が多くなった。
ジンゾウの方から事あるごとに声を掛けて来るのもあるし、それを繰り返す為に気付けば周囲からもコンビ状態で認識されていたのである。ペアになる必要がある授業でもジンゾウに声を掛けられ、ヒメも特に拒絶する理由は無いからと頷き、というのがいつもの流れ。
王族や貴族が多いとは思えない程にフレンドリーな生徒が多い学園なのでヒメにもジンゾウ以外の友人は居るのだが、気付けばジンゾウが隣に居る、というのが日常になっていた。
「それで、私達に何か?」
相変わらずデリカシーの無いジンゾウに拳を入れたり、知識はあれども常識がどこかずれているジンゾウに注意したり、一緒に戦闘訓練をしたりしていれば学園に入学して気付けば半年が経過していた。
そんな中、ヒメとジンゾウの二人はテキトー先生に呼び出された。
特にペナルティを受けるような行いをした覚えはないので呼び出された先でそう問えば、テキトー先生は相変わらずだらしない着崩し方をした格好のまま、へらへらとした笑みを浮かべる。
「そ、用事。お前さん達、部活の届け出出さなかったからなあ」
「部活の届け出……あ」
「他のヤツらはとっくに出してるってのに」
そう、マナビヤ学園の高等部には部活がある。
魔法研究部、剣術部、馬術部、他にも娯楽を楽しむ為の部活なども多数存在しており、殆どが部活に在籍していた。
しかし、ヒメとジンゾウは部活に入っていなかった。
ヒメも最初は剣術部辺りに入ろうとしたのだが、多種多様な国籍が集まっているといってもあくまで部活という健全な範疇で行われる剣術では物足りなかったのだ。
強さが正義の国出身、それも頂点に君臨している母から直々に鍛え上げられ、更にその母をそこまで鍛え上げた父からも鍛えられているヒメにとっては一般的な鍛え方はぬるかった。それなら泣き言を言わないどころか汗すら掻かずについてくる事が出来るジンゾウと共に、実家でやっていたような鍛え方をする方が性に合った。
他の部活もわざわざ部活という形で参加する程の熱量は湧かず、結果的に部活に無所属状態だったのだが、
「ジンゾウもそうだったの?」
「うん。別に興味も湧かなかったし、ヒメちゃんが居ないなら所属する理由も無いからね」
「そう」
半年も一緒に居れば、ジンゾウのこういった言動にヒメもすっかり慣れていた。
「それでテキトー先生、部活無所属だと何か問題があるのかしら?」
「三ヵ月後にある祭りはなーんだ」
語尾に音符が見えるような声の弾み方でテキトー先生がにまりと笑う。
何かあったっけとジンゾウが首を傾げるのを横目に、ヒメは言った。
「学園祭、なのだわ」
「大正解! そう、父兄が集まる学園祭だ。折角の期間限定無礼講タイムな学園生活。卒業後は家業やらで忙しい生徒も多いからこそ、普段羽目外したりが苦手な生真面目君でも全力でエンジョイしやすいよう、バカ騒ぎの機会を設けようぜ! ってのがコレだな」
「確か学園祭は、部活ごとにそれぞれ好きな出し物をする、と聞いたのだわ」
「そう、部活ごとに、な」
テキトー先生はニッコリ笑って両手の人差し指でヒメとジンゾウを指差した。お前ら所属してないよなと、そういう笑みだ。
「…………見回りとか雑用とかをする事になるの?」
「いや全然? 部活に無所属であろうとも参加しろ! 寧ろ参加させる! 部活に入ってなかった事を後悔するんだな! といった意図により、部活無所属組は同じ学年の部活無所属組と共に演劇を披露してもらう決まりになってるってだけ」
「今から適当な部活に届け出を出すのだわ」
「残念、今の時期は受け付けておりません! ヒメは同じ部活無所属組のジンゾウと仲が良いが、他のクラスの部活無所属組とは話した事も無いだろ? 部活で他のヤツと交流したりが無い分、これを機に交流する機会を設けてやろう……」
と、
「いう気遣いに見せかけてやる気も無ければ交流も無い奴らがグッダグダな演劇を披露して微妙な空気になるまでを楽しむのが毎年の流れだ!」
「最悪なのだわ!」
「先生方の性格が悪い!」
「まあな! ちゃんといいこにしてる生徒が多いから先生側はそこまでストレス溜まってるわけじゃないが、楽しいは多くてなんぼ! 学園祭終了後の先生お疲れ様飲み会でどこがとびきりグダグダだったかを話すのが楽しいんだこれが!」
「本当に最、悪! なのだわ!」
「嫌なら三ヵ月で仲良くなって演技力も磨いて圧巻の演技を見せるこったな」
まあ無理だろうが、というのが滲み出ている笑みを浮かべてテキトー先生は何かが書かれた紙をヒメに渡した。
「これは?」
「名簿。お前ら以外の部活無所属生徒の名前とクラス」
「ヒメちゃん、見せて」
「はい」
身長差からしゃがんで覗き込もうとしていたジンゾウに紙を手渡し、ヒメは言う。
「もしかしなくとも、私達に彼らを探し出して、声を掛けて、諸々を説明して、その上で演劇の準備をするように言っているのかしら」
「ああ」
「私達の負担が大き過ぎるのだわ! 他のクラスの生徒ならそこのクラスの担任が呼び出して説明すれば良いのだわ!」
「オレもそう思ってたんだけど、残念ながらこないだ一年担当勢で飲み会行っての脱衣ジャンケンでボロ負けしちゃってなあ。モロ出しのまま泣きのもう一回を挑み、そして負けた」
「まさかとは思うけれど、まさか、その負けた分の負債が」
「部活無所属組への説明とかうちのクラスでやりますってなった」
「賭け皿に生徒への負担を足すなんてあり得ないのだわ! そもそも後が無くなってからの一戦をする事自体おかしいのだわ! ジンゾウ!」
「えっ何!?」
「ジンゾウも何か言ってやるが良いのだわ!」
まさかパスを出されるとは思っていなかったらしいジンゾウにヒメは叫ぶ。
「負債を押し付けられたと言っても過言じゃない立場の私達には、文句を言う権利があるのだわ!」
「そ、そうだね! テキトー先生!」
「はいはい」
「ヒメちゃんの前でだ、脱衣ジャンケンとかモロ……出し、とか、そんな破廉恥なワード出さないでください!」
「そこじゃないのだわジンゾウ!」
「こんなに小さくて幼いヒメちゃんには悪影響です!」
「 同 い 年 なのだわ!」
「あぅっ」
鳩尾に拳を食らったジンゾウは小さく声を上げ、しょんぼりしながら鳩尾をさすった。しょんぼり。
「……ちなみに、説明をされても拒否して参加しないと言う生徒が居たらどうするのかしら」
「ああ、それは大丈夫。当日に問題が発生したとかでもなく単なるサボりとして不参加キメようとしたら、演劇中の記憶がトぶくらいに本気の演技を見せてくれる事になるだけだから」
「……あの、文法というか言語というか、何かがおかしかった気がするのだわ」
「明らかに本人のキャラじゃないレベルのマジ演技を見せてくれるだけだよ。記憶が飛ぶのは、まあ一応の慈悲?」
「それは殺す時に苦しまないよう脳天狙う殺し屋型の慈悲なのだわ!」
「あ、でもそっか」
成る程、とでも言うようにジンゾウが納得の笑みを浮かべる。
「テキトー先生の魔法、洗脳ですもんね! そっか、不参加だと洗脳で演劇に強制参加になるんだ」
「え」
ジンゾウの発言。意味が理解出来ず思わず漏れたヒメの声。
「…………」
そして、無言かつ笑みを浮かべたまま、テキトー先生の目がギョロリとジンゾウの方を向いた。
「……あー、そっか、そういうのが見れるんだったなジンゾウは」
獲物を見定める蛇、を連想させる圧を放っていたテキトー先生は目を伏せ、あーあ、とため息を吐く。
「説明は受けたのに失念していた。成る程、異世界人由来の能力でオレの魔法を看破したのか」
「あ、はい。初日から……また俺やっちゃいました!?」
「本人が隠している事柄についてを、それを知らない人が居る場で公にするのは失礼だし、大問題になりかねないって、私何度も、 何 度 も ! 説明したのだわ!」
「ごめんなさい……」
「いや、いいよ。先に口止めしておくべきだったな」
叱られた犬のようにしょんぼりと体を小さくするジンゾウに、テキトー先生は笑って返した。
「だが、本当に気を付けろよ。危うくお前とヒメの記憶を弄くらないといけないところだった」
「ええ!?」
「あったり前なのだわ……」
本気で驚いているジンゾウを見て、ヒメは額を押さえながらそう言った。
「知られても問題は無い。でも切り札扱いで詳細は隠蔽。どの程度が出来る魔法かは知らないけれど、洗脳出来る魔法なら悪用防止の為にも知られていないくらいが丁度いい位置なのだわ。下手にバラせば、生徒を人質に取って魔法を自分の為に使えと言う愚か者だって出かねない」
「さっすがザカの姫、頭の回転が速い。じゃ、どういう危機があったかもわかってるな?」
「気付いていたジンゾウの記憶、そして魔法についてを聞いてしまった私の記憶の改竄。先程の演劇強制参加の話からして、洗脳によって記憶を残すも消すも可能のようなのだわ。初日の説明を思い出せば、これだけはやるな、といった命令も可能。場合によっては人格を根っこから改竄する事も可能、かもしれないのだわ」
「大正解」
ヒメの説明により、脳を弄られて記憶の改竄、最悪の場合は人格に影響あるレベルで改竄される危機さえあったという事にようやく気付いたのかジンゾウがはわわと震え始めた。反応が遅い。
「普通ならやる。その方が生徒側も安全だしな。だがオレはやらないを選んだ。それは何故か」
「……ジンゾウの記憶を改竄しても意味が無いから、なのだわ」
「俺?」
「ええ。だって偶然現場を見た、どこかで聞いた、ならその記憶を消してしまえば良いだけ。でもジンゾウの場合、能力でその人の魔法が見えてしまうのだわ。記憶を消しても、再び見ればまたテキトー先生の魔法についてを知ってしまう」
それでは意味が無い。
「洗脳でそこだけ認識出来なくするとか、その違和感にすら気付かれないとかも出来るでしょうけれど、異世界人の能力相手じゃどこまで出来るかわからない。根本的にどうにかしようとするなら異世界人の能力自体を洗脳で封印した方が良い」
けれど、
「ジンゾウが異世界人の能力を使えると既に知っている生徒は多く、その生徒達全員を洗脳してジンゾウの能力についてを封印し、加えてジンゾウが今までやって来た行動と違和感を抱く程の差が生じないよう記憶も調節し……という面倒を考えれば、普通に暴露して口止めするのが簡単なのだわ」
「お、俺、そこまで危機一髪な状況だったの……?」
「うーむ、座学成績も良いだけあって流石だな。百点満点超えて二百点満点の回答」
テキトー先生はニコニコだが、対照的に諸々を正確に把握したジンゾウはガタガタと震えていた。今から予防接種されると察した犬くらい震えてる。
「ま、そういうわけでお前達が全力を尽くしてもどーーーーーーーしても協力してもらえない時はオレが手を出す。脳とかに。なのでお前達は気にせず協力してくれる相手と協力し、練習し、普通に参加して微妙な出し物を演ってくれ。不参加のヤツは飛び入りで完璧な演技をするから本番も安心だ」
「犠牲を出したくなければ何が何でも全員参加させろっていう脅しじゃないですか!」
「お前が暴かなければオレだってここまで明け透けに言わなかったんだがなあ」
「ジンゾウが悪いのだわ」
「ええ!?」
そんなあ、とジンゾウは再びしょんぼりと肩を落とした。
ヒメの転生者としての記憶について。
・地続きというより前世と今世という区切りがしっかりある。
・生前の知識や価値観もあるが、ベースはヒメとして生まれてからの知識と価値観。
・人格もあくまで今世のヒメとしてのもの。