ヒゲキ女王
ヒメがジンゾウと共にいつもの空き教室に戻れば、そこに居たのはマッドだけだった。隠れていようと主張が激しいユニコーン頭の姿が無い。
「あら、マンガは?」
「ひたすら何かをノートに書き連ねているかと思えば、」
マッド曰く、
「将を射んとする者はまず馬を射よ、外壁攻めだ!」
と、
「叫んでどこかへ行ったよ」
「相変わらず理解不能な方向性で元気なようで何よりなのだわ」
最早呆れもせず通常運転とさえ思う。
そう思いながら椅子に腰掛ければ、すぐに空き教室の扉が開いた。
「お待たせェ~。トクサツがちょっと厄介な状態になってるっぽいって情報とその他仕入れて来たよォ、ってあれマンガは?」
「外壁を攻めに行ったそうなのだわ」
「へェ、何にもわかんないや」
まあいっか、とライトもさらりと流して腰掛けた。理解不能な行動に出るマンガについて慣れた人間しか居ないのでこういう対応になるのもさもありなん。
もっとも、許容量が大海原のように広いコミュ力カンスト系なライトにもそういう対応をされてるのはどうかと思うけれど。
「とりあえずまず報告! テキトー先生曰く、トクサツは」
「母親からの連絡により自主退学という申請があったものの、教師側はトクサツも同意しての事かわからず休学扱いにした、でしょう?」
「そう! ……えっ何で知ってんのヒメ!?」
「イマドキの魔法で学園内の最新ニュースを調べて貰ったのだわ」
「トクサツさんの地元であるエンタメ国についても調べて貰ったけど、市民の不満が酷い事と他国に与えるものだから自国の物資が困窮気味って感じみたい。トクサツさんとの関連性は現状不明とはいえ、ちょっと不穏な気配漂ってた」
「うっわァ」
ヤな感じィ、とライトが口をいーっとさせる。
「私達が得た情報は以上なのだわ。ライトとフリョウは?」
「オレ達は無所属部っていう意味不明な部活メンバー扱いになってこの空き教室が部室になったこと、マッドがトラウマ植え付けて泣かせた新入生はテキトー先生がメンタルカウンセリングで記憶をぼかしてくれたってことの二つ」
「前半も色々聞きたいけど、そういえば被害者が出てたのだわ……」
「マッドさん……」
「虫が居て怖くて忘れ物を回収出来ない、という状態を何とかしたのは事実だろう?」
ヒメとジンゾウの胡乱な視線を受け、マッドは当然のようにそう返す。
「その過程がどうであれ、そして目的達成後に目的達成以外の分野で問題が起こったとしても、わたくし様の管轄では無い。忘れ物を回収する、という目的は達成させてあげたじゃないか。何より、その件について先生が何とかしてくれたと言うなら、それ以上わたくし様が何かをするのは逆に悪手というものだ」
「開き直ってるとかじゃなく、素でこれだものね」
名前に恥じぬマッドなサイエンティスト。祖母がイカレタ、父がクレイジーという名らしいので名前負けしないご家族だろうというのが滲み出過ぎている。もう少し名前負けした真っ当な倫理観を抱いていれば世界の為になっただろうに。
まあ、今の段階でも世界の敵にはなっていないのでギリギリセーフと思っておこう。
「ほんとにね。でもそのお陰で創作するわたしなんかはめちゃくちゃ助かるっていう。本人が服用してエッチな意味で大変な事になっちゃうルートでも実験体に使用してアッハンなっちゃうルートでもいまいち先に進まない二人に提供してイチャラブさせるルートでもすべからく美味しい。万能食材よありがとう」
「ただいまの前に言う事かい?」
万能食材扱いされたマッドは、ガラリと扉を開けて入って来たユニコーン頭に動じた様子も無くそう返した。
「じゃあ遅ればせながらただいま戻りました、と」
「あ、マンガ、オレ達の情報は」
「大丈夫大丈夫、こっちの様子どうなってるかを確認する為にこの元空き教室、現わたし達の部室内をちゃーんとスコープで見聞きしてたから。トクサツが退学の危機っていうのもバッチリと」
いえーい、とマンガは親指を立てる。
「だからってマンガさん、あんまり破廉恥な事を言うのはちょっと……」
「口から滑り出した欲望は仕方ない。というか多分そっちが過敏なだけだと思う。ご馳走様」
「どうでも良いけど早く耳を塞ぐ手を退けて欲しいのだわ」
マンガが入って来た途中から耳を塞がれていたヒメは、ようやく解放されてふぅとため息を吐いた。手の大きさで全然防げていないので無駄だというのに。
「それでマンガ、外壁を攻めると言っていたようだけど?」
「うん。スコープでヒメ達の会話を覗き見してたらトクサツがとんでもない状況に陥ってるっぽいっていうのを聞いちゃったから、じゃあ黒幕っぽいトクサツの母親、ヒゲキ女王についての情報を集めた方が良いかなと思って」
「……成る程」
将を射んとする者はまず馬を射よ、とはそういう事か。城を攻める前に外壁を攻め崩すのは確かに定石。素早く情報を得て、その対策用にと下拵えで先手を打とうとするとは中々に有能。将来的にこういった人間が部下に居たら助かるだろうと思えるフットワーク。
一方顔色を悪くしたフリョウがライトに背を撫でられているが、まあそちらは無視して良いだろう。
「それで、マンガさんはそのヒゲキ女王についての情報を得られたの?」
「うん。創作部のタンビ先輩から」
「タンビ先輩って、確かユウシャ先輩の後を継いで文章組リーダーになってたよね」
「その通り! そしてタンビ先輩の得意はティーンズラブ系統! 有名どころの夫婦についての情報を多く持ち、夜の営み含めた大人の交流を描くタンビ先輩ならきっと知ってるだろうと思ったのさ!」
「ヒメちゃんの前でそういうワード言わないでってば!」
またもや耳を塞がれたヒメは飼い主がウザい時の猫みたいな顔になった。
それにどちらかというと破廉恥方面より、有名どころの夫婦ということはうちの両親も何かしらの作品化されているのでは、という方が気になる。
母は面白がりそうだが、父は羞恥心とプライバシー侵害と個人の趣味である事と誰かの頑張りを否定するなんて事は、という思考で唸りそうだ。
・
マンガはスコープで大体を把握し、素早く創作部文章組が活動する部室へと向かった。
今回の件での黒幕、キーキャラクターと言えるヒゲキ女王についてを知るべきだと思ったからだ。何よりトクサツのこれまでの言動からしても、トクサツ母であるヒゲキ女王はかなり重要度が高い。
なら、そこを押さえる。
「というわけでお邪魔しにきました!」
「何が!?」
マンガ側から勝手に認知していて情報がっつり得てて何なら作品にもバンバン出してる生徒はしこたま居るが、実際に交流、それも詳しい説明をしてくれるレベルで好感度が一定数ある相手となると限られる。
その為、入部こそしなかったが交流のある創作部文章組のところへとやって来たわけだ。
「って、マンガじゃない。どうしたの? あ、トショに用事? ごめんなさい、トショは今わたしの新作を読んでくれてるから、それを見終わるまでは反応してくれないと思うわ」
「いや、用事があるのはタンビ先輩にだから大丈夫」
「わ、わたし!? そんな、わたしはそこまで楽しめるような人間関係してないし……」
照れたように長い髪を押さえたタンビ先輩だが、笑みは据え置きのまま、すぐに顔に影を落とした。
「……本当、ネタになるような事なんて……わたしの人生、華々しさが全然無いし……書いてる作品こそ華々しくて夢いっぱいで心が締め付けられるような大人の恋愛って評価されてるけど、実際はそんなお相手なんて居た事すら……」
ヤバい、病みスイッチが入ってしまった。
タンビ先輩は通常なら頼れる優しい先輩なのだが、ネガティブスイッチが入ると病むので危険。しかもこういう時に優しい言葉を言うともっと自己肯定感を高めて欲しいと縋りに来るので尚の事危険。
マンガはユニコーンの被り物の中で冷や汗を垂らし、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「…………わたしは、本当、全然……美人だとも言ってもらえるのに何で誰も好きとか……いや作品とかは言ってもらえるけど、男の人に好きですって言われた事なんて……」
美人かつ成績優秀、病みモードにさえ入らなければ性格も良いし面倒見も良いタイプなので単純に高嶺の花になってしまっているのだが、本人にその自覚は無いらしい。
あとそれを本人に言うと、もっと言って! と好感度爆上がりからのメンヘラルート突入しかねないので危険。タンビ先輩は女性相手でもメンがヘラる。
「なのに、なのにユー君は……本人全然恋愛に興味無いどころかそういうの考えるのは面倒臭いと言わんばかりの態度だったのに……どうしてユー君はわたしより先に恋人を……!」
「ご、ごめんなさ……」
「ああっ違うのよオハナちゃんわたしユー君とオハナちゃんの事応援してたから二人が結ばれて嬉しいの! 本当よ!」
本当に本当だから! とタンビ先輩は震えて涙目になっているオハナを抱きしめて撫で始めた。良かった正気に戻ってくれて。
そう胸を撫で下ろしていると、制服をくいと控えめに引っ張られる。
「あ、あの、マンガくんはどうしてタンビ先輩に用事が……?」
身長差によって上目遣いでそう問うのは、同じ国の生まれであるヨンコマだった。
もっとも同じ国と言ってもヨンコマの着ている特注された改造制服でわかる通り、彼女は王族なので立場はそこまで同じではない。
まあ、とはいえ自分達の生まれ故郷であるオタク国はマンガの父親による革命で王族の力はほぼ皆無になり、現在は国の象徴という形で残っているだけなのだが。実際に政治をしたりといった事も無く、ただひたすらに尊い存在というだけである。
「ちょっと個人情報が欲しくて」
「タンビ先輩のですか!? は、はわ、マンガくん×タンビ先輩だなんて新境地が……!?」
「いや瞳をキラキラさせられてもそういう意味じゃなく、タンビ先輩の持ってるネタ帳から個人情報が欲しいって方面」
お互いの父親が交流を持っていたので交流少な目の幼馴染みたいなものだが、革命家の息子相手に革命された王族の娘が心を開きまくりなのはどうなんだか。酷いビビりの人見知りなのにマンガに対してはやたら心の壁がうすっぺら。
うすっぺらな理由は二割は元々知っているから、八割は被り物で顔を隠しているから、という気もする。だってヨンコマはそういうタイプのコミュ障だから。
「わたしの持ってる個人情報?」
申し訳なさで泣いていたはずのオハナがにこにこ笑顔になったからか、タンビ先輩が通常モードのままこちらに意識を向けてくれた。ほっ。
「そう、ヒゲキ女王についての情報が欲しくって。前に彼女を題材に書いてましたよね?」
「え、ええ。カメン王とのラブラブから、カメン王が居なくて寂しい彼女を慰める部下まで五種類くらい書いたけど」
その五種類の本が公になったらめちゃくちゃ国際問題なのでは。
マンガはそう思ったが、創作の自由を謳っているオタク国の生まれなのでその考えに蓋をした。この作品はフィクションです。断じて貶める目的があるとかではなくあくまでこういう世界観も楽しいなというだけの創作物。現実の人とごっちゃにするのはナンセンス。
だが、その人を描くとなればその人自身を知らねばならない。
ガワを借りただけのコレジャナイ感溢れる作品では、最初から別人という扱いで出した方が作品としては上等になる。
「ヒゲキ女王って、どんな人ですか?」
「ううん……調べはしたけど、あくまで調べられる範囲の情報しかないわよ?」
そう言い、タンビ先輩は部室内にある棚からファイルを取り出した。
作業こそ恥ずかしいので自室でする派と言っているタンビ先輩だが、自室にはエッチな資料が多くてかさばっているのでそれ以外は部室に保存しているとのこと。
「あ、これこれ。ええと、ヒゲキ・ヒーロー。結婚前はヒロイン家の令嬢で、ヒゲキ・ヒロインという名前だったわ。元々は彼女のお姉さんがカメン王の婚約者予定だったけど、実際に会った際、カメン王……当時はカメン王子だけど……はその場に居たヒゲキに一目惚れ。ヒゲキ側もプロポーズに頷き、二人は電撃結婚という形に」
「それ、姉との関係最悪になるやつじゃ」
「ええ。その後実家との交流も無いみたいね。家としては娘が王家に嫁いだ事に変わりないけど、嫁いだ以上娘は婚家の者だから、って」
全部を説明してもらうのもなんなので資料を覗き込もうとするも、ひょいっと躱された。
「……雑多に集めた資料だから恥ずかしいのよ」
「その照れ仕草パーフェクト」
マンガは懐から出したノートに今の仕草と表情を即座にスケッチで描き残しておいた。超絶ラフだが残しておいて損は無し。本人を登場させるかはさておき、仕草と表情は他のキャラクターにも流用出来るので素晴らしきシチュは残しておくのが自明の理。
「えっとぉ、それでその素敵に夢いっぱいの結婚をした二人はどうなったんですかぁ?」
「…………」
わくわくした様子でオハナが目を輝かせる。対照的に、ヨンコマはひたすら悟ったような微笑みを浮かべていた。恐らくヨンコマはタンビ先輩の作品を読了済みであり、そこから何となくの輪郭を察しているのだろう。
「夢いっぱいの結婚をした二人だけど、カメン王はヒーロー家当主として世界各国を巡っては人助け。新婚なのに一緒に居るどころか二人っきりにすらなれない状況。しかも姑であるトクサツが相当に厳しい人だったみたいで」
「待った! え、トクサツ!?」
「ええ。区別の為にトクサツ様って呼びましょうか。そのトクサツ様にかなり厳しくされたみたいで、王家の妻として足りないヒゲキを導いていらっしゃる、というトクサツ様寄りのコメントから、幾らなんでもあれは嫁いびりの度を超えている、というヒゲキ寄りのコメントまで」
まさかトクサツの祖母もトクサツという名前だったとは、とマンガは驚いた。
確かに国によっては同じ名前を付ける家系が多かったりする時もあるし、ミドルネームでひたすら繋げていく家系もあるけれど。
「そんな中でもヒゲキは無事長男を産むが、出産後数日でトクサツ様が教育の為にと連れ出してしまい、ヒゲキは会う事すらかなわない状況へ」
「そ、そんな事まで公開されてるんですか!?」
「いえ、今はどうも隠蔽されてるみたいで調べるのが大変だったわ。でも当時の新聞は残ってるから、あとは図書館の方にある世界各国の新聞を参照したの」
図書館。つまり学園の図書館だろう。読みやすい本が詰まった図書室と違い、ガチの研究論文から個人の作った十部限りの同人誌まで存在する図書館。
マンガのような人間は扱いきれない程の宝の山と称し、本を苦手とする人間は気が狂うような絶望的空間と称する場所。
成る程、確かにあの図書館なら当時の新聞も当時の勝手な風評本もキッチリしっかり残っているわけだ。
「ただ、どうもここから問題が起きたみたいで……新聞ですら書けない事があったんだと思うわ。その長男、センタイが生まれてから九年後に長女を出産、とあるの。でもそれから間もなくに、トクサツ様が隠居、というのがあまり大きくなく書かれてる。明らかに裏がある書き方よ」
「当時、こうして文章として残すのは憚られるけれど、この書き方で市民が理解出来るような裏側があった……?」
「多分だけどね。そしてそれ以降、長男であり跡継ぎであるはずのセンタイについて、一切の情報が無い。トクサツ様が隠居するまでは時々話題に出ていて、彼の治世はどうなるのか、といった話もあったのに。新聞を読んだ限り、センタイの話が無いまま、気付けばトクサツが跡継ぎという形で広まっていたわ」
「これさてはホラージャンルですね」
「生憎、リアルジャンルよ」
現実はこれだから。夢いっぱいの結婚だっただろうに夢が無い。ラブラブ夫婦を期待していたオハナはヨンコマにしがみ付きぷるぷる震えている。
「結婚してから現在までのヒゲキ関係は、本当にこんな感じ。あとはとびきりの美貌を持っている事、外交時にその美貌で人々の心を魅了する、って記述もあったわ」
確かに、何やらトラウマを植え付けられたらしいフリョウも、
「……とてつもなく美しい人だった。そう、並み大抵の人間なら脳をとろかされるだろうという程に尋常じゃなく美しい人ではあったんだが……」
と言っていた程だ。美しさを上回る恐怖があったようだけど、それだけの恐怖でも霞まない美しさがあると思って良いだろう。
「わかっているのはこのくらいかしら。どこと外交したか、といった情報も要る? カメン王との交流が無くて寂しいヒゲキ女王を体で慰めるシチュエーションの為に相性が良さそうな相手が居る外交国調べたからわかるわよ」
「国際問題を全力で煽りまくってるなこの先輩」
「えっ!? そ、そこまでじゃないわよね? ね、そうよねヨンコマちゃん!?」
「え、えええええと、はは、はい、たぶ、多分、だいじょぶです。うちのお父さんとお母さんはそういうの気にしませんし……」
「目が泳ぎまくってるわよヨンコマちゃん!」
慌てだしてしまったタンビ先輩をどうどうと落ち着けて、マンガは問う。
「それよりもタンビ先輩」
「それよりって、わたしの今後が危うい危機なんだけど……」
「それよりも、そのヒゲキ女王なんですが。トクサツとの仲はどういう関係でしたか?」
「え? さあ」
即答。反射と言っても良い速度だった。
どうだったか、と考える前にその返答が出る辺り、引っ掛かる情報すらも無いという事か。
「資料を探してると、子供想いではあるみたいなのよね。でも何だか……一緒に居る姿は全然見られてないって感じ。トクサツと一緒の写真は外交で同行した時っぽいのが幾つかあったけど、何ていうか……トクサツはヒゲキ女王を凄く意識してる笑顔で、なのにヒゲキ女王の方は、トクサツを一切見ていない顔、っていう……」
それはまるで絵画のように、近くに居る誰かを気にしてもいないような微笑み。
タンビ先輩はそう言った。
「新聞に載ってる写真で見てもとんでもないレベルで美しいから、最初は気付かなかったんだけどね。でも、何度も見てると違和感に気付いちゃって。目を焼く程に美しい人なのに、何だかこう、立派な彫像を見てるみたいで温度が無い……って言うのかしら。文字書きなのに言語化が出来ないけど、そんな感じ」
「……成る程」
これは相当に根が深い事柄かもしれないぞ、とマンガは被り物の中で冷や汗を垂らした。
・
マンガの得た情報を聞き、部室内は見事にお通夜な空気となった。
「……トクサツは母親に対し、心配になるような慕い方をしてたのだわ。何だか刷り込みの気配も感じていたけど……」
「…………刷り込みは、そうだろうな。俺が目撃した会話からして、母である自分を優先しないトクサツが悪い、という価値観を刷り込んでいるように見えた」
フリョウの言葉に全員が引いた。否、マッド以外が引いた。
「それにしても兄であるセンタイ、か。居るけど居ない。居ないけど、居なければ困る。トクサツはそう言っていたね」
そう呟くのは、フリョウの言葉に平然としていたマッド。
「マッド、トクサツの兄について知っているの?」
「ああ。どう言い方を変えても口を噤んでくるから薬を盛って吐かせた事がある」
今度は全員がマッドに対しドン引きした。そういう事をしてくるタイプだとは知っていたが、前科があるかないかは大きい。マジでやりそう、と、マジでやった事がある、の重さは違う。
「一応弁明しておくと、きちんと説明をし、同意を得た上で服用してもらったから騙し討ちじゃないよ」
「マッドさん、僕に何も言わずお茶に薬盛った事あるよね」
「君、飲まなかったじゃないか」
「オレとか飲んだお茶のせいで丸一日全身が虹色に輝いて歩く眼精疲労って言われたんだけどォ?」
「そんな事もあったね」
「…………俺は言葉が全て猫の言語になるという、脳の言語野を弄ったとしか思えない症状が出た」
「ああ、お茶を警戒されていたから市販品そっくりに作って市販品に混入させた薬入りクッキーだったかな。毒に分類されるのか回復魔法が効かなかったお陰でしっかり調べる事が出来て良かったよ。解毒も出来る回復魔法だったら折角盛った新薬が無駄になるところだった」
この会話の通り、実際既に何度か前科はある。被害が辛うじて少ないのでまたやってるなという扱いだったが、情報を秘匿していたので自白剤を盛った、という内容は流石にアウトだ。
魔法で倫理観というブレーキも操作可能だとは知っているが、常に倫理観のブレーキを緩めた状態にしているのは勘弁してほしい。
しかし、マッドは全く気にしていない様子で続ける。
「トクサツ曰く、トクサツの兄は祖母に酷い事、恐らく虐待をされ精神を病み、自身を平民と思い込むようになったそうだ。脱走をよく試みるらしい。トクサツとの会話は数回。兄からすれば姫であるトクサツは妹と認識出来ないようだとも言っていた」
「うわァ、そりゃ新聞には載せられないな」
「……恐らく、祖母の方のトクサツが隠居した理由もそこにあるだろう。跡継ぎの精神を壊したとなれば、責任を取って隠居……実質幽閉に近い隔離状態にするのが妥当だ」
闇が深い。まさか、トクサツが登校していない、という始まりからここまでの闇を発掘してしまうとは。これが金山だったなら最高のゴールドラッシュだが、残念ながら発掘されるのは友人家庭の闇ばかり。
「これ、友人である生徒がどうにかしようとしてどうにかなる問題なのかしら」
「教師側は生徒全員を人質に取られてるも同然だから、王族相手にむやみやたらと動けないってさ。外部からの圧力を発生させる可能性があるからって」
ライトを見れば、テキトー先生のお言葉、と言っていつも通りの笑みで肩をすくめる。
「でも、生徒が自主的にヤンチャな行動をする分には、今後教師側が彼らの動向には気を付けておきます、と言えば外部を納得させられる」
「……そう、テキトー先生がそう言ったの」
「明言はそこまでしてなかったけどねェ」
教師側は協力出来ないが、トクサツが同意している可能性は低く、これがトクサツの為になるとは思えないと教師側も判断している、という事だ。
本当にトクサツの為になる、またはトクサツの存在が必要不可欠な状態に陥っているとなった場合、教師だって大人の判断をするはず。なのに焚きつけるような事を言うなら、それは、そういう事だろう。
「まあ、どうしたいかを決めるのはトクサツさん自身だから……せめてトクサツさん自身の言葉で、どうしたいかだけでも聞きたいよね」
まったくもってその通りなジンゾウの言葉に、全員が頷いた。
ヒゲキ女王とトクサツが写った写真について。
・たおやかに微笑むヒゲキ女王。
・ヒゲキ女王を見つめるトクサツ。
・ヒゲキ女王はどの写真でも同じ笑みを浮かべている。
・トクサツはヒゲキ女王を見ていたり、写真によってはカメラの方を向いていたりする。
・トクサツは常にヒゲキ女王の近くに居る。
・ヒゲキ女王の写真に関する評価は、とても美しい、が殆ど。
・トクサツの話題がほぼ出ない程、常にヒゲキ女王の美しさが話題に出る。
・稀にトクサツの話題も出る。
・トクサツの話題の場合、トクサツは母親を見ているのに母親のヒゲキ女王は娘に微笑みかけている様子が無い、という評価が多い。
・ヒゲキ女王がトクサツに微笑みかけている写真もあるが、ヒゲキ女王は他の写真同様の微笑み。
・どこか絵画のような、柔らかくも生きてはいないような笑み。
・しかし大半はヒゲキ女王の美しさを評価する為、それ以外の、主にトクサツに関しての評価は埋もれがち。
とてつもない美貌の前には、人の頭はくらくらと惑わされる。
けれどそれを飽きる程に見続ければ、違う姿が見えてくる。




