不穏な始まり
長期休暇が終わり、ヒメはマナビヤ学園へと戻った。
休みの間に卒業式と入学式が行われた為、知らない顔が居るなあと不思議な心地。タイムスリップを体験したら恐らくこういう感覚だろう。
まあ入学する側からすれば先輩方が不在の間に学園内を確認したりが出来るので、変に緊張せず探索出来るのは良い事だろうが。
ちなみに寮は荷物の運び出しやらが面倒だという生徒側の主張と、手続き増えるのは困るからという教師側の主張により移動は無し。二年になったらこっちの二年寮に移動して、なんてものは無い。同じ寮で三年過ごし、卒業したら長期休暇中に掃除や修繕が入って整備され入学式でやって来た一年生が入る。そういう仕組みだ。
「お待たせ、ヒメちゃん。ご飯貰って来たよ」
「ありがとう、ジンゾウ」
「ううん、ヒメちゃんの役に立てたなら嬉しいな!」
ジンゾウはニコニコ笑いながらヒメの前に小盛りの卵丼を置き、自身の前に自身の分のどんぶりを置く。
「ヒメちゃんは休暇中どうだった? 楽しかった?」
「ええ、楽しかったのだわ。向こうだからこそ出来る訓練も出来たし、やっぱりお父様とお母様直々に指導されるのは全然感覚が違うもの」
「あ、そういう感じなんだ」
「お母様からお父様との馴れ初めを聞いたりもしたのだわ」
だから別に戦闘特化過ぎてはいない、と主張しておく。確かに訓練が楽しかったのは事実だが、母親とコイバナ染みた会話でキャッキャと楽しむ乙女心だってちゃんとある。
「ジンゾウの方は?」
「ヒメちゃんに会えないのがすっごく寂しかった!」
「そういう意味で聞いたんじゃないのだわ」
「でも本当に寂しかったんだよ! 学園に来てからずっとヒメちゃんと一緒だったから」
「一緒に居たというよりはジンゾウが自分から寄って来ていたのだわ」
「笑って会話出来る環境じゃないっていうのを痛感しちゃった。ご飯も少ないし美味しくないし」
ふぅ、とジンゾウは思い出してため息を吐く。
「能力を使えるのは良いとしても僕自身の人格は求められてないから、僕の人格が前よりも個人としてしっかりした輪郭になってるのを凄い貶されたりもしてさ」
「聞かない方が良い話な気がしてきたのだわ」
闇を隠す気が無いのかこの駄犬。そちらの事情に巻き込みかねない闇を吐露するのはやめてほしい。
「まあでも、僕に優しい人も居るから大丈夫。そういった一部の人達が僕をこの学園に入学させるよう説得してくれたし」
「……確かにジンゾウの話を聞く限り、この多様性を凝縮したような学園に入学させそうにもないのだわ。その一部の、ジンゾウの味方だろう人達はどうやって説得を?」
「んー、色々と……僕の元になった異世界人は学生だったみたいで、学園に通わせる事で外部からの影響により当時の人格が復活する可能性もあり得る事、加えて多種多様な魔法持ちが居る場所に送る事で使用可能な魔法の数を増加させた方が後々に役立つ……とかで上の人達を説得したって言ってた」
「ああ、そういえばジンゾウは一度見れば相手の魔法が使えるんだったわね」
「説明だけ聞いて想像でそれっぽい魔法を使う事も出来るけど、やっぱり既存の魔法を実際に見て真似る方がムラの無い出来になるから」
えへへ、と照れているが内容は全然可愛くない。
大体こんな感じかな、の想像で魔法を新しく作るなんて前代未聞。実物を知らないまま噂だけを聞いてそれを再現、というのと同じ。知らない言語を最低限のヒントだけ聞いて解読するに等しい。
一人一つだけしか魔法が使えないという道理を跳ねのけるのが異世界人だとは知っているが、何という理不尽。見本のようなチート。そこに加えて完璧な模倣も出来る上にステータスを見る事で能力を最大限活かす事も出来るとあれば、ジンゾウに逆ギレする人間が居ても不思議ではないとさえ思えてしまう。
とはいえ正直それよりも、異世界人の子と言われているはずが、元となった異世界人だの当時の人格だのという言い回しの方に酷い闇を感じるものの、一先ず気付かない振りをしておこう。理不尽な異世界人の能力についてしか考えてない。そうしておいた方が色々と平和だ。
「まあ、それに反対する派閥も居るんだけどね」
「ジンゾウが学園に通う事に?」
「そう。外部の干渉があるから大半もあんまりいい顔はしてないけど、特別反対している一部の人の主張は、つまり前の……まあその辺は端折るけど僕じゃない人格が蘇るのをあんまり良い顔してなくて」
何も隠せてない。
ようやく駄々洩れ過ぎな事に気付いたらしく誤魔化しが入ったが、蘇るという言い方をしている辺り何も隠せていない。頭を隠したつもりで殆ど全身が露出している。
いや大丈夫。ギリギリまだヤバさが全身を見せつけて来た段階であり、その詳細は見えていない。まだモザイクが仕事している。ヒメはまだジンゾウの闇の詳細については何も知らない。
「ほら、また自殺とか抵抗とかされても面倒だ、ってなっちゃうみたいでね。だから素直に言う事を聞く今の人格の方が」
「ヒメ! ジンゾウ! 仲良く食事中のところに割り込みたくはないし出来れば遠くから観察していたかったんだけど同じテーブル使っても良い?」
「構わないのだわ」
「良いよ!」
「良かったー!」
見慣れたユニコーン頭が安堵したようにそう言って同じテーブルへつく。
あまりにも隠せていない話に対してどう誤魔化して気付いていない振りをしたら良いかとヒメも冷や汗を垂らしていたので、ありがたいユニコーン頭だった。ナイスタイミング。
「いやあ、二人が居てくれて良かったよ。助かっちゃった」
「それにしてもどうしてマンガさんが? いつも遠くの距離から魔法を使ってこっちを見て来るのは知ってたけど、珍しいね」
「あれ、気付かれてた?」
「うん」
被り物で分かり辛いが視線を感じたのでヒメもジンゾウに続いて頷いておく。あれだけ念が籠った視線を向けられて気付けない程のぬるま湯育ちではない。
心地よくは無いが悪意も無い為、まあ見逃して良いかと知らんぷりしていただけである。
「それがさ、新入生居るでしょ? 被り物にすっごいビックリされちゃって。席は空いてるけど食事の邪魔になりそうだからこっち来た」
「……まあ確かに、見慣れた私達はともかく、新入生からすれば食事に集中出来ないのはその通りなのだわ」
被り物の首のところにある隙間から食べ物をちまちま入れて食べるという、何とも不便極まりない食べ方。いっそ口元だけ晒すように被り物をずらせば良いのに。
「というか、外す気はないのかしら」
「食事時だからこその隠れたイチャイチャを顔面崩壊させずに見ていられる自信無いし。あと元々この被り物、馬の目の位置に穴開いてるから横しか見えない視界不良型でね。それでほぼ常にスコープを発動させる事で視界的に問題無し状態となり、魔法の性能向上が出来る上に相手に気付かれず」
「つまり要約すると?」
「今更人前で外すの何かちょっと恥ずかしいし。それならメイクで顔だけ女装した方が晒せる」
その感性もどうかと思うが、実際に演劇の際はそうしていたので何も言うまい。
結論がおかしい事に関しては突っ込まない。マンガ相手に言うだけ無駄。
「あ、三人揃ってる。オレ達も一緒して良い?」
「ライト、フリョウ。勿論私は構わないのだわ」
「僕も」
「ネタ提供二人分増加万歳」
「マンガのそれはオッケーって事で良いのかなァ」
「…………」
笑いながらライトが座り、その隣に無言のまま少し頭を下げたフリョウが座る。
「そういやマンガ、オハナの恋が成就したって話は聞いた?」
「まってライト何それ聞いてない聞けてない! 結局休暇前の時のオハナ、先輩の迷惑になりたくないからって乙女な理由で告白しない事にしたって言ってたのに!」
「だよねェ、オレもビックリ」
オハナとは確か、創作部文章組に所属している同学年生徒だったはず。学園祭で会ったらしいフリョウとトクサツからそう説明を受けた。
「でもユウシャ先輩からもタンビ先輩からもオハナからもヨンコマからもトショからも手紙で報告が来て」
「わたしだけ除け者!? トショ、ちょ、せめてトショだけは教えてくれてもいいじゃんあんの野郎!」
「部活でのお別れ会で起こったらしいしねェ。あと、マンガに伝えるとすぐにネタにして作品に昇華するから不慣れな本人達がうっかり教科書扱いして変な事になっても困るし、ってさ」
「ぐ、うぐ、我ながら筆が早いせいで……!」
ユニコーン頭が悔し気に俯いてテーブルを叩いた。丁度後ろを通っていた新入生が怯えていたので可哀想になる。紙の上で表現される妄想はともかく、三次元的にはユニコーン頭を被って変な発言をする以外は無害なのだが。
「というか何が起こったのか詳細を! ライトが言うって事はもうわたしが知っても良いという事では!?」
「うん」
食事を頬張りながらライトが頷く。
「っていうか朝にトショから頼まれた。俺から報告すると何で休暇前に言わなかったんだ休暇中に十五冊は描けたのにってキレてうざったい絡みされるから面倒臭い、ライトからなら波を立てずに報告出来るだろ、って」
「トショ!? ぐ、くそ、わたしの事をよく理解しているのは嬉しいしその通りだけどだからこそうらめしや……あいつとわたしのイチャラブエロでも描いて読ませてやろうか。いやでもあの読書中毒普通に読むからな……モブ攻めトショ受けにしても普通に感想言う姿しか浮かばない! 悔しい! わたしに出来る唯一の攻撃なのに!」
「詳細聞かない?」
「聞く!」
流石コミュニケーション能力に優れたライト、あっさりした動きでマンガの意識を逸らしてみせた。
・
それは長期休暇目前の日。部活仲間で集まってのお別れ会。
オハナは部活に入った初日から丁寧に書き方を教えてくれ、取材の仕方、どういった形で作品に活かせば良いかを教えてくれたユウシャ先輩が好きだった。一目惚れに近い胸のときめきを作品に昇華すれば皆に褒められて、ユウシャ先輩にも褒められた。
でもユウシャ先輩はオハナが好きな甘い物は得意じゃないし、オハナが好きな甘々キュンキュン話も得意ではないらしい。作品に恋愛を盛り込む事はあっても、あくまでユウシャが書く作品のメインは戦闘や主人公の成長だから。
「だから、告白はしない事にしたの」
「そそそそんな! 勿体無いですよ! 卒業しちゃったら会えるかわからない以上今しかないのに!」
「えへへ、そうだねぇ」
ヨンコマちゃんは優しいので心配してくれたが、オハナは言わないでおくと決めたのだ。
自分の恋心がユウシャ先輩の邪魔になってはいけない。実家は貴族御用達のパティスリーとはいえ、本物の、それもかなり地位が高い貴族家系出身のユウシャ相手に気持ちを告げたところで困った顔をさせるだけ。
いつか、こんな素敵でドキドキする恋をしたと、そう物語に昇華出来たら良いなと思いながら、気持ちは告げずにおくと決めた。
なのに、
「オハナ」
「はっ、ひゃい!」
何故二人きりになっているのかわからない。
タンビ先輩にちょっとついて来てと言われてついてきたらユウシャ先輩が居た。
「後は若いお二人で」
タンビ先輩はそう言って楽しそうに部屋を出て行ってしまった。多分確信犯だし、ユウシャ先輩に頼まれて呼びに来たんだと思う。だってタンビ先輩、ユウシャ先輩の幼馴染らしいし。
正直言って距離が近いし見た目もクールでスマートな二人なので絵になってもやもやしちゃう時も何度かあったわけだが、しかしこれは一体どういう状況なのか。
「俺が何故オハナをここへ呼び出すようタンビに頼んだか、わかるか」
「わ、わかりましぇん!」
「そうか。なら端的に言おう」
「ひえっ!?」
手を取って握られた。
何かに夢中になった時のユウシャ先輩は無意識に距離が近くなる人なので、手を握られる事は時々あった。けれどオハナが顔を真っ赤にしているのを見て、オハナはあまり男と接触するのが得意ではないと認識し、そういったうっかりがないようにと気を付けていた。
そんなユウシャ先輩が、手を取って、しっかりと握ってくる。
手の甲を親指でなぞるようにして手の感触を確かめたかと思うと、そのまま指を絡めた形につなぎ直す。もうその時点でオハナの頭はパンクしそうだった。最早これは都合のいい夢を見ているのではと思う程。
ふわふわした心地の中、真剣な顔でユウシャ先輩が言う。
「俺はオハナを、多分、きっと、愛している……のだと、思う」
「端的どころか曖昧ですよ大丈夫ですかユウシャ先輩!?」
「……甘い物が苦手な俺の為に特別に甘くないお菓子を作ったと言ってくれたり、しただろう」
「え、あ、はい」
「他にも色々、オハナは俺に特別と言ってくれた。他の誰にも渡していない、俺だけの特別だと」
「言いましたぁ……」
ぷしゅう、とオハナの頭から湯気が出る。視界が潤んでよく見えない。指を絡められた状態のまま、超至近距離にユウシャ先輩の顔がある事しかわからない。
「それが俺以外の誰かに向けられるかもしれないと考えると、こう、胸の奥に不快感があった。モヤモヤする、具体的な輪郭が掴めないものの不快感と称せる感覚だ。それをタンビ達に相談したら、オハナが俺に向ける笑顔を思い出せと言われた」
「お、オハナちゃんの……?」
「ああ。お前の笑顔を思い出すと、俺は嬉しい気持ちになる。頑張ろうという気持ちになれる。だが、俺に向けるのと同じ笑顔を他の誰かにも向けていると考えた時、それも俺の知らない男にそんな笑顔を向けていたらと思った時、とても許せないと思ってしまった。想像上の相手の男を悪役にしてオハナを奪い返す短編が出来上がってしまう程に」
「えっユウシャ先輩の突発短編ですか!? 見たい!」
「そうか。後で見せる」
ちょっと嬉しそうな顔をしながらそう言って、ユウシャ先輩は額が触れあう程近くに顔を寄せた。
「、きゃ」
「オハナ」
目が、近くて、
「俺は、俺だけのオハナを独り占めにしてしまいたい」
「ユウシャ先輩……」
「もしかしたらお前も俺と同じ気持ちなんじゃないかと期待した上でこう言っている。勘違いだったら容赦なく言ってくれ」
ユウシャ先輩が言う。
「それらを踏まえた上で、お前の返事を聞きたい。オハナ……お前は俺と同じ道を、歩んでくれるか?」
言葉が出ない。胸の奥がぎゅうっとして、締め付けられるみたいで、なのに沢山の何かが胸の内側で限界まで膨れ上がったような感覚。
喉まで埋め尽くすような勢いで膨らんで、息も全然出来なくて、顔が熱くて、頭がとってもくらくらして、目の前の瞳がとっても綺麗な事しか考えられなくて、
「お、オハナちゃんも、ユウシャ先輩と同じ道を、あ、ある、歩きたいですぅ……!」
「!」
どうにか言葉を紡ぎ切れば、目の前が弾けた。
否、弾けたのはユウシャ先輩の表情だった。普段あまり表情が変わらないユウシャ先輩が、目を見開いて、目をキラキラさせて、口角を上げて、口を開いて、それはそれは嬉しそうに笑っている。
「そうか!」
その言葉と同時に体を圧迫される感覚。気付けば隣にはユウシャ先輩の髪。じわじわと移ってくる、ユウシャ先輩の高い体温。鼻を掠める安心とドキドキの匂い。
それに気付いた瞬間、キャパオーバーによるオーバーヒートでオハナはぷしゅうと気絶した。
・
それぞれの手紙から何があったのかをかなり細かく理解しているらしいライトが説明を終え、ドリンクを飲む。
「っていう感じの事があったんだって」
「見たかった! どうしてわたしは覗き見をしていなかったのか! 悔しい! 悔しい!」
「オレに言われてもなァ~」
あはは、と軽く笑って流しながらライトはマンガの背を叩いて励ます。誰かを励ます姿が異様に似合う男だこと。
「……私はそのオハナという子とは関わった事が無いけれど、恋が成就したのは良い事なのだわ」
「うんうん、今後も仲良く素敵な関係を築いて欲しいよね!」
ライトの言葉に頷き掛け、ヒメはふとジンゾウの様子がおかしいことに気が付いた。
「どうして貴方が照れているの? ジンゾウ」
「えっ!?」
ほんのり赤く染まった頬を隠すようにジンゾウは大きな手で両頬を覆った。
「い、いやその、こういう恋愛話ってあんまり聞く機会もないし、知らない人であっても生徒って事は身近に居る人の話だから……」
ジンゾウはよくヒメを可愛いと言うが、こういった反応をこそ可愛いと称するべきではないのか。
そう思ったヒメはいつもの仕返しを兼ねて随分可愛い反応だと言おうとし、
「…………」
そう言っている自分の図があまり面白くなかったのでやめた。仕草を可愛らしいと思ったのは事実だが、どうして高身長ゴリラ型駄犬に可愛いと言わなければならないのか。あと単純にジンゾウ相手にそう思うのが不愉快。
なのでヒメは既にお腹が膨れたものの相変わらず三分の一程が残っている卵丼を差し出した。
「ところでジンゾウ、お腹が膨れたから頼みたいのだわ」
「あ、う、うん! 任せて!」
ジンゾウがお椀を受け取り、ヒメが難儀していた残りを一口でパクリと食べ切った。ここまでサイズが違うと根本的に違う生き物なのではと思えてくる。
「相変わらず仲良しな上に当然のようにお残し処理をする図ご馳走様です」
「あ、良かった復活した」
ユニコーン頭は知らん。ライトはそんなユニコーン頭に対しても良かったと言える辺り、ちょっと人間としての善が強過ぎる気がする。変な人間に騙されないか心配になってきた。
「でもジンゾウ、よく食べるよねェ。ヒメの食べ切れなかった分を食べてるのは前から見てたけど、自分の分も食べてるのに。もう既にどんぶり四つ分食べ切ってるよね?」
「……言われてみれば」
一瞬きょとんとしていたジンゾウは、ライトの指摘に自身の前にある空のどんぶりを見てそう呟く。
大盛り用の大きなどんぶり。しかも四つ。それぞれネギトロ丼、いくら丼、海鮮丼、うな丼という魚介類どんぶり。優れた体格があるとはいえ、それをあっさり平らげている。
「オレだったらお腹痛くなっちゃうなァ」
「……お前は冷たいものに弱いからな」
「それェ~。マジでそれっスよフリョウ。暑い時期とか冷たいもの食べたいのにお腹壊しやすくなっちゃうからヤなんですよねェ」
ライトのお腹事情はさておき、
「そういえば、出会った頃は小さいおにぎりで充分と言っていたのだわ。気付いたらもうこの量になっていたけれど」
「確かに……何でだっけ。僕の分の量が多ければ、食べるのに時間掛かるヒメちゃんが気まずくなる事も無く喋っていられるかなって思って少し多くしたのは覚えてるけど、気付いたらこのくらい食べれるようになっちゃった」
「…………お前はヒメと共にハードな運動をしているだろう」
「ジンゾウとヒメでハードな運動……!?」
「マンガ、よくわかんないけど今すごく変な念発しなかった?」
「…………」
テンポを崩されたフリョウは酷く険しい、慣れていれば困っているとわかる顔になったが、どうにか持ち直したらしく再び口を開いた。
「……運動量の分、摂取する量が増えているんじゃないのか」
「いや、今までどんな運動をさせられても空腹感は無かったし、最低限の燃料さえ入れれば活動可能って感じだったから多分違うと思うんだけど……何でだろ?」
「…………運動量で無いのなら、精神的なものか」
「精神?」
「ああ」
フリョウが頷く。
「食事を楽しいものと認識し始め、好きな味、嫌いな味がハッキリとわかるようになり、食べるという行為そのものを満喫する。その可能性はあるか」
「そ……れは、あるかも。学園に来てからヒメちゃんと食べるようになって、食事の時間も楽しいなって思うようになったかな。朝も昼も夜も一緒に食べてるから」
「ご馳走様です」
「マンガさんまだ食べ切ってないよね?」
ヒメはジンゾウの肩を叩いてあのユニコーン頭は気にするなと無言で首を横に振った。前世の記憶によってヒメには何となく意図がわかるが、あんなもん理解出来なくて良い。
ジンゾウはきょとんとしていたがヒメの意図が通じたらしく頷き、改めて空になったどんぶりを見る。
「完全に無意識だったけど、うん、そっか。僕、食べるって事を楽しいって思えるようになってたんだね」
「前はそうじゃなかったの?」
「活動不可能にならないようにとりあえず食べれる物を少し入れてたけど、栄養を気にしなくても問題無かったから、あんまり?」
「栄養は大事だよ!?」
「ら、ライトさんそんなに反応しないで? 本当に大丈夫なんだ。ほら、今は食べてるし、昔は調べても何食べたところで体内の栄養状態に変化が出なかったから素早い補充方法を選んでただけで」
「本当に大丈夫なんだね?」
「大丈夫!」
「なら良いけどォ……」
尚も心配そうにじっと見て来るライトと、その隣で同じく険しい目付きで見て来るフリョウ。そんな二対の目に見られたジンゾウは苦笑しながら、大丈夫大丈夫と拳を握ってアピールしていた。
「ちょっといいかい?」
そこに、声が掛けられた。聞き慣れた声だ。
「マッド。マッドも食事?」
「まさか」
ヒメの問いにマッドは薄い笑みで返す。
「わたくし様は携帯食料で充分。足りない栄養も自作の薬で賄えるからね。わざわざ人の多い場所で時間を掛けて顎を疲労させ体内のエネルギーを消化に使うより、栄養補給を一分以内に終わらせてやりたい研究を進めた方が効率的だ」
「ジンゾウより心配な人来ちゃった」
「……隈の時点で睡眠時間も心配だったが、異様な華奢さも気にすべきだったか……」
「問題無いと言っているだろう?」
マッドは自信ありげに腕を組んで胸を張った。
「万が一があっても、そういった時用の薬は作ってある。昔からうちの家系が栄養失調や睡眠不足、他にも過労といった症状で致命的な病状になる事は少なくないからね。対策も万全さ」
「対策の方向性違くないかなァ!?」
「貴様それを対応策とは決して認めんぞ!」
「結果的に問題は無いのだから良いじゃないか。爆弾を抱えるのは必然である以上、爆発しても再生出来るようにしてしまえば良いだけの事だよ」
「まず爆弾抱えんなって話なんだけど!?」
「しかも爆発しない方向性にするどころか爆発前提で考えているところも許しがたい!」
「ああもううるさいな。わたくし様の健康状態はどうでも良いだろう。そんな事よりも、だ」
納得していない二人に対して片手をひらひらさせて適当にいなし、マッドが言う。
「トクサツを見ていないかい?」
「トクサツを?」
「ああ。彼女を実験体として試したい薬が既に五つ程出来上がっているのだが、中々あの教室に来てくれなくてね。そこで聞きたいのだけれど、トクサツと同じクラスになった者は?」
全員が首を横に振る。
学年が上がった事でクラス替えがあり、それぞればらけた。ヒメとジンゾウだけはまた同じクラスだったし、担任がまたテキトー先生だったので何か作為的なものを感じたが、まあ良い。
ともかくヒメとジンゾウ以外はそれぞれ別クラスに振られたようで、クラス内で誰かの顔を見る事は無かったのだが、
「トクサツと会えていないの?」
「どころか、そもそも学園に来ていない可能性が限りなく高い」
「えっ!?」
まさかの言葉に思わず大きな声が出た。
「確かに困っている人を見かけたら遅刻しそうでも人助けを優先しそうなのがトクサツなのだわ。でも、既に授業が再開してるのに?」
流石にそれまでには帰ってくるはずだ。そういった決まり事を守ってこそヒーローだと、トクサツはそう主張していたのだから。
「なのに見かけていないから不思議なのさ。しかも、念の為君たちに意見を聞こうと思って食堂へ来る際、ベンチの上の忘れ物に虫が乗っていたせいで回収出来ず半泣きの生徒が、助けて、と確かに言った。なのに彼女は来なかった」
「距離のある屋上からでも即座に反応して駆け付けるトクサツがそれに無反応だなんて……学園内に居たなら、絶対にあり得ない事なのだわ!」
「っていうかマッドさん、その困っている生徒は助けたの?」
その言葉に、マッドは至極不思議そうに小首を傾げた。
「何故わたくし様が見ず知らずの新入生にそんな慈悲を与えると思うんだい、ジンゾウ」
知ってた。ジンゾウもその返しを察していたのか仏みたいな表情になっている。
「まあ、直接的では無いが一応助けてあげはしたさ。結果的にね」
「えっそうなの!?」
「それを望んだんじゃなかったのかい?」
「いや、まあそうなんだけど」
驚きの反応を見せたジンゾウにマッドは再び首を傾げるが、まあいいかと判断したらしく続けた。
「わたくし様はその新入生に、新薬を飲ませてあげたのさ。苦手な物に対して、苦手と思っていた分だけ、好意を抱くようになる薬だ。認識機能を少しずらすようなものだが、まったく、トクサツが居た方が既に沢山の情報を確保している分実験結果も確実性が高かったのに」
「慈悲でも優しさでも無くひたすら無慈悲な実験台じゃないか!」
「ちなみに被検体は虫に頬擦りする程の状態になっていたが、効果が切れると同時に先程まで抱いていた感情が無くなり、尚且つ記憶は残っていたせいで虫に好意を抱いたという事実すらも嫌悪すべき感情に上書きされたらしい。可哀想なくらいに泣いたり吐いたりしていたね」
「ひ、非道……」
「あんまりなのだわ」
「エロ系の創作物、特にNTRジャンルでは役立ちそうな薬だけどリアルでやるのは尊厳破壊だと思う」
「病院や医者、薬とか、あとは注射が苦手って人には診察前に飲んでもらえば好意的に診察させてくれるかもしれないなァ。どう思いますフリョウ」
「……好きだからこそ、定められた量以上を摂取しようとしたら厄介だ。薬と注射は尚更用法容量の危険がある。もし好きの程度をある程度操作可能なら、先程言っていた効果よりも苦手意識を緩和させるくらいにした方が役立つだろうな」
「前半はよく聞く言葉なので特にこれといって何も思わないが、後半二人は新しい案をありがとう。参考にさせてもらうよ」
流石マッド。通常運転。いや、ライトとフリョウも何を真面目に考えているのかという感じだが。
「しかし今のわたくし様の言葉でもわかる通り、トクサツは確実に学園内に居ない」
「あ、確かに……泣いて吐く程の状態に陥った新入生の嘆きをトクサツが聞き逃すわけもないのだわ」
「助けて、を聞き逃す事があっても、本気の悲鳴に駆け付けないなんて事は無い。このままではわたくし様の想定していた二年生時の新薬開発に掛かる時間を延長させなくてはいけなくなる」
ああ、とマッドがいつも通りの表情にほんのわずかな憂いの色を乗せて言う。
「頑丈で人を疑わず、質問に全て答え、素直に薬を飲み、その後も被検体になってくれる都合のいい人間を再び得るのも難しい以上、何としてもトクサツを連れてこなくてはね」
「あまりにも自分本位過ぎるのだわ」
「わたくし様が生きているのはわたくし様の人生だ。何を当然の事を」
自分が自分の人生の主役であり、他者にその道を譲る必要は無い。そもそもその他者だって自身の物語と道があるのだから。
今のマッドの言葉は、そういう意味だろう。
正直言ってタカラザカもわりとそういった思考なので、ヒメには何も否定出来ない主張だった。
「ところでマッド、創作の参考にしたいんだけど五種類の新薬って?」
「まず巨大化薬。トクサツの目的を達成する為に、人体に無害で衣服ごと巨大化するよう調節した」
「基本的に自分本位なチョイスで作るマッドがトクサツという自分以外の存在の為に薬を作ってるのも良いし、ただ願いを叶えるだけじゃなくかなり難易度高いだろう調節をする事でトクサツの夢を壊さない配慮しているところも大変に最高」
「そこまでかい?」
「だっていつも絶対気にしないでしょ!?」
「まあそうだね」
「他には?」
「本やメモといった物に触れると、そこにある真意を読み取れる薬」
「ください」
「空腹状態で写した文字を読み取ったところで、お腹が空いていたんだろうな、以外は読み取れないよ。作品に込められた真の意味がわかると同時、切羽詰まった状態で本を書いていた場合はその焦燥感なども読み取れる」
「ください」
「ふむ。興味本位で作ったものだから服用したところでこれといってメリットは無いけれど、マンガ自身がそこまで望むのなら実験に協力してもらうのも有りかもしれないね。でも、何でそこまで欲するかは理解出来ないな」
「読者に答えを求めるスタイルの本とか、執筆途中で作者がお亡くなりになられた本とか! そういった物の! 真意が! わかるなら!」
「成る程」
「それに現代の価値観では理解出来ない文化も多量に含まれた、しかし現代でも通じるような、昔に書かれた最高に素敵な恋物語の真意とかもわかる! 解像度が高まる!」
「へえ。まあそれに関しては実験前に聞くよ。次は、何を食べてもレモンキャンディーの味にしか感じないようになる薬。効果時間を測りたくてね」
「何でわざわざレモンキャンディー?」
「自分から娯楽作品を読む事は無いが、新しい発想に繋がるからとマンガが貸してくれただろう? そういった描写の本を」
「ま、まさか初めてのキスはレモン味概念!? つまりこの薬を服用していればどんな乙女もファーストキスがマジでレモン味に、しかもキャンディーだから甘さもあるというシチュエーション的に最高な状態が」
「あとはこれ。髪質を変えるシャンプー」
「髪質!?」
「君から借りた本で、作中人物が自身の髪質を気にしていた。わたくし様は髪の状態なんて、うっかり髪の毛が材料の中に混じってしまったり、髪に試作品が付着したりすると困る、といった感情しか抱いていないが、作中人物的には重要なようだったからね」
「それだけで、髪質を変えるシャンプーを……?」
「髪の柔らかさ、ウェーブなどはそのままに、湿気によるうねりや膨らみを防止するタイプにしてある」
「そういうのに悩んでる人からすると喉から手が出る程欲しいヤツじゃん!」
「え」
「? マッド?」
「…………いや、作中人物が湿気によるうねりや膨らみを気にしていたが、他の作中人物から通常時の髪を褒められている描写もあった為、既存の髪質についてはそのままに外的要因による不快点が改善されるよう作ったんだが……喉から手が出る程かな、これは」
「人によっては」
「そうか。残念だね。複数人に試してもらって持続時間や継続効果、他にも人体的に害は無いか、そもそも目的通りの効果が発動し続けるのか等色々と調べたかったけれど、お蔵入りかな」
「何で!?」
「喉に手を突っ込んででも欲しいと言われるような物は、狙われるんだよ。お抱えになれと脅されて面倒だ。わたくし様も家族も、ただ自分の好きな事をしていたいだけだからね。レシピを渡すのは問題無いが、これを作り続けろと命令されるのは気に食わない」
「……要らんこと言っちゃったな……」
「いや、実に助かる意見だったよ。わたくし様では気付けない観点だった」
「うーん、有用性を考えるとあんまり喜んじゃ駄目なような……」
「ちなみに最後は、三時間以上浸す事で対象を真珠に変化させる薬だよ。液跳ねで真珠化しても面倒だから、三時間以上浸す事を条件にしてある。ちゃんと生き物には影響が出ないようになっているバージョンだが、どのくらいのサイズまで対応可能か調べたいと思ってね」
「……あの、マッド?」
「何だい?」
「生き物に影響が出るバージョンもあるの?」
「元々そういった形で作ったから、勿論。ただこういった人体に害を及ぼす、加えて世間一般的に価値が高い物に変化させる、といった薬は為政者が欲しがるんだ。戦争をしてでもね。そして自分好みの男なり女なりを使って人間大の物を作ろうとする」
「あー……想像つくし何なら創作のネタにもなるヤツだ」
「そういった実体験が何度かある祖母の意見により、人体に無害なバージョンを作る事になった」
「実体験!?」
「祖母が若かった頃、周囲は治安が悪かったみたいでね。まあ一見治安が良くなったように見えても、為政者の価値観は意外と変わらなかったりする。わたくし様達の存在自体が炎なのだから、そこにこういった油を注ぐのは駄目だろう?」
「……何というか、意外と常識あるんだなあって思った」
「失礼な。常識くらいはあるとも。意図的に無視をしているだけでね」
「駄目じゃん」
「出来ない事、出来ないとされている事、不可能に違いないと断言されている事に喧嘩を売るから楽しいんじゃないか。常識通りに何かを作ったところで、何番煎じかもわからないお茶を飲むのと同じだよ」
「うぐぅ……! ある種既存から抜け出さないジャンルの中で新作を生み出し続ける創作者に対して刺さる一言を……!」




