それぞれの帰省
フリョウは学園に残り、忙しくしていた。
「……ここまで酷使されようとは……」
「吾輩には出来ない精神面を回復出来るという優れた魔法なのが悪い。肉体的な疲労を回復する上に、この激務で無事なところなど無い程にささくれだったメンタルを直せるのだから。しかもセルフで回復も可能。実に有能だ」
「…………」
コワイ叔父さんは有能と言っているが、便利だという副音声が駄々洩れている。
実際頼む側からすればこれ以上無い程に便利なのはわかるが、だからといってここまでやらされるとは。
「……毎年こんな激務じゃ、先生方はコワイ叔父さんの魔法でも間に合わずに倒れるんじゃないのか……?」
「ま、例年これならな」
保健室に入り浸りながら作業をしているテキトー先生がカラカラ笑いながらそう言った。
「今年だけ特別に忙しい。何でかわかるか?」
「……いいえ」
「お前が助けてくれるから♡」
「………………」
「おいおいそこまでわかりやすく嫌そうな顔するなよ」
基本的な表情変化は険しい顔になっていると言われるフリョウだったが、今だけはわかりやすく嫌そうな顔をしていた。
否、単純にヤンキー家であるコワイ叔父さんの顔付きに慣れているからテキトー先生が見分けられるだけかもしれないが。
「……何故、俺の存在が」
「お前の魔法がどこまで有用か測れる。ついでにオレ達の仕事も、無茶が出来る分そりゃあもう捗る。お互いに限界ギリギリまで、それこそ最後の一滴まで絞るような頑張りをしなきゃいけないが、結果だけを見ればお互いに良い事尽くめだとは思わないか?」
「その対価として尋常じゃない疲労がありますが」
「そこは必要経費だ。諦めろ。学園に残れという指示にお前が従った以上、やるしかない」
ニヤァ、とテキトー先生は嫌な笑みを浮かべる。
「それに、助けを求める患者を見捨てられないだろう?」
「…………」
「フリョウはそういう立場だからな」
「……立場関係無く、救えるなら救います」
「うんうん、そういうところをオレ達はガンガン利用する。今の内にキャパ広げられるだけ広げとけ」
何だろう、言質を取られてしまった気がする。
「ちなみにこの案な、実を言うとお前の母親からの発案だったりするんだ」
「……母、ですか」
「うん。お前の母親結構怖いのな。いや美人なのはそうなんだが……見た目厳つくて中身優しいコワイやお前を知ってると、見た目厳つくて中身もマジモンな事にビックリした」
「ああ……」
確かに、見た目や圧はともかくとして内面は穏やか寄りが多いヤンキー家において、母であるガチは常に一直線の本気を見せる。
適当が一番良くないと力説し、適当やろうもんなら本気で怒号を放つような人だった。
「……まあ、ガチはそういう性格だからな」
うん、と小さな声で呟いて頷くのはコワイ叔父さん。
フリョウの母を姉に持った弟として、色々理不尽な目にも遭ったのだろう。前髪に隠れているその目は遠い目になっているのがわかる程、広くて筋肉質な背中がすすけている。
「ハァ」
まったく、長期休暇だというのに全然休めていない。
故郷に帰った彼らは、楽しい休暇を過ごしているんだろうか。
・
ライトは死ぬほど忙しくしていた。
「親父! カルテ出した!」
「そこに置いとけ! あとジドウの方の手伝いも! 今年は子供が多い!」
「はァーい!」
指示ばっかり出してくる上に、少しでもサボろうもんなら患者の前だろうと雷を落とす父、エスエフの言葉に従いライトは早歩きの速度で子供用の病棟へ移動した。
「姉ちゃ……姉さん、来たよォー」
「あー、ライト! みんなー、ライトお兄さんが来てくれたよ!」
「「「わぁーい!」」」
「あはァ、元気だー」
子供達と遊んでいた姉の言葉一つで、姉の近くに居た子供達が一斉にライトにじゃれついてきた。子供によってはよじ登ろうとまでしてきている。まあ子供の時に見た大人ってよじ登りたいよなァ。わかる。
「それじゃあライト、お散歩お願い出来る? その子達のお散歩の時間なんだけど、術後の経過を確認しないといけない子が居て……」
「あー、良いよ姉さん気にしなくて。良い子達ばっかだしね。行ってらァー」
「良かったー! ありがとうライト! それじゃあ皆、お姉ちゃんちょっと他のお仕事してくるから、ライトお兄さんと一緒にお散歩しててね!」
「「「はーい!」」」
子供達に手を振り、姉は早歩きで去って行った。
子供好きで子供達にも好かれる姉がああも素早く移動するという事は、本当に術後の経過が心配な患者が居るんだろう。それに、今年は確かに入院している子供が多い。
見た限りではそこまで症状が大変そうというわけでもないが、成る程、こちらのヘルプに回されるわけだ。
「じゃ、行こっかァ」
子供達の元気な声を聞きながら、ライトは友人達の事を考える。
他の皆は、休暇をさぞ楽しくエンジョイしている頃だろう、と。
・
マッドは実験をしていた。
「ふむ……これで巨大化薬は成功、と。ではもう少し改良しないとね」
「ふん? 私様から見れば、充分に完成しているように見えるが」
祖母のイカレタは、マッドが巨大化薬を使用した野菜を試食しながらそう言った。
「食した私様に影響が出ている様子も無い。あくまで、この薬を直接服用しなければ問題は無い。一体どこに改良の点が?」
「生き物に使用出来るようにしたいのですよ、婆様」
「へえ。どうしてかな。興味があるから聞かせてもらおう」
「友人が、試してみたいようなので」
トクサツは巨大化にやたらと夢を抱いていた。
他にもヒーロー家の祖がやってみせたという、腕からビームだの変身だの、どこからか飛んできた大きな物を合体させて巨大な建造物にするなど、そういった奇々怪々な色々をやりたいらしい。
明らかに無茶なのが幾つかあるが、まあ出来るところからやって行こう。今後も円満に実験体を続けてもらう為には、ある程度のリターンを餌として与えるべきだ。
「人間に使用した場合問題が無いよう、そして身に着けている衣服に影響が出ないよう、色々と調整をしなくては。しかし経口摂取で衣服にも効果が出せるようするにはどうしたものか、と」
「ええっ!? 待って待って、マッドちょっと待ってちょうだい!」
「何でしょう、母様」
祖母に質問しようとしたら、父の手伝いをしていたはずの母、ヤサシイが慌てた様子で、しかし目をキラキラさせて頬を紅潮させながらマッドの腕を掴む。
「マッド……学園でお友達が出来たの!?」
「ええ、まあ」
正確には相手の願いを叶えるという餌を用意する事で確保した実験体だが、学園祭準備以降は友人という関係性の範囲内になっている気もするので間違いでは無い。
そうして考えれば、付き合いが長いトクサツ以外のメンバーもそれなりの頻度で関わるようになっている為、友人と呼んでも良いかもしれない。
一般的に、ある程度会話を交わし、相手の顔や名前を知っていて、相手の好き嫌いを一つ二つは知っている状態であれば友人という名称を用いる関係性になるらしい。客観的に観察していた結果、そういう定義なのだろうとマッドは判断している。
つまり、友人だ。
「まあ、まあ、まあ! 素敵! 素敵だわ! マッドにお友達が出来たなんて!」
「ヤサシイ、出来ればこちらに戻って僕様の手伝いをして欲しいんだが」
「ごめんなさいあなた、そっちは後で! 今はそれどころじゃない一大事なの!」
母からすれば最愛の相手だろう父、クレイジーを後回しにして、母は廊下に向かって叫ぶ。
「お義父様! マトモナお義父様! マッドに学園でお友達が出来たんですって!」
「何だと!? おいおい何だその一大事は!」
凄い勢いで祖父のマトモナが家に併設されている研究所に飛び込んで来た。
「マッド! ダチが出来たってそりゃ本当かよ!」
「ええ、まあ、はい」
「一人か!? ま、まさか、複数……!」
そう問われ、先程の定義を思い出す。
付き合いが長く、交流の頻度が高い程に親しいという区分になっていくらしい。つまり、
「親しい友人が一人と、まだそこまで親しくは無いけれど、仲良くしている友人が五人」
「ごにっ……!?」
「お義父様! 気をしっかり!」
何故かこの年でもわりと屈強なはずの祖父が眩暈を起こしたらしくふらついた。珍しい。普段はこれでもかという程に元気で、毎朝雄たけびを上げながら山を三周する人なのに。
「おや、マトモナともあろう人が珍しい症状だね。薬は要るかい?」
「要らねえよ! これは嬉しさと嬉しさ由来の衝撃による眩暈だ!」
「何か嬉しい事でも?」
「お前な! 孫が! それもこんっだけお前や倅の血が濃い孫娘が! 他人を全て実験体としか見ないようなサイエンティスト家の血が色濃く出ていながら! 友人が出来たと言ったんだぞ!」
「それが?」
「もう死んでも良いってなる程には一大事のお祭りじゃねえか!」
グッと拳を握って力強く力説する祖父に、祖母が頷く。
「へえ」
その目はいつも通りに温度が無く、内心を測り辛い。
「とりあえず君が死ぬのは困るから、マッドの友人を友人じゃなくした方が良いのかな?」
「やめろ何もすんな。あくまで比喩だ。マジでポックリ逝くわけねえだろ」
「そうかい。それは良かった。君には私様が死ぬまで、ずっと一緒に居てもらわないと困るからね」
「お前を置いておちおち死んでられるわけねえだろ危なっかしい」
何かよくわからないが、危うく実験体と距離を取らされるところだったようだ。これは危なかった。祖母はやると言ったらやるし、やると言わなくてもやる人なので本当に危なかった。祖父に感謝しなければ。
「それでそれで? ねえマッド、お友達とはどんなお話をしたの? ね、ね、お母さんに聞かせてちょうだい!」
「そこまで気になるものでしょうか?」
「当然よ! 母親だもの! お父さんに似てるマッドだから、人付き合いが無理って程では無いでしょうけど、でも仲良くなるってところまではいけないかもって思ってて……」
「何だ、僕様の悪口か? ヤサシイ」
「事実よ! もう!」
どうやら一人では作業が続けられないと判断したらしい父が、作業を中断してやって来た。
「あなたってば他人が裏切れば実験台に出来るからって、まず自分から仲良くしようともしないんだもの!」
「するだけ無駄だろう」
「無駄じゃないわ! いえ、そんな考え方のあなたの血を引いてるからこそ、マッドもそんな感じじゃないかと心配してたけど……どうにか出してくれてる時々の手紙でも、研究内容の報告しかしてくれなかったけど……それが! そんなマッドが! そんなマッドから! お友達の話が聞ける日が来るだなんて!」
母がハッと何かに気付いたように立ち上がる。
「そうだわ! お茶を用意しなくっちゃ! しっかりたっぷりと聞きたいわ、マッドのお友達の話!」
「いえ、わたくし様は実験の続きを」
「すぐ用意するわね!」
サイエンティスト家の者は基本的に自分の研究を優先する癖がある。
母もそれで苦労したらしく、しかしサイエンティスト家には本気で嫌な事以外は強く押せば通ると知って以降こうしてゴリ押すようになったとの事。
まったく、父が若い頃、上手に対処してくれていれば母もこんなやり方を覚える事は無く、この場でごり押しされることも無かったのに。
しかし一般的な長期休暇というものは、こうして親族に学園での事を報告するものなのかもしれない。
・
マンガは歓喜していた。
「うっひゃー!」
「んひひひひひ。そうでしょうそうでしょう。さっすが我が息子! 私の好きな作品の良いところをよおっくわかってる!」
「いやもうこれはわかるよ! うわ、エロが一切ないのに繊細な色気がヤバくてヤバい」
「それな~~~!」
父のユリがうひうひとにやけながら同意する。男臭い男前が完全に台無しの顔付きになっているが、しかしそうなるのも納得な作品だった。顔面の筋肉をふにゃふにゃにするヤバい薬品が沁み込んでるに違いない。そのくらい顔がにやける神作品。ありがとう神。
「息子よ、ボクの方も買っておいた神作品があるんだけどね」
「読む~~~~!」
母のバラが差し出してくれた本を受け取る。表紙の時点で既に神作品なのが確定しているが、やはり確認の為には読まなければ。そうです確認の為です。嘘自分が読みたいからです。自分の欲望に嘘をついちゃ駄目ってそれ一番大事な事だから。
「ああもう一ページ目から神作品なの伝わってくる……この作品が読める世界とこの作品を生み出した作者とこの作品を作る事が許される世界にしてくれた両親に感謝」
「いやいやあ、私はそこまでの事はしてませんぞ?」
「ああ。まあ、ボク達はあの規制が許し難く、それ故に火種が発生した瞬間に大爆発を起こしたと、それだけの話さ」
うん、と両親はお互い見つめ合う。
「正直言って私的には男同士の恋愛とかウワキツ案件で見た目がほぼロリみたいなのならギリセーフか、いや無理かも……みたいなとこがあるのでマジ無いわ派でござるが、あの地獄の時代を知っている身としてはその嗜好もまた認められ許されるべきものだ」
「そうだね。ボクとしても女同士の恋愛は嫌いじゃないが、あまり直接的だとうわちょっと解釈外感が溢れてしまって酷評しそうになってしまう。しかし、あの時代を思えば認められるべき価値観だ。自分が好まないからといって頭ごなしに否定するのは、良くない」
「まったくその通りですな。理解出来ないからといって否定は違う話ですぞ」
「ああ、まったく。理解出来ないものを好むからといって、相手を嫌う理由にもならないしね」
手を繋いで見つめ合う両親はネタにもなる素敵な絵面だが、言ってる事は中々に酷い。
いやまあ、地雷の自覚はあるけど、だからといって相手を攻撃するのは違うだろうというだけの話なのでそりゃそうでしょという話しかしてないが。
「ところで二人共、わたしが学園で見た素敵なカプについての話、聞く?」
「「聞く!」」
「マンガからはきちんと手紙と新刊で報告を受けてましたが、実際にナマで聞く話に勝るものは無し!」
「勿論学園祭へ赴いて観察をしたり出版物を購入したりもしたけれど、学園祭以外での話はボク達ではどう足掻いても知りえないものだからね!」
ネタを求めて鼻息を荒くする両親に、ああやっぱ自分はこの二人の子なんだなあ、と血を実感する。あまりにも鏡を見ているよう。
「じゃあ、まずは一緒に演劇をしたメンバーから」
そういえば、他の皆も休暇をエンジョイしてるのかな。
・
ジンゾウは用意されている自室の隅で、ただ座っていた。
独房のように冷たく暗い一室。私物なんて無い空間。必要ならそれ用の部屋に通されるからと、勉強用の家具すら無い。ベッドすら、無い。
そんな見慣れた世界で、ジンゾウは部屋の隅に座り込み、膝を抱えて座っていた。
目を見開いたまま、瞬きすらせず、ひたすらに座り続けていた。
そう、いつものように。学園に通う前の日常そのままに、そうやって座り続けていた。
「……ジンゾウ様、お食事の時間だす」
扉が開き、入って来たのはジンゾウの世話係であるジュンだった。
現在五十七歳。女性。孤児だったのを城に雑用係として引き取られた。城の外についての知識皆無。ジンゾウに対して負い目有り。
まあその負い目というのは、ジンゾウが目覚めた時からジンゾウの世話係をしていた為、ジンゾウに対する人質になってしまっているという点だろう。
実際何度か、ジュンが痛い目に遭うのを見たくないなら言う事を聞け、と言われた事がある。
もっとも最近はジュンに万が一があればジンゾウを止める手段が無いと判断したらしく、別の方法を出される事もあった。
「こちらがお食事です」
出されたのは、硬くて冷たくボソボソのパンが一つ。いつも通りだ。
「ありがとう」
ジュンからパンを受け取り、小さなそれを一口で呑み込む。
そう、食事とはこういうものだ。こういうものだった。こういう、虚しくて価値が無いものだった。
空腹感を覚えて大量の食事を欲するようになったのは、どうしてだったっけ。
「……すまねえだす、ジンゾウ様。オラが不甲斐ねぇせえで……」
「学園に通えるよう進言してくれた。充分だよ」
「だども、それを成し遂げたのは他の人達だぁ」
「…………」
こういう時、どう返せば良いかわからない。
事実その通りだから。
学園に通わせてジンゾウに刺激を、という名目で学園に逃がす案を出したのは他の人。それをキンキ王に進言したのも他の人。ジュンじゃない。
ジュンに、そんな事は出来ない。
ジンゾウへの人質以外に碌な価値も無い立場のジュンでは、何を言ったところでキンキ王には届かない。
(……でもなあ)
ヒメは、ヒメちゃんは、そういう事をハッキリ言うのは駄目だと言っていた。
確かにこういうのはあまり言わない方が良い気がするから、ハッキリその通りだと言うのは駄目なんだろう。でもどう返すのが正解かわからない。
「そいだら、オラはこれで」
「うん」
ジュンが部屋から出たのを見て、ジンゾウは再び部屋の中に鎮座する置き物となる。
けれどひたすら無になっていた先程までと違って、頭の中で考えるのは、一緒に演劇をやった友人達の事。そして、いつだってジンゾウの心を救ってくれるヒメの事。
「……ふふ」
ジンゾウが異世界人なんてあり得ないと言ってくれた。ジンゾウに負けて諦める人は他の人に負けても同じ事になると教えてくれた。ジンゾウに、ジンゾウらしくあっても良いのだと命じてくれた。
「僕は、僕で良いんだ」
少なくとも、彼女の前ではそれが許される。ヒメちゃんの前では許される。
僕が俺になる必要は無く、僕のままで良いのだと、ヒメちゃんはそう言ってくれたのだから。
「ヒ……」
愛しい人の名前を紡ごうとして、喉が塞がる。
ああそうだ、ここでは言っちゃいけない。大事な人がバレてしまう。大事な人だとバレてしまえば、ジュンのように囚われてしまう。
ここはこういう場所だって知ってたはずなのに、入学する前までは何も思わなかったのに、どうして今はこんなにもお腹が空いて、胸が痛くて、泣きそうな気持ちになるんだろう。
(ヒメちゃん……)
会いたい。顔を見たい。声を聞きたい。
けれどそんな気持ちを紛らわせる為に彼女の名を呼ぶ事すら出来なくて、より一層胸が苦しい。心臓がぎゅうとなる感覚は初めてで、このまま死ぬんじゃないかとさえ思わせる。
「ああ……」
今頃皆、笑顔でいるかな。そうだと良いな。
皆の笑顔を思い浮かべたジンゾウの目から、一粒の涙が零れ落ちた。
・
トクサツは、ママの手伝いをしていた。
「ママ、こっちの整理は終わったわ」
「そう、ありがとう。後はわたくしがやる事ばかりだから、貴女はもう眠りなさい」
「う、うん、でもママ、その」
「おやすみなさい」
冷たい声。机の上の書類に向かっているその美しい顔がトクサツに向けられる事は無い。
「……おやすみなさい」
泣きそうな声で、けれど泣かないようにしながら、トクサツはそう挨拶して部屋を出た。
本当は、言いたかった。
頑張ったのよ。お手伝いしたの。褒めて欲しい。頭を撫でて。手を握って。微笑みかけて。お部屋で本を読んで。おやすみのキスをして。
いっぱいいっぱい、言いたかった。
子供の頃から願っている事。叶った事なんて無いけれど。
「いえ、いえ、叶った事はあるんだから、ワガママを言っちゃ駄目よね。うん」
部屋に戻って、そう呟く。だって、微笑みかけてもらった事はある。ママはよく笑いかけてくれる。ママの言う事を聞けば、笑顔を見せてくれる。
だから、いい。
それ以上なんて無くて良い。
それ以上なんて願っちゃいけない。
「ワガママは、駄目」
ママがそう言うのだから、そうなのだ。
いろんな本でもワガママは駄目だと書かれていたから、ママはこれをワガママだと言っていたから、ワガママは許されない事だから、ワガママは正義じゃないから、駄目。
駄目な事は、やっちゃいけない。
「…………ママ……」
広い部屋。豪奢な家具。ベッドに飛び込めば、ふかふかな布団がトクサツを抱きしめてくれた。
でも、違う。室温でひんやりしているこれは違う。
トクサツが望んでいるのは、もっと温かで、柔らかだけど芯もあって、そして優しく抱き締めてくれるもの。
「……ママ、僕、お部屋に一人で居るのは好きじゃないの……」
独りぼっちの部屋の中、トクサツはそう呟く。
昔からそうだった。一人の部屋が用意されていた。一人の部屋が嫌だった。ママと一緒が良かった。ママと同じベッドで眠りたかった。
でも、ママは一人で寝なさいと言って、トクサツをこの部屋に置いて去っていく。
トクサツの身も心も、置き去りにするように。
「……ママ、僕ね、この部屋が寒くて仕方ないの……」
指先が震える。手足が凍るように冷たい。ふわふわの布団の中に入っても体温は上がらず、カタカタと凍えるしか出来ない。
寒い。寒い。一人は寒い。
「ママ……」
呼んでも誰も来ない。来てくれない。心配だってしてくれない。
「……ママが一度でも抱きしめてくれたら……おやすみのキスをしてくれたなら、きっと……」
その時はきっと、この寒さも感じなくなる。この恐怖も溶けて消える。
それはわかっているのに、そんなワガママな事は言えないから、今日もトクサツは震えて眠る。独りぼっちの暗くて広いだけの部屋で。
ああ、学園祭後の夜は、そんな事も無かったのに。マッドと一緒に眠ったあの日はとても暖かくて、寮で寝るようになってからは凍える時間も少なくなったけれど、あの日は一瞬の凍えすら感じなかった。
でも今は、とても寒い。
「…………ママ、愛しているわ……」
愛されたい。愛して欲しい。
無意識に湧き上がるその強い想いは、ママに言われたワガママという言葉に蓋をされ、仕舞い込まれる。
お友達と一緒に居る時は、こんな気持ちにならないのに。
「……ママ……」
トクサツは震える体を布団の中で抱きしめて、目を瞑る。
ああ、なんて暗くて寒い部屋なのかしら。
それぞれの家庭事情。
ヒメ→仲良し。価値観に相違が無いので喧嘩もしない。好き嫌いが似通っているので喧嘩する理由が無い。
ジンゾウ→家庭なんて無い。
マンガ→仲良し家族。創作物を全力で楽しむ仲間でもある。友達に近い関係性。
ライト→父親は日常会話よりも仕事関係ばっか話すので正直嫌い。仕事の腕は認めてる。母と姉とは仲良し。
フリョウ→家族との仲は良好。叔父とも交流があるし、父の兄とも仲良く交流するくらいには親戚関係が良好。
トクサツ→父は外交。母は見てくれない。居ない事になっている兄は、嫌い。
マッド→サイエンティスト系列である祖母と父は自分の研究第一だが情はあるし研究者仲間としても仲が良い。祖父と母は普通に可愛がってくれている。仲良し。




