帝王
十年掛けてどうにか持久戦に勝利し頷かせたが、オウは帝王の立場をこれでもかという程嫌がった。
帝王用の部屋は見ただけで鳥肌を立てて野宿の方がマシだと叫び、盛大な式は断固拒否し、式典用の衣装から全力で逃亡を図るくらいに嫌がった。
「何がそんなに嫌なのですか」
「何もかもがだ!」
「わたくしもですか?」
「お前は良いんだよ受け入れるっつったのは俺だ!」
他の事に意識が向いているせいか素直な言葉が放たれた。ジョテイはちょっと嬉しくなった。
「だが見るだけで目が潰れそうな部屋も、何時間も無駄な時間掛けてだらだら行われる式も、堅っ苦しくて仕方がない服装も御免だ!」
「だからといって庭師の納屋で生活するのはやめていただきたい。庭師の家ならまだしも、納屋は流石に……わたくしの外聞も最悪です」
「この国は何もかもが目に喧しいんだよ! 家具の一つ一つが情報量多くて落ち着かねえ!」
まあ確かに、オウが生活していた家は完全に山小屋だった。良い言い方をするなら素朴な家。ハッキリ言うなら何もかもが木造。
木造自体は良いのだが、色を塗ったりもしていない原産地そのままなウッドカラー。きちんとやすりがけされているのでトゲが刺さる事は無かったが、何もかもが色褪せていた。悪い意味では無く、単純に色合いの事実として色褪せていた。
ベッドに使われているシーツすらもくたびれた色合いで、鮮やかな色などあの家で見かけた事は無い。強いて言うなら町のご婦人方がくれたオシャレ着くらい。
それも成長すればすぐ着れなくなるから、とフリルやヒラヒラが多い服という動きにくさと雑音からなるハンデとして着せられ、山の中で気配を消す訓練をさせられたものだ。
元よりオシャレ着に興味は無かったので、枝に服を引っかけないようスムーズに動く術を得られたのは良かった。ボロボロになったオシャレ着は端切れを集めて布製品の修繕によく使ったものだ。
「……貴方の暮らしていた環境からすれば確かに派手かもしれませんが、そこまでですか?」
「椅子一つにも細かい装飾が喧しいんだよ。雑に扱えるようなモンを寄越せ」
市民が使用する安い品なら良いのではと見せたが却下された。オウはどうやら本気で装飾ゼロの品をご所望だったらしい。
なら特注するかと考えていたところ、オウは言った。
「道具と材料だけ寄越せ。あとあっちの山の一部」
よくわからなかったが、悪い事をする人ではないと知っているのですぐに許可した。
そしたらオウはすぐさま取り掛かり、あっという間に庭の一部である山の中にそれまで暮らしていた山小屋そっくりの小屋を建ててしまった。
何なら小屋作りの合間に息抜きとして作っていたらしく、素朴極まりない家具類まで出来上がっている。
「俺はこっちで過ごす。文句はねえな?」
「わたくしがここへ来るのを許してくださるのなら」
「許すも許さねえもお前の領地だろ。何より、俺の家ならお前の家でもあんだろうが」
その言葉に嬉しくなりながら、ジョテイは言った。
「ではそろそろ式をしましょうか。貴方がここを作っている間に準備は出来ました」
「あ?」
「貴方がこれから過ごす場所については貴方の好みに合わせるべきだ。わたくしにとってもこの場所は好ましいので止める理由が無い。だが、式は話が別でしょう。わたくしに相手が居ると、そう告げる必要がある」
「嫌だ面倒臭ぇ。そもそも若いお前の隣にこんなジジイに片足突っ込んだオッサンが立つなんざ後ろ指と陰口の的だろ。あー嫌だ嫌だ」
「それを気にする人でも無いでしょうに。ご安心を。王家となればそういった歳の差婚もそこまで珍しくはありませんし、この国では強さが全て。文句を言うものがあれば力でねじ伏せてくだされば良い」
「……あの動き難そうな式典服で?」
「勿論貴方用に調整をさせました。マントと上着を脱げば胸元が開いた袖の無い服になります。動きも問題無い物に仕上げさせてあるので、もし挑まれたのであれば、対応していただきます」
ほう、とオウは目を細めて笑う。
「それはつまり、喧嘩を売られるまで、大人しく、堅苦しい恰好で、おめかししたペットの如くおりこうさんにしてろってか?」
「まあ、その間は」
「…………」
面倒臭ェ……という顔をするオウ。そんなオウに、後からやって来た人が声を掛ける。
「まあまあ、仕方ないよ。これでもかなり頑張ってお前用に調節を入れてくれたんだよ。我が子のように可愛い娘との結婚式なんだし、もっと明るくいかなくっちゃ!」
「うるせえギフ。最悪の場合俺が我が子のように厳しく育てたガキのいかれたうわごとに協力するなんてサインしやがって」
「往生際の悪いお前が悪ーい」
ういうい、と唇を尖らせて揶揄うのはオウの友人であるギフ・ケン。例の喪主を頼まれていた、そしてジョテイの頼みに楽しそうだからとあっさりサインしてくれた男だ。
オウと同じく国に仕えていたそうだが、オウを切り捨てたのを見て今後は逃げ出すのも容易では無いと判断し、素早く国を見放して国を出た男。
「そうですね、この場合は文句を言うよりもジョテイちゃんの頑張りを褒め称えるべきかと」
そう言うのはギフの妻、トヤマ・ケン。
対病特化型の回復魔法の持ち主なのだが、国が他国からも回復魔法持ちを集め始めてキナ臭くなってきたところ、ギフの協力で無事に国を出る事が出来たらしい。その後回復魔法持ちは簡単には国外に出られなくなったそうなので、本当にギリギリだったそうだ。
ちなみに特化しているのは病に対してだが、命に係わる重傷やメンタル面の問題でさえ無ければ治せるようで、ジョテイも骨折した時はよく彼女のお世話になった。
「八時間から十二時間は掛かるだろう規定の式を、責任者全員に決闘を挑んで勝つ事で改造する許可をもぎ取ってくれたのですよ」
トヤマは言う。
「かなり時間を短縮した上に、帝王となる男に文句があるのであれば式典最中であろうと堂々と決闘を挑む事が許され、寧ろ推奨されるよう改造し、帝王となる男に勝てたのであれば帝王反対の主張を認める、と」
「何してんだテメェクソガキ!」
「力で示すのが早いでしょう。ご安心を。帝王になる予定の貴方に万が一勝つような者が現れようと、その上でわたくしに勝たねばわたくしの隣を許す気はありません」
「そうかそりゃ安心だとでも言うと思ったか。生涯現役ってだけで足に後遺症は残ってるし全盛期の動きは出来ねえんだぞ俺は! お前が俺に勝った時から十年が経過してる! 十年あったら人間はどれだけ衰えると思ってんだ! 五十超えてからは衰える方向一直線な上、もう俺は六十代も目前に控えてんのがわからねえのか!?」
そう、オウとジョテイは三十歳差。ジョテイが二十七の現在、オウは五十七という高齢だった。
「でも、貴方なら勝てるでしょう」
疑いなんて一つもない、混じりっけなしの信頼。それを真正面から向けられたオウはぐっと喉を詰まらせる。
「わたくしの夫に相応しいと思わせるだけの力を、是非我が国の民に見せつけて欲しい。わたくしの夫はこれ程までに強いのだと、わたくしに自慢をさせてくださいませんか」
「…………ド阿呆」
「!」
オウは呆れたようにため息を吐いたかと思うと、そのまま手を伸ばしてジョテイの髪を掻き回すようにして撫でた。
「そういう時は女帝らしく、自分の所有物が負けるなんて無様晒すのは許さねえって言っときゃ良いんだ。国のトップが俺なんぞを敬うな」
「……恩人であり師である貴方を敬うなとは、無理を仰る」
だが、と頭から手が引かれたジョテイは真っ直ぐと前を見据え、凛と背筋を伸ばし、胸に手を当てオウに言う。
「命令だ。必ず勝て。わたくしの男だという事実を世界中に知らしめろ。文句を言う人間が一人も居ない程に叩きのめせ。お前だけが、わたくしの隣に立つ存在なのだから」
「へえへえ、お望み通りに」
ニヤリとした笑みに適当な返事はいつも通り。いつも通りでないのは、ジョテイの前髪を上げて晒した額に口付けを落としたこと。
山小屋で共に生活していた時ですらしなかった触れ合いにジョテイが思わず硬直し、
「やば、つい反射で良い写真撮っちゃった」
「あらまあ、これだからあなたは良い写真を撮るのに評価が低いのですよ」
「そこまで言う!?」
パシャリと響いた音。見ればギフの手には現在写真家として活動しているギフの仕事道具であるカメラがあった。ジョテイはオウと視線を合わせ、何が撮影されたかを理解し、
「ギフ! トヤマ! 何が何でもその写真を守れ! 言い値で買ってやろう!」
「ギフ! トヤマ! 待ちやがれ逃げるなそのカメラごと叩き割る!」
「ごめーん俺写真撮るのが仕事だからつい! 許してちょー!」
「大事な収入ですから何が何でも守らなくてはいけませんね! よしギフさんあなたはカメラをこちらに渡して魔法で周囲を燃やして相手を消火活動で足止めしてください!」
「わりと山の中だから大惨事だし俺の魔法高火力でこそあるけど踊らないと発動しないっていうクソ仕様のハズレ魔法だよトヤマちゃんマジで言ってる!?」
「良いからひたすら踊ってください!」
「あいだっ!? 強奪&蹴り飛ばすなんてトヤマちゃん酷い!」
「なにを呑気に漫才しながら逃げてやがるそこの馬鹿夫婦!」
恥ずかしさと怒りで本気になっているオウが追いかけるものの、発動条件はともかく高火力なのは事実なギフの魔法、そして人をおちょくる時だけやたらと身体能力が上がるトヤマによって完全に撒かれていた。
・
「そしてこれが記念すべき当時の写真だ」
「あ、しっかりと購入してあるのね?」
「勿論」
テーブルの上に置かれたのは、ヒメが知るよりも若い二人。
目を伏せて母の額に口付けする父と、そんな父の思いがけない行動に目を見開いて顔を赤くしている母。何ともレアな一枚が激写されていた。
「その後オウは諦めて結婚式兼戴冠式に出て、ことあるごとに割り込んでは決闘を挑んで来た貴族や他国の王族をそれはもう見事にひっくり返していた。愉快だったぞ。折角決闘用にとすぐに脱げるマントと上着にしたというのに、それを着たまま汗を掻く事も息を切らす事も無く、総合的に数十人の男達を軽くひねり上げたのだから」
「流石お父様なのだわ……」
生涯現役は伊達じゃない。いや、生涯現役という言葉を上回っている気もするが。
「そうして戴冠式を終わらせて、そこで突然、決闘を挑まれてもいないのにマントと上着を脱ぎ捨てた」
「え、どうしてそのタイミングで?」
・
一体何が始まるのかとざわめく客相手に不敵な笑みを向け、オウは言った。
「自分こそが彼女の隣に相応しいと主張して俺に本気を出させる男が一人か二人は居るだろうと期待してたが、ちいともマシなヤツが居ねえじゃねえか。のろまなボンクラしか居ねえのかオイ」
煽っているとわかる言葉。表情。
「これまでの奴らが弱かったにしろ、まだ挑んでないだけの強者が居るにしろ、あんまりちんたらしてるもんだから暑くなって脱いじまったぜ。こいつを脱がなきゃ対応出来ねえと思わせるようなヤツが出て来るのを期待してたんだが、今から強者ぶって出てきてものろまが過ぎらあ」
今から帝王になる、否、たった今帝王になった男が放つ言葉では無い。
だがその言葉に煽られ、立ち上がる者は大勢居た。式典の最中に割り込むなんて、という自身への言い訳をしてまだ負けていないと自分を慰める弱者達。
そんな弱者達を一斉に相手取り、
・
「当然ながら圧勝した」
「うん、わかりきってたのだわ」
寧ろそれ以外の図が浮かばない。
「そうしてオウは、我こそはという男達をまず倒し、次に挑発して残りをあぶり出す事で、式典後にあの時挑んでいれば勝てたがそうしなかっただけだ、などという言い訳を誰も使えないようにした」
「…………お父様、十年も往生際が悪かった癖に、いざ腹を括ったら結構強火なのだわ」
「まったくだ。なのに真正面からの愛の言葉は相変わらず数える程度。まあ、そんなあの人だからこそ愛しているのだが」
だから、とジョテイが含みのある笑みを浮かべてヒメを見た。
「だからお前も気を付けなさい。持久戦は厄介だぞ。それを挑んで勝利したわたくしが言うのだから間違いない。いずれ諦めるだろう、なんて甘い事は思わないことだ。好かれるような事をした覚えがお前に無くとも、花は咲くし果実は実る」
「……?」
はて、とヒメは首を傾げる。
「何の話かわからないのだわ」
「いずれわかる時がくるさ。いつになるかは知らぬがな」
心当たりがサッパリ無い。
「しかしわたくしの子でもあるからな……収穫される側になるか、収穫する側になるのか。まあ、あの小僧次第か」
「誰の事を言っているのかは何となく察したけれど、今のところそういう対象じゃないのだわ。人の触れられたくない点にばかり触れるんだもの」
「それでも共に居るという事は、それを上回る何かがあるという事だろう。欠点しかないのであれば、例え相手から一緒に居たいと言われたとしても、それで充分断る理由になる。断る理由が無いからと言って一緒に居るだけで、断らない理由があるという事だ」
「……断るのも可哀想だから……かしら?」
「今はそれで良い。可哀想と思うのなら、脈無しというわけでもあるまい」
「そういうものなの?」
「さて。わたくしはわたくし以外の恋を知らない。だが、持久戦で攻める側としては、そういった切り捨てられない情と善意を全力で利用するぞ」
「生憎、ジンゾウはそういった小器用な事は出来ないタイプなのだわ」
「そうか。つまらん」




