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私、実は姫騎士なのだわ  作者:
帝国タカラザカ
32/89

持久戦



 決闘に勝利したジョテイが諸々の手続き等を済ませた二日後、ジョテイは再びオウの居る山小屋へと向かった。


「ただいま戻りました」

「は?」


 負けるとは思っていなかっただろう。

 だが、帰ってくるとも思っていなかったらしいオウは飲んでいた茶を口の端から零してポカンとした顔を晒していた。


「……何してんだお前」

「貴方のお陰で無事に女帝の座を奪い返す事が出来ました。そのご報告を」

「んなもん新聞なり使い寄越すなりで良いだろ。忙しい身で何をわざわざこんな辺鄙なとこに」

「そんな辺鄙なところがわたくしの育った場所ですよ」


 ジョテイが微笑みながらそう言えば、オウは顰め面で黙り込んだ。

 十年。少なくとも、なんて事も無くしっかり十年、ジョテイはこの山小屋で育った。育てられた。ここに来たのは七つの頃なので、人生の半分以上がこの場所とオウとの思い出だった。


「何より貴方への恩がある身として、直々に足を運ぶのが礼儀でしょう」

「ご丁寧なこった」

「あと、個人的に貴方に会いたかったので」

「は?」

「おや? 貴方は十年間毎日顔を見ていた相手が居なくて寂しくはなかったので?」

「馬鹿言え、んなもん今更感じるかよ。人生の半分もこんな場所で過ごしちまったテメェはともかく、俺はとっくのとうに年老いてんだ。その程度でぴいぴい喚く程ガキじゃねえ」

「それにしては髪もボサボサのようですが。櫛を入れ忘れてはいませんか?」

「男の髪なんざ気にしてどうする!」

「わたくしが居ないという状態を寂しく思っていてくれたのなら嬉しいと、それだけです」


 オウは何言ってんだコイツ熱でもあんのかという顔をした。

 その表情に、本当にこの人は自分をそういった目で見ていないのだな、とも実感した。





「だがその程度はわたくしの障害になどならない。見ていないのなら、そういう目で見させるまでだ」

「お母様、その辺り結構ネバーギブアップなのだわ」

「優雅で可憐などと目玉の腐った評価をわたくしに下す愚か者も居るが、わたくしの根底は泥に塗れようと諦めずに立ち上がる不屈の精神。その程度で諦めるのなら、七つの時点でオウに会う前に死んでいる」


 諦めれば死んでしまうような状況下でも、諦めなかったから死なず、こうして生きている。そういう事だろう。

 諦めが命の大敵とは正にその通りだった。





 それから週に一度は必ず、可能なら週に二回も三回も山小屋へと通った。

 返り咲いた癖に何でこんなとこにわざわざ仕事素早く終わらせてまで通うんだ、とは何度も言われたが、そうしたいからとごり押しした。


「ったく、お前も変なヤツだな」


 そう言いつつも、オウはジョテイを追い返さなかった。

 嫌そうな顔でまた来たのかと言いながら当然のように迎え入れ、女帝相手でも容赦なく薪割り水汲みやってけと言い、ジョテイの好物であるオウお手製のウサギ肉たっぷりシチューを作ってくれた。


「だが流石に、周囲が良い顔をしねえだろう」


 そんな日々を半年程続けた頃、静かな雰囲気を纏ってオウがそう言った。

 どこかしんみりとした、冷えた空気のような、別れの時というような、そんな声色。


「女帝とはいえ年頃の娘。そもそも女帝がこんな山小屋に通ってる事もおかしいが、年頃の娘がオッサンの一人暮らししてる山小屋に一人で来るってのが何よりおかしい」

「わたくしはそうは思いませんが」

「そりゃ十年もここで暮らしてりゃお前にとっちゃこれが日常だろうがな、これまでのお前を知らないヤツからしたら得体の知れねえオッサンでしかねえんだよ俺は。お前だってその立場でその年頃なら婚約者くらい居るんじゃねえのか」

「普通に破棄しました」

「は?」

「元々婚約者は居たのですよ。しかし、決闘に負けた側に権利は無いとはいえ、婚約者の家はわたくしを助けようとはしなかった。いえまあ決闘に負けたならそれで話は終了なので祖母と母についてはその対応で良いのですが」


 そう、祖母と母は決闘で負けた。

 突然与えられた二人の死は悲しいものだったが、命を懸けた決闘で負けたのなら仕方がない。それは彼女達がただ弱かっただけの話。


「だが、彼らはわたくしが決闘に負けたわけではないと知っていた。決闘を挑まれすらせず殺され掛けた事を知っていた。幼子だろうと戦士と認め決闘するのが相手への礼儀。幼子相手に決闘は、と思うのであれば適した年齢に育つまで見逃すと宣言するのが礼儀。なのにそれすら無く殺そうとした。それは酷く無作法なこと。それを知った上で、婚約者の家は何も言わず、黙したまま、わたくしの命の危機を無視した」

「……で、婚約破棄か?」

「よくぞ帰って来た、なんてよくほざけるものだ。当然破棄する以外にないでしょう。いざという時にそういった対応をするとわかった以上、添い遂げる必要はありません。だってそれは例えわたくしが勝てる相手であっても、少しでも不利かもしれないと思えば即座に逃げるような相手ということ」


 国を背負うには弱すぎる。


「わたくしが強くなると信じ、わたくしが逃げないと信じ、わたくしが勝つと信じてくれた貴方を知っている身としては、そんな弱い男が相手だなんて認められない。そう思うのは悪い事でしょうか?」

「いいや。妥当な判断だ。国を背負うヤツが小娘一人も助けてやれねえんじゃ、末細りすんのが目に見えてら」

「でしょう」


 その回答に、胸の内が淡く和らぐ。

 考え方に齟齬が無いというのを実感して、やはり共に生きるならこの人が良いと強く思った。


「だが、相手が居ないってんなら尚更申し込みはわんさとあるんじゃねえのか。小綺麗に育った上、強さがあり、血統も申し分無く、更に一度立場を追われるも強く美しくなって再起したとなればドラマ性がある」

「貴方から見ても、わたくしは美しく育ちましたか?」

「そんな話はしてねえだろうが」


 ぴしゃりと突き放すような言い草に少し不満はあったが、それがオウの通常なのでまあ良いかと納得した。


「……ええ、それなりに。全て決闘でわたくしを負かしてみせろと言って跳ねのけていますが」

「挑む前に大半諦めるし、挑んだ馬鹿も即座に転がされるだろ。俺があんだけ全力で鍛え上げたお前だぞ。行き遅れる気か?」

「まさか。嫁ぐつもりはありませんが、婿を取る気はちゃんとあります」

「それなら安心、と言いたいが、決闘じゃ並み大抵は無理だろ。どんなゴリラを婿にする気だ」

「挑んでくるなら返り討ちにするまでですが、好いた相手にわたくしから決闘を挑む分には問題も無いでしょう」

「ああ、確かに。それならお前が勝てば良いだけか」


 ん? とそこでオウは怪訝そうに首を傾げる。


「なら何でさっさとやらねえ。お前の実力ならすぐに相手をモノに出来るだろ。人生何があるかわからねえんだから早めに相手捕まえといて損はねえぞ。さもねえと俺みたいに独り身のままガキ育てる事になる」

「ご安心を。好いた相手と結ばれる為なら手段は選びません。そもそも既に勝っています。まあ決闘ではありませんでしたが」

「そうなのか」

「ええ。どうやらそれ以前にそういった対象として認識してもらえていないようなので、まずはそういう対象として見てもらえるよう、意識させるところから始めようと思っています。時間を掛ける必要があるなら、それだけの時間を掛けるまで」

「だったら尚更俺のとこに通うよりそっち行ってろ。孫の顔は見たいから新聞に載せろよ」

「既に来ていますし、孫では無く子の顔です」

「?」


 すっかり父親気取りだったオウはジョテイの言葉に疑問符を浮かべ、数秒そのまま首を傾げ、


「…………っ!?」


 毛を逆立てた猫みたいに身を跳ねさせて驚愕に目を見開き、信じたくない現実と向き合ったみたいな顔をした。


「……お、おまえ、まさか」

「はい。わたくしは貴方を好いています」

「帰れ」


 真面目な顔で即座に冷たくそう言われたが、想定内だったので無視した。


「おい、聞いてんのか。帰れって言ってんだ。ガキのおままごとに付き合ってられる程俺は暇じゃねえんだよ」

「おままごとでなければ付き合ってくれるという事ですね?」

「揚げ足を取ろうとすんじゃねえ可愛げのねえ事しやがって!」

「貴方に育てられたので」

「戦闘以外の育て方を間違ったと実感してるよ。やっぱ男手一つじゃ駄目だってのかクソ……」


 失礼な。女手があったらこんな事にはならなかっただろう、という言い草に腹が立った。


「言っておきますが、お相手が居たとしてもわたくしは貴方に惚れていたでしょうし、その時はお相手に決闘を申し込んで貴方を奪いに参りますよ。欲しいものは奪い取るのが我が国のやり方です」

「着飾って見栄え良くしただけの蛮族アマゾネス国家め……」

「褒め言葉ですね」


 にこやかに微笑めば、オウは嫌そうな顔で目を細めていた。眩しいと思ってもらえて何より。


「ともかく、わたくしは決して諦めません。諦めの悪さはご存じの通りです」

「並みの男でも九割はゲロ吐いて心を病むだろうし、残りの一割は人間として何かを失うだろうって勢いでしごき上げてもついて来てやり遂げたお前の根性がえげつねえのは知ってる」

「それは良かった」

「だがそれとこれとは話が別だ! わかってんだろうが! 俺はガキに手を出す趣味はねえし、あまつさえ我が子のようなガキ! 二次性徴前から知ってるガキ相手に勃つか!」

「流石は生涯現役。精神的な問題はともかく、肉体的には問題無いようで何よりです。母体となるわたくしが若者であっても、貴方がそういった機能も衰えた老人であった場合流石に心配な点もありましたので」

「そういう話じゃねえ!」

「諦めた方が早いですよ」


 ジョテイは尚もにこやかな笑みでそう告げた。


「わたくしが決して諦めない以上、貴方が諦めるのが一番早く話が済む。どこに逃げようが逃がしません」


 く、とジョテイはオウによく似た悪い笑みを浮かべる。


「わたくしの諦めが最悪なのは知っているだろう?」

「尿路結石より最悪ってのはよーく知ってらクソガキ!」


 思ったより最悪なものに例えられたのでちょっとむかついた。





「……お父様って、どこまでもお父様なのね」

「そう思うか」

「お母様を我が子扱いして、その子供を孫扱いという辺りとか。孫の顔を見せに来いではなく新聞に載せろと言う辺り、直に見せに来なくても良いぞ宣言だったり。わざわざ最悪な例えを持ってくる辺りもお父様らしいのだわ」

「まったくだ。それで諦めるわたくしでは無いが」

「でしょうね」





 そう、ジョテイは諦めなかった。

 何度断られようがハッキリと拒絶されようが、厳しい言葉を投げかけられようが無視して通い詰めた。息の潜め方を習った身なので居留守は無駄。友人のところへ避難したところで、オウの友人は大体が顔見知りなので難儀せず見つけられた。山の中で野宿をしようが、隠れる側としても探す側としてもノウハウを教えられたのであっさり見つける事が出来た。


「い、いよいよ諦めが悪いなテメェ……!」


 ジョテイが本気も本気だと五年目でようやく察したオウは引き攣った顔でそう言った。





「五年」

「わたくしが諦め悪い女だという事は知っていたが、わたくしのオウへの想いは思春期特有の憧れに近いものだろうと思っていたらしい。近くに居た男が自分しか居なかったからそう思うのであって、もう少し大人になって他の男とも関わるようになればすぐそちらへ視線を向けるだろう、と」

「戦闘での動きならともかく、お母様がそんな軽さを持ち合わせているはずないのだわ」

「まったく、我が子ですらすぐわかる事が、お前の父親はそれを理解するまでに五年も掛かったとはな。わたくしは可能な限り言葉でも行動でも示したつもりだったのだが」


 ああ、とヒメは苦笑する。


「お父様、素直な言葉や態度が相手だとより一層偏屈な対応しがちだから……」

「一時的な気の迷い。身分の差や年齢差というものに燃え上がる年頃なだけ。手に入れば満足してすぐ飽きる。お前をそんな目では見れない。我が子にそんな気持ちを向けられる俺の気持ちも考えろ。そのほかにも色々言われた。普通の娘なら心が折れて泣き出して逃げ、他の誰かに心の救いを求めるような事も」

「お母様にそんな普通が通用するはずないのだわ」

「その通り。そもそも、その程度の言葉で動揺するようには育てられていない」

「お父様の育て方が逆にお父様の首を絞めてるのだわ……」

「わたくしにとってはありがたい話だ。悔しい、負けたくない、と思うような言葉を散々言われたお陰で耐性があった。それをどう自分の中で受け流すかも身についている。受け止めきれずに泣いてしまっても、そこから立ち上がる術も叩き込まれた」

「何もかもがお父様の拒絶に屈さない心を養ったのね」

「それでも持久戦状態だった」





 ジョテイの想いが本気だとオウに伝わってから、更に五年。好きだと告げてから十年。出会ってからは、実に二十年分の時間。

 そこでようやく、オウが折れた。


「……十代後半から二十代後半までの、女にとっちゃ一番大事だろう花盛りの年頃をこんなジジイになりかけのくたびれたオッサン相手に費やすか普通……」


 オウは押し負けた者特有のくたびれきった声でぐったりしながらそう言ったが、ジョテイは最初から告げていた。


「言ったでしょう。わたくしは諦めが悪いのです」

「知ってる。ただでさえ諦め悪いのを、更に強化して何があろうと諦めないメンタルに鍛え上げたのは俺だ」

「ええ。お陰で諦めずにようやく恋が実りそうです」

「仮に俺が頷かねえまま川向こうへ渡っても諦めそうにねえヤツに一番似合わねえだろその単語」

「恋は恋です」

「恋に夢見るガキが知ったら泣き出すような執念だぞ」

「確かに貴方が頷かないまま川の向こうへ渡ってしまった場合、貴方の葬式兼結婚式という形にして体だけでも伴侶にしようかと思っていましたが」

「待て初耳だ!」

「貴方は本当に用意周到な方だ。ご友人に、自分が死んだ際は喪主を頼むと今の内から頼む程に。そんな貴方のご友人から、面白そうだし良いよ、とサインをいただきました。葬式兼結婚式に賛成のサインです」

「ガキの頃から見守ってる娘が死体と結婚しようなんざうわごと言ってたら止めろあの馬鹿!」

「うわごとではないとわかっているからでしょう」


 色々と面倒臭くなったのか机に上半身をぐたりと預けていたオウが顔を上げる。視線が合ったので、ジョテイはにこりと微笑んだ。


「……こんなに時間を掛けて花盛りの時期を棒に振るより、さっさと決闘でも申し込みゃ良かっただろ。どうせ逃がす気もねえ癖によ。しかもお前は最終試練で俺に勝った実績があるし、タカラザカは決闘で勝ったなら約束通りのものを得るのは当然の権利という価値観をしてやがる。民からの文句は出ない」

「貴方からの文句が出るような行動はしたくなかった」


 ここまで文句以外に言ってねえぞという顔をされたが、そういう事ではない。


「決闘という形ではなく、貴方に自ら頷いてもらいたかったのです。力ずくで勝っても貴方の心を得られないのなら意味が無い。わたくしが得たいのは貴方の妻という立場ではなく、貴方の、オウの何もかもなのですから」

「…………厄介なモン育てちまったな」

「ええ。最高のわたくしに育て上げていただきました」


 さて、


「此度の十年続いた持久戦、わたくしの勝ちという事で良いのだな?」

「……タカラザカを率いる女帝らしい顔付きになりやがって」

「返答は?」

「お前の勝ちだ!」


 クソッ、と悪態をつきながらオウは机を叩く。苛立ったように頭をガシガシと掻き乱した。


「こんなオッサン口説くのに、十年も時間掛ける馬鹿がどこに居やがる」

「出会ってからは二十年ですよ。わたくしは自ら望み、人生の半分以上を貴方との時間に使いました。それに、時間が掛かるからというだけの理由で諦めるものをわたくしは恋とは思いません」


 そう、


「一生を費やしても良いと思えるからこその、恋だと思います」

「……最悪だ、良い女に育ったと思っちまった……」


 思わず漏れたと思われるオウの言葉。

 その言葉は、女帝の座を奪い返した時よりも嬉しかった。





 主なメンバーを動物に例えたら。


 ヒメ→クロアシネコ(小さくて強い)

 ジンゾウ→駄犬(言わずもがな)

 マンガ→ユニコーン(言わずもがな)

 ライト→牧羊犬(笑顔で明るくコミュ力おばけ)

 フリョウ→農耕馬(デカくてごつくて力強いが性格穏やか)

 トクサツ→ウサギ(愛が欲しい)

 マッド→猫(結構自由)


 ジョテイ→虎(強い)

 オウ→オオカミ(意外と群れるし愛情深い)



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― 新着の感想 ―
[一言] まさに、『持久戦』でしたね。 オウさんとジョテイさんの攻防戦。 ジョテイは全てから捨てられ、それでも必死に生きようと頑張っていた。そして、力尽きて死にかけのところをオウさんに助けられた。 最…
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