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私、実は姫騎士なのだわ  作者:
帝国タカラザカ
30/89

不審な男



 荷解きと着替えを終わらせて母の部屋に行けば、もうお茶の準備はすっかり整っていた。


「席に掛けなさい。ふふ、まさかわたくしが娘に馴れ初めを語って聞かせるようになるとは。今から話す時代のわたくしは思いもしなかった事だ」

「そんなに?」

「行き倒れた頃のわたくしは弱かった。決闘すら申し込まれない程に。逃げるしか出来ない程に。玉座を取り戻すという目標こそあれど、それ以降、それ以上の事など考えもつかないくらいには弱っていて、未来も無かった」

「それを、お父様が助けたのね?」

「あの人は川近くで死体が出て川が汚染されちゃ困る、という言い方だったがね」


 苦笑交じりなその言葉にヒメも思わず笑ってしまう。当時から父は相変わらずだったようだ。





 当時七つで行き倒れたジョテイは、目を覚ましてすぐに認識したのは木で出来た天井だった。

 頑丈な作りではあるようだが、城の天井とは似ても似つかない。


「っ!」


 慌てて飛び起きる。人の気配は無い。体の確認。衣服、汚れはそのまま。顔の汚れのみ拭われている。喉の乾燥状態悪化。自身をこの場に連れて来た誰かは水を飲ませたりもしていないと判断。

 続いてジョテイはベッドから飛び降り、周囲を確認した。

 恐らくは寝室。隅には本棚。中に詰め込まれている物は雑多だが内容から部屋の主は男と推測。読み古されている痕跡があるのは武芸関連と狩猟関連。窓から見える景色から見て森の中または山の中。戦闘の心得がある狩人と推定。

 手持ちの、唯一の武器であるナイフは枕元に置かれていた。しかもジョテイに対しては顔を拭ったくらいだというのに、ここ数日無茶をさせ汚れていたはずのナイフは新品以上の状態に磨かれていた。

 研師かと思う程に磨かれているが、これはどちらかといえば武器を持つ者の磨き方だろう。


「…………」


 不審。あまりにも不審。

 信頼を得ようとするならまず最低限身綺麗にさせて水を飲ませるはずだ。日常的に使用しているだろう寝室を寄越している点は信頼を得ようとするポイントになるが、逃げる為に川を渡ったついでに軽く体と服を洗った程度の体。汚れた人間を寝かせるには不快感も多いはず。なのに何故。

 加えて、武器を取り上げていない。寧ろ武器が最善の動きをする事が出来るように、とでも言うような磨きっぷり。遠回しな自殺志願者かとさえ思う。

 喉の渇き方と窓から見える日の位置から察するに、意識を失ってから半日といったところだろう。日の位置だけならそれに加えて丸一日という可能性もあるが、喉の渇き方からすれば半日で間違いない。

 何故ここに連れて来たのか。何故ナイフを研いだのか。得体が知れない相手に唾を飲み込み、ジョテイはナイフを構えて扉の陰に隠れる。部屋の外に出るには、情報が足りない。


「!」


 ギシリと足音。戦闘に慣れているとわかる足運び。だが少し違和感。若くは無い。腰、または膝を痛めている可能性がある。

 足音は扉の前で止まり、ノックの音。


「おい、川で野垂れ死にされちゃ困るって事でお前を拾ったモンだ。起きてるな?」


 気付かれている。記憶に蘇るのは向けられた殺意。武器。追っ手。緊張に呼吸が浅くなる。汗が出る。だがそれを抑え、森の中で息を潜めるように呼吸の乱れを鎮めた。


「入るぜ」


 扉が開き、人影が見えた瞬間にナイフを持った手で飛び掛かった。


「っ!?」


 だが、ここだと思った位置に居なかった。男は攻撃を見切っていたように一歩後ろに下がっていた。

 不精で伸ばされているとわかる長い黒髪。右目を隠すように伸びた前髪。動きやすいよう、胸元が開いた袖なしの服。





「あ」

「どうした?」

「いえ、何でも」


 今の父は目元を前髪で隠したりはしていないが、母は右目を隠すように前髪を少し伸ばしている。その源流が何となく理解出来てしまった気がしただけだ。しかも無意識の源流らしい。





 そんな男が、ジョテイが動揺している一瞬の隙を突いて流れるように両手首を掴み、大きな一つの手で両手を封じた。反射的にその掴まれた手元を支えに両足での蹴りを繰り出そうとするも、空いている方の手が目の前で素早く指を鳴らす。


「っ」


 その動きに目くらましされたジョテイの蹴りは外れ、胸を床に押し付ける形で押さえられた。


「よう、元気そうじゃねえかガキ。このまま川で魚の餌になるか、それとも川を汚染するかってとこだと思ったがな。普通なら拾いもしねえが、随分と運が良い。死なれちゃ困るところで死にかけるとは」


 くつくつ、と男が笑っている。触れている手からもその動きがわかった。

 ジョテイは酷く不愉快になった。馬鹿にされている。下に見られている。それに腹の底が熱くなり、目の奥がカッとなり、


「熱くなるなよ。そこがお前の弱いところだ」


 その言葉に、思わず動きを止めた。


「何だ、止まるって事は自覚があるのか。しかも打ちのめされて間もないか?」


 この言葉で止まるのは打ちのめされて立ち直れてない人間くらいだ、と男は言った。


「立ち直れていればすぐに笑い返せる。だからどうした、とな。暴れるヤツは弱いという事実を認められなくて抵抗している。そして止まるのは、弱いと言われ、その自覚があり、その自覚をしてしまう程打ちのめされた人間だ。違うか」


 言い返せなかった。決闘すら挑まれずに処刑される寸前まで行くくらいには、その時のジョテイは弱かった。倒れた直後だったとはいえ、容易く迎撃されるくらいに。


「あとお前、息の潜め方がなってねえ。ありゃ森の中での息の潜め方だ。獣に紛れる方法であり、追っ手の人間も周囲の獣もただの獣と認識して見過ごすだけの呼吸。人間が居る場所で使うやり方じゃねえ。逆に違和感出てたぜ未熟者」

「…………っ」


 ぐゥ、と喉の奥で呻く。

 言われてみれば、その通りの息の潜め方をしていた。確かに人の居る場では不自然。獣が居るはずもない場所での潜め方では無い。


「ま、テメェに関しちゃどうでも良い」

「!」


 拘束を解かれた。ジョテイはすぐさま床を蹴り、ベッドを遮蔽物としてベッドの向こう側へと距離を取った。


「おうおう、動きが獣だな。極限状態の中で生き延びたヤツ、それも人間の敵が居るヤツの動きだ。様子を見た限りじゃ遭難による衰弱かと思ったが、山に逃げ込んで来たか誘拐から逃げ出したか、ってところか」


 余裕綽々の様子で男はニヤニヤ笑いながら立ち上がり、扉の前に置いていたらしい袋を投げて寄越した。


「飲料と食料。針と糸。その他生きて行くには問題が無い程度の物資が詰めてある。そこの窓も鍵は掛けてない。出て行きたきゃ勝手に出て行きな。もし居残るってんなら、大人しく風呂入って手当てをされろ。汚れた恰好でそれ以上俺の家をうろつかれちゃ困る」


 何を言っているのか理解出来なかった。

 恐らく追っ手では無い。それはわかった。襲撃に対応した手慣れた動きや息の潜め方についての説明から、優れた戦士か何かであるのもわかった。狩人にしてはおかしいくらい、手負いの人間の種類、心理に詳しい。


「……なぜ」


 掠れた声。喉が干からびて音が出ない。それでもプライドから大きく咳き込むのを我慢し、ジョテイは問う。


「なぜたすけた」

「助けてねえよ。拾った。あそこで死なれちゃ俺の生活水源が汚染されるんでな。どうせ死ぬなら川から距離を取って死んでくれや」

「なぜ、ぶっしを」

「何も持たせず追い出してまた川の近くで野垂れ死なれても困る。死にたきゃ俺に見つからねえ遠くで死ね」

「……なぜ、すくおうとする」

「してねえよ。もし居残るなら、ってだけの話だ。それだってずっと面倒見てやる気はねえ。面倒事背負い込むのは御免だ」


 だが、と男はあくどく笑う。


「ガキが腹いっぱい食えるだけの飯くらいなら出せる」


 そしてジョテイは男を、お人よしの馬鹿野郎と断定した。





「え、そういう認識なの?」

「それ以外の認識が出来るのか?」

「う……確かにそうなのだわ……」

「まあ、実際そこまで甲斐甲斐しいわけでも無かった。最初に口頭で風呂や着替えの説明をすればその後は自分でやれと言い、完全に放置。手当ても口うるさいものだったぞ」

「そうなの? 黙々とやるか、道具だけ寄越して自分でやれと言いそうなものなのに」

「実際、そのようなものだ」


 ふふ、とジョテイは当時を思い出して微笑んだ。





 男はジョテイが風呂から上がって最低限綺麗になったのを見て、手当て用の道具を用意した。しかも全部を机の上に取り出し、消毒だの軟膏だのと詳しい説明をし始めた。


「……なんだ、一体」

「黙って覚えろ。俺は二回も親切してやる気はねえ。次怪我したらテメェでやりな」


 不愛想にそう言い、男は口調とは裏腹に丁寧な手つきでテキパキと手当てをし始める。先にこれを使うとか、これとこれは同時に使うなといった説明を付けながら、だ。

 そうして手当てを終え、男は言った。


「様子から見て、絶食状態にあったってわけじゃねえな?」

「……ええ、まあ」

「その不満そうなツラから察するに、食ってるのに倒れたのが不思議ってとこか」

「!」

「馬鹿、見りゃわかる。いちいち驚くな。んなもん、消費カロリーと摂取カロリーの違いだろ。動いたら動いた分だけ食わなきゃ賄えねえんだよ。列車だって移動距離が多いならその分の石炭食らうだろ」


 無駄にわかりやすくてイラっとした。





「何もイラつかなくても」

「その時のわたくしは何もかもに噛みつきたい精神状態だったんだ」

「まあ、言いたい事はわかるのだわ」





「特にガキの場合、そもそもの代謝が良い。もしまた山ん中を走り回ろうとするなら、そして生きる気があるってんならもっと食え。死にたいなら食うな」


 そんな事を言いながら、男は掻き回していた鍋ごと持ってきてテーブルにあった鍋敷きの上に置いた。


「ウサギ肉をぶち込みまくったシチューだ。肉を食え成長期」


 シチューは椀によそわれて目の前に置かれた。だがジョテイは手をつけなかった。

 男はそれを意にも介さず自身の分を椀によそい食べ始める。


「…………」


 男が同じ鍋からよそったのを見て、ジョテイは鍋の中にあったお玉をスプーン代わりにして直食いした。





「え、突然のワイルド」

「鍋の中に毒が無いのはわかったが、わたくし用にと渡された椀やスプーンに毒が塗られていたら困るだろう。掬うのに使っていた事からお玉には問題が無い。そして目の前には思わず腹が鳴き出しそうな良い香りの、温かなシチュー」

「気兼ねなく食べるには、確かにその方法になりそうなのだわ……」





 男はそれを想定していたらしく、マナーなんてものを投げ捨てて必死にシチューを貪るジョテイを見ても驚きはせず、


「零すなよ」


 その一言だけを寄越して、ジョテイが食べ終わるまでただ無言で見守っていた。





Q ジョテイはボロボロの姿だったとはいえ、突然の襲撃からの逃亡だったならお姫様なドレスとか着てたのでは?

A いつでも訓練を出来るように、というのと動きやすさを好んで動きやすいし汚れても良い服をよく着ていました。襲撃というか決闘が発生した時もその恰好。


Q だから素性が即バレせず済んだ?

A 襲撃を受けた後、国境越え前に民家から服と食料をこっそり盗んでました。なので元々動きやすい服だった→一般人の服、という状態になってます。男に拾われた時も一般人の服(無茶な山越えで汚れた姿)状態。


Q というか何で男はナイフを研いだの?

A 自分の獲物が手元にあるのは安心材料になるから。仮に荷物を用意する前に逃亡するとしても、生き抜くつもりなら武器が要る。荷物を用意した後であっても、武器が無ければお話にならない。汚れた武器よりは研がれた武器の方が生存の可能性はぐんと上がる。


Q ジョテイに水を飲ませたりしなかったのは?

A 生き残る気があるなら多少手伝ってはやるけど、現状どうなのかわからないから放置。武器は磨いてやったし、深刻な脱水症状には陥ってないようだし、優しい人間と誤解されたくないし、という理由から。



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[一言] ジョテイ、可愛すぎる。
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