両親
遠距離移動が可能な魔法持ちを核とした列車に乗り込み、ヒメは本来なら三日は掛かる距離を一晩で移動し終えた。
ちなみにこの列車はそういった魔法持ちを核用の部屋(整えられた設備有り)に入れる事で魔法を読み込み、石炭といった燃料を魔力に還元する仕組みを仕込む事で列車全体に魔法の効果を発動させる事が可能という代物。
石炭で魔力を賄える為、核となる魔法持ちが魔力を吸われて疲弊する事も無い。加えて石炭や木炭といった魔力に変換可能燃料さえあれば魔力を補充出来る事から連続で魔法を使用する事も可能。
勿論それだけのシステムを備えるのにかなりのお金が掛かっている上、夜行列車かつ上客向けという事で設備にもお金が欠けられ、結果的に使用にはかなりの金額が必要となる。
かなり設備のランクが落ちた一般客向けの車両もあるが、大半は上客向けに作られているので一般向けでも中々の額なのがこの列車だった。
「早い帰りだな」
城に帰れば、玉座に腰掛けているジョテイが笑みを浮かべながらそう告げる。
「ええ、ただいま戻ったのだわ。なにせとても素敵な列車のチケットが、先生経由で渡されたものだから」
「わたくしではないぞ」
「あら、やっぱり?」
となればやはりアレは父であるオウからだったらしい。
母であるジョテイなら性格上、会話した際に渡すだろう。そうではなくて教師経由というところからもそんな気はしていたが、本当に人から嫌われるのに向かない人だ。
「お父様は今日も庭小屋?」
「そう」
ふぅ、とジョテイが肘をついてため息を吐く。
「学園祭を見に行ってから、演劇が良い出来だっただの、友人に恵まれたようで安心しただの、トラブルが起きたようだがアドリブで対処し切ってみせたのは見事だっただの、そういう事ばかり喋るから直に会って言えば良いだろうと言ったのだがな」
「お父様、そこまで正直に言わないのでは?」
「ああ。今のは意訳だ。正確に言うなら、見れねえ程みっともねえ子供のお遊びを見せられるかと心配してたが中々に見れるもので安心した、友人も出来ずに寂しくしてるんじゃねえかとそれはもう心配したもんだが気の合う奴はそれなりに居るみたいだな、といった言い方だった」
「相変わらずのようで何よりなのだわ」
帝王とは思えない程口が悪い上に遠回しの嫌味混じりな言い方ではあるが、それでも心配が漏れ出ている辺りいつも通りの父だった。
「それじゃあ後で、庭小屋にも顔を出すとしましょう」
「オウの前では山小屋と言ってやれ。あいつが拗ねる」
「ええ、わかってるのだわ」
クスクスと笑いながらヒメは頷く。
そう、敷地的には庭の中にある小屋なので庭小屋と言っているが、場所的には山小屋に近い。元々山小屋で十年以上生活していた父は城よりもそちらの方が落ち着くと言い、わざわざ自分で建てて基本の生活をそちらで過ごしているのである。
まあ母であるジョテイもそれについては許可しているし、父に拾われた頃を思い出して懐かしいから、と公務の息抜きで行く事も多い。
他の王族貴族と学園で交流して思ったが、多分これは普通の王族にはあり得ない事だろう。ヒメにとっては日常だったのでちょっぴりギャップに驚いたが、そもそもの前提が特異だろうからそんな事もあるかと受け入れた。
「そういえばお母様って、国を追われてお父様に拾われたのよね?」
「その通り。オウが居なければお前は居ないし、わたくしも野垂れ死んでいただろう。女帝として返り咲けたのも何もかも、オウのお陰だ」
目を細め、口角を少しだけ持ち上げた柔らかな笑み。思い出しているのは当時だろうか。
国を追われた、野垂れ死ぬところだった、と言いながらそんな微笑みを浮かべる事が出来るのも、また父のお陰なのだろう。
「どうした、昔話でも聞きたくなったか?」
「そういうわけでもないのだけど、そういえば詳細を聞いた事が無かったと思って」
「ふむ。確かにわたくしも覚えが無いな。輪郭をその時その時で話した覚えはあるが……わたくしが国を追われた理由は?」
「親族の下剋上」
「わたくしの母の従姉妹によるものという事は?」
あら、とヒメは少し驚く。
「初耳なのだわ」
「実はわたくしの母の姉だったが」
「は?」
「祖母が気に入った男を負かしてベッドを共にした際に出来た子だったらしい。外聞が悪いのもあって祖母の兄の養子として出されたそうだ。まあ強ければ王位を奪う事も出来るのがこの国だから、妥当な流れだろう」
な、なんとややこしい。これは確かに幼い子供に話すには難易度が高い内容だ。
「わたくしの母は既に祖母と決闘して勝利し女帝となっていたが、そこに従姉妹の立場となった伯母が現れ、祖母と母を決闘で殺し勝利した。当然わたくしも殺されかけた」
「決闘で?」
「いや、決闘にもなっていない。なにせ当時のわたくしは七つになったところ。念の為に、というだけの理由で殺され掛けた」
「まあ、それはルール違反なのだわ!」
「まったくだ」
この国で大事なのは決闘。決闘で敗北したのであれば権利の主張は出来ないが、何かを決めるのであれば決闘が前提。
例え年齢や熟練度に差があろうとも、それが礼儀。
だというのに決闘の手順を踏まずに殺そうだなんて酷い話だ。
「決闘で負けたから殺される、なら納得もいくけれど、決闘もしていないのに問答無用で殺されるなんて酷過ぎるのだわ!」
「わたくしも不満だった。とても死にきれない。だから一つに結った後ろ髪を掴まれ首を斬られそうになった時、隠し持っていたナイフで髪を切り落として逃亡した」
「追っ手は?」
「こちらは子供の身。子供だからこそ通れるルートや子供だからこその身軽さを活かした。子供の体は出来上がっていないから骨も折れやすく怪我もしやすい。だがお前も知っての通り、その分軽い。草を結んだり蔦を少し絡ませたりすれば、後は必死に走り続けているだけで追っ手は撒けた」
「素敵!」
冒険譚を聞くようで胸がわくわくしてしまう。ヒメはドキドキに赤く染まった頬を両手で押さえた。
「だが、それで安心するのは素人。だろう?」
「ええ。国内の時点で危険度はどこまでも跳ね上がるのだわ」
「だからわたくしは、一度国から出る事を選んだ。国境はこっちだったな、という方向に森をひたすら進んで進んで進み続けた。そうして……ヒメはわたくしがどうなったと思う?」
「お父様と出会った?」
「行き倒れた」
「えっ」
「途中で魚を捕まえて食べたりもしていたが、代謝が良い子供。加えて体力の基礎値も低い。意識がある時は可能な限り森の中を進んでいた為、消費カロリーが摂取カロリーを上回ったんだ」
「あ、それ聞いた事があるのだわ!」
だからこそヒメも出来るだけ食事を摂取するよう心掛けている。食べられる量に限界があるので頻度を上げて対応という形を取っているが、そういえばその時にこの話を聞いた。
「十日程走り続けたが体力に限界が来て、川の近くで行き倒れた。そこに川の魚を獲りに来た大男が」
「悪かったな、大男で」
話を聞いていたらしい父、オウがやって来てケッと悪態をつく。相変わらず木こりのようにラフな格好だ。
「どうせなら白馬に乗った色の白い王子様のお迎えの方が良かったってか?」
「まさか。そんな華奢な王子より、自分の足で歩いて日焼けした大男の方がわたくし好みだ。少なくとも、わたくしを助けてくれたのは貴方でしょう」
「…………」
オウが何とも言えない渋い顔をする。
「……どこで教育間違えちまったかな」
「貴方の教育のお陰でこうしてザカのトップとして君臨している。それを間違い扱いとは酷い人だ」
「戦い方だけじゃなく、男を見る目もちっとは養わせておきゃ良かったと思ってるよ」
「それはそれは」
苦い顔のオウに、ジョテイはにんまりと目を弓なりにした。
「見る目のある娘に好かれた事をもっと喜んでくださればいいのに。まあ、貴方がわたくしを見る目の無い娘と思いたいのならそれでも構わないさ。わたくしが貴方を愛している事に変わりはない」
「……本当、どこでそんな歯の浮くような語彙を仕入れたんだか」
「素直に愛情表現をしてくださらない貴方を反面教師にしただけだ」
「かっわいげのねーガキ……」
不満そうな顔で愚痴を言うようにそう零す父だが、素直じゃないとわかった上で見るとただの照れ隠しにしか見えなかった。頬が赤くなっているのでそも誤魔化し切れていない。
「あ、そうだわお父様。ただいま戻りました。それと友人達を助けてくれたそうで、ありがとうございます」
「助けてねえよ。見るに堪えねえ事ほざいてるオッサンの首絞めたり、悪い出来の劇じゃなかったぜって事を言ったりしたくらいだ。もう片方に関しちゃ年寄り臭ぇ説教かましただけだしな」
「そりゃ知らねえジジイだ、と誤魔化したりはしないの?」
「ぐ、」
ぐぎ、と父が歯を食い縛る。明らかな照れ隠し。
「……まあ、学園生活を楽しめてるようなら、良いんじゃねえの」
吐き捨てるようにそう言って、父はドスドスと足音を響かせながら去って行った。また庭小屋へ戻るのだろう。父はとことん王様らしい暮らしが苦手らしく、一応用意されている帝王用の部屋には碌に入った事が無いそうだ。
「ああいうところ、昔から変わらないな、あの人は」
「そうなの?」
「変に詰めが甘いところなんかはそのままだ」
「あ、そうなのだわ。先程は中断されてしまったけれど、折角だから続きを聞きたいのだわ!」
「良いだろう。だが、先に荷物を置いてきなさい。その間にお茶の準備をさせる。荷解きが終わる頃には丁度いい温度になっているだろう」
その案に頷き、ヒメは足元に置いていた荷物を持ち直して部屋へと向かう。城の自室も実に一年ぶりだ。
タカラザカのしきたり。
・決闘を仕掛ける/仕掛けられる。
・決闘に勝つ/負ける。
・目的の物を得る/奪われる。
以上!
これが美しい蛮族と言われる所以。




