ラママ組
無事に回復して制服に着替えて外に出れるだけの体力を確保したライトはマッド、マンガと共に演劇部が使用している方の舞台へとやって来た。
複数舞台がある辺り流石マナビヤ学園。
「最早私には何も無い……」
舞台の上で、エンギ先輩がそう告げる。
若い頃はとんとん拍子で上手くいったものの、年を取るごとに上手くいかない事が多くなり、思い悩んで旅に出た男の役だ。
中年と言うよりは老人寄りの役だが、そこに居るのは確かにくたびれた初老だというのが伝わってくる。流石エンギ先輩。自分達も頑張って演じたが、あそこまで細かい仕草を正確に表現するというのはそう簡単に真似出来ない技だ。
「何も生み出せず、ただ老いるばかり。私はこうして痩せ細り、自分の足で立つ事も出来ず、誰にも振り返ってもらえず死ぬのだろう」
「何を馬鹿な事を言っているんですか」
二年のシュ・エン先輩がそう言った。
シュ・エン先輩の役は、エンギ先輩演じる男を慕う部下であり、辛辣ながらも決して見捨てない優しさを持つ従者。
度々心が折れてしまいそうになる男を決して見捨てず、八つ当たりをされたならそれなりにやり返すというユーモアもあるのがクスッとさせてくれる役だ。
「貴方はこんなところで倒れて良い男ではない」
「……私はもう、何の役にも立てない。君は国に必要だから帰れば歓迎されるだろうが、私は最早老害の域に達している」
「そりゃ貴方はもう年齢による口臭とかで害がある状態になってますが」
「待ておい初耳だぞ」
「それでも、何の役にも立てないという事は無いでしょう。最悪の場合は老い先短いながらも若い頃は名が売れた人物だったという事でそれなりに価値ある生け贄くらいにはなれます」
「おい貴様不敬罪適用されたいか!?」
「それだけ叫べるなら心身共に案外元気ですね。まあ、安心してください。僕は貴方を見捨てませんから」
「君は…………」
「僕以外の全人類は貴方を見捨てるかもしれませんけど」
「私を上げて落とすのが君の趣味か?」
「上げて落とす事でメンタル回復の手助けをして差し上げている心優しい従者ですよ。貴方の死後は、後年にメンタルの乱高下が激しくなった冴えない老人の世話を献身的にやっていた歴史に残るべき従者として僕の名前を世に広めます」
「そこは普通私の名を広めるところだろう!」
「メインである従者のついでに名前を残してあげますから安心してください。僕が仕えるのは貴方だけです。忠誠心に溢れた事で後世に名が残る僕に仕えて貰えて幸運な人だ」
「たった今、言語化出来ない不幸な感覚に襲われているよ」
ったく、と言いつつもエンギ先輩演じる男は歩き出す。シュ・エン先輩演じる従者はその後ろについて行く。
これまでの失敗に心を病み、従者を置いて飛び出して、自殺をしようにもそんな勇気も無くひたすら鬱屈した状態に陥っていた男が立ち上がった瞬間だ。
この物語は史実を基にした作品なのだが、史実でもこの従者のお陰で男が持ち直したとある。
従者の方は実際その後も男に仕え続け、男が死ぬまで献身的に世話をし、男の死後は従者として引く手数多だったものの全てを断り若くして早々に隠居したという。正に、あの男にだけ仕えた従者だ。
そういった史実の要素も練り込みながら、思わずクスッと笑ってしまう会話に仕立て上げられたシナリオ。そして何より感情移入してしまう演技力。
降りて来た幕に、ライトは全力の拍手を贈った。
・
劇場の外に出て、ライトは思いっきり伸びをした。
「いやァ、やっぱり凄かったね演劇部!」
「ああ。心をあそこまで落ち込ませるといった薬を作ってみるのも良いかもしれないね」
「マッド、オレそういう事言ってんじゃないんだけどなァ」
「だがあの男にとって、あの従者こそが最高の薬だったという事だろう? 実際、気分が落ち込みがちな人間は気分を高揚させる薬を使用する事もある。だが逆に落ち込ませる薬というのは耳にしない」
「そりゃ需要無いだろうしねェ」
「わかる」
うん、とマンガが頷く。
「そんな薬よりは感度3000倍の薬の方がよっぽど創作の為になるよ!」
「力強く拳を握ってるとこ悪いけど、マンガのも何か違うんじゃないかなァ」
「感度3000倍か。あの薬、使い勝手が悪いんだよね。聴覚や視覚なんかも3000倍にするから大体は脳が処理し切れなくて壊れるんだ。普通に命の危機がある劇薬だよ」
「待って実物あるの!?」
「祖母のイカレタ・サイエンティストが作ったものだけどね」
うわ、とライトは一瞬慄いた。
イカレタ・サイエンティストと言えばかなり有名な研究者。基本的には薬品関係の研究が多いのだが、彼女が世の常識をひっくり返した回数は数知れず。
サイエンティスト家という点からそんな気はしていたが、やはりマッドはかの有名な研究者と血族だったらしい。
「性欲増強剤と称して敵国に売りつけ、軍人達を軒並み廃人か死体にしたという、法律で禁止されている級の危険物」
「ゆ、夢が壊れる使い方してくるじゃん……。成人向けの代名詞、エロ方面の夢に満ちたお薬が……」
「性感の部分だけを三倍にした物が一番使い勝手が良いと売れてるから、創作でもそのくらいが良いと思うよ」
性的な話を忌避する事無く、ただ薬品説明というテンションでマッドは言う。
「あくまで現実を引っ張って来たりはしない創作に対して言う事では無いけれど、元から性感というものがある人間に対しては三倍くらいが気が狂わないレベルだ。それ以上は戻れない中毒性が発生するらしい」
「こわっ」
「ちなみに不感症に関してはゼロに何を掛けても無駄な以上、全身を性感帯化する薬の方が効果があるね」
「やけに詳しいけど、マッドのご実家って精力系のお薬屋さん?」
「人体実験は叱られるし、あんまり人体に有害なのを作っても叱られるから程々の薬作りをして探究心を満たしている一族だよ」
「叱られるで済む程度の話なんだよね? ね?」
マンガとマッドの会話を聞きながら、叱られるどころか暗殺か飼い殺しの危機が常にある級、とライトは心の中で呟いた。
マッドの自作に関してだけならともかく、マッドからすれば興味が湧きそうに無い市販の薬にも随分詳しいなと思っていたが、単純に作る側の家系だったのには驚きだ。しかしイカレタ・サイエンティストの孫なら不思議じゃない。市販薬の元となる薬を作った家なら当然と言えよう。
そんな風に話していたら、声が聞こえた。
「ほう? 演劇をやっているのか」
「もう終わったようですね」
「ふん、どうせ本職に比べれば見る価値の無い駄作だろう。自己満足の為のつまらん行事だ」
そんな言葉が聞こえてきて、ムッとする。
エンギ先輩達の演技は凄かった。史実を改めて調べ直したいと思わせる迫力、雰囲気、そして説得力とわくわくがあった。
それを見もしないで勝手に見下すなんて、マナーが悪いにも程がある。
「正門付近でも演劇か何かをやっていたようだが、そちらは部活動といったお遊びにすら所属していない素人だと言うし、まったく低俗なものだ。倅を通わせようかと思ったが、その価値も無い」
お前みたいな人間が保護者なんてその倅とやらも随分と可哀想だ。そっくりな倅だというならそもそもここに来なくて良い。
思わず舌打ちをしかけて、
「…………」
「ふむ」
マンガとマッドも機嫌を悪くしているのがわかった。
ユニコーン頭を再び装着しているせいでマンガの表情は窺えないが、黙り込んだその雰囲気が怒りの気配を纏わせている。
マッドに関しては薄く笑みを浮かべて向こうを見ているものの、その目には温度が無い。完全に死ぬ前提の動物実験をするヤバい研究者の目だ。先程聞こえて来た会話によって、マッドの中で彼らの人権が無に帰している。
しかし、素人だけど素人なりに頑張って演じたものなので、見てもいない輩に勝手な評価をされるのが不愉快なのはライトだって同じだった。とってもむかつく。
とはいえむかつくからという理由で来客をぶん殴れはしないから、後で巡回しているだろう教師にこういう嫌な事言ってくるヤツが居た、とチクるのが精々か。
「おいおい、誰かと思えばニワカ王様じゃねえか」
「誰だ私の名を気安く、ゲッ!?」
「相変わらずだなあ、ええ?」
ガッ、と偉そうな男の首に腕を回してニヤニヤと絡んだのは、老人と言って良いだろう男性だった。
老人、と言っても首の後ろで一つに括られた長い黒髪は瑞々しく輝き、身長はフリョウくらいあって、ラフな服装から覗く屈強な筋肉は軍人のソレ。老人とは思えない程にみっちりと詰まった筋肉なのが遠目からでもわかる。
シワのある顔をニヤニヤといじめっ子みたいな笑みにして、男性はニワカ王とかいうヤツの首に回した腕の力を強めた。
「あんまり身の程弁えねえオイタをするようなら、可哀想にお前はここで意識を無くしちまうかもしれねえなぁ。どう思うよ、エアプ国のニワカ・ミリシラ王さん?」
「き、貴様……!」
「テメェが知りもしないで好き勝手な悪評並び立てるせいで迷惑被ったヤツも居る。その結果、テメェの国からは随分な数、有能な奴がお国を捨てて出てったらしいじゃねえか」
「き、貴様が奪っていったのであろうが!」
「馬鹿言っちゃいけねえよ。そんなところで心を削って泣いてるよりも、うちで伸び伸び活動しちゃどうだって勧誘しただけだ。得意分野が一つでもあって、その何かで優れた姿を見せられるならそれで充分。その程度の勧誘であっさりほっぽり出されるような運営してるテメェの責だ」
「私を侮辱するか!?」
「テメェの吐いた唾がテメェの顔面に落ちた程度で喚いてんなよ。そっちが吐かなきゃ、そのツラ汚れずに済んだんだぜ」
パ、と男性が腕を離すと同時、かなり首を絞められていたらしいニワカ王が咳き込んだ。
「に、二度とこんな低俗な場に来るものか!」
「だったらうちの国の会議も低俗な場として来なくて良いぜ。誰よりも低俗な口の利き方しやがるテメェが居るよりも、その方がよっぽどお上品な場になれるってもんだ」
ニワカ王は聞くに堪えない罵詈雑言を吐き出しながら付き人と共に逃亡を図り、男性から距離を取ったところで教師によって確保されていた。多分他のところでも同じような暴言を吐いたりして教師に報告が行っていたのだろう。
「何て素早く爽快なザマァ系……これは参考になる!」
「何の?」
何その聞き慣れない単語。マンガは時々こういう事がある。これでも友人が多い分知ってる事も多いはずなんだけどなァ、とライトは首を傾げた。
「お」
ばち、と先程の男性と視線が合った。
男性はシワが刻まれた顔に再び、けれど先程の嫌がらせに近い笑みと違い、好意的だとわかる笑みを浮かべてやってくる。
「よお、あんたらの演劇見たぜ」
「エッ、そうなんですか!? ありがとうございます!」
「見てねえヤツは好き勝手言うだろうが、俺は良いと思ったぞ。素人にしちゃ舞台で魅せる動きも出来てたしな。シナリオも良かった」
「シナリオ褒められた……! これは嬉しい!」
「ふむ、確かに本日初めての身内以外からの感想だから嬉しいね。動きに関してはわたくし様だけドーピングを使わせてもらったが、君たちは自力でやってみせたわけだし。それに関しても君たちは嬉しい評価なんじゃないのかな?」
「うん!」
「確かに嬉しいかも」
へへ、とライトは頬を掻いた。
ご老人ではあるものの、ご老人とは思えない肉体を持ち、そして先程嫌な客を格好良くひねり上げていた相手。そんな人に舞台を見てもらい、そして褒められたというのは何だか嬉しくて顔がうっかりにやけそうだ。
「何だ、他からの感想は貰えてねえのか?」
「特に無いんですよねェ」
「ライトはともかく、わたくし様やマンガはメインの役じゃなかったからじゃないかな」
「いや、お前ら結構噂されてるぞ。ほら、あそこのお嬢さん方とかも演劇の話をしながらお前達があの演者じゃないかって話してた」
「でも話しかけられてないし」
マンガがそう言った瞬間、男性の目が呆れたような半目になる。
「……そりゃあ、そんな被り物してるヤツが居るんじゃあな」
そう言われ、改めてマンガを見た。相変わらずのユニコーンな被り物。
「いやそりゃそうだ! そりゃそうだったよ! 普通に見慣れてたけど確かに話し掛け辛いし演者じゃないかって確信が薄れる!」
「ライトもわたくし様も制服を着ているだけでわかりやすくそのままだが、マンガに至っては完全に顔がわからないからね。ふむ、改めて指摘されると確かに異様だな。これはうっかりしていた」
「えー、でも在校生にはこれがないとわたしだって認識してもらえないよ」
入学時からずっと被っているので、まあそうなるだろう。ライトだって衣装きちんと着た上での通し稽古の時に初めて素顔を見た。
演劇系の出し物は魔道具で録画されているので上映時間中も出し物に忙しかった生徒達が後で見れるようになっているが、それで見てもマンガとは気付けないだろう。ウィッグにメイクまでしてるので、どっちみち素顔とは言えないレベル。
「ま、被り物がどうこうなんてのは関係ねえだろ」
ニッと笑った男性が何か悪戯っぽい雰囲気を纏い、すう、と息を吸う。
「おおーーーーい! ここに正門付近の舞台で『彼らの救いは数年前に』って演劇やってた演者が居るぞお! ユニコーン頭被ってるヤツがハナコの母親役だってよ!」
「え、ちょ」
「いきなりなん」
続きを言う前に、周囲が反応した。
「えー!? やっぱそうじゃんほらやっぱそうじゃん私間違ってなかったじゃーん!」
「いやだってあんな被り物されてたらわかんねーべ!?」
「あらあらあの劇の!? 本当だわよく見たらタロウ役にオイシャ役の子も居るじゃない! 本当に素敵だったわよあの演劇!」
「私はアクダイカンが好ましいと思ったのだが彼は居ないのだろうか」
「とても素敵でしたわ。わたくしは背景等を担当していた方の、あの魔法の使い方が素敵だと思って」
「握手orサインちょうだーい!」
「うわわわわわ」
「待って待って待ってェ!?」
「……一足先に逃げて良いか?」
「「良いわけなくない!?」」
一抜けで逃げようとしたマッドを確保するも、既に周囲を囲まれている。とても嬉しいけど勢いが凄い。
これどうやって収集つけたら、と言おうとして、先程の男性がとっくに立ち去っている事に気が付く。
あ、あの人一抜けしやがった……!
「あーもう無理。私もう本当無理。耳引っこ抜きたい。どうせ舞台の外に出れば演劇を見た客がブーイングの嵐なんだ。知ってる」
「エンギ先輩、まぁーいかいそれ言ってるぅー」
「う、ちょ、ほっぺつつくのやめてシュ・エン。てか学園祭楽しみしてたって言ってたのに何でまだここに居んの……? 私の心にダメージ入れる為……? それなら既にめっためただよ」
「ひっどぉい! 僕がそんな悪い人に見えてるんですねぇ、エンギ先輩ってぇ……ぐすん」
「泣き真似とか私見抜けるから意味ないけど」
「チッ」
「ヒエッこわ」
「んもー! そうやって僕とのコミュニケーションすぐ避けるんだからぁ!」
「いや高身長でパッと見スマート系で切れ長イケメンなのに中身小悪魔甘えん坊系なシュ・エンとか、私みたいなのは緊張しない方が無理っていうか出来れば関わりたくないし……」
「酷過ぎますよぉ! 僕はこぉーんなにもエンギ先輩に惚れ込んでるのにぃ!」
「演技にだよね?」
「そりゃ勿論そうですけどぉ? 学園で一緒に演じられるのは今日が最後……だからこそ最高の出来の演技をお見せし! 無事終わらせ! 最後の思い出作りも兼ねてエンギ先輩と学園祭をぐるっと回ってぇ……なーんて考えてたのに! エンギ先輩ずーっと控室で死んでるんですもぉん! 僕すっごぉーく不満です!」
「えぇ……勝手に行ってれば良いじゃんそんなの……」
「エンギ先輩と一緒がいーいーのー!」
「うわうるさ……次期部長にはもう指名してあるんだし、私と関わる必要性とか無いだろ……」
「一緒に学生の身で学園祭回れるのは今日が最後なんですってばぁ! そりゃエンギ先輩が卒業後所属決まってる劇団の演目は一つの演目を毎回最低でも五回は見るつもりですけどぉ、だからってしっかりお話するチャンス無いかもじゃないですかぁ!」
「いや別にそんなに見なくても良いし……今までだって別に会話してなくない……?」
「エンギ先輩が僕を避けてさっさと逃げちゃうからじゃないですかぁ! 昔はもっと色々教えてくれたのに!」
「そりゃ一年が泣きそうな顔でこれどうやって演じるんですかとか聞いてきたら教えるけどさ……見捨てる程心死んで無いし……でも君急に凄い距離の詰め方して来たから……」
「エンギ先輩の演技に惚れ込んで好意全開になっただけですけどぉ!?」
「いやマジ無理……陽の者過ぎる……私学園祭回りたいとかも無いから一人で行って……」
「やだやだやーーーーだーーーーーー!」
「こんな駄々を捏ねても顔面力損なわないイケメンこわ……」




