愛
ハナコは椅子に腰かけているアクダイカンのもとへとたどり着いた。
「来てやったわよ、アクダイカン」
「……本当に不愉快な女だな、貴様は」
アクダイカンはその顔を酷く顰め、ハナコを視界に入れたくもないとでも言うように舌打ちをする。
「さあ、どうして毒を盛ったのか、聞かせてもらおうじゃない。タロウに何の恨みがあったって言うのよ!」
「 ハ 」
アクダイカンはカッと目を見開き、またあの不気味な笑みを浮かべた。
「恨み! 恨みと言ったか!」
「それ以外に何の理由で毒なんてものを盛るの!?」
「ハ! 恨み以外に毒を盛るなどあり得ないと言う貴様には到底わからん感情だ!」
机を叩いて乱暴に立ち上がったアクダイカンは、一瞬にして表情を消し、静かに言う。
「愛だ」
「……あ、い?」
「俺はタロウを愛していた。だから、俺が死ぬかタロウを殺すか。その二択が俺の前にあった」
軋む音を立ててアクダイカンは再び椅子へと身を沈めた。
「そして俺は、俺の手でタロウを殺してやる事に決めたのだ」
「……意味が、わからないわ」
理解出来ない悪を、愛を前にし困惑するハナコを、アクダイカンは鼻で笑った。
・
玄関前からアクダイカンの部屋というシーン転換時に裏へと引っ込んだヒメは自身の服などに掛けていた分の魔法を解除し、緊張とアドリブ、そしてかなり無理な使い方をした魔法の負荷で脂汗を滲ませながらゼエハアしていた。
「あ、危なかったのだわ……各自の位置から視覚的情報で変にブレたりしないよう調節するなんて二度としたくないのだわ!」
「ふむ、よくわからないがアドリブで割って入った以上に頑張ってくれたようだね。ご苦労様」
いつも通りのテンションでそう言うマッドの隣で、布を捲ったライトが明るく笑う。
「いやァ本当にナイスタイミングだったよヒメ! トクサツ、あの時完全にキマッてたし!」
「まさか憑依型……とはまた違う系統っぽかったけど、戦闘で呑まれてビームをぶっ放されそうになるとは。目の前でビーム放たれそうになる作画のレベルは上がりそうだけど嬉しくなーい」
「確かにその通りだ。マンガの言う通り、危うくわたくし様達はこんがりと跡形も無く、炭が残れば良いくらいの勢いで燃やし尽くされるところだった」
「っていうかアドリブも凄かったよね!? フリョウはそもそもアクダイカン役だし、言い方考えちゃう癖からしてもアドリブ向いてないから助っ人無理! ヒメの割り込み方最高のタイミングで最っ高の演技だったよォ!」
「……ええ、本当、咄嗟にしては、我ながら上手く収めたと思うのだわ……」
ゼエ、とまだ多少呼吸に乱れがありつつも、ヒメは素直に称賛を受け入れた。
この後アクダイカンと話し合いを終えたハナコは慌てて屋敷を出て診療所に向かうが、倒された部下達について掘り下げる必要が無いのでメイユウの存在は恐らくスルーされるだろう。元より予定にないキャラクターなのでそれで良い。
「えーと、凄い負担大きかったみたいなところ悪いけど、メイユウには再登場お願いするね」
「待ちなさいマンガ」
「うん、ヒメには凄い悪いんだけど、あの状況下で再会した幼馴染がその後出番無しは普通に無理」
説得力があり過ぎる言葉だった。
「屋敷から出て診療所に行くまでのシーンは台本通りに。その後、一体何があったんだ、と診療所にやってくるメイユウ。オイシャから詳細を聞く。オイシャは説明を自分が担当するから気休めに薬湯を淹れてやれ、とハナコに指示。そこで涙が混入して、と変更する」
「……まあ、確かに納得はするのだわ。そこで追いかけもしない方が不自然だものね」
何せあんな登場の仕方をしてしまったので、その後の出番が無いとなったら折角の設定をドブに捨てたみたいになってしまう。
アドリブで咄嗟に出したキャラクターだからと言っても、観客にはそんな事関係無い。
「涙に成分が混ざっている事からハナコが材料に気付き、それを聞いたメイユウは、まだ何もわかっちゃいねえがひとっ走り行って来て持って帰れば良いんだな! 俊足のメイユウ様に任せとけ! とでも言ってダッシュでハナコ家に行き茶葉の入った茶缶を受け取り、診療所まで、という展開にしたい」
「……盛り上がるのは、わかるのだわ。例え助かるとわかっていても、出来ればハナコはタロウの隣に居たいでしょうし」
「可能なら舞台から飛び降りて観客席ぐるっとダッシュした上でハナコ家状態になった舞台に戻ってくるっていう動きを」
「舞台上からはわからなかったでしょうけれど、私は観客席からは身長がライトくらいに見えるよう映像を調整してたのだわ。この疲労の原因はそれなのに、近距離でその違和感を抱かせないようにするのはかなり負担が大きいのだわ」
「でも再登場シーン、もうフリョウは出番無いから裏で待機だよね」
それがどうしたと言おうとして、ヒメはがくりと肩を落とした。頭もがっくりと下を向いている。
因果応報、と言うべきか。
戦うような踊り方、踊るような戦い方、を覚えさせる時にヒメはそんな事を言った。フリョウの魔法は回復魔法。壊して良いなら、壊して回復させてからまた壊す、と。
つまり疲弊してようがフリョウの回復魔法で回復させるし、回復さえすれば出来るだろうと、マンガはそう言っている。
あまりにも無茶。あまりにも酷使。
だが、全力を出せとヒメは母に言われている。全力で、楽しませるように、と。ならば観客を楽しませる為にも、全力を出すべきだろう。全力が出せないのなら、全力が出せるように。
「……わかったのだわ」
舞台の上が戦場なのは知っていたが、演劇の方の舞台も戦場と言えるものだとは。
・
ハナコは問いかける。
「愛? それが愛だって言うの?」
「勿論、愛だ。俺に臆さず親し気に接してきたタロウに俺は愛を抱いた。手に入らなくても良い、ただ俺に見える位置で、明るく照らす太陽のようであって欲しいと思っていた。だが」
アクダイカンはハナコをギロリと睨みつけた。
「その太陽が誰かの物になるのは、我慢ならない」
「だからって、それでどうして毒を盛るのよ!」
「手に入らないのなら、殺した男になりたかった」
理解出来ない言葉に、ハナコはたじろぐ。
「例え妻が貴様であろうと。タロウが愛したのが貴様であろうと。タロウを殺せば、タロウを殺したのは俺になる。俺だけになる。タロウの何もかもが貴様に向けられていようと、タロウの命だけは俺が手にし、その炎を消せた事になる。そう、俺だけのタロウになるのだ!」
「そんなものを愛と言うの!?」
「好きに喚くが良い! 貴様が認めずとも、俺が愛だと言えば俺のこの感情は愛となる! 他の誰にも触れさせはしない、他の誰にも表現させない! これこそが俺の抱いた、タロウへの愛だ!」
アクダイカンは笑う。タロウへの愛に、どこか泣きそうな声で、悪のように高笑いした。
「いっその事、目の前で死んでやろうかとも思ったがな」
「……何ですって?」
「俺が毒の苦しみに倒れて弱れば、優しいタロウはきっと見舞いに来るだろう。日々弱っていき死が近付く俺に、タロウは涙を流してくれるだろう。そして俺が死んだ時、タロウの中で俺は絶対の位置に至れる。生きている限り何者も立ち入れない、思い出という形で!」
「そんな事に意味があると言うの!?」
「ある! 俺はタロウの中で永遠に生き、他の何よりも強く刻まれる!」
「そんなものは愛じゃない、トラウマだわ!」
ハナコは両手でアクダイカンの胸倉を掴み、睨みつける。
「タロウを傷つけて泣かせて、それがどうして愛だと言うのよ!」
「ハ! 相思相愛になるのが愛か!? 小娘が! 例え実らずとも気付かれずとも、相手の唯一無二になりたいと思う! 他の誰にも割って入る事の出来ない特別な何かを得たいと思う! それこそが俺の愛だ! 貴様には到底わかるまいよ!」
「…………!」
わかるはずもない。
愛する人が傷付いたなら救いたいハナコと、愛する人の傷になりたいアクダイカンでは、まったく違う愛の形なのだから。
「……ええ、理解出来ないわ」
ハナコはそう肯定する。
「でも、それはアタシがタロウの命を諦める理由にはならない! 今すぐ解毒剤を出して!」
「無い」
「そんなわけ、」
「死ぬか殺すか。いつかその選択が来ると思い用意していたものだ。何故解毒する必要がある?」
「…………!」
アクダイカンのその言葉に嘘は無い。
声から、表情からハナコはそう気付いた。屋敷中を探し回っても、解毒剤やその材料は決して見つからない事もわかってしまった。悟ってしまった。
「タロウ……!」
ようやく辿り着いたオアシスが蜃気楼でしかなかったように、ハナコが探して見つけたと思っていた希望なんてものは、最初から存在しなかった。
タロウを救う術がないと気付いてしまったハナコは瞳を潤ませ、慌ててタロウのもとへと駆けてゆく。
「足掻いても、タロウの命は俺のものだ」
一人残されたアクダイカンが、そう呟いた。
「もしこれでタロウが俺に命を奪われずに生き延びるのなら」
アクダイカンは、静かに言う。
「……俺の愛を、タロウが拒んだというだけだ」
それはどこか、悲し気な声だった。
Q 何でヒメはこんなに疲労してるの?
A 凄い無茶をしてるから。どのくらい無茶をしているかと言うと、
・観客席全員、それぞれの視点からの角度に合わせた映像をリアルタイム連動で映像を反映。
・ヒメが動く、あるいは観客が頭の位置を動かす、といった行動により映像の角度が変化してしまう為、それらにも全対応。
・要するに前から見ると完璧だけど横から見ると微妙、みたいな角度トリックが起こらないよう調整してる。
・もう一度言うがリアルタイムで、観客席から見た全角度に対応。
・服に関しては服という座標があるのでデザインを反映させるだけで良いが、身長に関しては全体のバランスも関わってくるので細かい部分で手が抜けない。
・ちょっとの出番で結構な疲労度合い。
・具体的には三時間走ったくらいの消耗。
・それを観客席側に降りつつ維持しないとなので難易度ハード越え。
Q 他の人は別に身長盛ってないし、低身長の頼れるガキ大将でも良かったのでは?
A 咄嗟過ぎて動揺した結果です。その時だけの出番って予定だったし、とりあえず見栄えするそれなりの身長にして観客に違和感を抱かれないように、と焦ったのがめちゃくちゃ出てます。焦ってると要らん事しますよね。




