飛び入り
「ここなの?」
ラットが立ち止まったのは、悪い噂が囁かれているアクダイカンの家の前。
ラットを籠に仕舞い直し、ハナコは開かれた門から玄関前へと移動して扉についているノッカーを鳴らす。
「すみませーん!」
間もなくして、重い音と共に扉が開いた。
ハナコを見下ろす形でそこに立っていたのはアクダイカン。睨みつけるような目にハナコは一瞬たじろぐも、苦しんでベッドに横になっていたタロウを思い出してその恐怖を振り払う。
「あの、聞きたいのだけど良いかしら」
「……俺に何を聞きたいと言うのやら」
アクダイカンに、ハナコは問う。
「タロウに毒を盛ったのは貴方?」
その言葉にアクダイカンは静かに目を見開き、
「 ハ 」
笑った。
「 ハ ハ 」
目を見開いたまま笑った。
「 ハ ハ ハ 」
壮絶な笑みに思わずハナコが後ずされば、すん、とアクダイカンの表情がいつも通りのつまらなそうな、退屈そうな、酷く冷たいものへと戻る。
「何を言うかと思えばそんな事か。一体何の話だ、と言ってやろう」
「タロウが倒れた事は知っているでしょう」
「知っているか、と問うべきだな。俺は知らない」
「そんなはずはないわ」
「何故そう思う」
「タロウに盛られた毒を追って、ここへ辿り着いたからよ。それに貴方は、あまりにも動揺してないわ。タロウは貴方と仲良しだって言っていたのに、そのタロウが倒れたと聞いてもそんな態度だなんて!」
ハナコの言葉に、真顔でありながら絶対零度の冷たさ、そして凍った薔薇のような美しさを纏いながらハナコの顔を覗き込み、アクダイカンは口を開く。
「貴様如きが俺とタロウの仲について口出しする権利は無いぞ、女」
ゾ、とするような敵意だった。
「ハ」
身構えるハナコに、アクダイカンは笑う。
「どうしても知りたいと言うのなら、俺のもとまで辿り着いてみせろ。俺は貴様を認める事など無いが、もし辿り着く事が出来たなら教えるくらいはしてやろう。勿論、辿り着けたらの話だがな!」
アクダイカンが指を鳴らすと同時に、顔を布で隠した男三人がハナコを取り押さえた。
「ちょ、っと何よ! 離して!」
「放り出されたならそれまで。掻い潜って俺のもとまで来るがいい」
そう言い、アクダイカンは去って行った。
残されたハナコは上半身を捻るようにもがくも、男達の手は緩まらない。垂らした布によって彼らの顔は見えず、そこに意思や人間性などは何も感じられなかった。
「……ふん!」
「っ!?」
ハナコが気合いの入った声と共に足を踏み込めば、動きが止まった。男達三人は突然の停止に転びかけ、慌てて体勢を整え再びハナコを引きずろうとする。
が、引きずっていたはずのハナコの重心が完全に安定し、びくとも動かない何かになっている。
「冗談じゃないわ」
ハナコが歯を食い縛る。
「アタシはタロウと結婚するの。そう約束したの。そんなタロウが苦しんでるの。それなのに何もせず、追い返されて、泣き言しか言えないなんて……そんなアタシらしくない事、お断りよ!」
ハナコは掴まれていた左手を振り払い、後ろから引っ張るのを諦めて前から押そうとしていた男の胸倉を掴んで放り投げた。
転がるようにして投げられた男は着地する。他の男達がそれに意識を取られている隙にハナコは腰の辺りを押していたもう一人を蹴り飛ばし、力強く玄関の向こうへ行こうとした。
「!」
「邪魔、しないで!」
慌てて止めに入った男に振り返り、服を掴み、後ろに転がるようにしてぶん投げる。
だが最初に投げられた男が復帰し、容赦なく蹴りを入れようとする動きをハナコは素早くしゃがんで避けた。
・
主人公ハナコを演じるトクサツは、集中していた。
ここでライトがこう来るから、その動きを利用して後ろから迫って来ていたマンガに当てる。出来てる。大丈夫。
蹴りを入れる。避けられる。後ろのマッドの肩に手を置いて跳んで攻撃を避ける。よし、上手。
蹴りを受け止める。横から蹴りを入れてひっくり返して転がす。もっと上手に出来たはず。
拳を避ける。手首を掴んで後ろに回す。盾にして攻撃を防ぐ。ああ、危なかった。
相手の頭を台にして縦に一回転するように飛び越える。あれ。
横から来た攻撃を避けて足を引っかけ転ばせる。何してるんだっけ。
拳を転ぶように避けてその体勢のまま足払いをする。そうだ、戦闘してるんだ。
蹴りを横に転がって避けて立ち上がる。じゃあ倒さなきゃ。
肘を手で軽く上に弾いて攻撃を防ぐ。滅ぼさないと。
後ろに一歩引いて両側からの拳を避ける。悪は根絶やしに。
お互いに拳を食らって弱った二人を突き飛ばす。徹底的に。
さもないと。
さもないと。
ママが、安心出来ないから。
「え、ちょ、トクサツ?」
右目に熱を集約させる。魔法で全てを燃やし尽くそう。ママの敵を消すにはそれが一番早い。
そう、ヒーローたるもの、悪は許さじ。
ママの為に僕は、悪を、
・
ヒメは、裏から舞台全体を確認出来る位置に居た。
移動の時などに背景を一緒に動かす事で移動した感を出したりと結構頑張っていたのだが、戦闘シーンに入ってからトクサツの様子がおかしい。嫌な予感がする。
稽古の時にはこうなっていなかったはずだが、動きのところどころに本気が見える。
避けたりといった動きが多いのでわかり辛いものの、戦い方を知っているヒメにはわかる。
「呑まれてるのだわ」
役に呑まれたというよりは、戦っている、という状況に呑まれたのだろう。
これはまずいのではと冷や汗を垂らしていれば、トクサツは右目に熱を集約し始めた。トクサツの魔法は、目からビームと出すという超攻撃系魔法。一度試しに見せてもらったが、鋼鉄が真っ二つになる程の熱光線だった。
まずいのでは、ではなく、完全にまずい。
「ヒメ、これは」
「行ってくるのだわ!」
同じく危険に気付いたらしいフリョウに声を掛け、咄嗟に髪を一つ結びに整えたヒメは背景を魔法で維持したまま、加えて魔法を使用し舞台の上へと飛び出した。
・
「おっとぉ!」
、その時、突如新しい声が聞こえた。
周囲の男達を投げ飛ばし、彼はハナコの肩をポンと叩く。
「ったく、いきなりとんだお出迎えだ! 何があったのかは知らないが、助けになるぜハナコ!」
「、え」
想定もしていなかった助けに、ハナコはポカンと目を見開いた。
・
ヒメは内心冷や汗だらけになりながら、表面は快活な、どこか男らしいニッとした笑みを浮かべていた。
ナレーションを担当しているジンゾウは舞台に背を向けているものの、文字を読む振りをして視線を時折向けている白紙の本。そこに舞台上の様子を映し出したのでアドリブで繋げてくれるだろうと思ったが、上手に繋げてくれたようで良かった。
そう、今のヒメは男の恰好になっていた。
元々裏方としてちょこまかと小物の回収したりがあるので動きやすいズボンにしていたのだが、背景に溶け込みやすいようにと白い服にしてもらっていたのが幸いした。単純に背景同様、自身の服にも映像を映し出し、まるで旅から帰って来た男のような恰好に見せかける事に成功したのだ。咄嗟に髪を括ったのもその為である。
当然そうすると身長差が厄介だが、そこは観客席から距離があるのを活かして目の錯覚を抱いてもらう事にした。映像魔法を全力で使用し、3D映像の応用みたいな形でライトくらいの身長に見せかけている。
それぞれの観客席の位置から見て問題無いよう調節するので尋常じゃなく神経を使うが、命が掛かった場で出し惜しみは出来ない。
舞台上となると距離感の問題からその錯覚は使えない為、トクサツ達から見るとちょっぴり違和感があるかもしれないが、まあそこは仕方ない。見る側である観客に身長加工済みの映像が映し出されればそれで良いのだ。
・
「おいおい、もう忘れちまったってか? 薄情モンめ!」
彼は少し拗ねたような顔をしてから、再びニッと太陽のように笑ってみせた。
「確かに年単位でちょいと遠出しちまってたが、それだけで数年前までお前やタロウと飽きるくらいに野原で遊び転げてたこの俺、メイユウ様を忘れんなよ!」
・
ニッと笑う、男装したヒメ。
そこに違和感を抱いて、台本にこんなシーンは無かった、と思ってトクサツはようやく気付く。
自分が、戦闘という状況に呑まれて友人達を危うく殺し掛け、演劇を台無しにするどころじゃない行動を取ろうとしていた事に。
それに血の気が引くのを感じて咄嗟に謝ろうとするも、幼馴染で信頼出来る親友役、なのだろうヒメが演技を続ける姿に、そうだ、と思う。
そう、ここで謝れば観客にも自分がやらかした事がバレてしまう。
まだ観客にはバレていない。舞台はまだ続けられる。まだきちんと続けることが出来る。失敗寸前のところを、失敗しない方向性に正してくれた。
それを無下にしないよう、無駄にしないよう、
「っ、メイユウ……!」
懐かしい友に大変な状況の中出会えたという安堵を滲ませながら、トクサツは笑みを浮かべ、ハナコという役を再開した。
・
仲間を得て微笑むハナコに、メイユウは言う。
「よくわからねえが、お前にゃやる事があるんだろ? 露払いは任しときな! こんな雑魚ども俺一人で充分だ! お前は、お前のしたい事をやってこい!」
「……ええ、ええ!」
メイユウの言葉に背を押されて奮い立ち、ハナコはしっかりとした力強い目で立ち上がった。
「ありがとうメイユウ! ここは任せるわ!」
「!」
「おっと行かせねえよ!」
男達の横をすり抜けてアクダイカンのもとへ行こうとするハナコを止めようとするも、それを見抜いていたメイユウにより男達は足止めされ、ハナコは素早く屋敷の奥へと消えていく。
「さあ、聞いてたな木偶の坊共!」
メイユウが牙を剥いて笑い、叫ぶ。
「俺様がここに駆け付けた以上、好き勝手はさせねえぜ!」
ハナコを足止めする為、ハナコが行くのを邪魔させない為、玄関前での戦いが先程以上に鮮烈な形で再開された。
「……俺が作りたかった……!」
「大丈夫かヒフク部長。気持ちはわかるぞ。我輩ならもっと冒険から帰って来た感溢れる服装にした。旅人感は出ているが遊び心とヤンチャ感が足らんなヒメの映像は!」
「クソ、折角の……折角のチャンスが……! もう一着作れたのに! おめおめと! ああクソいざという時用にもう一着、いや何着でも! どんな状況のアドリブにも対応出来る衣装をヒメ用に作っておけば良かった!」
「部長の言葉超わかる~。私もヒメヒメに色々着せたかった! もっと派手な明るい色味でもいけると思う! 勿体無い!」
「イショウに同意です! ウチとしては逆に少年感溢れさせて動きやすさ重視なデザインとか着て欲しかったですね」
「作れたはずだ……俺は、俺はもっと服を作れたはずなのに、おめおめと……!」
(……明らかに緊急時の飛び込みだからこそ、着替える手間を惜しんで映像を反映させ衣装のように見せかける事にしたんだろう。つまり作っていてもそんな暇は無いのでは……いや、それを言うとより一層彼らが騒ぎそうだから黙っておくか……)




