異世界人
言ったはずも公表したはずも無い立場や本名について何故知っているのかというヒメの問いに、ジンゾウは正座したまま答える。
「だって、ステータスにそう書いてあったから」
「ステータス」
「うん」
ジンゾウは当然のようにコクリと頷く。
「人や物にはステータスっていう、情報が明文化されているものがあって。他の人には見えてないみたいだけど、俺はそれが見えるから」
「……異世界人の遺伝?」
「…………うん」
ヒメの問いに、ジンゾウは何故か少し悲し気に視線を落としながら頷いた。
「意識して見えるようにする必要はあるんだけど、その、反射的にそれらを把握するように教えられたから、ヒメちゃんのもつい見ちゃって」
「セクハラなのだわ」
「セクッ!? そ、そんなつもりは無いよ! そういった意図で見たりはしてないし、悪用する気も無いから!」
「本人にその気が無くとも、個人情報を勝手に開示されるのはセクハラに相当する行為なのだわ。先程私の本名をクラスのド真ん中で公開しようとした男が何を言っても無駄よ」
「う……それは、はい、ごめんなさい……」
しょぼん、とジンゾウが肩を落とす。
「それでステータス画面の名前の欄に、ヒメ・ミコって表記の下に()で囲まれたヒメ・キシって表記があって。今までの経験上、現在使用中の名前が一番上に来てて、現在使用してない名前が括弧に囲まれるんだ。偽名が沢山あるとそれも括弧に囲まれるんだけど、でも本名だけは色が違ってて」
「それで、私の本名がヒメ・キシだと把握したのね」
「うん。案内してもらう時から気付いてたんだけど、自己紹介の前に名前を呼ぶのは駄目かなって思って。でも自己紹介の時に偽名の方だったから……」
「…………」
ヒメは額に手を当てながらこっそりとため息を吐いた。デカい図体に仔犬の頭脳みたいな生き物、それも王族なのが面倒臭い。どういう育ち方をすればこうなるのか。
女帝であるヒメの母曰くワルノ王国は人の良心を踏み躙るところがあると聞いていたが、ジンゾウの性格は素のものとして、そのまま純粋培養で育ったかのような性格を思うと母が言う程でも無いのかもしれない。
「……タカラザカの姫っていうのも?」
「、うん!」
パア、と急にジンゾウの表情が明るくなった。構ってもらえると理解した時の仔犬を思わせる笑顔。
別にヒメからの質問があった=諸々を許したorジンゾウに興味を持ったというわけでは無いが、ある程度の事実確認をしたい気持ちを優先してぐっと飲み込む。
「えっと、一番上の欄が名前なんだけど、それ以外にも色々な項目があるんだ。呪われてたり毒を盛られてたらわかる、みたいなのもあってね。出身地は出身地としてわかるんだけど、所属している国もわかる項目があって。立場や職業がわかる欄もあるから、それでヒメちゃんが王族なのがわかってね」
散歩を喜ぶ仔犬みたいにわふわふと説明していたジンゾウがピタリと止まり、また視線を下へと落とした。
「……まあ、これは全部異世界人としての能力で、俺自身の能力じゃないけど……」
「親からの遺伝として出たなら、それはあなた自身の力という扱いで良いのだわ。親と同じ能力であろうと、親が子どもの能力を好きに使えるわけでもないのだから」
「いや、正確には俺は、異世界人そのもの、みたいな」
「は?」
ヒメは怪訝に眉を顰め、ジンゾウを頭からつま先までじろじろと見る。正座させているのでよく見えるが、その上でヒメは断言した。
「どこが異世界人なのよ」
「いや、えっと、能力とか、…………体、とかが。俺は異世界人とそっくりそのまま、で」
異世界人の話がある。異世界人は皆、自分の種族を日本人と形容するそうだ。
それを踏まえてヒメはもう一度ジンゾウを見た。190センチオーバーの体、全体的に厚みの化け物みたいな筋肉、つけまつげが嫉妬するような長い睫毛。
「フ」
気付けば、ヒメは思わず鼻で笑っていた。
「アッハハハハ! 異世界人、それも日本人なわけない見た目で大真面目に言うなんてお笑いなのだわ! そんな高身長、筋肉、顔面の日本人なんて居ないのだわ!」
「え!? な、なんでそんな」
「日本人によく居る塩顔と真逆の彫りが深い濃いめの外国顔じゃ全っ然違うのだわ! 言い張るにしたってもうちょっと個性を抑えてからじゃないと通るはずもないのだわ、そんな話!」
「……ヒメちゃんは、本物を知ってるの?」
様子を窺うように問われ、ヒメは笑い過ぎにより浮かんだ涙を指で拭ってから笑みを浮かべる。
「当然なのだわ。異世界人はそのままこちらにやってくるから理の外。でも、中には異世界人が魂だけでこちらにやって来て生まれ直す、能力はこちら基準ながらも異世界の知識を有する人間も居る」
「あ……! じゃあ、まさか、ヒメちゃんのステータスに書いてある転生者って項目は」
詳細は知らないもののしっかりとその情報は得ていたらしいジンゾウにヒメは一瞬不機嫌な顔をするも、まあいいわ、とため息を一つ。
「そう。つまり、私は本物を知っている。知っている身として言わせてもらうなら、そんな日本人は早々居るはずないのだわ」
「でも俺は、異世界人らしくあらないと」
「異世界人の定義って?」
「異世界人の見た目で」
「日本人離れした見た目にも程があるのだわ」
「異世界人の能力で」
「まあ、ステータスを見たりは異世界人の基礎の能力とは聞くからそこは合ってるのだわ」
「異世界人の知識を、持ってて」
「知識があるからといって、本物では無いのだわ」
ふむ、とヒメは笑う。
「私にも知識があるから聞くけれど、異世界の知識と言ってもそっちは何を知っているの?」
「ゆ、有名な猫型のタヌキロボットとか!」
「言いたい事はわかるけど既に情報が混雑してるのだわ。で、それがどんな見た目なのかは知ってるのかしら」
「え? ……え、えっと、首に鈴をつけていて、見た目は、ダルマに手足が生えたような姿で、元は黄色だけど青くなって、お腹に白いポケットが」
「そのロボットの手足の形と色、知ってる?」
「し、知って、し、しって、しって……」
反射的に知っていると言おうとしたようだが、最終的にジンゾウは口をパクパク開閉しながら口ごもった。
やはり、歴代異世界人が語った情報は知っていても、それ以上は知らないらしい。そういった作品があるらしい、という、本物を知らない範囲の知識。
「本物は、こういう姿なのだわ」
タン、と軽く床を蹴りながらヒメがそう言えば、その隣に何かの姿が浮かび上がる。
ホログラムのようにその場に立体映像として表示されたのは、青い色で、まん丸で、猫型には見えないが別にタヌキと言う程でもない形状の、日本人でなくとも知名度は高いだろうロボットの姿。
「こ、れが……?」
「ええ、そう」
「どこが猫でタヌキなんだ……?」
「元々は猫の耳があったのだわ。ネズミに齧られてツルピカ頭になっちゃったけど」
情報は知っていても本物は初めて見るのだろうジンゾウは、ポカンとした顔で表示されたロボットを見た。
こうして空間に表示しているのは、説明するまでもなくヒメの魔法だった。
ヒメが使える魔法は、映像の再生。一度見聞きしたものを映像として、場合によっては立体映像として再生出来る魔法。
しっかりと見聞きしていない時の事でも再生出来るので、後から会話を思い出したい時に有用、くらいしか使い道は無い。忘れ物をした時にどこで忘れたかを思い出すのが便利なくらいだ。
しかし、ヒメは転生者であり、前世の頃の記憶も魔法の範囲内だった。
加えて一度見たかどうかが重要な為、詳細を覚えていない作品でも一度見聞きしていれば再生出来るという利点があった。誰かに転生者であると話したのはこれが初めてなので誰に自慢するわけでもなかったが、密かに自慢の魔法である。
もっとも見聞きしていないなら再生不可能な為、買っておいていつか見ようと思っていたDVDの内容等は再生出来なかったが。死ぬ前にそういった物を見ておくのは大事だと痛感したが、既に転生先なのでどうにもならなかった。後悔先に立たずとはこの事だ。
「それで?」
ホログラムを消し、ヒメは笑いながらジンゾウを見下ろす。
「異世界人そのままだなんて、一体どこがそのままなのかしら。まだ言い訳が出来るなら是非聞いてみたいのだわ!」
ヒメがにんまりした笑みでジンゾウの顔を覗き込めば、ジンゾウの瞳に光が増した。
日本人らしくは無い、深い青色。光が差し込む海中を思わせる青。その周りを縁取る長い睫毛が揺れて、口の端が笑みを作る。
「……俺は、異世界人じゃ、無いのかな」
「その見た目で異世界人だったのなら、食パンにダイヤモンドが埋め込まれている並みの確率なのだわ!」
お前の主張はあり得ないとヒメに断言されたジンゾウは、安堵したようにへにゃりと笑った。
異世界人とは。
・日本人を自称している。
・十代から三十代が多い。
・本来一人一つしか使用不可能である魔法を無数に使用可能。
・他人の魔法をコピーする事も可能。
・想像だけで新しい魔法を作り使用する事も可能。
・尚、これらは遺伝しない。
・異世界人と異世界人の子であっても、この世界で生まれた時点でこの世界基準となる。
・その為、この世界の理の外側である異世界人が使える無数の魔法も、異世界人同士の子であろうと通常は使用不可能。
・異世界人の子と公表されているジンゾウは間違いなく異世界人特有のチート魔法を使用可能。