母と娘
三ヵ月が経過し、学園祭が始まった。
生徒の親族どころか、全然無関係な外部の客もガンガン入れる特別仕様。たった一日、されど一日の盛大なお祭りである。
当然暗殺者がやって来たりも普通にあるが、その辺りは未来予知魔法持ちやサーチ系魔法持ちの教師や生徒によって素早く確保される為、その辺りをきちんと把握している老舗のプロは寄ってこないという安心デー。やってくるのは新米か、手柄に焦る馬鹿野郎くらい。
そんなわけで広い学園内なのに人口密度がいつもに比べてえらい事になっている中、演劇のビラをひょいひょいと素早く配りまくっているヒメの背後を取る影があった。
「あら、お母様」
「何だ、気付いていたのか」
「わかるようにしておきながら言う事じゃないのだわ」
ヒメが振り向けば、ク、と口の端を楽し気に吊り上げた女性が居た。
右目を隠すような前髪。くるくると波を描く柔らかそうな長い金髪。長い睫毛に縁取られた青い瞳は凛々しく前を見据えている。
いつも通りに青い軍服を着て、下にはロング丈のフレアスカート。170センチという身長を底上げする鋭いピンヒールも変わりない。
そんな彼女、ヒメの母でありタカラザカの女帝であるジョテイは笑みを浮かべながら爪先まで綺麗に磨かれた指を引いた。
背後からヒメに近付き、ヒメの首に当てようとしていた指を。
「学園生活でもしこの程度にも対応出来なくなっているようなら相応の態度を取るつもりだったが、自分磨きを疎かにしていないようで何よりだ。それと、わたくしの事はジョテイと呼ぶように」
わざわざ偽名を用いて王族ではないという事にして入学したヒメの立場を思えば、その言葉は当然だった。名も顔も知られているジョテイを母と呼べば、親子関係である事はすぐ露見する。
しかし、普段から公の場では他人として付き添い、見習い騎士の立場でパーティなどに参加して近隣国などを見ていたヒメからすれば先程のはただの戯れ。母であるジョテイもそれをわかっているからか、微笑み混じりの注意だった。
「あら、様付けはよろしくて?」
「付けたいなら好きに付けなさい」
くすくすと親子で笑う。
すらりとした身長に、スカート姿であってもどこか男装の麗人を思わせる雰囲気のジョテイ。子供のような身長に、まるで人形のように愛らしいと思わせる雰囲気のヒメ。
そこだけ見れば正反対だが、その笑い方は確かに親子の血を感じさせた。
「ところで、あの人は?」
「連れて来た」
「姿が見えないのだわ」
「こんなジジイが父親なんてのをオトモダチに見られちゃ可哀想だろ、との事だ」
「相変わらずなのね」
「ああ、まったくだ」
ふう、と同じタイミングでため息を吐く。
あの人、とはヒメの父であるオウ・キシの事だ。立場としては帝王であるが、女帝であるジョテイに婿入りした形であり、本人は帝王なんて立場は性に合わないと口癖のように言っている。
そしてジョテイとの年齢差は三十。現在七十代であるオウは、年若いヒメの父親がこんな年寄りってのは可哀想だ、などとよくほざく癖があった。
オウの性格はそこまでヤワでは無いし、どちらかと言えば酒場で悩める若者に酒を奢りながら相談を聞いてやるオッサンみたいな性格。
つまり今回わざわざ来ておきながら顔を合わせようとしなかった理由は、
「……どうにも照れ屋なままなのだわ……」
「素直じゃない天邪鬼だが、言ってしまえばその通りだな」
娘に言われている事に、母であるジョテイはくつくつと笑った。実に楽し気な笑みである。実際ジョテイは楽しかった。後で夫と合流したらお前娘にこんな言われ方をしていたぞと思う存分つついてやろうというくらいには。
「で?」
一瞬で空気が変わる。
楽しい家族の団欒は、何かを試すような、ピンと糸が張られた空間へと変化した。
「演劇をするという話は聞いている。部活に無所属であった他の者達と協力する事も。その話が伝えられてからそれぞれと仲を深め、完成度を高めようと努力したのも聞き及んでいるとも。お前からの手紙もきちんと読んでいる以上、知っていて当然の事だ」
で、とジョテイは先程の言葉を繰り返す。
「報告した以上、見苦しい、見るに堪えないような物を出す事をゆるしはしない。清く正しく美しく、そして強く!」
目を見開き、グッ、とジョテイが拳を握った。
「それが我が国だ。全力を出した物は美しい。それは当然のこと。だが、それだけで満足してもらっては困る。それではその程度止まりになる。全力を出し、その上で楽しませてこそ本物となる。例え子供の遊びと言える範疇だろうと、思い出作りでしかないものであろうと、教師に指示されただけの事であろうと」
ジョテイの目が、親子の情を消してただ相手を見据えるだけの青い目が、ヒメの青い目を覗き込む。
「中途半端は決して許さぬ」
「ええ、当然なのだわ」
そんなジョテイに、ヒメは笑ってそう返した。
「まあ私は裏方だけど」
「そうだったな。だからといって手を抜けば失望するぞ。裏方であれど、全力で裏方を全うするように」
「勿論なのだわ」
「そして」
ふ、とジョテイは母の顔に戻る。
「全力で、今日という日を友と共に楽しみなさい」
「――――ええ!」
当然なのだわ、とヒメは楽し気に笑ってみせた。
・
上演の時間も近付き、全員舞台裏へと集合していた。
それぞれ用意された衣装に袖を通し、万が一が無いように柔軟運動。衣装を着ての通しは既にやっているので最初の時のような違和感は無いが、それでもやはり慣れない感覚だ。
「フハハハハハ! やはり我輩の見立てに狂いは無かったな! 良いぞ貴様ら! 実に良いマネキンだ!」
「わかるわかる! あー、でもやっぱり出来たらヒメヒメのも凝りたかった!」
「ヒメさんの服だけは背景として映し出した映像に溶け込みやすいよう、白一色かつシャツにズボンというシンプル姿ですもんね……ああ口惜しい! 折角ズボンスタイルならもっと色々出来たのに!」
「すまないな、喧しくして。だが誤解されないよう言わせてもらうが、こいつらはこのヒフク様の後継者に相応しい服狂いであり、決して下心や悪意があって騒いでいるわけではなく、趣味で作った上で最終的に選ばれた服、が舞台上でどれだけ素晴らしい輝きを見せてくれるかが見たいだけなんだ」
「あんまり誤解という感じもしないのだわ」
「まあそうだな」
流石は被服部やべー四天王が一柱、被服部部長であるヒフク・ツクル。ひたすら堂々としていて、服狂いである事が当然かつ自慢という態度を一切崩さない。
「言っておくがヒメ・ミコ。貴様に文句があるのは俺も同じだから覚えておけよ。貴様という素晴らしきマネキンにヒフク様が作った衣装を着せてやれないとは実に不愉快だ」
「私に言われたって困るのだわ」
そもそも裏方用の服だって、シンプル極まりないというのにこれすら被服部製で作られたものだ。別に市販や持ち物のあり合わせでどうにかなったのに。
まあ、生地として使用された布の効果によって魔法の威力を高めてくれるようなのでありがたく袖を通したけれど。
「そろそろ薬を飲んでおくか」
通常運転のマッドが自身で用意した薬を飲んだ。彼女は特に緊張した様子は見られない。目の下の深い隈だって、役として丁度いいからとそのままになっている。
「主役だし、頑張らなきゃよね!」
トクサツは興奮と緊張が入り混じった顔で何度も拳を握っては開き、を繰り返していた。
「ねェオレ本当にこれで良いと思いますゥ? 毒盛られて弱って寝たきりの男ってセーフ?」
ライトは今更不安が湧き上がって来たのか涙目でフリョウに縋るようにしている。
「…………そういった男が居ないではないし、俺の役の設定的にも女装はまた違うだろうという事で納得したんじゃなかったのか」
「そうなんだけどさァ!」
「なら魔法を使って落ちついておいたらどうだ」
「その手があった!」
不安からの面倒臭いモードになっているライトに助言をし、やっと落ち着いたライトにフリョウはひっそり安堵の息を漏らしていた。
ちなみにライトの魔法は祓という、その人に与えられる困難を払いのける事が出来るらしい。要するに不調となる原因やテンションを下げる原因、何なら空気抵抗などを無くしてその人の全身全霊全力を完璧に出させる事が出来るという魔法である。
もっともこれといった得意分野が無いオレじゃ完全なるサポート用でしかないけど、とライトは自嘲していたが、かなり有用な魔法だとヒメは思う。不調理由が無いだけで戦争の結果がどれ程左右されるか知らないのだろうかこの男。
「執筆作業すらアレ被ったまま魔法使って視界確保してやってたから息苦しくないのお風呂上がりくらいで新鮮。でもあれ地味に魔法の精度上がってネタ集めに役立つんだよね。しかしそこはかとなくお風呂上がりの時みたいな羞恥心があるな……」
うーむ、と唸るのはユニコーン頭を脱いだマンガだった。
顔付きはどこか童顔で、優しい印象を与えるツリ目。被り物の邪魔にならないようにかベリーショートヘア。馬面っぽさはどこにも無い。寧ろ骨格がまだ成長し切っていないのか幼い印象を与える顔付きの為、ベリーショートヘアの女子と言っても通じる顔だ。
もっとも今は主人公の母親役という事で女装し、メイクを施し、演劇部から借りたウィッグを今正に装着したところな為、素顔の面影はかなり少ない。本人は別に深い理由あって顔を隠しているわけでは無いそうだが、深い理由があって顔を隠している並みに素顔を見せる気がないように見えた。
いや、マンガの言動等からして本当に隠す理由は全然無く、ただ視線がわかり辛くて観察に便利というだけなのだろうけど。
「それにしても、まさか持たされるのが台本じゃなくて何も書いてないハードカバーだなんて」
ナレーション、つまり語り部という事で、役柄にも世界観にも合わせなくて良いという理由から被服部によって散々好き勝手オモチャにされまくったとわかる凝った衣装を着ながら、ジンゾウはそう苦笑した。
元々覚える事は異様な程、異常な程得意なので一度読んだ物を暗記するくらいは出来る。演じ方だって、自分でやる分には試行錯誤するが、正解を見せてもらえればそれを真似すれば良い。
なので暗記は苦労してないし、語り方だってオーケーを貰ったが、そうじゃなかったら不安になる品物だよなあという意味での苦笑だ。
確かに見た目としては台本を持つよりも衣装に合って、よっぽど様になっている。
「ヒメちゃんは大丈夫? 緊張してない?」
「何で私が人前に出るのに緊張しなければならないの?」
「わあ、ヒメちゃん節だあ」
ジンゾウは心配そうな顔からいつも通りにニッコニコな顔になった。
そも、ヒメとしては本当に緊張する理由が無かった。準備はきちんと整えている。問題が起こるかどうかは不明な以上、祈る以外に出来る事も無い。なら祈る以外に何かをするのは無駄な事だ。メンテナンスといったやるべき事をやり切っているのだから当然とも言える。
次に、タカラザカでは欲しい物は決闘で手に入れる事もあった。どちらが勝ったか、をハッキリさせる為の証人として人前で行われる事も多い。
つまり、人前で何かをするのに動じるようなメンタルで勝てるはずも無く、そんな弱さを母が許すはずもないというだけだ。
「……さあ、始まるのだわ」
本日限定の劇、『彼らの救いは数年前に』の幕を開けよう。
「何だ、先に来ていたのか。娘にも会わず先に会場へ来ているとは、随分楽しみにしているようですね」
「……うるせえぞ、ジョテイ」
「おや、否定しないとは珍しい」
「肯定もしてねえぞ俺は。それに、楽しみの方向性が違う。娘とそのオトモダチが滑稽晒したら指差して笑ってやろうと思ってるだけだ」
「何なら観客席からアドリブを大音量でかまし、舞台上でトチった新人演者のミスを完全にひっくり返し、を何度もやっている貴方がそんな憎まれ口を叩いても……」
「叩いたら、何だ」
「大変可愛らしい、と」
「こんなジジイ捕まえてそんな事ほざけるのはお前くらいだ馬鹿野郎」
「……ふふ、舞台が始まるの、楽しみですね」
「別に。アイツの言うオトモダチがどういう奴らか見てやろうってくらいだ。特に、アイツと頻繁に一緒に居るらしい野郎をな」
「……オウが言うと、娘に近付く男を警戒している父のようにも、単純に異世界人の子と言われているワルノ王国の王子を警戒しているようにも聞こえるから面白いな」
「一大事を面白がんな」
「これは失礼」




