ダンス馬鹿トリオ
現在部活無所属組が溜まり場としている空き教室の壁には、へこみがある。
そのへこみはヒメのクラスメイトである、ダンス部所属のダンス馬鹿トリオによって作られたものだった。
結果室内での創作ダンスは禁止とされた三人は、学園裏にある森の近くでダンスの練習をしている真っ最中だった。ダンス部で踊れば良いという話だが、本人達曰く、
「えー、だって恥ずかしいし」
「ダンスの基礎練習とか新しいダンスを学ぶとかなら全然行くけど、まだ完成してないのを見せるなんてそんなそんな」
「あと単純に他の部員の踊り見るのに夢中になっちゃう」
という馬鹿の主張だった。そうして空き教室の壁にへこみを作ったわけだ。
そんなダンス馬鹿トリオの前に、ジンゾウとライトとマンガを引き攣れてヒメがやって来た。
「あれ、ヒメじゃん」
「ぞろぞろ連れてどしたん?」
「オドリ。マイ。レッツ」
オドリ・ダシタ。マイ・オドル。レッツ・ブトウ。
その三人が優しく微笑むヒメに怪訝な顔を浮かべ、
「借りを返してもらいに来たのだわ」
「えっ怖い」
「命だけは勘弁してください」
「やっと自由になれた身なんです」
「亡命手伝った身で命差し出せなんて言わないのだわ」
三人で恐ろしいものから身を守るようにお互いを抱き合って団子になりながら震えて懇願されたのでヒメはちょっとイラっとした。そんなにも恐ろしい事をしでかした覚えはない。多分。
「ライト、マンガ。彼らの紹介は要らないわよね?」
「うん。オレは普通に友達だし」
「わたしは大変仲の良いトリオって事でめちゃくちゃネタにさせてもらってるから当然知ってる。一方的に。三人で仲が良い場合、前後の順番でバラエティ出すどころか三人セットでの素晴らしい薔薇を咲かせる事も出来るから良いよね。円満プレイ」
「そこのユニコーン頭はよくわからない単語を吐きまくるけど無視して良いのだわ。名前はマンガ・ドウジンシ・コミック。雑に扱って良いと認識しとけば楽なのだわ」
「いや既に扱いが雑」
「というか俺達が何かのネタにされてたような」
「自分が登場してるのも普通に読みました。面白かったです。ファンです。応援してます。マイ・オドルですよろしくお願いします」
「ヨッシャありがとう公式に三分の一認められた!」
読者だったらしいマイがマンガにお辞儀して握手を求めて握手していた。何だこの変な図は。ヒメは胡乱な目になったが、まあ本人が良いなら良いかと納得した。
というかマンガの描いたらしい本はどこでどう作られてどこでどういう流布をされているのやら。ヒメは見かけた事が無いので多分特殊なルートが学園内で開通されているんだと思う。
「ところでわたしの作品のファンらしいマイに聞きたいんだけど、亡命って何?」
「いやそれはちょっと流石に」
「今なら対価として好きなリクエスト一つオッケー」
「ちょっとお家事情で色々あったから最初は王族であるジンゾウにヘルプ出したけどワルノ王国は亡命先に向かないしそんな権限無いから無理って言われて泣いてたら、ヒメが伝手あるからザカかザカ経由で別のところに亡命させる事が出来るって言ってくれてそのまま亡命しました!」
「ネタにするから詳細聞いても良い?」
「そ、れは、流石にちょっとあんまり……」
「どうしても駄目?」
「ぬ……まあちょっとだけなら」
「マイーーーーー!」
「屈するなマイーーー!」
「お前に向けられてるのはつぶらな上目遣いじゃなくてギョロッとしたユニコーンの目だぞ!」
「純潔な乙女を好むとかそういう次元じゃない雑食性性癖特化ユニコーンだぞソイツ!」
言動からして、レッツはマンガの作品についてを知らないが、オドリの方はファンじゃないながらも作品だけは知っていそうな雰囲気だった。
・
マイの亡命理由は、マイの母から説明をする必要があった。
実を言うと、マイは血筋だけを見れば一応王族なのである。とはいえ妾の子なので王位継承権は無く、王族ではない者として入学した。
そう、マイの母親は妾だった。
踊りを得意とするマイの母親は踊り子を仕事にしており、その踊りを評価され、見初められて妾となった。
そうして生まれたマイは母親から踊りを教わり、マイ自身も楽しく踊っていた。
だが、周囲はそういうわけにもいかなかった。
「あら嫌だ、またみすぼらしいのが見苦しい事をしているわ」
「お父様に取り入る為の下賤な動き」
マイの母親は、貴族階級ですら無い。正式な奥方達どころか、一応は同じ立場である妾達にすら蔑まれた。マイの母親以外はそれなり以上の階級ばかりだったので当然と言えば当然だった。
跡継ぎではないマイ。存在価値が無いとされるマイ。
正妻達、妾達、そしてそれらの子供達に笑われて、確かに好きだったはずの踊りが少しずつ嫌な記憶に浸食されていく感覚。
それでも屈してなるものかと踊り、また嗤われて、母親が悲しそうな顔をしてマイもまた悲しくなった。相応しくないから、という理由で嫌がらせを受ける事すらあった。
そんな中でもギリギリで心を腐らせずに居たマイは、マナビヤ学園に入学した。
上流階級の子が、将来は必ず自分らしさを出すよりも表向きの理由や決まり事を優先しなければならない子供達が、まだ責任を考えず、しかし最低限の節度を持って、楽しく笑える為の場所。
そこで仲の良い相手が出来たら良いなと思った。
正直に言って、下心だった。母と自分をあの場所から逃がしてくれる誰かが居れば、という下心だった。
自分達だけでは王宮を出られないし、妾という立場と仮にも血の繋がりがある息子という立場は仮に脱走しても心安らかに暮らせない。
そうして下心を抱いて入学したマイは、下心関係無く友人が出来た。
王族や上流階級という事は鼻持ちならないヤツが多いだろうなと思っていたのに、こんなにも楽しいところがあったのかと思う程親しみやすい生徒ばかりだった。
また、踊るのが楽しくなった。
同じ、踊るのが好きだという友に出会った。
「マイも家に帰りたくない派? わかる~~~~」
「私も一緒! マジでソレ! あーこのまま何も考えずに暮らして爺さんになって死にて~~」
「オドリめっちゃ明るい後ろ向き発言するじゃんどうした」
「だって家に帰ったら爺さんになる前に死ぬ可能性高いんだよマジで!」
とびきり踊りが好きな者同士、しかもクラスメイトという事で仲良くなった二人もまた、似たような境遇の持ち主だった。
踊りへの愛。家への嫌悪。まるで生き別れの兄弟か、一つの魂を分けたソウルメイトかという程に仲良くなるのは当然だった。
でも、それがぐらつくのも早かった。
「マイ? どしたよ硬直して」
「母親からの手紙だろ?」
そう、母からの手紙だった。
踊り子時代から仲の良い、母が王宮入りしても仲が悪くなったりしない、心の底から信頼して良いと言える人経由で送られた、王宮側には知られないよう届けられた手紙。
手紙の内容は、他の妾に毒を盛られたこと。命に別状は無かったこと。けれど後遺症として手足に痺れが残ってしまったこと。長期休暇での帰国はやめたほうがいいこと。
そして、王宮から出ている今の内に、マイだけでも逃げること。
当然、すぐに帰りたかった。無事を確認したかった。自分だけじゃなく母も連れて逃げ出したかった。けれどそんな手段は無い。逃げる先も無い。
「私達もその件では役立てねんだよなあ」
「同じく。俺の集落なんて部族的なとこだからこっちの文化的に見て不便だと思うし、立場的にもアウト」
「私の方もそう。私に人権は無いと思ってくれて良い」
「なにそれ辛い」
でも、それでも考えてくれた。
「逃げる先が強ければ、マイの母親ごと保護してくれる可能性もゼロじゃなくね?」
「それだオドリ! つかどうせなら俺も亡命したい! このままだと卒業後に兄二人と弟三人を殺さないと殺されるからマジで無理!」
そう、レッツは踊りと戦いを一体化させた動きをする部族の長一族。踊るように戦い、戦うように踊る部族、と言われている。
そんな部族の長一族ではあるのだが、踊りと同じくらい戦闘を得意としている部族だからか、長の継承権持ちは踊りながら戦って殺し合うという血生臭いしきたりがあるんだそうだ。
レッツが卒業した辺りで丁度いい時期となるらしく、兄二人、弟三人と同じ舞台に立ち、殺し合う。最後まで生き残った者が長になる為、長になれなかった者はその時点で殺されている。
だからレッツは、卒業後も生き延びるには血の繋がった相手を殺して長になるしかない、という人生を背負っていた。
「レッツの事情相変わらずえっぐい。でも私も同意。私だってこのままだと王族の影武者として、性格一致してないヤツの性格を演じながら自分を殺して徹底的に演じ続けつつ毒食ったり刺されたりしなきゃだもん! 嫌だ!」
オドリも相当に重い。何せ出身がとある王族の影武者一族。
生まれた時点で影武者として育てられ、主である王族に絶対の忠誠を誓い、その動き、表情、性格、考え方を根本まで完璧に演じて危険に身を投じなければならない存在。
どれだけ性格が違おうとやり遂げなければならず、例えば主が下衆だった場合、影武者側がそうでなくても下衆な行動をして本人だと思われなければならないのだ。
オドリは不審者を見抜いたり、毒に耐性があったり、という特技があるとさらりと言った辺りから不穏さを感じていたが、詳細を知ってからは納得の一言だった。ついでに言うと、影武者を拒否りたいくらいには性格の不一致と深刻な危険があるんだろうなというのもひしひし感じる。
「と、丁度あそこにヒメとジンゾウ!」
「相変わらず目立つなあの飼い主とペット」
「じゃなくて! とにかく手あたり次第に亡命させてくれたりしませんかって申し込むぞ! ジンゾウなら王族だからワンチャン権力でマイの母親ごとイケるかも!」
「よし行くぞ!」
「まずはやらなきゃ始まらねえ!」
「為せば成ぁーる!」
「というかさっきからやっかましいのだわ」
「「「キャーーーーーーッ!」」」
気付けばすぐ近くに来ていたヒメは、男三人によるドス高い声の悲鳴にとても嫌そうな顔をした。
・
「とまあこういった経緯があって、自分はヒメに亡命の手助けをしてもらって」
「ジンゾウは無理だったけどヒメ凄い話早かったよな。伝手あるからってタカラザカの女帝にまで話通したからマイの母親あっさり確保出来たし」
「俺らもお陰で無事に亡命よ」
マイは説明の時にちゃんとオドリとレッツの事情については省いて説明していたのに、亡命云々をしたメンバーですと本人達があっさりバラした。
まあ元々ヒメも亡命の件についてを言っていたのでマイ以外も範囲内だという可能性は目の前にあったわけだし、その際の彼らの反応からしてわかっていても不思議はないので良いだろう。本人達も亡命自体については伝えても問題無いようだし。
流石に影武者一族だの、身内での殺し合い推奨部族の長一族だのといった事までは言わないようだが。
「まあ亡命すると俺ら今までの立場無いし学費出せないし学校どうしよってなったけど、ヒメ以外からも学園内の情報とかヒメの様子とか報告欲しいし、その分の報酬を学費にってしてもらえてさ!」
「当然学費高いからそれだけじゃ賄えないけど、その分は卒業後しばらくザカの為に働けば返済可能額ってくらいにしてもらってる。首に縄つけられたみたいなもんだけど、今までの人生よりはマシ! 逃げ場ねえもん前の場合!」
「で、今回はその恩を少し返してもらいに来たのだわ」
ぴゃっ、と三人は再び団子になった。
「内臓はちょっと……」
「目玉もちょっと……」
「歯も勘弁してほしいんで生爪で勘弁してください……」
「私はそんな蛮族ではないのだわ! 失礼!」
「げふっ」
「ごふっ」
「かふっ」
ジンゾウにやるよりよっぽど軽く鳩尾に一撃ずつ入れれば、ダンス馬鹿トリオは膝をついた。やはりジンゾウの耐久値が尋常じゃないだけらしい。三人共呼吸困難にはなっていないが、それなりに痛そうに腹を摩っている。
「内容は単純。もうじきある学園祭で私達は演劇をするのだわ。そして作中、主人公と戦うシーンがある。ライトとマンガに舞台映えのする戦闘の動きを叩き込む為、まずは踊るような動きや舞台映えする動きについてを叩き込んで欲しいのだわ」
「はい! うちの部族の杵柄的に踊る動きだけじゃなく、踊るような戦い方も教えられますがどうしますか!」
「採用。ただし殺す動きでは無く、あくまで踊りの範疇内に収まる動きでお願いするのだわ。本気の本物を叩き込まれたら、舞台上での殺人事件になるのだわ」
「オレ達そんな怖いもんになる気無いけどォ!?」
「そもそも戦闘素人だしこっち!」
「ただの踊りじゃなく、戦闘に見える動き、尚且つ舞台から見て夢中になれるような動き、をするなら丁度いい指導者なのだわ」
ふ、とヒメは上から目線で笑みを浮かべる。
「無様晒して笑い物になりたくなければ頑張るのね」
「頑張ってね二人共!」
「裏方とナレーションでそんなシーン無いからってェ!」
「最初っから戦闘出来る者特有のそんな事も出来ないのかムーブしやがってアンタら絶対ネタにしてやるからな!」
吠える元気があるのは良いことだ。
オドリ・ダシタ
白い肌に金髪の、黙っていれば正統派王子様美形。少し伏し目がちに窓際に立っているだけで絵画の現物と言われる程。でも影武者一族として、生まれた時に影武者対象と同じ顔、体、成長速度、成長結果、となるよう調節されているので当人的に見た目はあんまり気に入ってない。影武者対象の顔だぞこれ。
マイ・オドル
日本的に言うならアラブ系の黒い肌。無駄な肉も過剰な筋肉も無いしなやかな体。母が自分のせいで申し訳ないとマイによく謝罪していた事、母自身も踊りに苦手意識が出ていた事から、母と共に亡命出来てハッピー。マブ二人ともずっと一緒。ズットモだズットモ。
レッツ・ブトウ
日本的に言うならアフリカ系の黒い肌。細身でギチギチバキバキ筋肉。兄弟仲は良いが、他の兄弟達は地元の文化にどっぷりで違和感すら抱いていない為、レッツが卒業した辺りで行われる選定式を楽しみにしている程。仲の良い兄弟に殺されるより、兄弟を殺して生き残るより、兄弟と別れる道を選んだ。古いしきたりマジ無いわー。




