儀式疑惑
ライトは演劇部部長に用意してもらった物を受け取りに行っていた。
「エンギ先輩! どうもです! 出来上がったって聞いたんで来ましたァ!」
「ヒッ声でか……それやめて……」
「あ、すみません」
演劇部部長である三年生のエンギ・ジョウズは、どうにも控えめな性格の男子生徒である。
とはいえ一度舞台に上がりさえすれば本物にしかみえない演技をするのだが、本人の性格はどうしようもなく人見知りだった。
まあライトにはそんな事は関係無いし、仲良くなれた以上気にする事でもない。出来るだけ相手が苦手とする動きは控えないとな、と思うだけだ。
「それで、品物を確認しても?」
「う、うん、良いよ」
学園にはカフェスペースが何か所かある。
ちょっとした話をしたい時、休憩したい時に最適な場所だ。今回もそこを使用させてもらった。ライトとしては演劇部に赴いても良かったのだが、部活の関係者以外が居ると集中力が飛んでしまうエンギ先輩のメンタルを考えてのカフェチョイス。
ちなみに学園にあるカフェスペースだが、それぞれのテーブルの上に魔道具が置いてあり、その魔道具を操作する事で食堂の厨房に注文が行き、出来上がった品物はテーブル上にある転移装置で運ばれてくるという便利仕様。
普通に考えて金が掛かり過ぎる魔道具だが、流石は上流階級向けの学園と言えよう。
注文用の魔道具は食堂と同じく様々なメニューがある為、どんな生徒でも安心して使用出来る。現にエンギ先輩も落ち着く為かドリンクを注文していた。
「おお、これは見事な小瓶!」
「へ、へへ、でしょ、気合い入れたんだ、ソレ」
へら、とエンギ先輩が笑う。
引き攣ったような笑みだが、ライトはそれがエンギ先輩の思わず漏れた自慢と喜びが入り混じった笑みなのを知っている。
「だ、台本、見たからさ。毒を入れるシーン自体の描写は無いかもだけど、毒を入れたって描写は観客にわかりやすくする為にも入れるかなって。実際に、入れるシーンが無くてもコレを仕込んでやったとか、小瓶を持ちながらそういうセリフ入れるだけでも何かやったなってのはわかるし……」
「成る程!」
「でも、あの、本当に武器とか無くて良いの? 私そのくらい作れるけど……」
「エッ、作れるんですか!? 凄い!」
「へ、へひ、そんな、別に私が作るのとかそこまでクオリティ高いとかいうわけでもないし演劇部に所属してる小道具作り勢の方が良いの作るけど、んへ、まあそれなりに……?」
視線を逸らして引き攣った笑みでしゃっくりみたいな笑い声をあげているエンギ先輩。
人によっては大丈夫かと心配しそうな笑い方だが、これがめちゃくちゃ嬉しい時の笑い方だと知っているのでライトはニコニコした。誰かが嬉しそうなのは良い事だ。
「てかその小瓶だって私の作ったヤツっていうか、小道具班は私達の出し物用に色々作ってるし、指導とかそんな凄い演技力持ってる同年代とか後輩相手に私みたいな卑屈野郎が口出しするとか万死に値するっていうかマジでドン引きされて拒否られる図しか浮かばなくてとても出来ない結果ひたすらぼっちで自分の台詞練習するしかない私が丁度手ぇ空いてたっていうか……」
「でも本当に凄いですよ! 装飾とか綺麗だし!」
「そ、そう? そんなに? まあ確かにこれまでに見た小道具から小瓶、っていうか遠目に小瓶に見える小物の作り方覚えてたし、デザインは背景とかで使われた室内用の繊細な装飾が施されたランプを参考にして、け、結構良い出来だなとは思ってたんだよね」
「それにしても、手が空いてるからって事でこんな凄い物が作れるもんなんですねェ」
ライトは手の中の小瓶をまじまじと見る。
よぉっく見るとどこか手作業感を感じないでもないが、パッと見はかなり出来の良い小瓶だ。遠目なら完璧に小瓶だと認識させる事が出来るだろう。寧ろ遠目で多少ぼやけるからこそ、より一層良い出来に見えるかもしれない。
「まあ? 演劇部内で多少の小道具作ったりはするし? 手が足りない時とか人海戦術するし? 小道具班には及ばないけどそれなりに私も出来るっていうか? ベッドや椅子とかの嵩張る系は演劇部の備品を使ってデザイン合わなければ上から魔法で見た目変更するって言ってたし、それなら小物系は多少凝ってあげるくらいはしてあげた方が良いかなって思って?」
「うん、すっごく凄くて助かります!」
「そおーう?」
んふふ、と血色悪かった頬を血色良くしてエンギ先輩は満足げな子供のようにむふんと笑う。
エンギ先輩は毎回心の壁が新調されるので会う度に人見知りが発動してしまう人だが、会話をしていると段々と壁が無くなって、こういう素の態度が出て来るのが楽しい人でもある。
まあ解散したらまた人見知りを再発させてしまうけれど。
「他の小道具も……あっマグカップまである!」
「まあ別に普通の市販品とかでも良いんじゃないかとか思ったんだけど、ほら、一応ライトや他のメンバーって演技初心者だし? 去年とその前の部活無所属組の演劇見たけどまあ酷かったし? 市販品で済ませたんだろうけど劇中で緊張したのか普通に落として割るハプニングあったりもしたし? そういうの考えると市販品のマグカップよりは見た目マグカップだけど軽い素材で作ってあるこっちの方が良いんじゃないって思って? これなら落としても割れないし便利、って思って作ったけど押しつけがましいとかそういう風に思われるんじゃないかなとかそういう思考も湧き上がって来て本当は渡そうかどうかめっちゃ悩んで」
「いや嬉しいですよォ! すっごく!」
「あ、そ、そう? まあそう言ってくれるんなら作った甲斐があったというか良かったなって」
へへ、とエンギ先輩が笑う。
こんなにも色々と思い悩んだりするネガティブ寄りな性格だけど、舞台に上がれば一変して役そのものに成りきって迫力の演技を見せてくれるんだから凄い人だ。
・
ライトは小物類が入ったカバンを持ちながら廊下を歩いていた。
とりあえずコレは部活無所属組の溜まり場にしている、例の壁がへこんだ空き教室に運び込むとしてその後どうしようかな、とライトは考える。
荷物の受け取りがあったので今日は予定を入れていないし、とりあえず台本でも読み込んでおくかなァ、という感じ。
「あれ、ライトだ。ヤッホー。何そのカバン」
「ヤッホー、マンガ」
最初は驚いたが、最早すっかり見慣れたユニコーン頭と偶然廊下で鉢合わせた。
マンガは様々な世界が広がった作品を作り上げてくれる良い人だ。時々ビックリする内容の本もあるが、読んでてわくわくする本を作り出せるのは素晴らしい才能だと思う。
「外出予定? デート? 相手は男か女かそれともそれ以外?」
「近い近い」
身長差が大きいわけでは無いがユニコーン頭の角による圧が強い。いきなり距離を詰めてくる習性は面白いが、中々に勢いが強くてちょっぴり反応に困ってしまう。
「デートじゃなくて、荷物の受け取り。頼んでたものが」
「待って言わないで今妄想の波がビッグウェーブ! その荷物の中身が何なのかを妄想するだけで三種類かそれ以上の世界が広がる! ところでライトって闇オークションでお相手を買って助ける富豪ポジションとかどう? イケる?」
「んー、何の話かがまずわかんないんだよなァ」
闇オークションで相手を買って助ける富豪ポジションというワードが既にわからない。
「あそっか未履修? 今度わたしが持ってる珠玉の闇オークション物貸すね!」
「よくわかんないけど楽しみにしておくよ!」
言葉のワードは不穏なものだが、あくまで作品の中での表現なら問題は無い。
それに友人であるマンガが楽しそうに話すなら、マンガにとっては楽しくて良いものなんだろう。その楽しいを自分も知れたらそれはとても嬉しい事だ。
何より、自分の好きや楽しいの幅が広がるのは、人生を素敵に彩ってくれる。
「あとはカバンの中身がバラバラパーツの可能性……人形師の世界線と殺人鬼の世界線生まれちゃったな。ライト的にはどっちが良い? わたしとしては両方とも魅力的だけどライトからするとやっぱり人形師の方がメンタル的にセーフ?」
「実際にオレがどうにかなるわけじゃないし、架空のオレに関してはどうなってても気にしないかなァ」
「じゃあライトが殺人鬼な世界線を作品にしても公式的にオッケー!?」
「ん? うん、良いんじゃない? あくまで作品内の話ですって書いてあれば済む話だろうし。あ、描きあがったらオレにも読ませて欲しいな! どんなオレになってるかちょっと気になる!」
「自分がネタにされるのを許して尚且つ殺人鬼時空と言われながら許可を出すどころか読みたいとまで言うメンタル最高かよありがとう許容力バグの化身時空も描きます」
「? うん、楽しみにしてる!」
何故かマンガに拝まれた。相変わらず面白い人だなあ。
・
ヒメがジンゾウの案内により目的地の廊下に辿り着けば、ユニコーン頭がライトに向かって拝んでいた。ユニコーン頭も相まっておかしな宗教的儀式感が酷い。学園の廊下で目撃するはずもない光景が広がっている。
「……何をしてるの?」
「ライトの許容量バグが尊くて神とライトをこの世に生み出したライトのご両親とライトに出会わせてくれたこの学園とライトの存在自体に多大なる感謝を捧げてた。サンキュー世界。愛してる」
「相変わらず頭の中が楽しそうなのは伝わったのだわ」
「そりゃあもう楽しいよ! ネタが食べ切れない程に転がってるもんこの学園!」
「私の今の言葉は被り物のせいで頭が茹だっている可能性があるから早めに保健室行った方が良いという意図なのだわ」
「意訳~~~!」
ユニコーン頭はケラケラ笑った。
まあこのくらいの軽口なら笑って流すだろうというのをわかった上で吐いた軽口なので良い。
「ま、二人一緒に居るのなら丁度いいのだわ」
「というと?」
「フリョウからの依頼により、貴方達二人に見栄えする戦闘の動きを叩き込みます」
ヒメが上流階級らしい微笑みでそう告げたと同時、ゲッ、とマンガとライトは声を上げた。
「失礼な反応なのだわ」
「いや、ちょっとなんかすごい反射的に嫌な予感がしたって言うかァ……でもフリョウからって事はオレが相談した案件だよなァって気持ちもある」
「あれ、そのフリョウは? というかわたしたちだけ? 戦闘シーンって話ならマッドとトクサツは?」
「トクサツは手加減も出来るから、うっかり集中し過ぎなければ放置で問題無いのだわ」
戦闘も出来る、見栄えのする動きも出来るトクサツに教える事は何もない。
まあ相手を敵と認識したまま集中し過ぎて舞台の上である事をうっかり忘れてしまうような事があれば大問題だが、多分大丈夫だろう。起こっていない事を心配し過ぎても仕方がない。
「マッドに関しては、研究最優先で自分の欲求以外に興味がない性格から考えるに、無理に練習に付き合わせると本番までに嫌気が差して参加を拒否する危険性があるのだわ」
「研究者キャラが自分の研究優先したくて国のお達しを拒否った結果指名手配される系作品でよく見るヤツ」
「そうなるよりは、マッドの異様な薬を作る才能を活かして完璧な演技、あるいは見栄えする戦闘が出来る薬を作って服用してもらった方が良いのだわ。フリョウにはその通達を頼んであります」
「わたし達にもそれを使用するって案は出なかったの?」
「材料も作成方法も把握しているでしょうマッド自身が飲むならともかく、肉体が自動で動いて筋肉を勝手に操作するような、そんな薬を本当に飲みたいの?」
「気遣いに感謝」
「ええ、好きなだけ感謝するが良いのだわ」
マッドは肥料を作った結果、害虫を野菜に作り替えてしまうというとんでもない結果を生み出している実績がある。マッドの事なので後遺症があったとしてもその後遺症を治す薬を服用して何とかしそうだが、他の服用者に後遺症の説明をするかは不明だし、もし後遺症が出たなら被検体扱いで観察しそうなのもネックな部分。
ここ一週間程でトクサツ相手にわりと容赦なく色々試しているのを知ってしまった以上、わかりやすい危険に向かって仲間の背中を蹴り飛ばすわけにもいかなかった。
まあ乗り越えられる危険くらいなら全然蹴り飛ばすところだが、どんな症状が発生するか不明な未知数の場所に蹴り飛ばしたりは流石に出来ない。
「うん、よし!」
パァン! とライトが自身の頬を叩いて気合いを入れた。
「覚悟決まったァ! 正直ヒメとジンゾウの組手だか手合わせだか目撃した記憶を思い返すと怖いけど、所詮そんな程度かなって思われるのは嫌だもんね! 頑張る!」
「わたしも今後の作品に活用出来そうだし頑張っちゃおうかな」
で、とユニコーン頭がヒメを見る。
「……いきなりのスパルタコースだったりとかする?」
「流石にそれはしないのだわ。壊して良い前提ならするけれど」
「可能性はゼロじゃないのが怖い!」
「だってフリョウの魔法、回復系なんでしょう? なら壊す勢いで色々やらせて、壊して、回復させてからまた壊して、をやれば短期間でかなりのレベルアップが見込めるのだわ」
「それゾンビ式の鍛え方!」
「フリョウの回復魔法知ってるけどォ、実際やれなくはないだろうってのが怖いな……」
「でも流石に精神を崩壊されたら困るし、将来一流の演者になりたいという夢があるならともかく、そうでもない相手にそこまでの事をするつもりはないのだわ」
ほ、と二人が胸を撫で下ろした。
そこまでやりそうな人間と見られていた事にヒメはちょっとムッとしたが、隣に立っているジンゾウがやたらニコニコと微笑ましそうに見ていたので気にしない事にした。あの笑顔に毒気を抜かれるのと、そうやって拗ねるところが子供っぽいと言われているようだったので。
「まずは体の動かし方と魅せ方。舞台の上である以上、それは戦闘というよりも踊りのようであるべきなのだわ」
「確かに演劇の戦闘シーンは踊るみたいな動きしてる時が一番見栄えするよね」
「さて、その場合に頼るべき先は決まっているのだわ」
ヒメは二人にニッコリと笑う。
「うちのクラスのダンス馬鹿三人を、捕まえに行くのだわ」
餅は餅屋。
幸い、彼らには貸しもある。
Q ライトはどうやってコミュ障らしきエンギ先輩と仲良くなったの?
A クラスメイトが演劇部の台本を教室に忘れていたので、それを届けに行ったら丁度エンギ先輩が見本として演じてみせてるタイミングだった。エンギは全力で挙動不審になるも、今の演技すっごかったですねェ! とライトが超好意的に接した為、裏表無く褒められて満更でも無いエンギの心の壁が緩みました。




