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私、実は姫騎士なのだわ  作者:
準備期間
14/89

懸念



 何だかジンゾウがすっかり組手中というのを忘れているようなので、ヒメはジンゾウを体重云々関係無くひっくり返せる一点狙いの足払いでひっくり返し、その喉元にゴム製の短剣を突きつけた。


「はい、もう一点。会話していたとはいえ、組手中に気を抜き過ぎてたら駄目なのだわ」

「あれ!?まだ続いてたの!?」

「当然なのだわ。その頭をヘアピンだらけにして可愛く飾ってあげましょう」

「あはは、お手柔らかに……」


 苦笑しながらヘアピンを一つ装着し、ジンゾウは自身の頬を叩いてヨシ! と気合いを入れた。


「俺も頑張ってヒメちゃんを可愛く飾ってみせるよ!」

「その覚悟は要らないのだわ」


 本当に要らない。





 汗一つ掻かないジンゾウはさておき、昼が近くなってきた頃には、ヒメは汗だくになって頭をヘアピンだらけにしていた。

 ジンゾウもヘアピンだらけになっているが、総数としてはヒメの方が多いだろう。

 何せ一度見せた攻撃に対応されるとなれば通る攻撃は少なくなってしまう。既に封じられた攻撃を応用したものだって、応用したものだからこそといった動きで対応されるので最初の一撃すら通らない、という事すらある始末だ。

 もっともヒメが使った動きをジンゾウが使用した場合、相手から見るとこういう感じか、というのが掴めるので良いのだが。他人がやっている動きを見ると隙が出来ている部分が見えるので、一つの動きをより洗練するのにも使えてありがたい。


「ほん、と、こっちがこれだけ汗だくになってるのに汗一つ掻かずにケロッとしてるとか、嫌味にも程があるのだわ……」


 これ以上を続けるには足りない持久力に歯噛みしながらゼエハアと息を切らしてヒメが言えば、ええ、とジンゾウは困ったように頬を掻く。


「そんなつもりはないんだけど……」

「だったら汗の一つくらい掻いてみせるのだわ!」

「そんな無茶な!」


 八つ当たり染みた言葉を投げかけるヒメに、


「…………落ち着け」


 そんな言葉と共に、待ったをかけるようにしてヒメの肩に大きな手がスッと置かれた。


「……呼吸が乱れている。酸素が足りていないせいで頭が動いていないんだろう。まずは呼吸を整えた方が良い」

「フリョウ」


 やって来たのはフリョウだった。

 前方に190センチを軽くオーバーしているジンゾウ、後方に190センチは超えているだろうフリョウに挟まれ、ヒメは一瞬目が死んだ。壁で囲むな。身長といい筋肉の厚みといい酸素不足の頭を逆撫でしてくる。その苛立ちを抑える為にも、ヒメは言われた通りに深呼吸した。

 この状態でも冷静に物を考えられるようになりたいが、まだ未熟なのか中々その段階まで辿り着けないのが不甲斐ない。


「……うん、落ち着いた。失礼したのだわ」

「…………いや、俺は何も」

「フリョウさんは何か俺達に用事?」

「……前から見かけはしていたが、今日もまた休日なのに精が出るな、と……」


 どうやらそれだけではないらしい。

 何かを言いたそうにうろつく視線。居心地悪そうな立ち姿。唇をもにょもにょさせて何かを言いたいけどどう言えば良いか、といった空気が滲み出ている。


「……うん、一旦私は訓練場に備え付けられてるシャワールームで汗を流してくるのだわ」

「ん、ああ」

「いってらっしゃーい」


 反射的に返したらしいフリョウとニコニコ笑顔のジンゾウに手を振られ、ヒメは早足でシャワールームの方へ向かった。汗だく状態のままフリョウの言葉を待っているよりは、一旦汗を流している間にフリョウがある程度言いたい事を纏めてくれた方が効率的だ。

 訓練場備え付けのシャワールームは男女が当然分かれているし、シャワーの数が多くて快適で良い。

 更に衣服を放り込めば瞬時に洗浄、乾燥を済ませてくれる魔道具もある。使用者の魔法情報から個人を特定出来るようになっているので、誰かがうっかり取り間違えて、とかも起こらないのが良いところだ。

 魔法は人それぞれ違う魔法を使うからこそ、こういった物が個人を識別して判断するには良いポイントだと言われている。まあ親族で似た魔法の場合は時々誤認も起きるようだが。


「おー、ヒメヒメじゃん!」

「ヒメさん、どうも」

「イショウ、コモノ」


 シャワールームには先客が居た。クラスメイトであり、被服部所属のイショウ・ズキとコモノ・ズキの双子だ。

 ちなみに被服部の服作り大好き服中毒なやべーヤツ四天王が二柱、でもあるらしい。


「ヒメヒメ、衣装楽しみにしててね! まだ作り途中だけど良いのいーっぱい作ってるから!」

「小物の出番は少なそうなので、劇と実質無関係なナレーションの衣装に気合いを入れる事にしたんです。語り部感溢れる飾りだらけの服にしてみせますからね」

「ええと、まず沢山は要らないのだわ」

「ライトはまだイメージ決まってないから作ってくれるならサイズ合わせたのをいっぱい作ってって言ったもん! いっぱいの中から選べる方がしっくりくるのと出会えるだろうしって言ってたもん!」

「そうですよ! ウチらは全力でただ服を作りたいだけなので、数の指定が無い今は最高に脳汁ドパドパハイテンション状態なんですよ!」

「……成る程、それでシャワールームに突っ込まれたわけなのだわ」

「あれ、わかっちった?」

「ただ高笑いしながら衣装を凝り出していただけなのに……」


 イショウはあははと笑い、コモノはしょんぼりしながらそう零した。


「ああ、あとまだ色々定まってないみたいだから、それぞれ男物と女物も用意してるかんね」

「は?」

「ほら、主人公がトクサツさんでヒロインがライトさんだと聞かされましたし、マンガさんの書く作品のファンでもあるのであの方の好みは何となく把握してるんです」

「良いよねマンガの作品! 現実的にコイツはこれ着ねーだろ! みたいなのを着せる時もあって逆に刺激になるっていうかさ!」

「そういうわけで、マンガさんの事だから性別逆転をしかねないな、と思ってその辺りが未確定の現在、男装女装になっても問題無い衣装を大量生産中です。あ、資金はヒフク部長が全部出してるので気にしないでください」

「そーそ」


 イショウが言う。


「全力で好き勝手に色んな服を作れるチャンス! 寧ろこの少ないテーマやキーワードからどれだけバラエティに富んだデザインを出せるかというチャレンジにもなる! これを口実にして多幸感で脳みそがお空の向こうにカッ飛ぶ程ぶっ飛ばすぞ! 全力で作りまくれ!」


 その声音はまったく似ていないが、ハイテンション特有の演技掛かった動きなのはよく伝わった。


「って叫んだもんだから今は保健室に強制搬送されてて笑うよね」

「笑えないのだわ」

「いやコワイ先生の手刀からの気絶、からの担いで保健室に連行って流れがめーっちゃスムーズだったの! あれは笑うって!」

「診察モードだからか前髪を上げていて、担いでる様子が完全に死体遺棄をしに行く図だったのは怖過ぎましたけどね……」


 コモノが遠い目でふるりと身を震わせる。

 コワイ先生が何故そこまで怖がられているのかヒメにはわからないが、前髪を上げていたから、という事は目付きが怖いとかそういう系なのだろうか。





 サッパリして訓練場に戻ってみれば、フリョウはさっきよりも随分と険しい顔に進化していた。周囲の人が完全に居なくなっているので相当な威圧感。


「お待たせしたのだわ、二人共」

「ヒメちゃん、お帰り!」


 帰って来た飼い主を出迎える犬のようにわんわんと寄って来たジンゾウをはいはいといなし、もう一度フリョウの方を見る。


「…………」


 相変わらず、こちらを殺気混じりに睨んでいるとしか思えないような眼力だ。険しい顔、を三倍濃縮させたような顔になっている。

 そこまで言い辛い事、ということはないだろう。

 もし直接的にどうしても言い辛いようならフリョウはまずライトに相談するだろうし、自他両方に変な負荷を掛けず会話が出来るライトが気軽にさらりと言うはずだ。ここ一週間くらいでその程度は把握している。

 つまり、どういう切り出し方をすれば良いのか、と悩んでいるだけだと思うのだが、如何せん顔が怖い。険し過ぎる。初等部の子供ならしばらく夜に思い出してギャン泣きし、中等部の子であってもふとした瞬間に思い出してはゾッとするだろう圧だ。

 まあ、これがただのコミュ障による困りに困った顔だと知っている身からすれば何一つとして怖くは無いが。あんよがじょーず、と掛け声をしながら必死に歩こうとしている乳幼児を見守る気分、が表現としては一番近いものだろう。


「…………」


 とはいえこれ以上だんまりを続けられても困るので、呼び水を用意する事にした。


「そういえば、フリョウに聞きたい事があったのだわ」

「ん、え、ああ、俺か。何だ」


 完全に思考の海に沈んでいたらしいフリョウがハッとこちらに意識を向けたのを確認し、ヒメは言う。


「フリョウはどうしてライトに敬語を使われているの? ライトは先輩や先生方に敬語を使ったりはするようだけど、同年代相手には使わないのだわ。敬語と言うには大分崩れている時もあるけど、ライトがフリョウに話しかける時は基本的に敬語。それがとっても不思議なのだわ」

「…………それか……」


 目元に影を落とし、言いたくなさそうにフリョウがグッと唇を噛む。


「言いたくないなら言わなくても良いのだわ」

「いや、……いや、言いたくないというか、始まりは誤解によるものでな」

「誤解?」

「っていうと?」

「……俺は初等部からだが、ライトは中等部からの入学組だった。出会ったのは中等部一年の時なのだが、違うクラスでな。しかしある時、他学年や別クラスとも合同の授業があった。既に孤立していた俺に、ライトは声を掛けてくれたのだが、」

「察したのだわ。先輩と間違われたのね?」

「…………ああ……」


 苦虫を噛み潰したような不満顔だった。

 まあ今の身長を思えば、成長期が早ければ既に高身長組の枠に入っていただろう。加えて険しい顔になるせいで圧が強いが、顔の造形としてはかなり整っている。凛々しい美形という表現が似合う為、ある程度成長して顔の丸みが取れて来たなら、年上と認識してもおかしくはない。

 そも、コミュ障と知らなければ寡黙で落ち着きのある人、という認識にならなくもないだろう。それ以上に険しい顔によるデバフが強いが。


「……敬語で喋る男かと思ったら、まさかの誤解でな……しかもそっちの方が俺に対する態度としてしっくりくるから、というよくわからん理由で今も敬語が多く…………」


 ハァ……、とフリョウは眉をひそめてため息を吐いた。

 険しい顔になっている時とは違い、軽めに困っているような表情だ。


「……前よりは俺に対しても素が出るようになっているようだが、どうにも…………まだ、距離があるのが……」


 むう、とフリョウは目を伏せて上を見るようにして唸る。仲が良い相手と思っているからこそもどかしい、みたいなものだろうか。

 別に大した問題でも無いのだから敬語でもそうでなくても良いのではとヒメは思ったが、それらは個人差があるので口出しはしないでおいた。ヒメだって最初はジンゾウによる突然のヒメちゃん呼びに何だこの無礼者はと思ったものだ。対等以前にデリカシーと距離が無い。その癖他の人にはさん付けなのだから、常に子供扱いをしてきているのが伝わってくる。意識し出したらイラついてきた。


「まあ、私たちが口を挟んで何とかなる問題じゃないから何も助言は出来ないけれど、謎は解けたのだわ。そういう事だったのね」

「……ああ。そういう事だ」

「ああそういえば」


 気になっていたのは事実だが、この話は終わったものとして扱い、ヒメはわざとらしく問う。


「フリョウは私達に何か用事があって来たんじゃなかったかしら」

「……そうだったな。うっかり忘れていた」


 顎に手を当てて頷き、先程までの険しい顔による無言タイムは何だったのかというくらいあっさりとフリョウが口を開く。


「その、俺は戦わないだろう?」

「演劇の話よね?」

「ああ」


 主語を寄越せ。





 まあ呼び水、というか一度違う会話クッション材として用いる事で話しやすくしただけだが、効果はあったようで良かった。その結果主語が抜けたのにはこの野郎となったが意図は通じたので良いとしよう。


「まあ、既に台本は出来たから内容は把握してるけど……確かにフリョウが戦うシーンは無いのだわ。あくまで毒を盛って、屋敷に乗り込まれて、部下を倒されて、胸倉を掴まれながら解毒剤についてを聞かれ、解毒剤は無いと答えたら主人公は慌てて入院中のヒロインのところへ戻って行き、で悪役の出番は終わりだものね」

「毒を盛った事が知られれば面倒だからと悪役は遠いところへ引っ越しました、という終わりだからな。出番すら無い」


 ちなみに悪役がヒロイン♂に惚れている云々は改変されなかった。マンガが絶対に譲らないと主張した結果だ。

 毒を盛る理由付けとしては主人公が居る事、居なくてもヒロイン♂は自分を見ないだろう事、それらを踏まえた上でどうしてもヒロイン♂が欲しくて堪らないので殺して命を奪う事で自分だけの物にしようと思い立った、という闇の深い事情になっていた。

 解毒剤をチラつかせて自分の物にしようとするならともかく、解毒剤も無いような毒を盛る理由としてはこちらの方が納得なのでこの展開に決定した。勿論多数決だ。フリョウとライトも賛成していたので解釈がどうとかにはならないと思う。多分。


「……マンガは、そこしかない戦闘シーンは舞台の見せ場にする、と言っていただろう」

「他にも見せ場はあるけれど、そこも見せ場にするとは確かに言っていたのだわ」

「うん、言ってたよね。動きを多くする事で視線を奪うとか何とか」

「だが、戦闘の動きが出来るヒメは裏方だ。戦闘シーンでも裏方をやるだろう」

「やるのだわ。演じるところまでやったりしたせいで意識が混ざって映像にブレが出たら大変だもの」

「ジンゾウもナレーションであり、戦闘には参加しない」

「出ずっぱりだからね」

「俺はその後ろの方で待機。トクサツは主人公だから立ち向かう側として参戦するし、戦える存在だ。そこは心配していない。……問題は、それ以外、でな」


 ぐぬう、とフリョウは顔を顰める。


「……ライト、マッド、マンガは戦闘の動きが出来ないらしい。そのシーンに出ないメンバーで部下を兼任するとはいえ、見栄えする戦闘が出来ないのは困る、と……」

「誰に言われたの?」

「ライトだ。相談された。しかし俺では役立てない。体の動かし方だけなら俺でも指導は出来るが、見栄えする、尚且つ戦闘そのものではなく、戦闘に()()()動き、というのが、どうも難しく」

「それを伝えに来るという事は、私達にその指導役を頼みに来た、という事かしら」

「頼みたい」


 こくりとフリョウは頷いた。


「まあ、ザカの戦い方には魅せる動きもあるから、舞台で魅せる為の動き指導くらいなら良いのだわ」

「でもヒメちゃん、ライトさんは素直にやってくれそうだけど、マンガさんはそういう動き苦手そうだし、マッドさんに至ってはやってくれなさそうな……」

「ライトはやり方さえ教えれば良し。マンガは餌さえあれば動くのだわ。間違いなく。既に発行済みの私をモデルにした作品については何も言わない、という条件にすれば頷かないはずがないのだわ」


 ああいった系統は公式からの許可には屈する。絶対にだ。

 それにこれまでの作品について、であれば新たに発行されるものに文句をつける事は出来る。調子に乗ってあまりにもアウトな物を作られては困るので、抑止力を考えればこのくらいが落としどころだろう。


「マッドは、動きだけなら薬やブレーキ操作魔法でどうにかなると思うのだわ。無理に練習に参加させるより、その時最高のパフォーマンスが出来る薬を開発してもらっておいていざ本番時にマッド自身に飲んでもらえば良いのだわ」

「ドーピング!?」

「そ、それは有りなのか?」

「出来が悪くて笑い物にされる、よりはマシなのだわ」


 それに本番時にボイコットされた日には強制洗脳コースなので、それよりはまだ自作ドーピングの方が良いだろう。少なくとも安全性が保障されるかどうかはマッド自身に委ねられる。





「それにしてもヒメちゃん、言葉の誘導上手だね。俺なんて全然会話出来なくて困っちゃったのに」

「あの場でそのまま本題に入ろうとすれば、より一層言葉に詰まるのは目に見えていたのだわ。だから前から気になっていた内容をクッションにして相手の口を少し緩ませる。普通に会話出来る状態に落ち着かせておけば、どう言い出せば良いかのとっかかりが掴めずに居た事だってするりと話すのだわ」

「ヒメちゃんそれ誘導尋問の手口?」

「そうね。多分」

「ヒメちゃんのそういうところ、凄いって思うよ。物理的にも強いし、頭も回る。今だって言葉での強さを見せて来た。俺じゃあ、同じ事をやろうとしても結局魔法で口を滑らすようするしか出来ないし」

「そもそも目的通りの魔法を当然のように使用する、の時点で次元が違う話なのだわ。端的に言って嫌味よ」

「そんなつもりじゃないよ!?」

「知ってるのだわ。意図して嫌味を言える程、ジンゾウは性根が腐っていないもの」

「……ヒメちゃん……」

「出来ればもう少し嫌味くらい言えるようになっておかないと心配になってくるけれど」

「あれ!? 今俺褒められたんじゃないの!?」

「長所ではあるけど短所にもなり得るから、利点は伸ばしつつ対策もした方が良いという話なのだわ。貴方のそういう、やけに純粋なところは嫌いではありません」

「……へへ」

「ただ痛い目を見ない内に多少反抗心を鍛えた方が良い気がするだけで」

「ヒメちゃんって俺を甘やかしてくれないよね」

「甘やかす理由も無いのに甘やかしたりなんてしないのだわ」

(そんなヒメちゃんだから、好きだなあ)

「何?」

「ううん、何でも。頑張って気を付けるようにしてみるね」

「……無駄に終わる気がするのだわ……」

「酷い!」



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