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私、実は姫騎士なのだわ  作者:
始まり
1/89

入学早々



 上流階級、それも王族や貴族が集うマナビヤ学園。

 初等部、中等部、高等部に別れているマナビヤ学園での入学式が始まろうとしていた。


「……うん、方向はこっちで合ってるようなのだわ」


 ()()()必要な手続きに時間を取られてしまったが問題は無い、と制服を着た低身長の少女が早足で廊下を歩く。

 と、そこで不審な影を見つけた。

 おかしな場所でおかしな動きをしている巨体に大型の動物でも迷い込んだのかと少女が覗いてみれば、そこには大柄な男子生徒が泣きそうな顔でおろおろしている。


「……迷子かしら」

「そうです!」

「げ」


 小さく呟いた声に反応され、うっかり淑女らしくない声を出してしまった少女はサッと口元を手で覆う。

 しかしその間にも大柄な生徒は数歩で少女の前までやって来ていた。


「ああ良かった人が見つかって! いやその、俺は不審者じゃなく入学生で」

「……不審者の自覚があるようだけれど」

「違うんだ! 確かにデカいし小さい君からしたら化け物か大熊みたいに見えるかもしれないけど、俺はただの入学しに来た一般生徒なんだ!」

「誰が小さいよ!」


 190センチは容易く超えているだろう巨体にコンプレックスを刺激された145センチの少女は相手を睨みつけ、反射的に声を上げる。


「初対面でいきなり人の身体的特徴をあげつらうだなんて失礼なのだわ!」

「えっ!? ご、ごめんなさい! でもだって君小さいからつい!」

「 し つ れ い なのだわ!」

「ごめんなさい!」


 しっかりと頭を下げる男子生徒に、ふん、と少女は腕を組んだままそっぽを向く。随分とデリカシーの無い大型犬タイプの生徒だ。


(……これが王族)


 男子生徒が見に纏っている制服は、学園から配布される一般的なブレザー型の制服とは明らかに違う。

 制服は体格に見合うよう特注されるが、男子生徒の上着はダブルボタン式のコート。その上着はまるで医者とでも言い張れそうな真っ白さ。足元なんて数センチはあるヒールのブーツを履いており、ただでさえボタンを殺しそうな筋肉を持っている巨体なのに更に威圧感を足している。

 この学園において、こういった制服改造が許されるのは王族のみ。

 基本的に学園内のルールとして王族でも貴族でも平等にという考えだが、だからといって無駄な面倒事が起こらないように、という事で王族は自分用にカスタマイズされた制服を着用する。

 もっとも一応生徒というのがわかるよう、ある程度制服らしさを保つようデザインされてはいるのだが。男子生徒のシャツ、ネクタイ、スラックスは改造されてないように見えるので、王族の改造デザイン制服として見れば大人しいと言えるものだろう。


「淑女に対するデリカシーの無い王族、それが同級生だなんて困ったものなのだわ」

「え? 同級生? でも君明らかに今から中等部に入学みたいな見た目で」


 少女は無言で目の前にあった男子生徒の鳩尾を殴った。


「 し つ れ い な の だ わ ! 」

「ごめんなさい……」


 男子生徒はダメージを受けなかったようだが、失言をした自覚はあったのかしょんぼりしながら謝った。





 入学式後、高等部一年生達は七つ程ののクラスに分けられた。

 この学園では初等部、または中等部から在籍している進学組とも混ざるようにクラス分けされており、王族が一か所に固まらないようにという配慮もされている。


「私の名前はヒメ・ミコと申します」


 クラスでの自己紹介で、低身長である少女がそう名乗る。


「ちっちゃい……」

「初等部の弟サイズ……」


 笑顔を浮かべるヒメのこめかみに青筋が浮かんだ。

 ヒメは笑顔を維持したまま、圧を纏いながら言う。


「出身はタカラザカですので、」


 椅子に飛び乗り、ダァンッ、と音を立てて机を踏みつけるようにして右足を乗せヒメは笑った。


「身長だのといった身体的特徴を揶揄するような事があれば、侮辱と判断してタカラザカのしきたりに従い、力で叩きのめすのだわ」


 ギラギラとした猛禽類か肉食獣のような目で周囲を見回してから、ヒメはスッと椅子から下りてにっこりと愛らしい笑顔を浮かべる。


「嫌ならお行儀よくしてくださいね」


 悪意は無かったものの先程ぽしょぽしょと小さく話していた一部のクラスメイトが、はぁい、と小さく返事をした。


「タカラザカってあれだよな、帝国タカラザカ……」

「ザカって言ったら女帝が納める女系の国だろ……強いのが正義みたいな」

「またパンチの強い生徒が……」


 最後のは進学組の生徒だろうか。この学園は世界中から様々な王族貴族が集まるので、パンチが効いてる生徒は多いと言う。

 そうして他の何人かの自己紹介を聞いていけば、クラスに入った時からやたらと視線を向けて来た男子生徒が立ち上がった。

 やたらと巨体で座っていても目立ち、そもそも王族と示す改造制服なので自然と目立つメンバーの一人、先程ヒメが入学式に遅れそうだったので渋々一緒に案内してあげた男子生徒だ。


「お、俺はジンゾウ・フッカツです! こういった、人の多い場は初めてなので失礼な事をするかもですが、よろしくお願いします!」


 巨体の男子生徒、ジンゾウは勢いよく頭を下げた。服装からして王子の立場だろうに随分と頭が低い。


「フッカツってどこだっけ」

「知らない」

「あ、アタシ知ってる。ワルノ王国だったはず」

「俺あんまワルノ王国知らない」

「王子が異世界人の血を引いてるって噂」

「マジ?」

「マジもマジよ。うち外交でそれ聞いたもん。異世界人の血が色濃くて、異世界人の能力が使えるって」

「うっわ、チートってヤツでしょ? 何でも有り魔法のやつ!」

「ナリもデカいけどヤッバ」


 ひそひそと語られるのは、ジンゾウの所属する国とジンゾウ自身について。

 この世界における魔法とは、一人につき一つしか使えない。しかも人によって使える魔法が違う。指先を光らせる魔法の人も居れば、口からとんでもない熱光線を出す魔法もある。そういった個人差が広いのが魔法だ。

 が、この世界の外側から来たという異世界人にはそのルールは通用せず、複数の魔法が使用出来る。しかも基礎となる複数の魔法を持っているだけではなく、誰かの魔法を見る事でその魔法を模倣、つまりコピーする事も出来るのだ。

 進学組なのだろう顔見知りらしいグループの話し声が聞こえたのか、ジンゾウは既に座っているものの居心地悪そうに顔を赤くしてそわそわと体を小さくしている。

 まあ、縦にデカい上に筋肉の身幅もあるのでまったくもって小さくなれてはいないのだが。


「はいはい、仲良くするのは良いが自己紹介時に駄弁るのはやめなそこー」


 教壇に立っている担任の教師が手を叩いてそう言う。


「聞こえる声色になってるから、休み時間とかに聞こえない場所で話しとけ」

「はーい、ごめんなさい」

「オレにじゃないだろ、謝罪先」

「ごめんね、ジンゾウ王子」

「悪かった」

「え、あ、いや、うん」


 あっさりと謝られ、ジンゾウは戸惑いながらも安心したように表情を緩めて頷いた。


「さて、これで大体皆自己紹介は終わったな」


 良かった良かった、と教師はパッチリとした小さな目を笑みにしてうんうん頷く。そうして適当に着崩されたシャツがよく似合うへらりとした笑みを浮かべ、言う。


「本当はこの後授業の説明とか色々あるんだが、先生面倒臭いし入学式の準備で忙しくて寝不足だから一旦休憩時間にして良いか? 生徒同士で駄弁ったりしててくれ」

「先生適当!」

「おー、そうだオレも自己紹介だけ済ますか」


 生徒が笑いながら飛ばした野次も何のそのな態度で教師は口を開く。


「名前はテキトー・キョウシ。このクラスの担任です。好きな店は安くて美味い居酒屋、好きな時間はサボる時間。時々授業の時間を忘れて姿を見せない事もあるが、そういう時は大抵保健室で寝てるので自習にしといてくれ」

「僕は勉強をしにここへ来ました! 場所がわかっているなら起こしに行きます!」

「んー、挙手が元気でオレ困っちゃう」


 そう言いながらも、生徒の言葉にテキトー先生はニヤリと笑った。


「保健室に来れる度胸と勇気があるなら起こしに来な。それをやるよりは、その授業が得意分野だってクラスメイトに聞く方が楽なもんだと思うがね」

「どういう事でしょう!」

「いやマジで元気だな。眠い時にそのテンションはキツい。んん、まあアレだ、その方がクラスメイトとの仲も深まるだろうというテキトー先生の粋な計らいと思い込んでくれたらオレはとっても楽が出来るのでそういう感じで」


 じゃっ、と言い逃げしてテキトー先生は教室の扉を開けて去って行った。

 廊下を走るなと言う側の癖にダッシュで逃げるその姿に入学組は唖然とし、進学組は半分が唖然とし、残りの半分は前に担任になった事があるのか慣れたように笑っている。


「高等部になってもテキトー先生の態度変わんなくてウケる」

「な、あれ緊張解す為の演技だって思ってたのに」

「中等部入学組のお前はまだ純粋だったよなあ」

「それが今やそうでもなくなり」

「誰が濁り系だ今も純粋だろうが!」

「いや絶対違う」


 ケラケラとそんな会話をする一部。帰ってきそうにない担任。

 黙って座り続けるのも何となく居心地が悪くなり、気付けばそれぞれ席を移動して親しい相手の近くに行ったり、気になる人に話しかけたり、はたまた近い席の人と会話し始めたりといった状態になっている。


「ねえねえ、ヒメさんだっけ?」

「ええ」

「ザカって家具とかめーっちゃ華やかだって聞くけどマジ?」

「そうね、他の国がどうかは知らないけど……多分そうなんじゃないかしら。他の国から輸入した家具を国で見た覚えがないもの」

「うっひゃー、流石ザカ!」

「服飾系も華やかなんだって!?」

「華やかというか、細かい刺繍が多くて派手なのよ。勿論控えめな服もあるけどよく見たら細かい柄や飾りがついてたりして。シンプルなのが好きな人は自分で輸入品を注文する必要があるから、そういうのが好きって人には不便だと思うのだわ」

「あー、個人の好みはね」

「でも実際煌びやかなの良いよな! 俺彼女にザカの小物贈ったらすっごい喜ばれたし! ありがとうザカの民!」

「私が作ったわけじゃない物で私に感謝を示されても困るのだわ……」


 ヒメもまたその状態になっていた。

 近くの席の人に話しかけられ、その人の知り合いや友人、はたまた関係無い初対面らしき人も加わって来て、という怒涛の会話。


(まあ確かに、友人関係になるかはさておいて、クラス内で会話がしやすい地盤が整えられるのは間違いないのだわ)


 先に授業の説明をされていたらそちらに意識が持って行かれ、早く寮に戻ったり学園内の確認をしたい、となっただろう。こういった交流の時間が作られるのは悪くない。

 まあ、態度や言い方からしてテキトー先生は本気で昼寝をしたかっただけのようだったが。


「あの、ヒメちゃん」


 影が出来る程の巨体。眉を下げた不安そうな表情ながらも馴れ馴れしい言動。

 ヒメはそれにむっとした表情を浮かべながら、ジンゾウに視線を向けた。


「何か用かしら」

「えっと、聞きたい事があって」

「時間が無くて慌ててた案内の礼についてはともかく、私はいきなり馴れ馴れしい言動をしてくるような相手に聞かれるような事は無いのだわ」

「あ、そっか、さっきは急いでて忘れてたや。入学式までの案内、ありがとうヒメちゃん」


 またちゃん付け。

 馴れ馴れしい言動をするなと言ったばかりのコレに、ヒメはギュッと顔を顰めた。パーソナルスペースやデリカシーといったものを認識出来ないタイプと見做して充分過ぎる行動だ。


「そんなにちっちゃいのに俺に全然怯えたりする様子も無くて、とっても可愛いのに格好いい人なんだなあって思ったんだ。そしたら同じクラスだったから嬉しくってずっと見ちゃってた。ごめんね」


 どうやら馴れ馴れしい云々はずっと視線を向けて来た事についてと思ったらしい。が、


「……身体的特徴をいちいち主張するのはやめて欲しいのだわ」

「え、どうして? 小さいのも可愛いのも本当なのに」


 ビキッとヒメのこめかみに青筋が浮かぶ。頬もひくつき、明らかに怒っているとわかるヒメの様子に先程話しかけてきたクラスメイト達も危機管理能力があるらしくそそくさと距離を取った。

 しかし石炭をくべまくっているジンゾウ本人はサッパリその自覚が無いようで、ニコニコした顔でヒメに問いかける。


「ああ、それで聞きたかった事なんだけど、ヒメちゃんって本名ヒメ・キ」

「なぁーーーーーーーーーっ!?」

「もがっ」


 言っちゃ駄目な事を言いかけたジンゾウに思わず大声を上げ、ヒメはそのままでは手が届かないと判断し咄嗟に机に飛び乗ってそのままジンゾウの胸倉を掴む形で飛び掛かり、ジンゾウの屈強な肩と肉厚な胸筋に足を引っかけた状態でその口を手で塞ぐ。


「あなたって本当にデリカシーってものが無いにも程があるのだわ! 王族にあるまじき言動だわよ!?」

「もがっ!?」

「自覚無しでその言動とか本当にありえないのだわ!」


 思いもよらなかった指摘とでも言いたげに目を見開いたジンゾウを見て、こっち! とヒメはジンゾウから飛び降り、身長差や掴みやすさから胸倉や手では無くコートを引っ張って教室の外へ出ようとする。


「あっ、ちょっと進学組の方! このデカブツが入るサイズの空間かつお説教と注意をしても周囲への迷惑にならない場所とかご存じ!?」

「あっちに進んでから右に曲がってガーッと行ってからの右手側に倉庫あるよん」

「ちょっとそこ使わせてもらうのだわ!」

「いってら」


 入学組はポカンとしているが、進学組からすれば様々な国の上流階級が集まる学園ではこういった事もそう珍しくないのか、当然のようにそう見送られた。





 感覚に身を任せながら言われた通りの道を来て恐らくここだろうという倉庫に入り、ジンゾウを正座の形で座らせ、ヒメはその真正面に腕を組んで仁王立つ。


「で?」

「えっと……その、よくわからないけど、怒らせてしまったようで……ごめんなさい」

「よくわからないながらも非があると察して謝罪するのは良い事なのだわ。問題は、あなたが改善しそうにない事ね」

「ごめんなさい……」


 しょんもりと背中を丸めているその姿は、叱られて小さくなっている超大型犬を彷彿とさせる。

 しかし、だからといって謝罪を貰ったからこれでこの話は終わり、というわけにもいかない。


「まず聞きたいのだけど、あなたはさっき、私に何て言おうとしたのかしら」

「え? えっと、ヒメちゃんの本名ってヒメ・キシだよね?」


 当然のように告げられた言葉に、ヒメの指にミシリと力が籠る。


「なのに自己紹介の時、ヒメ・ミコって名乗ったのが不思議で。それに王族の人が着る用の制服じゃなくって普通の貴族用制服だ。それはどうしてなのかなって」

「そこまで理解してるんだったらクラスのド真ん中で普通に周囲に聞こえる声で言う事じゃないのだわ!」


 相手の事情次第では戦争になってもおかしくない立場だという自覚はないのかこの駄犬王子。


「……確かに私は、本当のところヒメ・キシという名前なのだわ。タカラザカの姫でもある。でも私は公的なパーティーにも出ていないし、ワルノ王国に私の情報が伝わっているとも思えないのだわ。どうしてあなたはわかったの?」

「うーん……出来たらジンゾウって呼んで欲しいな」

「天然ボケも大概にするのだわこの駄犬王子」

「駄犬王子!?」


 態度も言動も些細な仕草もひたすらに駄犬だというのに何を今更。





「何か凄い勢いで教室出てったなー」

「よくあるよくある」

「うん、入学組には新鮮だろうけどマジでよくあるからああいうの」

「寧ろ今年は一件だけかーみたいな感じ」

「そこまで?」

「頻度高いよ結構」

「自分けっこービビッてんすけどああいうの普通な感じなんすか」

「おーよちよち怖がらなくても良いぞー入学組」

「険悪なヤツは特に居ないし、わりと皆エンジョイしてっから」

「無理して仲良くなる必要は無いけど、楽しい事は積極的にやるってのがこの学園よ」

「こわくなーいこわくなーい」



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[一言] 面白いのが始まりましたね。 楽しみです。
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