集合①
「ただいまーっと」
2DKの部屋に響き渡る低い疲れ切った声。帰ってくる声はないが、長年の癖か必ず言ってしまう。
大学に入って直ぐに一人暮らしを始めて早3ヶ月。他の奴らは知ったこっちゃないが、俺個人的には始めたてにしちゃあかなり有意義な生活を送れていると思う。授業受けて、電車に揺られて、時々うまいもん喰って、帰ったら動画の撮影と編集をしてゲームして寝る。休みにはイベント行って騒ぐ。そんな生活がずっと続くと思ってた。昨日までは。
時期が時期だからか日が傾いているというのにまだ蒸し暑い。シャワーで汗をさっと流し、エナドリをちっちゃい冷蔵庫から取り出してグイっと…
ピンポーン
そんな至高の時間を邪魔したのは一つの呼び鈴だった
「・・・まじかよ」
こんなにいいタイミングで来るか?普通。まあいい。なんてったってうちには人がほぼ来ない。来るとすれば家族か、宅配便の二つに一つ。そして今日は誰からも連絡が来ていない、ということは。
「ようやっととどいたか。新しいキーボード。」
最近までこれがないせいで仕事ができなかったのだ。ようやっと仕事が再開できる。俺はうっきうきで玄関を開けた。
「はーい」
「よっ!」
バダン!
・・・何だろう、今、幻じゃなければ腐れ縁の友人が見えた気がする。しかもバカみたいな量の荷物を持って。
「うん、俺は何も見なかった。そうしよう。うん。」
何もなかったので椅子に座って再びエナドリを飲もうとする。
ピンポーン
今なんか聞こえた気がするが、気のせいだろう。
ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン
「うるっっっせえ!」
あいつ頭おかしいんか⁉こんなにならすとか正気の沙汰じゃねえぞオイ⁉そう考える中でもピンポンラッシュは続いていく。こんな下らねえことをするのは俺の知る限りあいつだけ。普通に夢であって欲しかった。
その後、10分ほどのラッシュの末、俺はやつを中に入れた・・・
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「で、何の用だ。弁財」
俺は目の前に座っている男ー弁財 成にゴミを見るような目つきをしながら話しかける。
「ひどいなあ門屋。僕達の仲じゃあないか。そんな目しないで話だけでも聞いてよ」
と、子供っぽい声を響かせ奴は(もともと子供っぽい顔だが)へらへらした子供のような笑顔で返した。殴りてぇ、この笑顔。
だが、話を聞かずに殴るのも失礼な話だ。ここは黙って話を聞こう。
そして、弁財は真剣な顔になって話を始めた。
「まず、君の知っての通り僕は駆け出しイラストレーター兼配信者だ。収入もそこそこある」
「おん」
「だけど僕の住んでる・・・いや、住んでいた場所はかーなーり家賃が高かった」
「おん・・・んん⁉」
オイ待てそんな冗談だよないくらお前が馬鹿でもそんなことは
「まあ、端的に言うと家賃が払えなくなっちゃってさ」
「はいお出口はあちらでーす」
俺は玄関を親指で指す。すると奴が慌てたように手をぶんぶん振り回す
「まって!話を最後まで聞いて!」
「なんだよ」
「僕だって払いたくなくて払わなかったわけじゃない!」
「ほう」
まあ、そうだよな。そもそも家賃滞納で追い出されるのは大体3ヶ月くらい連続で滞納した時。それで追い出されるということは相当なことがあったんだろう。
「何があったんだ?」
「遊びまくってたら家賃分のお金が無くなってた!」
こいつに殺意を覚えた俺は悪くないはず。うん、期待した俺がバカだった。
「いや、お前マジでなにやってんの?」
「だって、ほしい画材があったんだもん。遊園地にも行きたかったし、おいしいものも食べたかったし」
想像を絶するアホっぷりに俺は苦い顔をする。
「契約の時に家賃は確認しなかったのか?」
「立地と広さがよかったからそこまで見てなかった」
しょぼんとした犬のような顔でそう続ける。本当に何やってんだか
「で?俺に何をしろと」
正直予想はできているが・・
弁財は頭を下げこういった。
「ここでしばらく生活させてください」
その言葉を聞いて俺は今年一番の溜息を吐いた。
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翌日の朝6時。俺はいつものように起きようとして二度寝をし、布団から這い出てとなりのリビング代わりの部屋に行く。そこには床で毛布に包まり、アホ面をして寝ている弁財の姿があった。
あの後俺は条件付きでうちでの生活を認めた。条件といっても家賃と水道や電気等々の料金を半分負担すること。そして家事の一部を手伝うこと。そんだけだ。
俺はアホ面を強めにひっぱたく。
「起きろ馬鹿。飯の時間だ」
弁財は薄ら目を開け
「はやくぬぇ~?まだねかせろ~」
と、配信者とは思えないほどの活舌の悪さで答えた。
そこで俺はコイツに一番効く言葉をかけてやる。
「そんなんだから身長伸びなかったんだぞ?」
すると奴のめはパッチリと開かれ、毛布から飛び起きた。
「うるせえ!お前だって175の癖に!俺と10センチしか変わらないくせに!」
目がガチギレしている。めっちゃ面白い。
「いや、10センチはかなり差あるぞ?」
「うるさいうるさいうるさーい!俺はまだ成長期なんだー!」
「・・・ッフ」
あまりの幼稚っぷりに思わず笑みがこぼれる。
「なぁに笑ってんだてめー!」
と、弁財は怒るが俺はこの数年ぶりの光景に懐かしさを感じていた。
朝飯を食べ、各々大学に行く準備を整える
「鍵は基本的には俺が持つ。悪用されちゃあ困るからな」
「信用ないなあ」
弁財はいつも通りヘラヘラ笑った。
「じゃ、僕は先行ってる」
「おう。いってら」
ガチャンとドアが閉まる音が2DKの部屋に響き渡る。俺はバックを背負った。
「行ってきまーす」
誰もいるわけではないが、長年の癖で、そう言う。ただ、帰ってくるときには返事が返ってくると考えると少し嬉しかった。
だが、俺はこの時知らなかった。いや、考えたくなかった。これはハチャメチャ劇の開幕にしか過ぎないことを。