#66 油断大敵
9月13日(金)
「昨日は弟が失礼しました」
「いや、ほのかの所為じゃないし気にしないで」
「そうだよほのかっち、ほのかっちの所為じゃないじゃん?」
「うんうん。ほのかちゃんは悪くないよ」
「あの後、家族で話をしたところ、父も弟に近い考えを持っていそうだと兄が言い出しまして、確認したところ以前から父と弟で昨日、弟が言った様な内容の話をしていたらしく、春斗くんの事を敵視していたそうなんです。私と母、それから兄の3人できちんと話をしておきましたので、もう大丈夫だとは思うのですが...それに気付かず不快な思いをさせてしまいすみませんでした」
「だから、ほのかが謝る必要はないってば」
「そうそう、もう謝らないでいいよほのかっち」
「嫌な思いをしたのはほのかちゃんもでしょー?だから、謝らないでー」
「まあ、ほのかの気持ちも分かるから、ほのかの謝罪は受け入れるよ。だからここからはいつも通りに接してほしいな?」
朝、登校して来たほのかが、開口一番に昨日の弟くんの事を謝って来た。
ほのかは悪くないけど、家族がやらかしたら謝らざるを得ないのも分かる。だけどこれ以上は気にしないでいつも通りのほのかに戻ってほしいと伝えた。
「分かりました。これ以上は謝罪はしません。ありがとうございます」
ほのかが俺の言葉を受け入れてくれたタイミングで、担任の先生が教室に入って来てホームルームが始まった。
学校も終わり放課後、俺達はいつも通りダンジョンに潜っている。
鋸南町ダンジョン41階層は、アンデッドが跋扈する墓地だと思っていたのだが、1番厄介なのは39階層から出て来たファイアーバードだった。
まあ、俺達は空を駆けて移動しているので、地上にいる魔物は最初から脅威ではなく、唯一飛行能力のあるファイアーバードが戦闘対象なだけなのだが。
1時間程探索をしていると一際大きなお墓が目に付き、近付いてみると次階層への階段があった。
「地図のない階層でも、雛のお陰でササッと攻略出来て助かるな」
「そうですね。雛さん、ありがとうございます」
「ありがたやーありがたやー」
「フッフッフ〜」
雛に感謝を伝え42階層へと降りて行くと、そこには古いヨーロッパ風の街並みが広がっていて、アンデッドエリアの特徴通り夜の帳が降りていた。
「今度は街中なのか、こういう階層はちょっと大変らしいぞ」
「そうなん?」
「ええ、次階層への階段が建物内にある事も珍しくないそうで、1軒1軒確認しながら進まなければ見落としてしまう可能性があるそうです」
「えっ!?この階層って2500km²あるんじゃなかったっけ?」
「ああ、その面積に建つ建物を虱潰しにして行く必要があるって事だな」
「サイアクじゃ〜ん」
「こんな時こそ幸運の女神様に祈らないとー」
「どんどん祈って〜私も祈る〜」
「これで目の前の家に次階層への階段があったら笑うな」
「ふふっそうですね」
そんな冗談を言いながら扉を開けた家の中に、下へと続く階段があった。
「「えっ...?」」
まさかの光景に俺とほのかは動きを止めてしまった。
「2人共どうしたん?」
「何かあったのー?」
俺達の様子を怪訝に思った唯佳と雛が、声を掛けながら家の中を覗き込んだ。
「うぇ~!階段あんじゃん!」
「ホントにあったー!」
取り敢えず、2人に促され階段を降りて行くと、そこにあったのは地下室だった。
「な〜んだ、43階層への階段じゃなかったのか〜」
「ただの地下室だったねー」
「これは、思っている以上に厄介な階層かもしれませんね」
「そうだな。まさか、隠し階段とかはないだろうな?」
もしそんな物があり、その先に次階層への階段があったりしたら、見つけるのに時間がどれだけ掛かるのか見当もつかない。
取り敢えず、建物の外に出ると41階層から出て来ていた、グールと遭遇した。
「浄化!」
グールに向かい、唯佳が光魔法の浄化を唱えると、グールは光の粒子へと変わって行った。
「えへへーやっと浄化が役に立ったよー」
唯佳が漸く浄化が使えた事を喜んでいる。
「雛、どっちに進むかは今まで通り雛が決めてくれ。その方向にある建物の中を全部調べながら進んで行こう」
「そうですね。時間は掛りますが、それがいいと思います」
「りょうか〜い」
「雛ちゃんよろしくねー」
という事で、雛が選んだ方向の建物内を片っ端から探索して、先に進んで行った。
道中で遭遇したグールとこの階層から出て来たトーテラッテという大きなネズミのゾンビ、40階層から出て来ていた火ノシシを倒しながら1時間程進んで来たが、一向に次階層への階段は見つからず、案の定雛が飽きて来てしまった。
「全然43階層に行く階段がな〜い!!」
「いや、仕方ないだろ?」
「そうだけど~もっといい方法はないの~?」
「そう言われてもな~」
「なら、雛さんに選んでもらった建物に絞って探索して行きましょうか?100%とは行かなくても、虱潰しよりは当たる確率も上がるかもしれませんよ?」
「そだねーそうしようよー」
「オッケ~やってみる〜」
という事で、空を進み雛がピンと来た建物を探索する事になった。40分くらい移動した辺りで、雛が止まった。
「あの辺が気になる」
雛が指差したのは2つの区画、1つは何の変哲もない住宅が密集している区画で、もう1つはその向かいの大きな建物が1つだけ建っている区画だった。
「建物の数は多いけど、面積自体は狭い住宅地の方から調べてみるか?」
「オッケ~」
「では、そうしましょう」
「はーい」
10軒程の家が建っている区画を、1軒1軒隈なく探して行くが次階層への階段は見つからなかった。
「ないな。じゃあ、次は向こうの大きな建物に行くか」
「「「は~い」」」
大きな建物の敷地は広く、グラウンドがある事から学校なのだろうと思われる。
中に入ると左右に廊下が伸びていて、教室と思われる部屋がいくつも並んでいた。
ここでも雛を先頭に進んで行く。途中で魔物とも遭遇したが、雛が斬撃を飛ばして斬り捨てて行く。
直接刀で斬る事はない。
建物の3階に上がって来た俺達は、雛に続いて1つの教室に入った。
そこには、次階層への階段があった。
「雛ちゃん流石だねー」
「ホントですね。こんなにあっさり見つかるなんて思っていませんでした」
「一発で当てるって、凄過ぎだな」
「えへへ〜」
みんなに褒められご満悦の雛を先頭に階段を降りて行く。
建物の3階にあったのに、いつも通りの長さの階段を降りると43階層に到達した。
「不思議だねー」
「ホントだね~」
「そうですね」
「どうなってるんだろうな?」
全員で降りて来た階段を見上げてしまった。
流石ダンジョン、不思議空間だな。
降りて来た43階層の景色は、丘の上からヨーロッパの古城を見下ろす雄大な景観だった。
「おー!お城だー!」
「やっば!めっちゃ格好いい!」
「素敵なお城ですね~」
女子達がお城に見惚れ、警戒が疎かになっている。
「見惚れるのは一先ず後にしろ!魔物が来るぞ!」
俺の声に我に還った3人が戦闘態勢に入る。
襲って来たのはトーテラッテ5体、油断していなければどうという事のない相手だが、先程の様な状態で攻撃されれば、間違いなく怪我をするだろうし、場合によっては取り返しのつかない事にもなりかねない。
戦闘態勢に入っていた俺達は、トーテラッテの群れを蹴散らし、辺りの警戒を解く事なくお城に向かう事にした。
開け放たれた城門の所まで移動して来た俺達は、迷う事なく城内に入って行く。
「お〜!鎧が飾ってある〜」
「格好いいねー」
城内に入ると、正面と左右に通路が伸びており、正面の通路の左右の壁際に西洋風の全身鎧が飾られている。
「格好いいけどあれは魔物だぞ」
「「えっ!?」」
近付いて見に行こうとしている唯佳と雛に、鑑定結果を教えて引き止める。
「あれ、魔物なの!?」
「春くん、でもあれ、動かないよー?」
「リビングアーマーっていう魔物だってさ。動かないのは待ち伏せでもしてるんじゃないか?」
「もうバレてるのにー?」
「だとしたら間抜け過ぎん?」
「魔法で攻撃してみましょう」
ほのかは言い終わると同時にコンプレッションファイアーを撃ち込んだ。
直撃したリビングアーマーは光の粒子へと変わって行き、両隣の鎧もダメージを受けたのか動き出した。
「ホントに魔物だったー」
「隣の鎧も魔物じゃん!」
「見えてる鎧は全部リビングアーマーだぞ」
「なら、さっさと倒してしまいましょう」
見えていた左右10体のリビングアーマーを瞬殺して、雛に続いて正面の通路を進んで行く。
「進み始めたばかりだけど、今日はもう帰ろう」
「もうそんな時間なん?」
「もうすぐ19時だよー」
「いつもより1時間くらい遅いですね」
「そっか〜じゃあ、帰ろっか」
転移で支部に戻り、報告を済ませドロップアイテムを可憐さんに渡し、全ての手続きを終え転移で自分達の個室に戻って来た。
今日は紗奈さんも含めてみんなでうちにお泊まりらしいので、着替えて歩いてうちに向かった。
帰宅後、女子3人は一緒にお風呂に入りに行き、その間に今日の攻略の話を智佳姉に聞かれ話していたのだが、43階層で3人が景色に見惚れていて、魔物の接近に気付いていなかった事をポロッと言ってしまった。
お風呂から出て来た3人は、智佳姉と凛に正座させられお説教を受けている。
口を滑らせた俺は、3人から恨みがましい視線を向けられたが、さっさとお風呂に避難して来た。
その後は夕飯を食べ、リペアの練習をやり、雑談に花を咲かせて眠りに就いた。
女子3人は、相変わらず何故か俺の部屋で寝ていて、大人組は俺達が山中湖ダンジョン最終日に持ち帰って来ていた、酒呑童子の隠し酒を飲んで盛り上がっていた。




