35,トカゲと手帳。
「トカゲ狩りにいくよ!」
と、サラが妙なテンションで言ってきた。
このときアークは、窓から差し込む陽射しのなか、のんびりと寛いでいた。猫に転生して思うのは──猫の人生も悪くはない。
「にゃあ(勝手に行ってろ)」
と、寝ころんだまま鳴き声で答えた。サラはケイトと違い、猫の言葉は分からない。が、少なくとも寝転がったままの返答に意気込みを感じなかったのは、間違いない。
「まぁまあミィくん、ちゃんとわたしの話を聞いてよ。先ほど、わが〈名前はまだない〉ギルドに依頼があって──」
〈すめらぎ刃〉をボコって以降、冒険者ギルドから塩対応を受けていた〈名前はまだない〉。
その一方、市民に寄りそう姿勢が、市民たちには評価されたこともあり、
「これからは独立だよ、ミィくん」
と、その場の熱意にかられたサラは、冒険者ギルドから脱退し、〈名前はまだない〉ギルドを発足したのだった。
それから三日たち、いまに至る。
「リザードマンの巣窟に落としてきた手帳を回収してほしいんだってさ」
「にゃあ(手帳? なるほど)」
と、アークは納得した。半分眠りながら。
つまり。
リザードマンの巣窟に誰かを置き去りにしたとかならば、冒険者ギルドも動くだろう。
しかし、たかが手帳では──それが貴族の手帳ならともかく、市民の手帳では見向きもされない。仮に依頼料は払うと主張しても、冒険者ギルドのメンツにかかわる。
「ふがっ」
寝ていたアークを抱き上げて、自身の肩に引っかけるようにするサラ。
「リザードマンたちの根城が王都付近にあるなら、早めに討伐するに限る。そして依頼された手帳も回収すれば、一石二鳥だよ」
しかし実際のところ、『王都付近』ということもなく、王都から片道40分の渓谷内だった。ちなみに駱駝のラクは、『手元におくと飼育大変』という理由で、遠くの牧場に預けてあるので、すべて徒歩移動。
「いい運動になった」
「にゃあ(おれは蚊に刺された。猫が蚊に刺されると、お前、大変なんだからな)」
根城にいたリザードマンは、ぜんぶで30体ほど。
ひとまずサラは両手を上げ、敵意がないことを示しながら、進み出た。それから手帳を返してもらえないかと頼んでみたが、これは手順にすぎない。
リザードマンたちは予想どおり襲ってきたので、サラは素早く剣を抜き、剣術スキルlevel4《層の速斬り》。敵を斬るほどに速度が上がるスキルで、次々とリザードマンの死体を積み上げる。
アークは感心しながら、サラの死角から襲おうとするリザードマンを、拳闘スキルlevel2《瞬拳》で潰していった。
リザードマン拠点を壊滅させたところで、くだんの手帳を探す。リザードマンという種族は物持ちがいいので、人間から奪ったものは、金目のものでなくとも保管してある。
そうして見つけたのは、教えてもらったものと特徴のあう手帳一冊。
「あー、これだ、これだ。ところで、ここまでして取り戻したい手帳って、何が書かれているんだろうね」
「にゃぁ(おい読むな。プライバシーの侵害だぞ)」
しかしサラはあっさりと読み始め、顔をしかめた。
「女の人の名前が、住所とともにたくさん書いてある。王国中の都市の住所だよ。そういえば依頼者は、旅商人で、年中各地を旅している──妻子もちだったような」
「にゃぁ(浮気相手の住所手帳か。くだらない。とっとと帰って昼寝に戻るぞ)」
猫に転生して思うようになったのは、人間の営みというもののくだらなさ。




