2,こんなことがあった。
病死して、次に目覚めたとき、アークは『猫のような生き物』に転生していた。
自我が目覚めたときは、それなりに成長しており、独り立ち。兄弟姉妹の『猫のような生き物』との別れ(ちなみに兄弟姉妹は転生体ではないらしく、『にゃあ』でしか意思疎通ができなかった)。
それからアークは、はじめて王都を訪れた。前世では、故郷の村から一歩も出なかったものだ。山にこもって修行していた期間は別だが。
王都での生活は、とくに困ることはなかった。はじめに見かけた酒場に入り、はじめは店主に追い出される。
だが酔っぱらいが暴れだしたところを、拳闘士スキルlevel1《背負い投げ》で、店外に投げ飛ばしたところ、用心棒に雇われた。
それから、猫を用心棒に雇うなんて、とバカにした客たちは、痛い目を見ることになったわけだ。
このときアークは、自分が前世の記憶だけでなく、魔法とスキルも維持していることを知った。
とはいえ『猫のような生き物』であることに違いはない。この姿で、世に名を残すことはできそうもない。
しばらくして。王都の図書館に忍び込んで──さすがに動物は正面からは入れなかったので──最新の情報に触れる。
まず転生するまでに100年ほど経過していた。
前世のころ、アークは独学で魔術を学んだが、いまやあのころSランクとされていた一部の魔法は、禁忌魔法とされているらしい。つまるところ、いまはもう誰も使えない。
「にゃぁ(まったく、魔法界は劣化しているということか。情けない。と、前世のころ、力はあっても爪を隠し続けた身で、偉そうなことは言えないか)」
と嘆いたところ、その鳴き声を司書に聞かれて追い出された。
その帰り、不覚にも後ろから抱き上げられた。
その不届き者が、くるっとアークを反転させて、顔を向けあう。
茜色の髪を肩のところで切りそろえた、美麗な顔立ちの10代後半の少女だった。ブロードソードを装備しているので、剣士らしいが、未熟であることは間違いない。
「にゃぁ(気配を消すのが上手いな、小娘)」
「やぁ、猫ちゃん? 猫にしては、ちょっと変わってるね。さては、お腹がすいているね?」
「にゃあ(いや、間に合ってるから。けっこうだ)」
用心棒代として、三食の飯には困っていない。さらにいえば、こっそりと酒もいただいている。店主は、夜な夜なこっそりと酒を盗み飲んでいるのは、別の店員の若造を犯人と疑っているが。
だがもちろん、この剣士には伝わらない。ところで、この娘こそが、のちに〈名前はまだない〉パーティのリーダーとなるサラなわけだが。
「分かる、分かるよ。都会の野良猫は、辛いものだよね。よし、わたしが美味しい焼き魚をおごってあげよう」
「にゃあ(魚は嫌いだ)」
しかし解放されるまもなく、焼き魚を押し付けられたので、アークはしぶしぶと食べた。この姿だと、骨を取るのが大変だ。兄弟姉妹は、気にせずに飲みこんでいたものだが。そこまで野生にはなれない。
「じゃあね、猫くん。逞しく生きるんだよ。わたしも、新米の冒険者として、ここで名をあげるからね」
「にゃあ(若いのに偉いな)」
と、このときは二人(厳密には一人と一匹)は別れた。
アークも、この少女剣士と再会することはないだろうと思っていたのだ。
だが数日後。用心棒先の酒場で目を光らせていると、客のこんな会話を小耳にはさんだ。
「魔獣人の群れがキャラバンを襲い、それの討伐に、何人か冒険者が送りだされたらしい」
「魔獣人か。どうせゴブリンだろ」
「いや、どうやらリザードマンらしい。ところがはじめはゴブリンと思われたらしく、討伐隊に派遣されたなかには、新米の冒険者も多くいるんだとか」
「となると、かなりの数がやられるな。気の毒に」
新米冒険者。となると、あの少女剣士も含まれているかもしれない。
アークは身を起こし、伸びをした。
「にゃあ(焼き魚の恩義を返すときか)」
あれ以来、喉に小骨が刺さったままだが。