1,手が丸い。
「ミィくん、そっちに行ったよ!」
大型の獣型魔物カーガが、女剣士の斬撃を躱し、何もいない方向へと駆けだす。
いや厳密には、その先には、一匹の雄猫が立っている。
ただ厳密には猫ではない。猫に似た、魔獣でもない、よく分からないが、モフモフした生き物が。何より二本脚で立っている。
彼こそがミィと名付けられた、とある冒険者パーティのマスコットキャラ。
にして、いまや最強無比のアタッカーである魔法拳闘士。
「にゃあ」
と、猫っぽく鳴いたので、やはり猫っぽい。
ただし当人は、こう言ったつもり。
──「火炎魔術level2《猛火》+拳闘スキルlevel4《破弾連撃》!!」
肉球の気持ちいい両拳に猛火を纏い、拳闘スキルの連続パンチ。
ただの猫と見誤った獣型魔物カーガは、突進して踏みつぶすはずが、まさかの魔法拳の攻撃を受けた。
その威力は凄まじく、魔物の巨体が吹き飛ぶ。さらに猛火がその全身を覆いつくし、バーベキューにした。
少しばかり残酷な討伐方法だが、近隣の村を破壊した魔物なので、これも仕方なし。
──「ふっ、地獄で懺悔するがいい」
と、当人としてはカッコのいいことを言ったつもりだが、はたからは「にゃぁ」としか聞こえない。よってやはり猫っぽい。
「わぁ、凄いねミィくん! よしよし、いい子、いい子!」
女剣士──サラが、ミィを抱き上げると、頭を撫でてよしよしした。
──「おい、もっと年長者には敬意を払え、といつも言っているだろ。あ、耳の後ろは、弱いんだよこれが」
と文句をいったが、「にゃぁ」としかサラには聞こえない。
かつて、ミィは人間だった。
トーク村という、辺鄙な村で、生き死んだ男。名はアーク、享年30。生まれながら魔法の素質に恵まれていたアークは、はじめ魔術師として鍛錬を積んだ。
魔術師として、攻撃、防御、支援、すべてに優れた魔法を得る。Sランク格の殲滅魔術さえも、いくつか覚えた。
だがアークは、これらの魔術を、人前で使うことはしなかった。
能ある鷹は、なんたら、ともいう。
それに人前でひけらかすのも、少し恥ずかしい。
それにアークは、気づいていた。魔術師の弱点、それは打たれ弱いことだ。
いくら魔術に優れていても、肉体の素の防御力が紙装甲では意味がない。
ということで、アークはつづいて、あえて魔術を自己で封印。肉体を鍛えるため、ジョブに拳闘士を選んだ。
さらに修行のため山にこもって10年。この修行により、脳筋として覚醒。
そして山を降りたアークは、封印していた魔術の力を解放。
かくして、脳筋+純魔──最強の筋魔となった。
すなわち、唯一無二のジョブ魔法拳闘士の誕生である。
それで少しだけ、自分の力を世間に示してもいいのでは、と思った。
もう30歳だ。さすがに冒険者として、デビューしてもいいのでは、と。
「いよいよ、おれもこの力を振るい、冒険者として歴史に名を残すときがきたか」
そんな決意を抱いた翌朝。
自宅で、心臓の病気で突然死。三日もたってから、村人に発見された。
回復魔法も、宿命的な病気だけは治癒できないものだ。
ここでアークの人生は終わった。
しかし何の間違いか、こうして転生して生まれ変わったのだ。
猫──つぽい何かに。
いまは、サラがリーダーを務める、弱小パーティ〈名前はまだない〉のマスコットキャラである。
同時に、こんどの人生では出し惜しみしないことを誓い、パーティの最強アタッカーでもある。
「にゃあ」
「よしよし、ミィくんは、可愛いね~。肉球、焦げてないよね? うんうん」
「……」
問題は、この身体、人間の言葉を話せないこと。
では文字を書けばいいではないか、となりそうだが、このモフモフした肉球の手では、それも無理だ。
この手、なんか丸いもの。