俺は「世界を救った英雄」らしい
「ふむ、そなたは『世界を救った英雄』であるようだな」
こちらを見下ろす、厳めしい顔つきの大男――いわゆる閻魔様の言葉に、俺はぽかんと口を開ける。
昔話に出てくる、いかにもな見た目の鬼に「これからお前の生前の行いを裁くぞ!」なんて凄まれた後、そんなことを言われたら誰だって「は?」と思ってしまうだろう。しかし閻魔様は分厚い本のページを捲りながら、俺に向かって話し続ける。
「ここにはそなたが生きている間に行った偉業の数々が記されておる。例えばそなたが小学生の時、クラスメートに虐められていた女子をよく庇っておったな?」
子どもの頃の思い出を掘り返され、一瞬ノスタルジーに浸るが俺はすぐに頭を振る。
「確かに、そんなことはありましたが……それは俺が彼女のことを好きだったからで、ガキなりにカッコイイところを見せたかっただけですよ」
「いや、そなたが庇わなければ彼女は男性不信になり一生心の傷を背負う運命であった。しかしそれが変わったことで後に良縁に恵まれ、結婚して三人の子宝に恵まれている。そなたの行いによって、一つの幸せな家庭が作り出されたのだ」
何やらめでたい話になったようだが、それはあくまで彼女の人生における出来事で俺には無関係だ……そう思っていたら、閻魔様はさらに口を開く。
「また、そなたは中学生の時に校内放送であるマイナーバンドの曲を流しただろう? それを耳にした同級生の一人が自らも作詞作曲を行うようになり、ネットで自分の曲を公開している。それは警官や医療従事者などを含む、一定数の人間の心の拠り所となり世の人々を癒やすこととなった」
今度は中二病全開のイタい黒歴史を引っ張り出され、俺は顔を赤くしながら俯く。
あの頃は、堕天使とか薔薇とかいかにもな歌詞が多い曲が好きでした……だが自分で作曲するまでになったのは、その歌を聴いた当人の才能によるものだろう。だがそんな俺に向かって、閻魔様は説明を続ける。
「さらに高校在学中、隣の席に座った女子がそなたの読んでいた本を見て環境活動に興味を持った。そこから彼女は大学で地球環境について学び、今では環境保護団体の職員として活動している。加えてそなたが毎朝、水やりをしていた花を見るのを楽しみにウォーキングしていた老人は三年ほど健康寿命が伸びた。他にも……」
「ちょっと待ってください! どれも、些細なことばかりじゃないですか!」
俺の「英雄譚」を勝手に読み上げていく閻魔様へ、俺は声を張り上げる。
「確かに、閻魔様が言うようなこともしてきましたが俺はしがないフリーターで……死んだのだって交通整備員の仕事をしている最中に偶然、事故に巻き込まれただけです。俺がやっていたことが世の中のためになったとしても、それは偶然の産物でどれも『英雄』なんて呼ばれるほどの代物じゃありませんよ……」
言いながら、俺は自分の人生を今一度振り返ってみる。
非正規雇用で職を転々とし、ただ歳だけを重ねただけの虚しい人生……そんな俺が「世界を救った英雄」だなんて、と自嘲していたら閻魔様がふっと柔らかい口調になって俺に告げる。
「その、交通整備員の仕事であるが……そなたは横断歩道に飛び出そうとしている女性を、『歩きスマホは危ない』と言って注意したことがあるな?」
「それは、そうですが……今度は何だって言うんです?」
ぶっきらぼうにそう答えてみせれば、閻魔様は落ち着いた口調で答える。
「その女性はパワハラを苦に自殺を考え、車道に飛び込もうとしていたがそなたに呼び止められてそれを思いとどまった。その後は仕事を辞めて平凡に暮らしたが、本人も与り知らぬところで実は一つの戦争を食い止めている。つまりそなたが彼女を救ったことが、間接的に世界を救うことにも繋がったのだ」
何やら壮大なことを言っているようだが、なんだか実感が湧かない。どれもこれも、全てはたまたま俺が関わっていただけで俺自身が何か成し遂げたわけではないじゃないか……そう悩む俺に、閻魔様は諭す。
「何であれ、そなたは『世界を救った英雄』だ。その善行を加味して人間への転生を許可する。次の人生も『英雄』として生きるよう、精進するよう心掛けよ」
その言葉とともに、俺の視界が光に包まれる。閻魔様の言うことを信じるなら、これから転生するということなのだろう。
「世界を救った英雄」……自分が本当にそうだとは思えないが、もしそれが事実なら次の人生も「英雄」になれるよう頑張ってみようかな。俺はぼんやりと、そう思った。