<後編>
イラストはヒロインの垣内愛永さんです。
「マトヤはまず生を試さなきゃ!」
多香枝がイチ押しする生牡蠣を口に含むと、濃厚な甘さと旨味が潮の香りと共にいっぱいに広がる。 なるほど!多香枝が私からくし切りレモンを取り上げた意味が分かった!!
私の表情に目を細めながら、多香枝はガラスのポットで出て来た日本酒を、やはりガラスのお猪口に注いで私の前に置く。
「飲まずには居られようか!!」
今夜も多香枝の気遣いで私達は牡蠣のお店に飲みに来ている。
テーブルの上の“8種ソースのオーブン焼き”が牡蠣殻だけになってしまった頃合いで多香枝は切り出した。
「耳が痛いだろうけど、言うね! 昼間の“事件”すっかり広まっちゃたね」
「あああ~言わないでぇ~!!」と私は顔を伏せる。
「ま、岡田のヤツが『ぶたれたのはオレのセクハラ発言のせい』って言い回っているから愛永にはどうこう言って来ないよ。あんまりいい終わり方じゃないけど、これでチャラにしてしまいな!」
多香枝はそう言うけど……昼間は勢いで岡田くんをひっぱたいてしまったが、時が経つにつれ私の心の中にモヤモヤが広がって来る。
「またそんな顔をして!」
多香枝はため息をつきながら言葉を継ぐ。
「これは言いたくはなかったんだけど……ひとつの可能性の話をするね。 岡田ってデートの時、結構お金出してくれた? ほら!食事とか!」
「うん、たまに言い争いになるくらい『オレが出す!』って聞かなかった」
「まさかとは思うけど、昼も夜もファーストフードとか、ひなびたラーメン屋とか牛丼でディーナーとかだったり?」
「ないない! 昼間、ちょっとマ〇クに入るとか、買い物終わってフードコートで一休みするとかはあったけど、夜はいつもちゃんとした所」
「買い物って食材?」
「うん!外食は全部カレの奢りみたいになってたから申し訳なくて、カレの部屋での“おウチご飯”は私が作ってた。カレ、いつも『美味しい』って食べてくれて……」
「でも手は出されなかったからベッドルームは入った事ないとか?」
「えっ?! うん……」
「部屋は1LDK?」
「うん、玄関入ってすぐトイレとかお風呂場でその奥がLDK、そのまた奥が寝室だから……」
「そっか。ウチの会社って独身寮は無いから全員家賃補助じゃん! そのレイアウトはT字LDKの不人気パターンだから家賃は少し安いと思うの。それにしたって女二人と付き合えるほどの給料はアイツは貰えていないよ。ましてやエンコーなんて!」
「じゃあ、“あの子”は何かの間違い??」
「それは希望的観測!……『ヤリ部屋』って聞いた事ある?」
「えっ?えっ?」
「不埒なJKがオトコの部屋使ってエンコーするってパターン!『カリ部屋』って言ったりもするんだけど、『ヤドカリ』をもじってる? カラダを代償にしてオトコの部屋でショーバイしちゃうわけ!! 世の中には色んな性癖の輩がいるからねえ~ それって“身入り”がいいらしんだ」
「いくらなんでもそんな事は!!」
思わず声が大きくなる私に
「あくまでも可能性の中のひとつだよ!でも何もやましい事が無いんなら岡田だって何か言ってくるでしょ?! 日曜日から今日で何日経ってる?」
確かに今の今までカレからはメールの1本も無い。どういった事情であれ、カレには関係を修復する意志はなさそうだ……」
「私……愛想つかされたのかな……」
「何言ってんの!! 愛永がアイツに愛想をつかすの!!」
そう言いながら多香枝は私のお猪口にお酒を注ぎ足した。
「飲もっ!」
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あれからひと月くらい経って……多香枝の気遣いもあってカレとはずっと顔を合わせずに済んだ。
そうでなければ『社内でも思わず涙ぐんでしまったかも』って位に、私はカレの事を引き摺っていた。
男の人とキチン?とお付き合いしたのはカレだけだしなあ……
キスしたし……
でも、カレはあの女と……
バカみたいだけど、私は未だにあの“薄キャミ”の子に嫉妬してるみたい。
あそこでたむろしてるギャル系JKの顔までアノ子の顔に見えて来る……
「えっ?!」
目が合ったギャル系のコ達がこっちへ向かって来る。
不覚にも私はすくんでしまってギャル系3人に取り囲まれてしまった。
「ぁたしらみたくガチメしなくてもオケ!ってドってるのが何ゲ黒だんネー」
「こーゆーのがお好みあんだねーサヤのパパ」
「ディスんなよ!」
他の2人をねめつけたサヤと呼ばれたその子は……まさしく“薄キャミ”コだった。カノジョ達の言う所の“ガチメ”をしていたけれど目力はあの時と同じ様に強く、それを今度は私に向けて来た。
「おねーさんは垣内愛永ってんでしょ?」
思わず頷く私。
「ウチ、ショウちゃんとは基盤じゃなく円盤のはずだったんよね」
「キバン?エンバン?? ショウちゃんって……」
「えっ? ショウちゃんはおねーさんのオトコでしょ? 違うの? オ・カ・ダ・ショウ・ゴさんは?! 違うんだったら、これから“パパ”の会社へ乗り込むだけだけど」
「ちょっと待って!! 話聞くから」
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すぐそばのコーヒーショップで私はサヤさんの話を聞いたのだけど、他の二人はチャチャチャを入れるでもなく、スマホをクリクリしている
「で、どのくらいの額なの?」
「5000K」
「??」
「諭吉っちゃんが50人って事」とスマホを見ながらひとりが教えてくれた。
「それを……あなたにお支払いしないと“然るべき所”へ行くというのね」
私は……自分でも信じられないけど……あっさりと言ってしまった。
「分かった! 今から銀行へ行ってお金おろすから、ここで待ってて、すぐ戻って来るから! その代わり念書は書いてもらう!!」
「オケ!」
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銀行から大急ぎで戻ってきてカノジョ達の前にお金の入った封筒を置いた。
「ヤバ!ガチじゃん!」
「これっておねーさんの年収の何分の1?」
「おねーさんって!すぐ“オレオレ”に引っ掛かるパターン?」
“スマホの二人”は初めてチャチャを入れ始めたがサヤさんは無言だ。
「あ、お兄が来たみたいだから、アタシら帰るね~」
席を立った二人と入れ違いに慌ただしく入って来たのは岡田くんだ。
「沙耶!なんだその恰好は!! それに……どういう事だ!!」
「この恰好? ふつーにJKじゃん! それよっか、私がお兄に聞きたいよ! 私にこんないい人を隠しておいて!! 私、イヤだからね、これから先、一生オンナにモテない事を私のせいにされるの!!」
訳が分からない私にサヤさんは丁寧に頭を下げた。
「この間の日曜日と今日、愛永さんに大変失礼をいたしまして本当に申し訳ございません。 日曜日は、ビックリしたのと……ヤキモチであんな態度をとってしまいました。
でも、今日は……ちょっとだけ“鬼千匹”の小姑になりたかったんです。
たった一人の肉親であるお兄の事を安心してお願いできるのか、確かめたかったんです! 本当に本当にごめんなさい!
お兄は……自分の大学の奨学金の返済だけでも大変なのに、『私を大学に行かせる!!』なんて言ってるアホです。
だから私はお兄には内緒で商業科を選択しました。ウチの高校はそれが出来たから。今は着々と資格を取っています。“学問”にはさほど興味の無い私は、早く社会に巣立って独立したいんです。だから却って、バカみたいに不器用で純情なお兄の事が心配で…
なので愛永さんにお願いします。どうかこの“念書”を書いてください」
そう言ってカノジョがテーブルの上に拡げたのは素敵な柄のピンク色の婚姻届で……
私はこの新しくできた妹の前で……
大泣きしてしまった。
時間がなくてバタバタ投稿です<m(__)m>
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