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退学になりました

「合格だ、おめでとう。そちらの魔法陣に移動して正式な魔女として登録をしなさい」


 また一人、私の目の前で見習い魔女が最終試験を通過し、魔女へとなっていく。

 私、アルマ=ラングドークは手にした杖をぎゅっと握りしめながら、それを見つめていた。


 次の見習い魔女が呼ばれ、試験を受け始める。


 ──あれは、カサンドラ。


 長い真っ赤なくせ毛を振り回すようにして、次々に魔法を無詠唱で発動させていくカサンドラ。彼女はいつも私に陰口を叩いてくる、嫌な女だった。


『ブスメガネ』『頭でっかちの屁理屈屋』『髪が黒いだけじゃなく性格も暗い、無機質陰気女』『魔導書(グリモワール)狂い』そして『無詠唱の使えない落ちこぼれ』。


 それらは、いつもカサンドラが嬉々として使う私の陰口だ。まあ、聞こえるように言ってくるので、正確には陰口とは言えないかもしれないが。


「カサンドラ、合格だ。おめでとう。そちらの魔法陣で手続きを。──さて、最後だ。アルマ」

「はい」


 教導役の魔女に、私は返事をすると前に進み出る。入れかわるように戻ってくる、満面の笑みを浮かべたカサンドラ。すれ違い様に、わざと私にぶつかってくると、よろけた私を見てにやにやと笑っている。


「いいか、アルマ。無詠唱魔法を使うには、感情だ。感情を溢れさせるんだぞ。この最終試験は一度しか受けられない。不合格となったら即、ここから出ていってもらう事になる。無詠唱魔法が使えなければ、どのみち魔女にはなれないしな」


 カサンドラにぶつかられた私の様子に気づきながらも、特に注意するわけでもない教導役の魔女。カサンドラが貴族の出なのを配慮しているのだろう。ただ、なげやりながらも、一応私にアドバイスはしてくる。

 とはいえ、そのアドバイスも、何度も繰り返し言われた定番のフレーズに過ぎない。


 私にぶつかってきたカサンドラを始めとする、試験に合格し正式な魔女となった者たち。彼女たちはこのあと、ここ魔法学校から、魔女学院に進学することが決まっている。

 そんな新たな魔女達が、良い見世物だとばかりに、周囲から私の様子をうかがっている。


 その輪の中に入るとさっそく、楽しげに話し始める様子のカサンドラ。どうせまた、私の陰口だろう。

 私はその存在を頭の中から締め出すと、試験に集中する。


 最初の実技課題は、周囲から魔力を集めること。私は手にした杖を振り上げ意識を集中する。キラキラとした魔力の輝きが杖に集まってくる。


 煌々と私の杖を照らしていく、魔力の輝き。

 それは実のところ、先ほど試験を受けたカサンドラを含め、今回試験を受けた誰よりも一目瞭然なほどに強く輝いていた。


 カサンドラの集めた魔力がろうそくの火だとすれば、私のものは松明程度の明るさはあるだろう。


 カサンドラと取り巻き達が、私を忌々しそうに睨み付けてくるのが視界に入る。私は再び意識から、彼女たちを締め出す。


 ──これは無事に成功。問題は次。


 次の課題。それは感情のままに魔力をねり、自分の()()の魔法を無詠唱で発現させるというもの。

 何の魔法を発現させるかすら決まっていない、これが試験課題でよいのかと疑う、適当すぎる課題だ。


 そして私は、これが大の苦手だった。

 何度も繰り返した練習ではいつも、発現しても何が起きたのかわからないぐらいに弱々しいか、もしくは不発になることもしばしばあった。


 ──感情のままに発現させるって……。何を起こすか明瞭に定まっていないこと自体が、そもそもおかしい。魔法とはいえ、世界はもっと因果関係が明確に定まっているはず。


 私はそれでも、今一番強く感じている感情を掻き立てようと努力する。


 カサンドラへの怒り。

 試験への恐れ。

 不甲斐ない自分への絶望。


 しかしそれらはどれも、そこまで強い感情とはならない。


 ──カサンドラの言動は子供っぽさが透けて見えるし。このまま私が、無詠唱魔法ばかり使う魔女の一員になるのは、じつは違和感がある。それに私には、何よりも書きかけのグリモワールが……


 感情的になれない理由を冷静に分析しつつ、頭を占めるのは、作成途中の新たなグリモワールのこと。


 ──私のグリモワール。完成すれば、新たな詠唱魔法の体系が、ついに生み出される。こんな非理論的な魔法じゃない、そう、まさに魔導とでも呼ぶべき完璧に理論と秩序のある新たな詠唱魔法の体系。それが、あと少しで……


 そうして私が無詠唱魔法に集中できないでいるうちに、杖に集まっていた魔力が弾けるようにしてばらばらになると、散っていってしまう。


「アルマ。無詠唱魔法は不発。よって不合格とする」


 教導役の魔女の淡々とした宣言。


 私はだらりと杖を持った手を下げ、その宣言を冷静に受け入れる。そこまで冷静なのは、ここが自分の居場所ではないと、心のどこかでずっと感じていたからだろう。


 ──ああ、まただ。無詠唱魔法を失敗してしまった。私にはやっぱり、感情をうまく魔法へと変換出来ない、や。


「あははっ。あの頭でっかち、また無詠唱魔法を失敗したのね」


 カサンドラの嘲る声。


「不合格ですって」「こんな便利な無詠唱魔法が使えないだなんて、可哀想ねぇ」「ほんとですね。まあ、これであいつも退学ですね、カサンドラ様」


 カサンドラの取り巻き達が口々に追従する。


「ええ、ええ。ついに退学。ほんと目障りだったのよね。消えてくれて清々しますわ」


 向こうで楽しげに悪口で盛り上がるカサンドラと取り巻き達。それに背を向け、私はすたすたとその場を立ち去った。


 ◆◇


 ──小さくてもいいからフリーの魔力泉があるところを探さないと。


 退学の手続きを終えた私は、今後の予定を考えながら魔法学校のあった山を下り、周囲を取り囲む森の中を進んでいた。

 片手には荷物のすべてを詰めた大きなトランクケース。反対の手には魔力を宿した魔法の杖を構えて、ぶつぶつと呪文を唱えている。もちろん詠唱魔法だ。


 私は、詠唱魔法で地上すれすれを滑るように飛んでいた。


 正式な魔女は与えられた飛行用の箒で飛ぶ。見習いである私は、当然、そんなものは持っていない。

 そもそも、魔法学校の実習の授業で試した時、実はうまく箒で飛ぶことが出来なかったのだ。


 ──箒で飛ぶには、空への憧れの感情を爆発させなさい、なんて。


 その時の教導役の魔女に言われた言葉だ。


 その言い分にどうしても納得のいかなかった私は、隠れて箒による飛行の仕組みを一人で調べ始めたのだ。

さらに、文献に残されたいくつもの詠唱魔法を手当たり次第、調査。そのなかでも有望そうな詠唱魔法の要素を抽出しては、いく通りにも組み合わせてみる、という果てしない試行錯誤を行った。


 そうして苦労はしたが、結果、ついに低空であれば箒なしで飛行する魔法を、私は新たに作り出すことに成功したのだった。

 そしてそれが、私がグリモワールを書き始める切っ掛けとなっていた。


「ふぅ。定期的に呪文を唱えて、魔法をかけ直さなきゃいけないのが唯一の難点」


 独り言を呟きながら地上すれすれを飛び続ける。そうしてついに森を無事に抜けた時だった。


「あれ? なんだろう──」


 草むらの隙間、何か光っているものが視界に飛び込んできた。

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