Chapter2-1
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「ううっ……頭がズキズキする……」
朝の陽光に照らされて断己は起床した。まだ頭がボーッとしているが自分がベッドに寝ているのに気付いた。
「んんっ……」
「え?」
そして隣に微かに温もりが有り同時に断己に酒臭い吐息が耳元にフーっとかけられた。その瞬間、断己の脳は完全覚醒した。
「何だここはっ!?」
「んがっ!? へ? な、だっ、誰よあんた!?」
布団から強引に出るが混乱しているのは断己の方だった。まず女性の下着姿なんて見るのは初めてな上に自分もトランクス一枚でベッドの周りには自分の背広が乱雑に脱ぎ散らかされている。そして何より相手は敗北寸前まで自分を追い込んだ敵だ。
「それはこっちの質問だ!! いきなり俺をこんな場所に追い込むとは」
「追い込む? 何言ってんのよ住居不法侵入者!! ん……あ、そう言えば」
「なんだ、その『あっ、私、今思い出した!!』みたいな顔は!!」
「あっ……そ、その、私も酔っ払って半分くらいしか覚えてないんだけど……」
そう前置きをした上で洸は断己に昨晩の事をポツリポツリと話し始めた。
「昨日の夜のことは、その……どこまで覚えてるの夜劔くん?」
「絡まれて俺の席にあんたが来たとこまでは覚えている……それから」
今から約七時間前の出来事を痛む頭を無理やり働かせて徐々に思い出していくと少しづつ記憶が蘇って来た。
◆
「何が指導だ、酔っ払いに教えてもらう事なんて何もない」
「にゃにお~、なっまいきな男ね、そこに直んなしゃい!!」
酔っ払っているのに無駄に素早い千鳥足で隣に座ると手酌でウイスキーを飲んでいた。ハイボールとか言っていたのに氷割りに変わっているじゃないかと断己は心の中で思ったがそれ所じゃなかった。
「離れて下さい……近いんで」
「ありゃりゃ~おね~さんの色香にやられちゃった~?」
「いえ酒臭っ――――ぐほっ」
「え~聞こえな~い、何て言ったの~? イケメンく~ん?」
目視出来ない速さの鮮やかなボディブローで黙らされる断己はプルプル震えていた。しかも適度に手加減されたような一撃で余計に腹が立った。
「なっ……んでも無い、です」
「そうよね~!! んふふ~」
それだけ言うとまた手酌でウイスキーを飲むと「プハァ~」と酒臭い息をかけられる。どうして俺がこんな目にと既に今日だけで三度は言った言葉を飲み込んで努めて冷静になろうとして隣の酔っ払いに応じた。
「あの……もう、じゅうぶん分かりましたので自分のテーブルに戻った方が……」
「え~だって~、私一人じゃ寂しいし一緒に飲みましょうよ~」
「出来れば一人でゆっくりと食事をしたいのですが……」
こいつの目的は何だと断己は警戒レベルを最大にする。昼に戦った時とは180度違う態度も酔っ払っているのならと納得できるが今の一撃や自分に近付いて来た動きなど隙が無い。
「食事は皆で楽しくが一番よ~」
「俺は一人が良いんです」
オムライス早く来ないかな~と現実逃避を始めた断己だったが逃がさないと更に洸が距離を詰めてきた。
「俺はボッチとか、ボッチ飯とか今どき流行んないわよぉ~、それよりお姉さんと一緒に乾杯しましょ?」
「何に乾杯するんですか……」
「あなたがこの街に来た事にとか? どう?」
「今日会ったばかりの人間にわざわざ?」
理解出来ないし、したくないと断己はこの時そう思った。自分はここに野望と復讐をしに戻った。それ以外に興味など抱く暇は無いのだと強くそう信じている。
「ふふん一期一会だからこそよ、たぶん君とは二度と会わないかも知れないけど同じ町の一員でしょ? ならお祝いくらいしなきゃね」
しかし意外と話を聞き出すのが上手かった洸に乗せられ、自分の趣味や好物の話などをしていた。生徒の悩みを聞き出すのが上手いのは良い教師だと聞くが目の前の酔っ払いは意外と教師に向いてるのかもしれないと密かに感心してしまった。
「ふぅ……じゃあ一杯付き合ったら解放して下さい」
「照れ屋さんね~、お姉さんに付き合え~」
そんな感じで雑談をしていたら店主がオムライスとセットのスープやサラダなどを載せたトレーを引いて来た。
「お、盛り上がってるね二人とも、洸ちゃんも酔いが醒めた?」
「この堅物くんのせいでね~?」
「酔いが醒めたのなら離れて下さい」
店主によって並べられたオムライスを見ると腹の虫も鳴り出し何より早く食べて店を出たい、それが断己の正直な気持ちだった。
「お客さん、少しお話聞こえたんで恐縮なんですけどね赤の良いのが入ってるんですよ、お詫びと引っ越し祝いということで当店からのサービスなんていかがですか?」
「赤とは……まさかブドウですか!?」
実は雑談中に好物の話で断己がぶどう好きだと話していた。この時の唯一の誤算は断己が子供でぶどう系の飲み物と言えばぶどうジュースしかないと思い込んでいるという点だった。
「ええ、産地にこだわりとか?」
「いえ、別に海外でも最近は日本のものも良い物が増えてますし」
「山形産のデラウェアなんですけど知ってます?」
「是非いただきます!!」
山形産のブドウは至高である、これはとある理由から断己に刷り込まれた常識だった。そして彼は悲しいかな天才の割に妙に抜けている事が有る。普段は考えの及ぶ事柄にも好物の前には霧散しノータッチとなっていた。
「え~、お姉さんにも一口くれない?」
「何を……いえ、一杯付き合うと言いましたし構いません」
約束は違えないこれはビジネスにおいても戦闘においても鉄則だ。もちろん戦略として騙し討ちなどはするが味方同士の約束は絶対に破らないのは断己のポリシーだったし何より早く食事がしたかった。
「きゃ~お兄さん太っ腹!! ただのイケメンじゃないんだ~」
「先ほどからイケメンって、俺の名前は夜劔断己です八重樫洸さん」
「あれ? 私、名前なんて言ったっけ?」
「先ほど店主の方がおっしゃってましたが?」
咄嗟についた嘘だが洸は言ったような気がして来たと言って上手く騙されてくれた。そして店主が戻って来てグラスに注いでくれたそれを一気に飲んだ。
「ふぅ……ん? 美味しい……だが、これは?」
「プハァ~!! そこそこ高いのに、これ私まで貰って良かったの親父さん?」
横で断己が飲むのを見ると洸も遠慮なく飲み出した。実は彼女も一番好きな酒はワインだった。それも断己と同じ赤のブドウが好きなのだが両者の認識は決定的に違っていた。
「良いって、お祝いだしね、洸ちゃんも今日は大変だったみたいだしね」
「なかなか、変わった味のぶどうジュース、ですねえ……もう一口」
そう、断己は間も無く誕生日が来て18歳になるお子ちゃまだと言う点だ。そして今の断己は背広にネクタイという会社帰りのリーマンのような恰好をしていた。体格も身長180センチを越える大柄で子供とは見られていなかったのだ。
「おっ!! 夜劔くんいい飲みっぷりじゃない!! やっぱ男はそうでなきゃ!!」
「いま、どき……男とか、おんにゃ、とか……そ~いうのは……」
この時グラスに酌をしながら自分もガバガバ飲み続ける洸によって断己の飲む量はハイペースになっていた。そしてワイン初心者の断己は初めて飲む大人のぶどうジュースに舌鼓を打って思考が停止していた。
「お客さん? 大丈夫かい顔真っ赤だけど、もしかしてお酒弱かったのかい?」
「おしゃけぇ? これはぶどうジュースれすよ~」
「そうそう、こりぇはぶどうジュースって名前のワインらのよ~」
こうしてこの日、悪の秘密結社ERRORの天才幹部は宿敵となったステラ・ドゥーエに二度目の敗北を喫し酔っ払って気の大きくなった彼女にお持ち帰りされるという事態に陥ってしまったのだった。
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