中世ヨーロッパのような異世界や過去の時代へ転生できるって言われたらどうしますか?
注意! 中世ヨーロッパ風な異世界や、過去の時代に夢をもっている方は、読まないことをお薦めします。
中世風の異世界に転生したい。もしくは戦国時代や三国時代に逆行転生したい。皆さんはそんなことを考えたことがありますか?
もし神様がそうしてくれるというなら、皆さんならどうしますか?
私は嫌です。
どんなにお金を積まれようが、どんな強力な武器を与えられようが、どんな強力な攻撃魔法が使えるようになろうが、嫌なものは嫌です。
私は、異世界転生ものの小説や、逆行転生ものの小説が大好きです。それでも絶対に嫌です。
なぜなら間違いなく早死にするからです。
これは自分が特別軟弱だからとか、武器が扱えないからとかそんな問題ではありません。
健康な生活が維持できなくなるのが確実だからです(※ただし、転移または転生にあたって不老とか健康とか頑強とかの体調管理系のスキルが与えられるか、強力な治癒魔法がそこそこ手軽に使えるとかいうことなら考えます)。
「ああそうだよね、天然痘とか怖いよね。それにヨーロッパだったら、中世なんて宮殿の中ですら糞尿垂れ流しだったらしいし、風呂だってろくに入れないだろうし。銭湯が発達した江戸時代の日本だって、髪を洗うのは月1回のレベルだったみたいだし。」
こんなことを考えた方は歴史に詳しい方だと思います。伝染病。不潔さ。中世以前の世の中は現代に生きる我々にしたら考えられないような嫌なものにあふれていました。そんな不衛生で不潔な世界で、誰が好き好んで生活したいと思うでしょうか。
まあ、風呂とかトイレとか、自分の知識でどうにかなる部分はあるかもしれません。が、医療行為とかは、やり過ぎると大変です。
科学が未発達で宗教の力が強い時代・地域であればあるほどその危険性は増すでしょう。
よかれと思って行動したことが原因で、異端審問にかけられて火あぶりとか洒落にもなりません。
例えば種痘。人の体に傷を付けて、牛の腫瘍を埋め込もうとする人間がいたら周囲の人間はどう思うでしょうか。その効果を知っている我々は当たり前のことのように思うかもしれませんが、当時の人が見たらまさに鬼畜の所行でしょう。こんなことをしている人間がいるという話が広がったら、それを行っているのが王侯貴族だったとしても無事で済むかは怪しいレベルです。
それなりに早い時期から人間の天然痘による種痘は行われていたとはいえ、初めて牛痘による種痘をしたジェンナー氏たちの、いろんな意味でのすごいが伝わってくると思います。
それだけではありません。皆さんは中世の平均寿命が25~30歳ぐらいだったのをご存じでしょうか。
これは乳幼児の死亡率が驚くほど高かったことが主要因です。他にも伝染病が猛威を振るっていたこと、戦乱が多く発生していたことなど、死が身近にあった時代だからこその数字ですので、当時の30歳が、現代日本の80歳と同じだと考えるのは少し違います。
けれども、中世の80歳が、現代の80歳と同じような存在だと考えるのも違います。異論がある方もいらっしゃるかもしれませんが、希少性等の問題を除いても、中世の80歳と、現代の80歳は明らかに違います。
まず考えてみてください。あなたにとって「老人」とは何歳ぐらいの人でしょうか。
おとらく、ほとんどの人が80歳は「老人」だと考えると思います。では、皆さんは、60歳の人を「老人」と感じるでしょうか? 70歳ならどうでしょうか?
イメージのために1つ例を挙げます。かなり長くなりますがお許しください。
ドラえもんの過去話で、のび太の祖母が登場する回があります。のび太が幼稚園の時に亡くなったという、あのおばあさんです。腰の曲がった老人として描かれていたあの人です。
問:あのおばあさんは何歳か?
答:不詳
あああ、怒らないでください。実は設定などに書かれていないのです。
ただ、全く不明で、想像もつかないかというとそうでもありません。彼女には息子や孫がいるのですから、その年齢から予想してやればいいのです。
では、のび太やのび助は何歳の設定なのかと言うと……
のび太は9歳(4年生)~11歳(5年生)、のび助は36歳か41歳(※アニメ版と漫画版で設定に違いがあるため)でした。
ちなみに、名作と言われることも多い『おばあちゃんの思い出』の回で、のび太は3歳でした。ということは、その時のび助は28歳~35歳(アニメ版設定なら33歳?)ぐらいということになります。
のび助は設定によると4男1女の長男だそうです。現在は晩婚化が進んでいるからそうでもないと思いますが、昭和の中期までは、35歳を過ぎての初産は珍しかったはずです。
さらに言うなら、5人も出産しているということは、初産は(高齢出産で五つ子だった等の可能性があることは認めます)基本的に20代以下だと考えるのが自然ではないでしょうか。
そうすると、のび太が3歳の時、あのおばあさんの年齢は、50代~60代前半だったのです!(可能性的には70代の可能性もありますが、それを言うなら40代後半の可能性だってあるのです!!)
果たして今の時代を生きる我々が、あのおばあさんの姿を見て、「50~60歳だろう」と予想できるでしょうか。
現在、基本の定年年齢は60歳です。さらに、企業等によっては、定年延長や定年制度の廃止も行われ、サラリーマンであっても60歳を過ぎて就労している方の人口はどんどん増えています。ところが、マンガの連載が行われていた1970年代~80年代(元号でいうと昭和の後期)は、定年が55歳であるケースも多くありました。ということは、当時の60歳といえば退職して5年程度が経過している人であり、就業感覚でいえば現在の70歳に近いものがあると言っても良いでしょう。
そもそも、最近皆さんは腰の曲がった老人をあまり見かけなくなったと思いませんか?
私は古い人間なので、かなりそう思います。減ってきた原因は、食生活の変化や日常の生活様式の変化、あの老人性円背が予防できるものであると知られたことなどいろいろあるとは思います。ただ、現代はともかく、昭和のあの時代、60歳は腰が曲がっていても特段おかしい年齢ではなかったことを知っておくべきでしょう。
ましてや栄養状態や労働条件の悪い中世以前であれば40代から腰が曲がり始めたとしても全く不自然ではないのです。
完全な余談で恐縮ですが、ある落語家の噺で聞いたところによると、よく落語に出てくる江戸時代のご隠居さんは、40代ぐらいの方が多かったそうです。
そういえば、実家の近所に「隠居」という屋号の家がありました。老人が「隠居」して住んでいたはず家が、なぜ無嗣断絶せずに現在まで続いているのか不思議でならなかったのですが、あれは、どこぞのお大尽が隠居をした後、できた子が継いだ家だったのかもしれません。
閑話休題
そして、見なくなったといえば、一昔前までよく見た、入れ歯洗浄剤「ポ●デント」や入れ歯安定剤「ポリ●リップ」のCM。これも最近あまり見なくなったと思いませんか?高齢者人口は増加しているはずなのに、入れ歯(※特に総入れ歯)の人を身近であまり見かけなくなってはいませんか?これは、CMを流す価値があるだけ入れ歯関連商品が売れなくなっていることを意味しているのではないでしょうか。
調べたところ、入れ歯を使っている人というのは実は増えているものの、総入れ歯の人は逆に減少傾向にあることがわかりました。「歯」というと平成元年に始まった「80歳で自前の歯が20本」という『8020運動』が有名ですが、その成果はあがっていて、運動開始前は7~8%程度だった「80歳で自前の歯が20本」ある人の割合が、最新(平成28年)の調査では51.2%まで上昇しているそうです。
自前の歯があると健康の維持や認知症の予防につながるとのデータもあるそうです。オーラルケアの推進は日本人の平均寿命の増加の一因となっているのかもしれません。
白髪、曲がった腰、杖などと並んで、老人を象徴するアイテムだったはずの総入れ歯ですが、ほとんどの人にとっては過去のものになりつつあるといえそうです。
しかし、「過去のもの」と書きましが、これはあくまで令和の「現在」の話です。ドラえもんの例を見れば明らかなように、ほんの30~40年前の昭和の末期(これだって歴史的に見れば十分「現代」の範疇に入ります)には、60代で腰が曲がり、総入れ歯な人は珍しい存在ではなかったことは知っておくべきでしょう。
「現代」といわれる昭和末期の時代ですらそうなのです。近代以前がどのようなものであったのかは、言わずもがなです。
こういった情勢を踏まえてたうえで、自分自身のことを顧みるのですが、私には親知らずが4本とも生えています。さらに言うと、全てが手前の大臼歯に突き刺さるように生えていて、隅の部分が少しだけ表に出ている状態です。普通の歯ブラシでいくら磨いてもうまく磨ききれないため、30代半ばからは数年に一度のペースで歯肉炎にかかり、夜も眠れないような激痛に襲われることもありました。
どうにかしようと思って歯医者に行けば、麻酔をかけて患部の歯茎をガツガツ削るだけです。根本的にどうにかするには親知らずを抜く必要があるのですが、「うちではできないので大病院を紹介する。」とか「難しい手術で、あごに麻痺が残る可能性がある。」とか言われては躊躇してしまいます。
現在は電動歯ブラシ、フロス、薬用歯磨きアセ●、リ●テリンを併用することで発生を防いでいる状況です。
こんな私が衛生観念の薄い中世(のような世界)に転生・転移しようものなら、歯肉炎→歯槽膿漏のコンボによって、40代~50代で自分の歯はほぼ壊滅状態になるでしょう。その上、親知らずが抜けきるまでは、歯肉炎等による口内の痛みに伴うストレスを抱えながら毎日を過ごさなければなりません。
重ねて、入れ歯を作れるような技術的背景が、その時代・その地域にあればまだ良いのですが、そうでないなら、歯が抜けてしまえば、口にできるものは噛まなくても何とかなる軟らかい物だけ、ということになります。
そんな状況で長い期間健康的な生活が送れるようには到底思えません。戦乱に巻き込まれたり、不治の病を患ったりしなくても、私がそのような時代で生活していたら、無事に還暦を迎えることさえ難しいのではないかと考えています。
これはあくまで私の話です。他の人はオーラルケアだけならそこまで考えなくても大丈夫なのかもしれません。
ただ、当然のことながら、健康への負荷はそれだけではありません。
例えば、夏目漱石の死因は『胃潰瘍』だと言われていますし、徳川綱吉は『麻疹』で亡くなりました。オーラルケア以外の部分でも、現代で想像する以上に医療体制は貧弱なのです。
転生・転移(※逆行転生・転移を含む)あるあるで「衛生観念を正す」というものをよく見かけます。怪我の治療に馬糞とかを使っていたのをやめさせて、手を洗わせたりアルコールやヨーチンによる消毒をしたりするといったものです。
画期的な考え方です。たしかにこうすれば、敗血症や破傷風による死者は減るでしょう。しかし、あくまでこれだけでは、死者が多少減るだけです。
例えば、戦場で矢が刺さった場合。手や足なら鏃をえぐり出して、そこを消毒薬で洗えばどうにかなるかもしれません。これが、胸や腹だったらどうなるでしょうか。
おそらく手術はままならないでしょう。だって、まともな麻酔が無いんですから(注)。
麻酔無しで手術をするのって、患者はもちろんですが、医師にとっても相当大変なことだと思います。
だって、患者は痛ければ暴れますでしょう? 静かにしているならともかく、動き回ったり痙攣したり、場合によっては錯乱して医者を殴ったり蹴ったりするかもしれません。そんな条件で患部を正確に切るって至難の業でしょう。
ああ、手に入る麻酔薬もあるにはありました。アヘンとか、チョウセンアサガオとか。
痛覚を麻痺させるという観点ならアルコールもありますね。血行が良くなるので、大量出血の危険がありますが。
手術と言えば、癌などの病気についてはどうでしょう。レントゲン等が無いので、医者は基本的に問診と聴診と触診(脈を測ることを含む)で診断を下さなければなりません。
と、いうことは、発見できるのは、自覚症状が出るか、見たり触ったりしてわかるようになってからです。よっぽどの名医でもない限り、触ってわかる段階まで行っていたら、内臓のものなんて、ほとんど末期でしょう。
伝染病についても、種痘があるから天然痘は大丈夫かもしれませんが、結核や梅毒は、運を天に任せて自然治癒を狙うのでなければ、抗生物質がないとどうにもなりません。手塚治虫先生の『火の鳥』では、集めた青カビを煮詰めて患者に飲ませ、病気を治すシーンが出てきましたが、果たして抗生物質ってそんなに簡単に抽出できるものなのでしょうか? そもそも、1種類の菌類だけを増殖させることって、中世とかの施設でも可能なんですか? 誰か詳しい人がいたらその辺を教えてもらいたいです。仮に可能だとしても、有用な菌類と毒素を出す菌類を見分けるとか、相当難しいと思います。
当時の死病で、常人の知識で確実に何とかできそうなものは、私には脚気ぐらいしか思いつきません。
まとめると、近世以前では、口腔ケアは難しく、一般的には、相当なペースで歯が失われる。また、それをリカバリーする方法はほとんどないため、老化の進行も早い。病気に罹っても自然治癒と免疫力強化以外の治療法はほとんどなく、手術が必要な治療に至ってはほとんどお手上げ。ということです。
自分が王侯貴族になり、子々孫々名家として敬われるかもしれません。
歴史上の英雄が近くにいるかもしれません。
苦々しく思っていた歴史上の事件の結末を変えられるかもしれません。
でも、みなさん。こんな状況の中、生活したいと思いますか?
私は嫌です。
注:よく調べたら、東洋医学の針で麻酔を行った記録があるそうです。全てに対応できるとは思いませんが、東洋医学の底力を見せつけられました。