第229話『窮地の炎』
地獄病をかけられ、左腕を失ったアグニに、戦う力は、もはやほとんど残されていませんでした。それでも疫病に対する耐性はあった為、意識を保ち、喋る事は可能だったのです。
「ザルエラ・・・あなた、一体なんてことをしてくれたの? 殺すなら、この私だけを狙えばいいじゃないっお父様も、モントーヤ州も関係ないでしょう! あなたのやってることは、無茶苦茶だわっ」
「黙れっこれが魔族の掟、魔族の正義だっこの悪女めっ」
「何が正義よっ確かに私は悪女で、正義の味方じゃないけれど、お父様は私にいつもおっしゃったわ。人として生まれたからには、常に正しい行いをしなさいってね。だから私は正しくあるために、あなたを絶対、ここで倒すっ」
グラウスは、必死に閉じ込められた空間から抜け出そうと、短剣で透明なガラスを切りつけ続けていました。自分がいかなければ、アグニが殺されてしまう。彼は必死でした。
王国が滅ぼされてからこれまでの人生は、ただひたすらに孤独で、苦難の連続だった。だがアグニ、お前や仲間達に出会えて、少しだけ、生きるのも悪くない、そう思えるようになったんだ。だからアグニ、いつか旅が終わったら、お前に言いたいんだ。ありがとう、と。私はお前に出会えて本当に良かった。だから頼む、こんなところで終わらないでくれ。
そんなことを思いながら、グラウスはアグニを鼓舞します。
「アグニっ生き残れっこんな奴に負けちゃ駄目だっ」
「わかってるわよ、師匠・・・」
ザルエラは、二人の会話を嘲るように笑います。
勇者は懸命に竜骨撃を撃ち続けていました。そのお陰で、ザルエラは思うようにアグニに攻撃が出来ない状態になっていたのです。しかし、ピエタは再び傷口が開き満身創痍。漣はその回復に専念している状態。そしてペロッティは、ひたすら恐怖に足元をすくませていました。
「しっかりしろペロッティっ今僕達全員が諦めたら、誰がアグニちゃんを助けられると言うんだっ僕達だけでやるしかないんだぞっ自分を信じろっ恐れるなっキミなら出来るっ勇気を出せっ」
勇者はペロッティに激を飛ばしますが、彼は全く応じようとしません。勇者は歯軋りしつつ、神の子にならないまま、ひたすら竜骨撃を撃ち続けていました。
ザルエラは、イン・ザ・ルームを修復しながら、語り始めます。そんな魔族の背中には、表情を持つ黒い影がちらついていました。
「私は、常々思う。人間がこの世界に存在する事、生を受けたこと、それ自体が大罪で、不幸、であると。そしてアグニ、お前はその中でも、もっとも業が深い人間だ。この世に生まれてきたその罪を、償わせてやるっ」
「・・・違うっ人が生まれてくることに、罪なんてないっこの世に生を受けた以上は、一生懸命、前向きに生きていくっそれが人間の生きる意味なのっ何もしてない、幸せに生きようと頑張っているだけ人達を、無茶苦茶な理屈を振りかざして沢山殺して回って・・・罪があるとするなら、それを償うのはあなたの方よ、ザルエラッ」
「黙れっ生まれてきた罪を償えっアグニ・モントーヤ・シャマナッ」
「今犯してる大罪を償いなさいっザルエラッ」
そしてアグニの脳内に、とある究極の秘策が思い浮かびました。囁いたのは、胎内に宿る焔でした。しかし、それは自らにとって、大きな代償を伴う物です。
故郷を守るため、父を守るためなら、構わない。どうせ自分は、いつの日か死ぬ運命。ならばせめて、愛する者達を守るために、と思ったのです。
ですがアグニはギリギリまで葛藤していました。歯を食いしばり、脂汗をかき、しばし苦悶の表情の後、決断したのです。
「そう、私の中のあなた、カグツチって、言うのね。そうね。逆転するには、もうそれしかない・・・・でも、私にこんなことをさせるなんて、覚えておきなさいよ。この戦いが終わったら、あなたを必ず、処してやるんだからっ」




