第218話『タンタラ坊やの恐怖』
アグニ達の冒険から時を遡り、リョウマ達は禁朱城の天守閣で、城主のタンタラ坊やと対峙していました。タンタラ坊やは頭部に可愛らしい毛を生やした、やや肉付きの良い巨大な男の赤ん坊でした。
「霊峰守護陣ッ」
ピッケルの放った特殊能力は、味方全体の防御力、素早さ、回避率、幸運値を劇的に向上させ、少しだけ味方全体を宙に浮かせる、彼女固有の力です。
リョウマも神の子状態のまま、味方全体におりょうの加護を貼りました。タンタラ坊やは魔法攻撃の類はいっさい行ってこず、ひたすら巨大な両手を振り回し、リョウマ達に襲い掛かってきます。その攻撃力は凄まじいものがあり、素早さもあって、中々避けきることができず、彼女達を大いに苦しめました。
「体の割りに素早いな、こいつ」
リッヒが苦々しい表情で吐き捨てます。「さきほどから女性ばかり狙っているような気がするのですが」ミヨシの不穏な一言に、ゼントは何かを感づいたように、リョウマに前に出るように指示しました。言われるがまま、リョウマは加護を駆使した状態で仲間達の前に出ます。するとタンタラ坊やは、正面に立つリョウマだけを集中的に狙うようになってきたのです。
「やっぱりっこの赤ん坊、女性を集中して狙う傾向があるんですよっ」
ミヨシの分析結果に、ハインは怯え、そして軽いパニックを起こし始めました。
ママ、と大きな声で絶叫するタンタラ坊やに、一同は耳を塞いで凌ぎます。しかしその咆哮は、体力を徐々にすり減らしていくものでした。己の状態異常に気がついたピッケルは、すかさず高位の回復呪文を唱え、皆を回復します。しかし、鳴り止まない咆哮の前に、その行為はいたちごっこで、攻撃する事もままなりません。
「くっそ、まずいぞっこのままじゃあ、マトモに攻撃もできやしないっ」
リッヒが耳を塞ぎながら、この状況を打破する術を考えます。しかし、効果的な手段は思い浮かびません。更にタンタラ坊やは一同を戦慄させる行動を取ってきました。
なんと手刀で自らの腹部を刺し、あふれ出る血を天守閣にばら撒いたのです。血が地面に付着した瞬間、畳で敷き詰められた室内に、異臭に包まれます。その血は蒸気列車の煙突から出る煙に近い噴出音を出し、畳を恐ろしい速度で溶かしていったのです。
「これは・・・酸ですっ」
少し怯えたような表情で、ミヨシが叫びました。
「気をつけろっ触れたら溶かされるぞっ」
ゼントが皆に激を飛ばします。
「おりょうの加護で守っちょる。安心せいっ」
リョウマとゼントは強気でしたが、ハインは恐怖し、ピッケルは眉をゆがめ、リッヒはもどかしそうに歯軋りをしています。
一方時を前後して、雪がちらつくブリジン王国内のテラスで、モントーヤ州襲撃に向かったザルエラを憂いている女魔族が風を浴びていました。彼女の名はヴィルツファーランド。ヴィルツの愛称で呼ばれています。魔族の軍、魔姦軍の准将軍の強者ですが、魔人衆のペミスエとは懇意の間柄で、スナイデルとも接点が深い人物でした。穏健派的な考え方の持ち主であり、無能を切り捨てようとザルエラを死地に追いやったザンスカールの行動を疑問視していました。そんな彼女の元に、頭部を右脇に抱えた首のない半裸の男がやってきます。
「ヴィルツ、これは魔人衆の総意だ。ザンスール様の決断は正しい。あいつは無能な働き者。組織には一番必要ないんだぜ」
その男の名はへゼルといいます。三年前、漣が命を取ったはずの魔族ですが、生存していました。今は首無しのへゼルと呼ばれ、同族達からも恐れられています。恐ろしく残忍な性格をしており、他の魔族より高潔な精神を持ったヴィルツはへゼルを警戒し、そして、両親がいなくなるスナイデルを案じていました。
彼女はザンスカールがスナイデルの実の息子であることを知っています。万が一のことがあれば、自らが残された少年の面倒を見ようと考え、風でなびく長く美しい髪を手で整えました。
リョウマ達の戦闘は続いています。タンタラ坊やの攻撃は、ほとんど女性中心に行われていました。ママ、ママ、と不気味な声を上げながら襲い掛かってくる巨大な赤ん坊に、ハインはたまらず悲鳴を上げてしまいます。
と、その時でした。リッヒの頭の中に、とある発想が浮かんだのです。
「間違いない。この赤ん坊は、女性しか狙わないんだっ」
「一体どういうことでしょう」
ミヨシも疑問に感じていたようで、リッヒに言葉を合わせます。
「おい女性陣っお前達は全員天守閣の外に出ろっ」
唐突なリッヒの叫びに、リョウマは驚きます。
「そんな事言うても、お前らだけじゃっ」
「このままだとジリ貧だっこの策にかけてみるしかないっ言われた通りにするんだっ」
リッヒの指示通り、女性達はタンタラ坊やの攻撃を避けつつ、天守閣の外の扉から出て行きました。
「さてと、どう出る? 赤ん坊」
そしてゼントは不敵な笑みを浮かべ、白托の剣を抜きました。




