第212話『虹色の勇者と絶望の刻part6:肩をすくめるアトラス』
「ふふ、決まりだね。じゃあこれから、僕とキミは戦うことになるわけだけど、その前に、一つだけ、伝えておく事がある」
「・・・なんだ?」
「キミは、生物にとって、一番大事な物は何だと思う?」
「・・・悪いけど、問答には興味が無い」
「はき捨てるねぇ。いいよ、教えてあげよう。生物にとって一番大事な物、それは、・・・力、じゃない。」
「ならなんだ」
ザンスカールは右人差し指で自らのこめかみを軽く数回叩いてみました。
「知性、エートスだよ。所詮、知性無き力には意味がないのさ。キミは、僕達の務めの邪魔をしてきた許されざる存在ではある。だが、キミは賢そうだし、使えそうだ。心の底から仲間にしたいし、間引きたくない。・・・でも、今から魅せるこの僕の戦い方に、もしキミが付いていけない程度の愚か者ならば、容赦なく、今すぐこの場で、キミを、やっぱり間引くことにするよ」
「・・・上等だっかかってこいっザンスカールっ」
「いいねぇその志。キミのこと、益々気に入った。僕は、集団リンチは好きじゃない」
ザンスカールは、後方にいた魔人衆達に瞳で合図を送ります。すると、彼らは一斉に呆然と勇者を見据えていた漣の元へ向かい、取り囲んだのです。漣は両手から大鉈を取り出し、四人の魔人衆をけん制します。
「悪いけど、そこの綺麗なお嬢さんは魔族だし、横槍を入れてほしくないんでね」
「漣っ絶対に動くなっ」
動こうとする漣を、ペミスエが威嚇してきます。
「動くなって言ってるでしょ、このわからずやちゃん」
漣は両鉈を持ったまま、ペミスエに地面に座らされました。
「ふふ、とても美しい女だな。流石魔族の血を引いているだけのことはある」
ザルエラは、艶かしい視線で漣の全身を嘗め回します。
「でも私の方が、美人でしょ? あなた」
「ああ、勿論。お前が一番だよ、ペミスエ」
魔族の夫婦の会話に、漣は不快感を露にし、歯軋りしています。このまま黙っていられない。隙を見て、一人でも、刺し違えてでも倒す。彼女は密かに心に誓っていました。
「ルクレティオ君、キミ、レベルが見えないねぇ。10万以上あるのかい? それとも、感染症か何かかな」
「知るかっ早くかかって来いっ正義のためにっお前を倒すっ」
「ふっ・・正義か。やたら平和だの、正義だのを声高に主張する人間ほど、凶悪な存在はないからねえ。この世界に必要なのは、正義じゃない。秩序と適度な残酷さなんだよ。それこそが、世界を調律するんだ。この僕の力で、それをキミに、身をもって教えてあげるよ」
ザンスカールは優しく微笑み、そして光の速さで勇者に接近していきました。その速度に虚をつかれたルクレティオでしたが、すでに策を練っていました。魔人の両刃剣によるなぎ払いを、煙の魔人という煙になる能力ですり抜けたのです。
「ほう。体を煙に変えるとは・・・やるねぇ」
ザンスカールは余力たっぷりに、綺麗でしたが怪しい声色で勇者を褒め称えます。
「なら、これはどうだい」
魔人は白骨化した腕の掌に膨大な魔力を込め、魔族専用の暗黒魔法、エル・グシャラーテをルクレティオの眼前で唱えました。が、発動しません。
「おや? どういうことだい? 僕の魔法が発動しないぞ・・・」
そのかすかな魔人の動揺を、勇者は見逃しませんでした。ルクレティオは、今度は自らの体を硬質化させて、ザンスカールの左側頭部に、無言で全力の蹴りを叩き込んだのです。ザンスカールは、地面に激しく叩きつけられました。
「ほう・・・これは一体どういうことだろう? 僭越だが、教えてくれないかい? ルクレティオ君?」
このとき、魔人は軽い脳震盪状態でしたが、そんな素振りは一切見せず、直に立ち上がってみせます。
「悪いが、貴様とは、もう余計な口は聞かないっ」
「そうか・・・恐らくは、特殊能力の類だろうね。戦い辛い技を沢山持っているみたいだね。僭越だが、その能力を使うのを止めてくれないか?」
ザンスカールは勇者の瞳を見つめ、そして呪いの篭った言葉を吐き出しました。更それが呪いであることに、勇者は気が付かず、更なる攻勢に打って出ようとします。
自らに掴みかかろうとした勇者の所作を優雅に交わし、ザンスカールは優しい口調で、再び流暢に語り始めました。
「・・・滅びの記録が世界に落ちてから、僕達魔族は、国を持たない彷徨う民として生を受けた。異種族や、ガレリア王国の達から迫害され、奴隷にされ、普通の食料すら手に入らなかった魔族たちは、次々と飢えて死んでいき、やがて、死肉を貪ることに目覚めたんだ。」
「・・・それがどうした」
「僕達は、ただ、故郷が欲しかった。自分たちの存在と、自由、権利を守れる国。それを持つことが、魔族の悲願の一つだった。そして僕達は、それを叶えることが出来たんだよ」
「そのためだけに、ブリジン王国の民を虐殺し、領土を奪ったと・・・」
「ブリジンの民は、マナを悪戯に乱用し、世界の理を著しく乱していた。この世界の秩序を守るためには、存在が許されない人間達だったのさ。だから僕ら魔族は、マナを調律する使命を果たしたまで。この件において、僕の心に、罪の意識は一切ない。だから、罰を受ける気も、勿論無い。そして僕達の最終目標は、僕ら魔族を奴隷にし、ずっと虐げてきたガレリア王国の人間達を駆逐し、魔族の国にすることだ。国が一つ無くなっても、どうせ他の国の人間がどんどん増えていくだけだろうしね。」
「・・・許さない。俺は、貴様のような、心底胸糞悪い奴は絶対にっ許さないぞっ」
勇者の全身を包む虹色の魔力が、更なるうなりの叫びを上げます。
「それは? キミの中にある正義感が呼び起こす感情かい」
「ああそうだ。正義の為に生きる。俺は女神に選ばれた、伝説の勇者だからなっ」
「・・・下らないね。正義なんてものは、この世界には存在しない、陽炎のようなものだよ。人はみな、自分が信じたい物を正義と信じ、そして己の正義を暴走させるんだ。そんな世界にあるのは、生か滅び、それだけ。悪いけど、今のキミでは僕にとても勝てないよ。いい加減、諦めな」
「・・・今ここで俺が諦めたら、全てが終わる。だから、死んでいった仲間たちの為にも、スーデルの為にも、ザンスカールッ! 俺はお前を、今ここで、必ず、倒すっ」
ルクレティオは激情に身を任せ、ザンスカールに向かって行きました。先ほどの一件から身体能力なら自分に分があると判断し、拳を振りぬきます。ところが、魔人は勇者の全身全霊の一撃を片手で止めて悠々と止めてみせたのです。勇者はその光景に衝撃を受けます。
「キミのその類いまれなる身体能力は、今は僕の物なんだよ」
魔人が不穏な言葉を呟いた後、突然不意打ちするように放ってきた神魔法が、勇者の全身を貫きました。それは紛れもなく中級神魔法のイグナ・フラーでした。何故魔族のこいつが神魔法を使えるんだ、そんなことを脳内で反芻させながら、勇者は地面に倒れ込みました。
「本当に申し訳ないんだけど。僕は、キミには負ける気が全くしないんだよね」
ザンスカールは不敵な笑みを浮かべ、地面に突っ伏す勇者に言い放ったのです。




