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第199話『マナを奪う獣』

 静の迷宮内での戦闘は淡々としていましたが、ときに熾烈を極めることもありました。全員が持てる力を発揮する総力戦も行われています。

 

 ピエタの回復をしつつ挟撃を警戒し、しんがりにいた勇者も積極的に前に出て、体術を武器に攻撃参加していきます。道中の敵は、固い甲羅を背負った赤い蜘蛛型の怪物で溢れていました。


 戦うごとにレベルが上がっていき、どんどん強くなるアグニは、不敵に笑いながらハルバードを駆使し、蜘蛛達へと次々に刺突をお見舞いしていきます。


 激しい戦いも無事終え開けた巨大な空洞にたどり着いた一同は、思わず息を飲みました。そこには獣人族の一種であるゴブリンの小規模の集落が存在していたのです。グラウスは周囲の土で作られた建物を見渡し、警戒心を露にします。


「気をつけて、敵かもしれないわよ」


 壁役として最前線に位置していた漣は、両手に大鉈を持って臨戦態勢に入りつつ歩を進めました。


 と、そこに碧い瞳のゴブリン達が、貝殻のような形をしら建物から這い出てきて、アグニ達を取り囲みました。グラウスは短剣二刀流を逆手に持ち、とっさに応戦しようと身構えます。爽やかなソフトモヒカンの髪型で精悍な顔つきの勇ましい姿になっていた彼は、アグニと出会った頃のような朴訥とした雰囲気は微塵も感じられません。


 グラウスの士気に呼応するように、皆も警戒を強めました。


 しかし、アグニ達の周囲を取り囲む一団の中から、一際顔立ちの整った白いローブを纏ったすらりとした体系のゴブリンが、一歩前に進み出てきたのです。その容姿を見たアグニは、すぐに発情しました。


「素敵なゴブリン様ッ子種を~~~ッ」


 整った容貌のゴブリンに襲い掛かろうとするアグニの首根っこを、いつものようにグラウスが掴みます。


「お前は顔が良ければ異種族でもいいのかっ」


「だってこの殿方、とっても素敵なんですもの~」


 頬を染めるアグニをよそ目に、端正の取れた顔立ちをしたゴブリンは、非常に困惑した表情で、おどおどしています。流石にみかねたピエタが、アグニを叱責し、師匠であるグラウスに警告します。




「・・・グラウスよ。」

「・・・・はい」

「・・・師匠として、ラズルシャーチに着いたら、このうつけに、精神の修行もしっかりと付けてやるのじゃぞ。あと、頭にイグナと付け忘れる悪癖も直させるようにな」

「承知致しました。全く、アグニ、お前は少し品性を持てっ」

「何よ? はぁ・・・・ま、いいわ。じゃあ私、黙っておきますわね、沈黙~」


 塩辛い空気の中、ルクレは三人のその様子を観て顔を破顔させています。そんな彼を、「笑い事じゃないでしょ」と今度は漣が叱責しました。揉め始めた二人の間に、ペロッティが優しい言葉で仲裁に入りました。と、ひと悶着が終わったところで、容姿のいいゴブリンは再び喋りはじめます。


「・・あっあの、しっ失礼ですが、あなた方人間達は旅の方、でございますか? それとも、私達を、その、狩り、に、来たのですか」


 ゴブリンの問いに、ピエタが簡素に答えました。


「安心せい。ワシらは、今ラズルシャーチを目指してこの迷宮を抜けようとしておるだけじゃよ。お主達に危害を加えるつもりはない」


「なるほど、そういうことですか。私はゼレンと申します。この迷宮の元主です」


「ワシはピエタ・マリアッティと申す。して、元、主とは」


「実は、後からやってきたオークたちの集団に、この迷宮内はほぼ占拠されていて、現在オークの大軍と我らゴブリン族は、生き残りをかけた戦いをしている最中なのです」


 ゼレンは苦渋に満ちた表情で、そう言います。


「オークって、迷宮の最初で出会った、あの化け物みたいな奴のこと」


 勇者が腕組みをしつつ、ゼレンに尋ねます。


「あなた方、ネメットに遭遇したのですね。奴はオークの首領と目される輩です。キングオークの見た目をしていますが、我々も対応に苦慮しております」


「なるほどのう・・・奴はネメットというのか。それで、戦況は」


「劣勢です。レベルも見えませんし、しかもどうやらこの迷宮内のマナを体内に取り込んでいるようでして・・・」


「マナを、吸収じゃと? なるほどのう。この迷宮にマナが少ない理由が見えてきたわい」


「一体どうすればよいのか。我々はただ平和に暮らしていただけなのに・・・・このままでは滅ぼされてしまいます」


 ゼレンと集まってきた他のゴブリン達は、涙混じりに各々語りました。その涙に打たれ、感極まったアグニが、沈黙を破り、何てこと、と口走り、一方的な主張を始めました。


「ねえピエタ様! この私達で、そのネメットっていう雑兵を叩きつぶして、ゴブリンたちを助けてあげましょうよっ」


「・・・気持ちはわかるがアグニよ、ワシらは諸国漫遊人助けの旅をしているわけではないぞ・・・と言いたいところじゃが、ワシも勘を取り戻す、という意味では、そういう選択も有りかもしれぬな」


 ピエタは顎に手を置き、思案します。


「もしネメットを追い出してくれたら、この広大な迷宮を抜け出すための秘密通路の場所をお教えしますよ。私達が掘った物です。ラズルシャーチの領土に通じております」


 ゼレンはピエタ達の顔を見て、懇願しました。他のゴブリン達も助けて下さい、と声を張り上げます。


「ふむ。ワシらは世直しの旅をしているわけではないのじゃが、お主らの問題を解決することで、ワシらにも利があるのなら、やぶさかではない」


 ピエタはうなづき、そして優しい笑顔でネメットに手を差し出し、二人は握手を交わしました。


「僕は嫌だなぁ。強い魔法も碌に使えない状態なのに、一体どうやってネメットとオーク軍を倒すっていうのさ」


「ルクレ!! そこは勇者らしく、この私に任せなさいって言うところでしょう」


「勇者にとって、戦闘は最後の手段だ。第一、僕らは超絶大急ぎの旅の真っ最中。寄り道なんてしてる場合じゃない。ラズルシャーチに行くことが最優先だろう? 他所の種族同士の問題に下手に干渉して、失敗したら責任取れないし、僕達だけが全滅して、最悪の事態になりかねないんだよ? もしアグニちゃんに万が一のことがあったらどうするわけ? 相手のこともよくわからない状態で、半端な覚悟で軽く関わらない方がいいよ」


「ぐだぐだ講釈たれないで! 助けるべき相手は、助けなきゃ駄目なのよっ」


 漣の一喝に勇者は後頭部に両手のひらを置き、ふて腐れますが、美女は更に恐ろしい剣幕で捲し立てたため、勇者も渋々戦う事を決意したのでした。


「半端ではないぞ、勇者よ。これは覚悟の旅路。ワシらには、日ノ本へ行く以外に、旅を通して強くなる、という目的もある。だからこそ、皆、いつ死んでもよいように、心の準備だけはしておかなくてはならぬ」


「うへぇ・・・嫌だなぁ、ピエタちゃん。僕は絶対死にたくないんだけど。皆が死んでも、僕とアグニちゃんと漣だけは助けたいと思ってるぐらいだ。」


「無論じゃ。お主はワシらの中でも圧倒的強者。例えワシが死んでも、お主が死ぬ事はまずないであろう」


「ま、それもそうだね。この僕が、こんなダサい場所で死ぬわけないか。ま、ここは伝説の勇者ルクレティオ様が何とかしてみせましょう。おいゴブリン達、伝説の勇者様が本気出してやるぞ、傅けっ」


  偉そうに、と漣が吐き捨てたところで、勇者が反発します。顔を近づけ、火花を散らし始めた勇者とその相棒を、ペロッティが再び宥めます。ペロッティは咳き込みつつ、瞳を光らせていました。そんな彼の紳士的な眼差しを見て、二人は矛を収めることにしたのです。  





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